松代城(まつしろじょう)

松代城の基本情報

通称・別名

海津城、貝津城

所在地

長野県長野市松代町松代44地

旧国名

信濃国

分類・構造

輪郭式平城

天守構造

不明

築城主

武田信玄

築城年

永禄3年(1560)

主な改修者

田丸直昌、森忠政

主な城主

武田氏、森氏、真田氏

廃城年

明治6年(1873)

遺構

曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)

指定文化財

国史跡(松代城跡附新御殿跡)

再建造物

太鼓門、堀、石垣、土塁、石碑、説明板

周辺の城

尼厳城(長野県長野市)[2.6km]
霞城(長野県長野市)[4.0km]
横田城(長野県長野市)[4.5km]
屋代城(長野県千曲市)[6.9km]
吉窪城(長野県長野市)[9.2km]
松田家館(長野県千曲市)[9.9km]
旭山城(長野県長野市)[10.2km]
井上城(長野県須坂市)[10.3km]
葛尾城(長野県埴科郡)[10.5km]
横山城(長野県長野市)[10.6km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

26 松代城

設置場所

真田邸[地図

松代城の解説文

松代城(まつしろじょう)は、長野県長野市松代町松代にある日本の城跡である。元々は海津城(かいづじょう)と呼ばれていたが貝津城とも言われた。また茅津城(かやつじょう)とも言われ茅の生い茂った地であったと伝える説もある。形式は輪郭式平城。国の史跡に指定されている。

歴史・沿革
戦国時代・安土桃山時代
正確な築城時期は不明。戦国期には甲斐国の武田晴信(信玄)が信濃侵攻を開始し、北信豪族を庇護した越後国の長尾景虎(上杉謙信)との北信・川中島地域をめぐる川中島の戦いへと発展する。千曲川河畔の海津城は川中島地域の拠点城郭として整備され、『甲陽軍鑑』に拠れば武田氏は北信国衆である清野氏の館を接収し、武田家足軽大将の山本勘助に命じて築城され、『軍鑑』に拠れば本城には小山田虎満(備中守)、二曲輪に市川等長・原与惣左衛門が配置されたという。

文書上においては海津城の築城は1559年(永禄2年)から開始され(『信濃史料』12巻 - 250号)、翌年には完成している(『軍鑑』)。築城は屋代氏、香坂氏ら川中島四郡(更級郡、埴科郡、高井郡、水内郡)の国衆が担ったという。

海津城東条城・尼飾城とともに上杉氏への最前線に位置する。永禄4年(1561年)9月に上杉氏が川中島へ侵攻すると、海津城の城代である武田家臣・春日虎綱(高坂昌信)は海津城において篭城し信玄本隊の到着を待ち、9月10日には八幡原において両軍の決戦が行われたという(第四次川中島の戦い)。

また海津城は川中島四郡における領国支配・国衆支配の拠点としても機能し、城代である春日虎綱は郡代的権限を持っていたと考えられている。

天正10年(1582年)3月の武田氏滅亡後には、武田遺領のうち信濃川中島四郡を支配した織田氏家臣の森長可の居城となる。長可は武田遺臣の子息や近隣の村から人質を集めたが彼らを住まわせたのがこの海津城、あるいは海津城下であったという。同年6月に本能寺の変が起こると長可は信濃を放棄して退却する事を決断し、海津城の人質を盾にして美濃へと退却し海津城も無人のまま捨て置かれた。以後は空白地帯となった信濃へと侵入した上杉氏の支配となったが、1598年(慶長3年)に上杉景勝が会津に転出の後は豊臣秀吉の蔵入地となり、城主には田丸直昌が任じられた。

甲州流築城術の特徴を強く持ち、武田氏築城の代表的な城の一つである。千曲川を背後に控え、本曲輪を三方から二の曲輪が囲み、甲州流築城術の特徴である丸馬出及び三日月堀を有す。平城としては駿河江尻城が、平山城としては信濃岡城海津城(松代城)と構造的に非常に似通っている。

江戸時代
1600年(慶長5年)2月に田丸直昌4万石と領地を交換する形で森忠政が13万7500石で兄の森長可所縁の土地へ入封し、同時に豊臣家の蔵入地9万石は廃止された。この時、海津城から待城(まつしろ)へと改名された。1603年(慶長8年) - 森忠政は美作一国(津山藩)18万6500石へと加増転封され、松平忠輝が14万石(12万石?)で入封した。忠輝は加増されて越後高田藩主75万石となるが旧領も引き続き領有したため、家老花井吉成が城代として統治して領内の整備に尽力した。1616年(元和2年)松平忠輝改易。代わって松平忠昌が12万石で入り、この忠昌領主時代に待城から松城へと改名された。1619年(元和5年)松平忠昌、越後高田25万9000石へ転封。酒井忠勝10万石が入封。1622年(元和8年)酒井忠勝、出羽国庄内藩13万8千石に転封。真田信之が13万石で入城。以後、松代藩の藩庁として明治維新まで真田氏の居城となった。

1711年(正徳元年)幕命により松代城と名を改められた。
1717年(享保2年)火災により本丸、二の丸、三の丸を焼失したが、幕府より1万両借財し1718年(享保3年)に再建した。...

松代城の口コミ情報

2020年09月23日 志摩守メタルスライム
松代城

とてもきれいな田園風景の中にあるお城なのでぜひ訪れてみてください。

2020年09月01日 橙百姓
松代城

城付近には真田邸などあり、色々巡るのであれば殿町駐車場が便利です。

2020年08月18日 ケムラー真田上野介信吉
矢沢家の表門[松代城  遺構・復元物]



矢沢家は松代藩において、代々筆頭家老格を務め、藩中最高の家格であった。

寛政4年(1792)に再建された長屋門は城門を思わせる格式を持っている。

ー門設置の説明板より抜粋ー

城下散策のコースに是非入れておきたい矢沢家の表門。信州松代観光協会の通りにあり、また旧松代藩鐘楼に近い。
通りからただ見るだけの建造物ながら、説明板に記載の通りとても立派な門です。
鐘楼を見に行く際は、一度立ち止まってじっくりと見られてみては如何でしょうか。

2020年08月07日 ケムラー真田上野介信吉
旧松代藩鐘楼[松代城  遺構・復元物]



初代藩主・真田信之が1622(元和8)年に松代城主となって間もない1624(寛永元)年に火の見櫓とともに設置されました。

3度の大火で焼けた後、現在の鐘楼が1801(享和元)年に再建、2012(平成24)年に修復される。

時計のなかった江戸時代、一時ごとに大鐘をつかせる決まりがあり、藩士や城下の人々はこの“時の鐘”で時刻を知りました。
1849(嘉永2)年に佐久間象山が電信実験を成功させた場所とも言われており、市の指定文化財(建造物)に指定されています。

ー信州・松代散策マップよりー

信州松代観光協会の通りを進み、矢沢家表門を見ながら右折、最初の細い道を右折すると左手に見えてきます。長野松代総合病院駐車場の裏の通りです。

城下の散策コースに入れておきたい遺構だと思います。

2020年08月05日 ケムラー真田上野介信吉
文武学校[松代城  関連施設]



松代藩が設けた文武併習の学校として1855(安政2)年に開校。
建物は1853(嘉永6)年に造られたもの。
松代小学校の校舎として使われていたこともあります。

ー信州・松代散策マップよりー

保存整備工事のため9月30日(予定)まで休館中です。

2020年08月05日 ケムラー真田上野介信吉
松代藩武家屋敷・旧樋口家住宅[松代城  関連施設]



代表的藩士公舎
旧樋口家は江戸時代、真田家の家臣として、藩の目付役などを務め、江戸時代末期には禄高が230石でした。
江戸時代の樋口家住宅は、他の藩士たちの住宅と同様、一種の公舎でした。敷地のほぼ中央には泉水路が東西に流れ、敷地の南側は、現在は雑木林と竹林、庭園ですが、樋口家の時代は畑として使用されていました。一方、北側には主屋を中心とした建物があり、現在は主屋、土蔵、長屋、屋敷神の祠、表門、土塀、板塀がありますが、表門については、移築されてきたものといわれています。このうち、主屋、土蔵、長屋の3棟が、長野市の市文化財(建造物)に指定されています。

ー信州・松代散策マップよりー

開館時間は9時からとなっていますが、昨日は8時半から入館出来ました。また、コロナ関係で氏名と連絡先、入館時間を記入する用紙がありますので協力しましょう。
基本無休で無料です。

現在、主屋で佐久間象山公の無料展示コーナー、土蔵では真田信之公の無料展示コーナーを開催中で、写真は土蔵に置かれた真田丸の模型です。他、主屋には甲冑が置かれ、我々を迎えてくれます。

場所は真田公園前の道を挟んで目の前になります。真田邸とも直ぐの位置にありますから、松代城のみに止まらず、城下周辺を散策することでより一層楽しいものになると思います。

2020年08月04日 ケムラー真田上野介信吉
信州松代観光協会・御城印[松代城  その他]



御城印は信州松代観光協会で2種類の御城印帳と共に販売されています。

右ブルーは6月~8月限定夏仕様。
左は3月1日から販売が開始された花押入りです。

※只今、オリジナルうちわが貰えます。

2020年01月17日 内記かずりヾ(・ε・。)
竹山城[松代城  周辺城郭]



竹山城は松代(海津)城の南約800mにある象山山頂にあります。幕末の松代藩士、佐久間象山所縁の地で象山神社や象山記念館の裏山って感じです。ちなみに真下には松代大本営の一部〜象山地下壕が掘られています。この場所が選ばれたのは固い岩盤層で10t爆弾にも耐えられる事が理由のひとつですが、残念ながらお城は山頂にあるのでその恩恵は殆ど被っていません。

戦国時代は村上氏の庶流、西条氏が詰めていたらしいですが、村上氏が越後に逃れると武田方、海津城の支城群のひとつとなりました。鞍骨城とは尾根続きで連絡しているらしいですが、今はここから行く人は全くいないでしょう。

お城はコンパクトに尾根に造られていて、登城路は3つぐらいあります。自分は象山地下壕(駐車場が無い。)南側の遊歩道入口から主郭部の南側に出ました。お城を見たらそのまま北に向かって尾根を降れば帰れます。

名称は松代藩時代に城山に竹を植えた事から名前が付けられたらしく、戦国時代は名前も無かったかもしれません。石積みが目立つお城ですが、後世の改変が多いらしくてどれが往時のものなのか判別難しいです。積み方もこの地域の他城とは違っているものが多いので即断出来ないです。写真はそういうのを省いてありますので、申し訳ありませんが皆様の心眼で御判断を…明らかなのは主郭南側の段郭のものでしょか。他の遺構として山側には浅くはなっていますが、堀切と竪堀が確認できます。又、主郭東側には帯曲輪のような長い削平地を見ることが出来ます。

いつの時代の改変かよく解らない♪的な場所多数のお城ですが、松代城も近いし周辺は見所の多い場所なので、観光がてらに是非訪れてみて下さいまし。サクッと気軽に散策出来ます。

2019年12月30日 内記かずりヾ(・ε・。)
鞍骨城[松代城  周辺城郭]



鞍骨城は海津(松代)城の南西約3kmの位置にあります。ざっくり書きましたが、川中島の戦いで謙信君が布陣したとされる妻女山の東側に位置する山が鞍骨山で、陣跡から尾根伝いで辿り着くことが出来ます。

お城に行くには複数のルートがありますが、ここでは最も行きやすいルートを紹介します。妻女山展望台まで車で行き、ここの駐車場に車を停め、駐車場の南側にある「あんずの里ハイキングコース」を徒歩で進みます。道は広くて4WDなら結構な所まで車で行けます。ちなみにこのコースを5分ぐらい歩いてくと登山道の分岐を見つけることが出来まして、この道を使うと鞍骨山の北側にでるらしいのですが、冬は勿論、それ以外の季節でも止めといた方がよいでしょう。付近一帯は熊生息地なので見通しが悪い道を使うのは不安だと思います。ハイキングコースを使い標柱にちゃんと従って二本松峠を目指して下さい。一箇所だけ天城山城の手前で迷う所がありますが、標柱をよく確認すれば自ずと道は開けます。二本松峠は堀切と見間違えるぐらいの峠ですが、この場所から10mは無い場所に「鞍骨城まで850m」の標柱も立ってます。ようやく安心出来る瞬間ですね!

お城は基本尾根上に造られていてコンパクトです。送電線の鉄塔を越えるといきなりデカい堀切が現れてびっくりします。更にその奥には二重堀切が…凄いっす。その先には竪堀があり、そこを越えると数段の腰曲輪が付いた主郭部があります。主郭部には相当量の石積みが施されて異世界の趣き、一応天空の山城を謳っています。崩落部分もあることを考えてみても往時は派手目な山城だったことでしょう。主郭には土塁があり、虎口も確認出来ます。主郭を越えた東尾根は人ひとりが通るような痩せ尾根ですが、ここには三条の堀切+竪堀があります。ここの竪堀の一部分には石積みで補強されているような痕跡も…

築城主の清野氏は村上氏の庶流で全国的には無名ですが、川中島一帯ではそれなりの力を持った国人領主だったようです。未見ですが資料的価値に乏しい甲陽軍鑑には海津城は清野氏の館を接収して築城されたと書いてあるそうで、嘘書くようなことでは無いので本当かもしれないことから無理矢理松代城のスポットとして置かせて頂きました。

お城までの全行程は約1時間、道は緩やかな方だと思います。この地の歴史に触れたい方は是非!兼続君も来たことあるよ!

2019年10月17日 田中雅楽允三郎
松代城

御城印?御朱印みたいなの真田宝物館隣の観光案内所で手に入れられます。

2019年10月15日 田中雅楽允三郎
松代城



台風の水害。
御船屋稲荷神社付近。
お城周りより北側はほぼ水没していた。
画像は13日朝



2019年08月13日 大納言弾正尹魔太郎
旧松代駅跡[松代城  その他]



長野電鉄屋代線の駅が存在していたが、2012年4月1日全線廃止され、バスに転換された。

2019年05月30日 あおっち兵庫助
松代城



GWに攻城。歩いて回れる範囲に見学できる施設多く、非常にまわりやすい。
長野駅前からレンタカーを借りて行きました。


2019年04月29日 沼田上野介
太鼓門前橋[松代城  遺構・復元物]



太鼓門表門に掛かる前橋の復元。史料では災害の度に崩落、架け替えが行われた事が記されており、発掘調査により4回以上架け替えが行われている事が確認された。

現在掛かる橋は江戸時代末期の設計図を元に復元されたもの。

2019年04月29日 沼田上野介
松代城跡概略説明板[松代城  碑・説明板]



二の丸南門には説明板が設置されています。

2019年04月29日 沼田上野介
三の堀跡[松代城  遺構・復元物]



平成6年の調査により三の堀遺構が発掘された地点にその一部が再現されています。

2019年04月28日 ☘️ケムラー左馬助四十郎
真田邸[松代城  スタンプ]



(真田邸)右手に入館受付。左手の青い屋根のテントにスタンプありました。

2018年10月04日 ガルガリ博士
松代城

長野インターの近くにある、おぎのやさんの駐車場の隅に
胴合い橋があり山本勘助の首と身体を合わせた場所と言われています。


2018年10月04日 目白但馬守鷹三
松代城

海津城としての見どころがたくさんあります。高低差なしでナマケモノにも優しいお城ですね。百名城スタンプは真田邸前のテントに置かれていたので無料で押せます。

2018年08月16日 和泉守yukinezumi
松代城

真田宝物館に松代城のジオラマがあり、それを見てからお城に行くと分かりやすいと思いました。お城を中心に真田邸、文武学校、宝物館など徒歩圏内にあり観光しやすかったです。無料駐車場が宝物館前とお城前にあります。川中島古戦場、松代城、真田邸など3時間くらいで見学しましたが、もう少し時間が欲しかったです。
長野インター近くに峠の釜飯で有名なおぎのやさんがあります。お盆休み中でかなり混雑していましたが回転が良いので釜飯単品ならすぐに購入でき、店内のセルフコーナーで飲食可能でした。お土産物も売っていて、駐車場奥に胴合橋もあります。

2018年05月10日 大納言織田晃司
松代城

本丸太鼓門近くに駐車場有り。

太鼓門や北不明門や櫓台に目が行きがちですが、土塁にも注目してみてください。

5/3に訪れた時、真田おもてなし隊(たぶんボランティア)がいらっしゃいました。

2017年07月20日 お彼岸左衛門佐紺絹地六連銭
松代城

ついに大規模な発掘調査が始まりました!今回は旧来の堀などを調査するようですが、何が出てくるのか大変楽しみなところです❗
古地図については、松代まち歩きセンターにてカラーコピー1枚100円で手に入りますので、これを見ながら城の回りを歩くとより一層楽しい城廻りになることと思います!

2016年11月28日 まるき〜上野介
松代城

近くの川中島の合戦場にてたまたま信玄と謙信の像が何処にあるのかを訪ねたガイドもどきのおじさん情報なのですが…
松代城は現在放送されている大河ドラマ終了後に大規模な普請の予定があるらしいと…
そのおじさんの話がかなりあやふやなので松代文化施設等管理事務所に電話で聞いてみました。
旧長野電鉄が廃線になった事で色々調査しているみたいでハッキリどこからどこまで?と決まってはいないが城の堀や土塁、もしかしたら門、がこの先5〜6年後には再現できる…かも知れない。という事でした!
新たに城の縄張りが明らかになっていく…
楽しみですな〜また行かなきゃね〜

2016年10月05日 お彼岸左衛門佐紺絹地六連銭
松代城

松代城を見て、真田宝物館を見て、真田邸でスタンプを押しましたら、是非その近くにある松代文武学校に足を運んでください。ここには松代藩の藩校がそのまま残っており、剣術所、槍、弓、柔術所には、武士たちの汗が染み込んでいるであろう板張りがそのまま残されております!是非上がっていただき、その雰囲気に浸ってください!!歴史好きには堪りませんよ~!そこで地元の剣士の方々がたまに練習していますので、それを見学しながら古に思いを馳せるのもいいですよ。また、地元の方々が大切に守ってきたのだなぁと感動させられます。
また、文学所で佐久間象山先生も学んでいたそうですよ。藩校が残っているのは全国的に珍しいそうですので、松代にいらしたら是非お立ち寄りください!

2015年12月23日 お彼岸左衛門佐紺絹地六連銭
松代城

お城の南には真田宝物館という施設があり、貴重な代物が沢山保管されています。常設展示もかなり楽しいのですが、1月17日からは信繁が姉に宛てた直筆の手紙が公開されるようです!!楽しみですね~
真田宝物館のみの入館料は300円です。入館時間は午前9時から午後4時30分迄です。
真田の菩提市長国寺はお城の東へ車で5分ほど行ったところにあります。
史跡巡りに疲れたらやっぱり温泉ですね!
さらにお城から東へ車で10分ほど行ったところに松代温泉があります。塩と鉄分の温泉で、底が見えないくらい茶色く濁っていて、かなりのインパクトがありますが、出た後かなりの間ぽかぽかでいられます。松代温泉松代荘の入浴料金は大人510円で、入浴時間は午前10時から午後10時迄です。冷めた体を温めて行って下さい~

2015年11月05日 アマビエ土佐守
松代城

大河ドラマ真田丸に向け★★★★

現在、松代城の補修等はされておらず、2年前訪問時の景観を保っている。

松代の街は舗道や街灯の整備が進んでおり、某コンビニの出店もしています。また、真田家所縁の仏閣が補修や本堂建て替えと整備が進んでいる。

ここで、松代城~上田市の車での所要時間を特記したいと思います。
※松代城~長野lC~上田菅平lC~上田城迄約30分
※松代城~国道18号線~上田城迄約45分~60分
※松代城~県道35号線~真田本城迄約45分
尚、県道35号線は信号も少なく抜け道として可能ですが、途中の地蔵峠付近は注意が必要。




2015年09月10日 お彼岸左衛門佐紺絹地六連銭
松代城

100名城スタンプは、海津城から南側に歩いて5分のところにある真田邸の受付の方が保管されていて、とても綺麗なスタンブに生まれ変わっていました!インクの付きが最高です!
海津城の北側には川中島古戦場があり、謙信公の馬上からの一太刀を信玄公が軍配で受け止めようとしているドデカイ像があります。
また城の南側には謙信公が布陣していた妻女山があり、頂上の展望台からは川中島古戦場の全貌が見渡せます。
他にも城の北側に武田信繁公の菩提寺典厩寺があり、その中にある川中島合戦記念館には、貴重な肖像画や遺品が展示されています。入場料金は大人1人200円ですが、ズバリ安いと思います。そこから千曲川沿いに東へ行ったところに山本勘助のお墓がひっそりとあります。
城の直ぐ南にある真田宝物館内には、これまた貴重な真田信幸公の肖像画、具足等が展示してあり、一見の価値があります。
ちなみに幕末が好きな方はその南側に佐久間象山記念館、第二次世界大戦関連ではそのさらに南に大本営予定地だった象山地下壕もあります。
全てを見て回ると、1日かかります!

2014年09月16日 タコ武蔵守イカ
松代城

2014/09/14 に訪問しました。以前の書き込みにもある通り、長野電鉄 屋代線は既に廃線になっているためバスを利用しました。

JR 長野駅 の北口(善光寺口) 2番乗り場 から
アルピコ交通 30系 川中島古戦場経由 松代行き

私は川中島で下車してそこから松代城までは徒歩で移動しました。(約3km)
妻女山を望みながら、千曲川を渡り海津城(松代城)に入城できるので、時間に余裕のある方にはお勧めです。

2014年08月31日 ゼカキユ弾正大弼第16駆逐隊
松代城

自分もこのお盆休みに行きましたがスタンプが分離していました(TOT)
直ったならよかったです(^^)
また、真田宝物館の近くにある観光案内所では史跡について色々教えてもらえます。
おかげで、川中島古戦場跡、勘助の墓、勘助宮、妻女山が近くにあると教えていただき、効率よく回れました(^-^)v

2014年08月31日 尾張守ひろっちぃ
松代城

管理事務所に100名城スタンプはあります。口コミにスタンプが壊れてるとありますか今は修理されたのかわかりませんが直ってます

2013年02月16日 ぽえぞお弾正少弼黄金旅程
松代城

本日4度目の登城!
いつ来ても整備されキレイなお城ですo(^-^)o
幸い!?にも来訪者が極端に少なく自分が来た時には先客だった方も居なくなり貸し切り状態(笑)で写真撮りまくってました(‾∀‾)

ふと以前、訪れた際に100名城スタンプが滲んでしまった事を思い出し、別の紙にスタンプ押して帰ろうと管理事務所に行き手に取ると…

『なんじゃこりゃ〜!』

思わず叫びそうになりましたが…スタンプが壊れてるじゃないですか
(」゜□゜)」

インク入れだと思われる持ち手部分とスタンプの版台が見事に分離…(‾○‾;)
試しに押してみたら…フォトギャラリーに投稿したので、そちらで確認してください…(ノ△T)

故意にやったのではないと信じたいですが…酷すぎる…\(`ε´)/

2012年09月15日 傾奇揚げ仙兵衛
松代城

松代城から真田宝物館に行く途中に小布施でも人気の和菓子店『竹風堂』の松代店が在ります。
栗の菓子や栗おこわ


国道403号には『食いしん坊かじや』と言う地元名産の長芋を使った料理の店が在ります。
長芋が絶品です。

2012年09月07日 león☆鷹党
松代城

長野駅より川中島古戦場・松代方面行きのバスで約30分程、松代駅バス停で降り歩いて5分程で着きました。
武田流築城の特徴である三日月掘・丸馬出しは残念ながら残っていませんが、本丸の内桝形門はしっかり整備され残っています。
すぐ近くに真田宝物館があり、有名な真田昌幸所用の昇梯子文二枚仏胴具足が展示されてます。
松代大橋を渡ったところには典厩寺、胴合橋、川中島古戦場と周辺に見所が多いので1日楽しめますよ

2011年11月05日 中務卿一之介
松代城

すぐ横を、長野電鉄屋代線が走ります。
2012年3月限りで廃止が予定されているこの電車と松代城を、一枚の写真に収められるのも、あとわずかです。

2011年07月17日 左大臣M三郎
松代城

川中島合戦の武田方拠点海津城、また、激動の安土桃山期を生き抜いた真田信之公の居城として有名な松代城ですが、典型的な平城でさほど大きいとは言えません。石垣の高さや堀幅も小さく、かつては、千曲川や芦原などにより高かったであろう防御力も周辺の開発によって偲ぶことは難しい状況です。しかし、城域一帯は、史跡公園として徹底的に整備・管理され、総石垣方形の本丸には、前後の桝形部も復元されています。周辺の郭まで土塁や堀が忠実に再現され、まるで往時にいるかのような印象です。魅せられました。大好きです


2011年04月10日 古楽侍従広家
松代城

ここの攻防で川中島の戦いが起こるわけですが、ここに立ち妻女山を見て、武田方の城跡を探すと、妻女山が上杉政虎の本陣にはなりえないと気付きます。

2010年09月23日 雪之丞
松代城

長野駅からバスでも電車でも来れますが、電車は乗換があり時間もかかります。バスの方が便利です。

2010年09月19日 琉球守土成★2周目
松代城

百名城のスタンプの品質はあまり良くない

2010年08月27日 傾奇揚げ仙兵衛
松代城

真田邸を含めその町並みがレトロで綺麗でとても素晴らしい。真田邸の梅の木に青梅が沢山付いていましたが誰も収穫しないでしょうね。モッタイナイ

2010年07月21日 徳川内大臣源朝臣康武
松代城

[武将像]三太刀七太刀像
松代城を含む川中島古戦場。
八幡原に鎮座。

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