松代城(まつしろじょう)

松代城の基本情報

通称・別名

海津城、貝津城

所在地

長野県長野市松代町松代44地

旧国名

信濃国

分類・構造

輪郭式平城

天守構造

不明

築城主

武田信玄

築城年

永禄3年(1560)

主な改修者

田丸直昌、森忠政

主な城主

武田氏、森氏、真田氏

廃城年

明治6年(1873)

遺構

曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)

指定文化財

国史跡(松代城跡附新御殿跡)

再建造物

太鼓門、堀、石垣、土塁、石碑、説明板

周辺の城

尼厳城(長野県長野市)[2.6km]
霞城(長野県長野市)[4.0km]
横田城(長野県長野市)[4.5km]
屋代城(長野県千曲市)[6.9km]
吉窪城(長野県長野市)[9.2km]

松代城の解説文

松代城(まつしろじょう)は、長野県長野市松代町松代にある城郭である。元々は海津城(かいづじょう)と呼ばれていたが貝津城とも言われた。また茅津城(かやつじょう)とも言われ茅の生い茂った地であったと伝える説もある。形式は輪郭式平城。国の史跡に指定されている。

歴史・沿革
戦国時代・安土桃山時代
正確な築城時期は不明。戦国期には甲斐国の武田晴信(信玄)が信濃侵攻を開始し、北信豪族を庇護した越後国の長尾景虎(上杉謙信)との北信・川中島地域をめぐる川中島の戦いへと発展する。千曲川河畔の海津城は川中島地域の拠点城郭として整備され、『甲陽軍鑑』に拠れば武田氏は北信国衆である清野氏の館を接収し、武田家足軽大将の山本勘助に命じて築城され、『軍鑑』に拠れば本城には小山田虎満(備中守)、二曲輪に市川等張・原与惣左衛門が配置されたという。

文書上においては海津城の築城は1559年から開始され(『信濃史料』12巻 - 250号)、翌年には完成している(『軍鑑』)。築城は屋代氏、香坂氏ら川中島四郡(埴科郡、高井郡、水内郡)の国衆が担ったという。

海津城東条城・尼飾城とともに上杉氏への最前線に位置し、永禄4年9月に上杉氏が川中島へ侵攻すると城代の春日虎綱(高坂昌信)は海津城において篭城し信玄本隊の到着を待ち、9月10日には八幡原において両軍の決戦が行われたという(第四次川中島の戦い)。

また、海津城は川中島四郡における領国支配・国衆支配の拠点としても機能し、城代である春日虎綱は郡代的権限を持っていたと考えられている。

武田氏滅亡後に、織田氏家臣の森長可の居城となる。長可は武田遺臣の子息や近隣の村から人質を集めたが彼らを住まわせたのがこの海津城、あるいは海津城下であったという。本能寺の変が起こると長可は信濃を放棄して退却する事を決断し、海津城の人質を盾にして美濃へと退却し海津城も無人のまま捨て置かれた。以後は空白地帯となった信濃へと侵入した上杉氏の支配となったが、1598年に上杉景勝が会津に転出の後は豊臣秀吉の蔵入地となり、城主には田丸直昌が任じられた。

甲州流築城術の特徴を強く持ち、武田氏築城の代表的な城の一つである。千曲川を背後に控え、本曲輪を三方から二の曲輪が囲み、甲州流築城術の特徴である丸馬出及び三日月堀を有す。平城としては駿河江尻城が、平山城としては信濃岡城海津城(松代城)と構造的に非常に似通っている。

江戸時代
1600年 この年2月に田丸直昌の後釜として森忠政が入封。同時に豊臣家の蔵入地では無くなる。この時、海津城から待城へと改名される。
1603年 森忠政が美作へと加増転封されると松平忠輝が入封する。この忠輝領主時代に待城から松城へと改名されたという。忠輝以後は松平忠昌、酒井忠勝と続く。
1622年 真田信之が入城。以後、松代藩の藩庁として明治維新まで真田氏の居城となった。
1711年 幕命により松代城と名を改められた。...

松代城の口コミ情報

土佐守紺タオル地むつ連銭様[2017年07月20日]
ついに大規模な発掘調査が始まりました!今回は旧来の堀などを調査するようですが、何が出てくるのか大変楽しみなところです❗
古地図については、松代まち歩きセンターにてカラーコピー1枚100円で手に入りますので、これを見ながら城の回りを歩くとより一層楽しい城廻りになることと思います!

まるき〜淡路守様[2016年11月28日]
近くの川中島の合戦場にてたまたま信玄と謙信の像が何処にあるのかを訪ねたガイドもどきのおじさん情報なのですが…
松代城は現在放送されている大河ドラマ終了後に大規模な普請の予定があるらしいと…
そのおじさんの話がかなりあやふやなので松代文化施設等管理事務所に電話で聞いてみました。
旧長野電鉄が廃線になった事で色々調査しているみたいでハッキリどこからどこまで?と決まってはいないが城の堀や土塁、もしかしたら門、がこの先5〜6年後には再現できる…かも知れない。という事でした!
新たに城の縄張りが明らかになっていく…
楽しみですな〜また行かなきゃね〜

土佐守紺タオル地むつ連銭様[2016年10月05日]
松代城を見て、真田宝物館を見て、真田邸でスタンプを押しましたら、是非その近くにある松代文武学校に足を運んでください。ここには松代藩の藩校がそのまま残っており、剣術所、槍、弓、柔術所には、武士たちの汗が染み込んでいるであろう板張りがそのまま残されております!是非上がっていただき、その雰囲気に浸ってください!!歴史好きには堪りませんよ~!そこで地元の剣士の方々がたまに練習していますので、それを見学しながら古に思いを馳せるのもいいですよ。また、地元の方々が大切に守ってきたのだなぁと感動させられます。
また、文学所で佐久間象山先生も学んでいたそうですよ。藩校が残っているのは全国的に珍しいそうですので、松代にいらしたら是非お立ち寄りください!

土佐守紺タオル地むつ連銭様[2015年12月23日]
お城の南には真田宝物館という施設があり、貴重な代物が沢山保管されています。常設展示もかなり楽しいのですが、1月17日からは信繁が姉に宛てた直筆の手紙が公開されるようです!!楽しみですね~
真田宝物館のみの入館料は300円です。入館時間は午前9時から午後4時30分迄です。
真田の菩提市長国寺はお城の東へ車で5分ほど行ったところにあります。
史跡巡りに疲れたらやっぱり温泉ですね!
さらにお城から東へ車で10分ほど行ったところに松代温泉があります。塩と鉄分の温泉で、底が見えないくらい茶色く濁っていて、かなりのインパクトがありますが、出た後かなりの間ぽかぽかでいられます。松代温泉松代荘の入浴料金は大人510円で、入浴時間は午前10時から午後10時迄です。冷めた体を温めて行って下さい~

天草備前守四郎時貞様[2015年11月05日]
大河ドラマ真田丸に向け★★★★

現在、松代城の補修等はされておらず、2年前訪問時の景観を保っている。

松代の街は舗道や街灯の整備が進んでおり、某コンビニの出店もしています。また、真田家所縁の仏閣が補修や本堂建て替えと整備が進んでいる。

ここで、松代城~上田市の車での所要時間を特記したいと思います。
※松代城~長野lC~上田菅平lC~上田城迄約30分
※松代城~国道18号線~上田城迄約45分~60分
※松代城~県道35号線~真田本城迄約45分
尚、県道35号線は信号も少なく抜け道として可能ですが、途中の地蔵峠付近は注意が必要。


土佐守紺タオル地むつ連銭様[2015年09月10日]
100名城スタンプは、海津城から南側に歩いて5分のところにある真田邸の受付の方が保管されていて、とても綺麗なスタンブに生まれ変わっていました!インクの付きが最高です!
海津城の北側には川中島古戦場があり、謙信公の馬上からの一太刀を信玄公が軍配で受け止めようとしているドデカイ像があります。
また城の南側には謙信公が布陣していた妻女山があり、頂上の展望台からは川中島古戦場の全貌が見渡せます。
他にも城の北側に武田信繁公の菩提寺典厩寺があり、その中にある川中島合戦記念館には、貴重な肖像画や遺品が展示されています。入場料金は大人1人200円ですが、ズバリ安いと思います。そこから千曲川沿いに東へ行ったところに山本勘助のお墓がひっそりとあります。
城の直ぐ南にある真田宝物館内には、これまた貴重な真田信幸公の肖像画、具足等が展示してあり、一見の価値があります。
ちなみに幕末が好きな方はその南側に佐久間象山記念館、第二次世界大戦関連ではそのさらに南に大本営予定地だった象山地下壕もあります。
全てを見て回ると、1日かかります!

刑部大輔黒うさ1223横浜様[2015年04月13日]
100名城スタンプは松代城管理棟から真田邸に移動したみたいです♪スタンプ目当ての方は気を付けてください♪

刑部大輔黒うさ1223横浜様[2014年09月24日]
駐車場、トイレ完備♪
北駐車場からは徒歩3分で搦手門側に着きます♪
大手門側からという人は駅側の駐車場もありますので、そちらを利用すると便利だと思います♪

タコ武蔵守イカ様[2014年09月16日]
2014/09/14 に訪問しました。以前の書き込みにもある通り、長野電鉄 屋代線は既に廃線になっているためバスを利用しました。

JR 長野駅 の北口(善光寺口) 2番乗り場 から
アルピコ交通 30系 川中島古戦場経由 松代行き

私は川中島で下車してそこから松代城までは徒歩で移動しました。(約3km)
妻女山を望みながら、千曲川を渡り海津城(松代城)に入城できるので、時間に余裕のある方にはお勧めです。

雪風薩摩守@第16駆逐隊様[2014年08月31日]
自分もこのお盆休みに行きましたがスタンプが分離していました(TOT)
直ったならよかったです(^^)
また、真田宝物館の近くにある観光案内所では史跡について色々教えてもらえます。
おかげで、川中島古戦場跡、勘助の墓、勘助宮、妻女山が近くにあると教えていただき、効率よく回れました(^-^)v

尾張守ひろっちぃ様[2014年08月31日]
管理事務所に100名城スタンプはあります。口コミにスタンプが壊れてるとありますか今は修理されたのかわかりませんが直ってます

ぽえぞお弾正少弼黄金旅程様[2013年02月16日]
本日4度目の登城!
いつ来ても整備されキレイなお城ですo(^-^)o
幸い!?にも来訪者が極端に少なく自分が来た時には先客だった方も居なくなり貸し切り状態(笑)で写真撮りまくってました(‾∀‾)

ふと以前、訪れた際に100名城スタンプが滲んでしまった事を思い出し、別の紙にスタンプ押して帰ろうと管理事務所に行き手に取ると…

『なんじゃこりゃ〜!』

思わず叫びそうになりましたが…スタンプが壊れてるじゃないですか
(」゜□゜)」

インク入れだと思われる持ち手部分とスタンプの版台が見事に分離…(‾○‾;)
試しに押してみたら…フォトギャラリーに投稿したので、そちらで確認してください…(ノ△T)

故意にやったのではないと信じたいですが…酷すぎる…\(`ε´)/

傾奇揚げ仙兵衛様[2012年09月15日]
松代城から真田宝物館に行く途中に小布施でも人気の和菓子店『竹風堂』の松代店が在ります。
栗の菓子や栗おこわ


国道403号には『食いしん坊かじや』と言う地元名産の長芋を使った料理の店が在ります。
長芋が絶品です。

león伊豆守大途様[2012年09月07日]
長野駅より川中島古戦場・松代方面行きのバスで約30分程、松代駅バス停で降り歩いて5分程で着きました。
武田流築城の特徴である三日月掘・丸馬出しは残念ながら残っていませんが、本丸の内桝形門はしっかり整備され残っています。
すぐ近くに真田宝物館があり、有名な真田昌幸所用の昇梯子文二枚仏胴具足が展示されてます。
松代大橋を渡ったところには典厩寺、胴合橋、川中島古戦場と周辺に見所が多いので1日楽しめますよ

参議一之介様[2011年11月05日]
すぐ横を、長野電鉄屋代線が走ります。
2012年3月限りで廃止が予定されているこの電車と松代城を、一枚の写真に収められるのも、あとわずかです。

中納言M三郎様[2011年07月17日]
川中島合戦の武田方拠点海津城、また、激動の安土桃山期を生き抜いた真田信之公の居城として有名な松代城ですが、典型的な平城でさほど大きいとは言えません。石垣の高さや堀幅も小さく、かつては、千曲川や芦原などにより高かったであろう防御力も周辺の開発によって偲ぶことは難しい状況です。しかし、城域一帯は、史跡公園として徹底的に整備・管理され、総石垣方形の本丸には、前後の桝形部も復元されています。周辺の郭まで土塁や堀が忠実に再現され、まるで往時にいるかのような印象です。魅せられました。大好きです

古楽侍従広家様[2011年04月10日]
ここの攻防で川中島の戦いが起こるわけですが、ここに立ち妻女山を見て、武田方の城跡を探すと、妻女山が上杉政虎の本陣にはなりえないと気付きます。

雪之丞様[2010年09月23日]
長野駅からバスでも電車でも来れますが、電車は乗換があり時間もかかります。バスの方が便利です。

琉球守土成★2周目様[2010年09月19日]
百名城のスタンプの品質はあまり良くない

傾奇揚げ仙兵衛様[2010年08月27日]
真田邸を含めその町並みがレトロで綺麗でとても素晴らしい。真田邸の梅の木に青梅が沢山付いていましたが誰も収穫しないでしょうね。モッタイナイ

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月21日]
[武将像]三太刀七太刀像
松代城を含む川中島古戦場。
八幡原に鎮座。

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