典厩寺
典厩寺([松代城 寺社・史跡])
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典厩寺の口コミ情報
2026年09月14日 尼崎城美濃守一口城主
[山門、閻魔堂、川中島記念館、本堂]
8/12、尼巌城、寺尾城登山後に典厩寺にお参り。川中島の戦いで討死された武田典厩信繁公(信玄公の実弟)をお祀りしてあるためか山門上部に武田家の家紋の武田菱(写真①)がありました。山門を入ってすぐ左手にに受付があり、無人だったため拝観料を払って入山(写真②)※拝観予定の方はお釣りが要らないよう準備が必要かと思われます🪙🪙
入山後、まずは閻魔堂に向かい武田家・上杉家の家紋が入った幕(写真③)をくぐって日本一大きい閻魔様(写真④)にお参り🙏巨大な閻魔様、迫力がありました❗️説明板(写真⑤)を読むと江戸時代終盤の万延元年(1860)に松代藩八代藩主の真田幸貫公の発願によって川中島合戦の戦死者の追善供養のために建立されたとありました。説明板(写真⑤)の最後から2行目にあるように右壁には霧の川中島合戦を描いた画(写真⑥)があります。
閻魔堂お参りの後は川中島合戦記念館(写真⑦)に入館。こちらには信繁公の肖像画や実際に使用された兜、謙信公の鉄扇など数々の貴重なものを見ることが出来感激でした✨
記念館を出て信繁公のお墓へ向かう途中、本堂(写真⑧)もお参り。本堂前に武田家・上杉家の軍旗があり、本堂の屋根の上部には山門同様に武田菱が見られました。
2026年09月14日 尼崎城美濃守一口城主
[信繁公関連史跡]
閻魔堂、本堂をお参り後は、信繁公のお墓に向かいお墓の前の説明板(写真①、②)を確認。説明板(写真②)は私の影が映り込まないようと斜めから撮ってみたのですが読みづらいようでしたら申し訳ありません🙇🏻♂️説明文後半に川中島合戦での信繁公の壮絶な討死は敵の上杉謙信公からも文武両道に優れた名将としてその死を惜しまれたとのことでした。討死後、遺骸は鶴巣寺に埋葬され、典厩塚と呼ばれ後に真田信之公の命により典厩寺と改められたとのことでした。
名将信繁公のお墓🪦(写真③)にお参りし、閻魔堂にあったパネル(写真④)より信繁公のお墓の側に建てられていた真田信繁(幸村)公のお墓もお参り🙏
説明板(写真②)の右側には日清・日露戦争で活躍された伊東祐享元帥、東郷平八郎元帥、上村彦之丞元帥が明治39年に典厩信繁公のお墓参りをされた際の三将軍戮力植松の碑(写真⑤)がありました。
境内を散策していると信繁公の首きよめ井戸(写真⑥)もありました。
2026年09月14日 尼崎城美濃守一口城主
[懐古の碑、両角家の碑]
境内を散策していると懐古の碑(写真①)もあり、写真①の説明板にある通り、信玄公の躑躅ヶ崎館の愛石🪨(写真②)、春日山城の謙信公の力試しの石🪨(写真③)が配置されていました。
縁起物の大灯籠(三福カエル🐸:写真④)やボケ封じの石🪨(写真⑤)がありご利益を得ようと触ってみました。その後、両角家の碑(写真⑥)を見つけて、あっ両角さんだと思わず声を出してしまったら、偶々お墓参りに来られていた両角さんに聞こえたようで、はい🖐️私、両角ですと出てこられて、思いがけず信州の武道家さんと共に両角さんから色々な解説や興味深い話を聞くことが出来、さっそくご利益を得ることが出来ました。
まず、両角家ですがご先祖様は信玄公の祖父又は曽祖父の弟に当たるとのことで表記は室住や諸角、諸住など色んな表記があるとのことでした。川中島の戦いの際には諸角豊後守は80歳を越える中参戦されていて、信繁公が攻められるのをいても立っていられず助けようと奮戦して討死にされたとのことでした。
次に武田家についても武田家滅亡後は秩父地方へ逃れた武田家の一族や遺臣が長沢姓を名乗った話も教えて頂き、両角さんが学生時代の下宿先で長沢さんの末裔の方にお世話になったという何ともドラマチックな話を聞かせて頂き歴史の巡り合わせに感激してしまいました。
当日は閻魔様と信繁公のお墓参りをメインで考えていましたがまさかの両角さんとの出会うというしびれる展開に充実した時間を過ごさせて頂きました。
2025年09月06日 絆✨左衛門佐紺絹地六連銭
典厩寺…武田信繁(古典厩)公ファンには堪らない寺である。私などは一年に一度は手を合わせに来ています。 川中島古戦場跡に来たならば一度は訪れてほしい場所。 ご住職のはからいでたった200円という拝観料で川中島古戦場の宝物を観ることが出来ます。(中は撮影禁止なので目に焼き付けて下さいw) それから中に入って直ぐに見えるのが、日本一大きな閻魔堂!!閻魔様の迫力に圧倒されますが、お顔を良く見ていると何となく優しく感じてくるのも不思議 壁画や天井絵に沢山の仏様が描かれていて、手を合わせいるとなんだか温かい気持ちになります。 その奥には古典厩殿の首を洗われた井戸。ボケ防止石を挟んで、川中島古戦場跡で亡くなった多くの兵士のための供養塔が建ちその右側に上杉家の力石、左側に躑躅ヶ崎から運ばれた石が供えられている… そしてそこから北に進むと、「まことの武士)武田信繁(古典厩殿)の墓所がある… 松代藩真田家代々お祀りしてきた典厩寺。川中島古戦場跡に寄られた際は是非こちらで手を合わせ頂ければと、思います。
2020年11月23日 こうひろ☽
第四次合戦の際に討ち死にした武田信繁の墓があります。その横には真田信繁の供養塔であると伝えられている墓もあります。
入ってすぐ左側には閻魔堂があり、高さ5m程の日本一大きい閻魔大王像がお出迎え。怖いというより少し愛嬌があるのがほほえましい。
信繁の首を洗い清めた井戸とボケ封じの石も境内にひっそりとあります。
一騎討ち銅像の元になった石碑、寺宝を集めた川中島合戦記念館と盛り沢山で拝観料200円は安いです。
合戦時に犠牲になった人々に思いを馳せ千曲川や妻女山を眺めてみては如何でしょうか









