八王子城(はちおうじじょう)

八王子城の基本情報

通称・別名

所在地

東京都八王子市元八王子町3、西寺方町、下恩方町

旧国名

武蔵国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

北条氏照

築城年

天正15年(1587)頃

主な改修者

主な城主

北条氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、御主殿跡

指定文化財

国史跡(八王子城跡)

再建造物

石垣、虎口、引き橋、石碑、説明板

周辺の城

小田野城(東京都八王子市)[2.0km]
浄福寺城(東京都八王子市)[2.1km]
初沢城(東京都八王子市)[3.1km]
戸吹城(東京都あきる野市)[7.3km]
横山党館(東京都八王子市)[7.6km]
網代城(東京都あきる野市)[7.6km]
片倉城(東京都八王子市)[7.9km]
津久井城(神奈川県相模原市)[8.1km]
滝山城(東京都八王子市)[8.8km]
高月城(東京都八王子市)[9.0km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

22 八王子城

設置場所

八王子城跡管理棟前[地図
ガイダンス施設[地図

八王子城の解説文



八王子城(はちおうじじょう)は、16世紀の武蔵国(現代の東京都八王子市元八王子町)に存在していた日本の城である。

概要 

八王子城は北条氏の本城である小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点であった[1]。標高445 m(比高約240 m)の深沢山(現在の城山)に築城された中世山城である。深沢山の麓、華厳ヶ谷に庵を結んだ華厳菩薩妙行が延喜13年(913年)に山頂で修行中、牛頭天王と8人の王子が現れたとして延喜16年(916年)に八王子権現を祀ったことから、八王子城と名付けられた。別の説では山王権現を祀る日吉大社の末社である山王社が多摩地区には広く存在しており、深沢山にも山王社があったために日吉大社の神体山にちなんで「八王子山」とも呼ばれていたことから八王子城と名付けられたとする説もある(城跡には今日も「山王台」と呼ばれる場所がある)[2]

縄張りは北浅川と南浅川に囲まれた東西約3 km、南北約2 - 3 kmの範囲に及び、山の尾根や谷など複雑な地形を利用していくつかの地区に分けられ、山頂に置かれた本丸、松木曲輪や小宮曲輪など何段もの曲輪を配置した要害地区、城山川沿いの山腹に御主殿と呼ぶ館を構えてその東側にアシダ曲輪で防衛している居館地区、城山川に沿った麓に城下町を形成した根小屋地区、などで構成されていた。要害地区にはいくつもの砦を配し、それらを結ぶ連絡道の要所には深い堀切や竪堀、兵舎を建てるための曲輪などが造成されていた。特に、居館地区の南側尾根にある太鼓曲輪は5つの深い堀切で区切られ、南側を石垣で固めるなど、容易に尾根を越えられない構造となっていた。城全体があまりに広大であったため、落城時には未完成であったという説もあるが、戦国時代のお城は、増築の繰り返していたので一概に言えない。。

城下町には、武家屋敷のある中宿、刀剣鍛冶職人の居住区である鍛冶屋村に加え、滝山城下から移転した商業地区の八日市、横山、八幡といった3つの宿場があったと言わも言われてる。また出城には、搦手の防衛線を形成する浄福寺城(案下城)、小田野城の他、初沢城などがあった。

八王子市文化財課が管理する現在の「八王子城跡」としての範囲には太鼓曲輪尾根の南斜面などの区域が含まれておらず、16世紀当時より狭い範囲に限定されている。史跡に含まれていない区域は霊園や私有地が入り組んでいるため、住宅地の中にも多くの遺構を確認することができる。

歴史・沿革 

北条氏康の三男・氏照が1571年(元亀2年)頃より築城し、1587年(天正15年)頃に本拠とした。ただし、近年の研究では古文書などの分析により、元亀段階には小規模な城砦みたいなものが存在した可能性はあるものの、本格的な築城は1578年(天正6年)頃とみる説が有力である[3][4][5]。なお、かつては古文書を根拠とした1560年(永禄3年)説・1562年(永禄5年)説もあったが、1569年(永禄12年)に武田氏との間で滝山城の籠城戦が行われているため、今日では否定的である。また、近年滝山城の築城を1563年(永禄6年)以降とする有力説[6][7]があり、この説を採用した場合には永禄年間初頭説では、滝山城より八王子城の方が先に築城されてしまうことになる矛盾が生じるため、その意味でも成立しないとみられる。

氏照は当初、大石氏の由井城、後に滝山城に拠っていたが、小田原攻撃に向かう甲斐国(現在の山梨県)の武田信玄軍に攻められた際、(廿里古戦場、三増峠の戦い)に滝山城の防衛の限界を感じて本拠を八王子城に移した。また、北条氏と武田氏はその後一旦和睦したものの、1578年(天正6年)に始まった御館の乱の対応を巡って甲相同盟が破綻しており、甲斐方面からの軍事的圧力に対抗するために築城した可能性も指摘されている。

このとき、織田信長の築城した安土城を参考に石垣で固めた山城構築を行った。滝山城は広大かつ多くの角馬出や内枡形を備えた近世的な平山城であったが、山城である八王子城に移ったことで氏照は時代に逆行したとも言われている。しかし、八王子城は一般的な山城のような尾根と堀切を利用した縦深防御に加えて、侵入してくる敵に対しいたる所から側射をかける仕組みになっている。織豊系城郭と比較すると、より近世的な戦術を志向している。しかし、氏照が入った時は、御主殿など含む主郭部と一部の主要な要所部分のみ完成しており、氏照が小田原へ援軍へ向かったとしても八王子城は、増築を何度も八王子城合戦の日まで繰り返された。

八王子城合戦

小田原征伐の一環として1590年7月24日(天正18年6月23日)、八王子城は天下統一を進める豊臣秀吉の軍勢に加わった上杉景勝、前田利家、真田昌幸らの部隊1万5千人に攻められた。当時、城主の氏照以下家臣は小田原本城に駆けつけており、八王子城内には城代の横地監物吉信、家臣の狩野主善一庵、中山勘解由家範、近藤出羽守綱秀らわずかの将兵の他、領内から動員した農民と婦女子を主とする領民を加えた約3000人が立て籠った。

豊臣側は前夜のうち霧をぬって主力が東正面の大手口(元八王子町)と北側の絡め手(下恩方町)の2方向より侵攻し、力攻めにより早朝には要害地区まで守備隊を追いやった。その後は激戦となり1000人以上の死傷者を出し、一時は攻撃の足が止まったが、搦め手側別働隊の奇襲が成功し、総崩れの状態となり、その日のうちに城は陥落した。氏照正室、比左を初めとする城内の婦女子は自刃、あるいは御主殿の滝に身を投げ、滝は三日三晩、血に染まったと言い伝えられている。こう言われるほど、小田原攻めで他に例を見ない殲滅戦となった。城代の横地監物は落城前に檜原村に脱出したが、小河内村付近にて切腹している。落城時に御主殿にいた北条方の婦女子や武将らが滝の上流で自刃し、次々と身を投じたと言われている。麓の村では城山川の水で米を炊けば赤く米が染まるほどであったと伝えられ、現代でも受け継がれている風習として、先祖供養にあずきの汁で米を炊いた「あかまんま」(すなわち赤飯)を炊くことは、この逸話がもとになっているといわれている。寳生寺が受難者の法要を続けている。

この八王子城攻防戦を含む小田原征伐において北条氏は敗北し、城主の北条氏照は兄、氏政とともに切腹した。のちに新領主となった徳川家康によって八王子城は廃城となった。

現代

1945年(昭和20年)ごろは、山頂付近を除く城山一帯が戦時中の木材伐採のため禿山となっていたのが、戦後米軍機の撮影した航空写真(国土交通相保管)に残されている。戦後、ヒノキなどが植林され、現在の状況となった。

1951年(昭和26年)6月9日、国の史跡に指定されて発掘調査や整備が進み、御主殿跡付近の石垣、虎口、曳橋などが復元された。

2004年に、城山要害部の西端直下を通る首都圏中央連絡自動車道の八王子城跡トンネルが竣工した。

2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(22番)に選定された。

2020年(令和2年) 6月19日、「霊気満山 高尾山 ~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~」(https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/takaosann/p026876.html)のタイトルで文化庁による日本遺産に高尾山とも認定された。滝山城も構成要素として関連史跡として認定された。


史跡 

麓には2012年(平成24年)に完成した八王子城跡ガイダンス施設があり、展示解説スペースのほか、休憩、レクチャースペースがある。八王子城の歴史について掲示され、ゲーム感覚で八王子城の特徴を学習できる設備や、直接手で触れることができる八王子城の小模型やスタンプ台がある。園路を進んだ先には屋根付の大きな八王子城の模型があり、詳細な説明板が付属している。無料で利用することができる見学者専用駐車場やトイレがあり、駐車場は普通車で約30台分のスペースがある。利用時間は午後5時までとなっている。

駐車場の先を100mほど進むと1992年(平成4年)に完成した八王子城跡管理事務所があり、ここにもスタンプ台とトイレが整備されている。ガイダンス施設完成前は唯一の公的有人施設であった。管理事務所では2009年(平成21年)4月よりボランティアによるガイド(無料)が始まっている。当初はガイドの範囲は御主殿跡までであったが、ガイドの人員に余裕があれば、山頂付近の要害部、その最も奧の伝大天守まで利用できる。

山頂付近には、八王子神社などの建物、トイレ、ベンチ等があるが、売店などの有人管理の施設や自動販売機や照明はない。

八王子城址に行くまでに、北条氏照の墓や、私設の八王子城址歴史資料館(有料)がある。

居館地区など、重機が入り易い区域の発掘調査や復元作業は進んでいるが、城山要害部については一部を除いてはほとんど行われておらず、樹木の伐採も行われていない。僅かに残された石垣は土砂崩れや樹木が根こそぎ倒れたことによって失われつつあり、崩落により通行不能となった水平道もある。自然や人の往来による遺構の破壊の他、林道の整備や、登城道(新道)の整備によって、部分的に失われた遺構も多い。

城郭図について

八王子城の城郭図は 江戸時代の初期(1648年)に描かれた「慶安の古図」や 西尾市岩瀬文庫所蔵の絵図と旧広島藩主浅野家に伝えられた城絵図集「諸国古城之図」や 鳥羽藩が兵学研究用に収集して保管していた「 日本古城絵図  」、旧日本陸軍築城部が城郭史を編纂すべく大正初期から資料の収集に着手した「 日本城郭史資料」、未だに当時から絵図は見つかっておらず、その全貌は不明な部分が多い。

  • 八王子市郷土資料館所蔵【慶安の古図】
  • 陸奥国弘前津軽家文書【城築規範全(http://dbrec.nijl.ac.jp/DHADNac1947002_02852)】
  • 安芸国広島浅野家文庫【諸国古城之図(https://www.library.city.hiroshima.jp/hiroshima/webgallery/kojo.html)】
  • 岩瀬文庫所蔵城廓及合戦図【武州八王寺城図(https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11F0/WJJS07U/2321315100/2321315100100010/mp01895500)】
  • 岡山大学所蔵池田文庫【佐渡北条陸奥守居城図(http://repo.lib.okayama-u.ac.jp/zoomify/T3_32_T640038001.html)】
  • 伊勢国鳥羽藩稲垣家所蔵【日本古城絵図(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1286352?tocOpened=1)】
  • 旧日本陸軍築城部が城郭史を編纂【日本城郭史資料(https://tenjikuroujin.sakura.ne.jp/t03castle11cm5/0503/050307/sub050307.html#八王子城%E3%80%801)】

発掘品

発掘により、八王子城が畿内で発展した安土桃山時代の新式の城の影響を受け、広い大手道や大きな城門を備えた大がかりなものであったことが明らかになってきた。遺跡からは発掘により五彩磁器皿などの磁器や茶道具、香炉、ベネチアンガラスなどが出土し、城内の生活をしのばせる。

城山の麓

  • 御主殿跡
落城後は徳川氏の直轄領、明治以降は国有林であったため、落城当時のままの状態で保存されていた。発掘調査の結果、礎石を沢山つかった建物の跡や水路の跡、多数の遺物が出土した。なお礎石は土砂で被われ表面は芝生となっているが、今でも当時のまま残っている。2012年から地中の遺物のレプリカを地上に設置する整備が行われ、2013年に完成した。庭園部にある石の1つのみは戦国時代当時のものである。
  • 虎口
石垣や石畳は当時のものをそのまま利用し、できるだけ忠実に復元されている。御主殿入口の冠木門(かぶきもん)は当時の門をイメージして復元された。写真にある冠木門は、老朽化のため2010年に新築されている。
  • 古道と大手の門跡
当時御主殿へ入る道として使われていた。門の礎石や敷石が1988年の確認調査で発掘されたが保存のために埋め戻されている。
  • 曳橋(ひきはし)
古道から御主殿へわたるために城山川に架けられた橋である。橋脚の部分しか資料が発見されていないため、橋脚以外の部分は現在の建築技術で16世紀当時の道筋を再現して架けられた。築城当時の構造については諸説あり、敵の侵入時に板を外せる構造や、橋桁ごとスライドする構造(八王子城管理事務所内所蔵)などが考えられている。御主殿側の橋台の位置は築城当時より5mほど東側にずれており、このため段差が生じて石段が設けられている。橋台の西側の石垣は、林道整備のために削られ、移築されている。
  • 御主殿の滝
御主殿の滝の林道側には、高さ3m、幅10m程の小山が残っているが、元々は御主殿方向に繋がった土塁であった。現在は林道整備により半分以上が削られている。この土塁をダムにして、上流に御主殿の先まで続く大きな溜め池があったとする説が有力である(参考文献2参照)。

城山の麓から中腹

  • 福善寺
千葉県に福善寺と呼ばれる寺があり、円通寺住職の余生を送るためや、若い僧の修行に使う隠居寺であった。福善寺が江戸時代に荒廃し、円通寺は明治の始に渋谷の吸江寺と合併した為、拙堂和尚が城跡に福善寺を復興した。
  • 路傍の石仏(観音像)
108体あるといわれる観音であるが、現代では16体しか確認できない。御主殿跡へのルートとして、古道を通るルート以外、石仏を巡りながらのルートもある。
  • 金子丸跡
金子三郎左衛門家重が守備をしていたといわれている。尾根をひな壇状にし、敵の侵入を防ぐ工夫がされている。現在は天守へ向かう最初の休憩所としてベンチが設置されている。(次の休憩所は8合目までない)

城山の山頂付近

城の中心で最も重要な曲輪。横地監物吉信が守備していた。頂上の平地部は10メートル四方程度の広さが残っている。
  • 松木曲輪跡(展望スペース)
八王子神社の奧に位置し、中の丸とも二の丸とも呼ばれていた。中山勘解由家範が守備し、前田利家軍を相手に奮闘したが、多勢に無勢で防ぎ切れなかった。
  • 小宮曲輪跡
三の丸とも一庵曲輪とも呼ばれていた。狩野一庵が守備していたが、搦手の隠し通路である棚沢道を突き止めた上杉軍に背後から奇襲され、落とされた。
  • 八王子神社

大手側からも搦手側からも最終的にはここに誘導されるようになっているが、三方を本丸、松木曲輪、小宮曲輪に囲まれた窪地であり、十字砲火に晒されるキルゾーンとなっていた。
  • 井戸
山頂付近にはいくつか井戸が確認されている。南側斜面にある坎井(かんせい)という井戸は、水質検査にも合格するレベルであるが、飲用としての厳密な管理はされていない。
  • 伝大天守跡
本丸が陥落した際に最後の拠点にするべく構築された詰城で、部分的に石垣が残っている。天守閣跡と伝わっているが、それらしき建物が建っていた痕跡は無い。背後(西側)には深さ10m以上の大堀切があり、背後からの敵の侵入を阻止している。さらに北側と東側の尾根筋には両翼600mに渡って石塁が築かれていた。ほとんど崩れてしまってはいるものの、石自体は残っている。

整備工事

整備工事は御主殿跡の虎口と、そこに至る大手道を整備範囲として行われた。石垣はゆがんだり欠落していたため、築城当時の工法で積み直し、さらに失われてしまった石材は補充して復元された。橋や門、柵、塀は、はっきりした痕跡が発見されなかったため、八王子城の特徴的な城の守り方を理解できるように、築城当時の通路形態を想定して再現された。

現地情報 

所在地
東京都八王子市元八王子町・下恩方町・西寺方町
交通アクセス
JR中央線高尾駅北口1番バス停より、西東京バス「高尾の森わくわくビレッジ」「宝生寺団地」「恩方営業所」「恩方ターミナル」「大久保」「陣馬高原下」「グリーンタウン高尾」「美山町」行きで、バス停「霊園前」下車、徒歩約15分。土曜・休日には高尾駅北口1番バス停より「八王子城跡」バス停までの路線がある[8]。「八王子城跡」バス停は下記ガイダンス施設に隣接。実際に整備されている史跡へはさらに200mほど歩く必要がある。

山頂付近へのアクセス 

麓から山頂付近までは、東西南北に様々なルートがあるが、管理事務所から登るルート(新道)は比較的道も広く、軽装で登ることができる。新道ルートは金子丸跡まで約10分、そこから八王子神社まで約30分かかるルートである。新道の北斜面には旧道ルートが並行してあるが、道が狭い上、雨水による侵食が酷い。8合目(柵門台)で旧道と新道は合流する。「頂上」と書かれた小さな石碑の先にある階段を上ると八王子神社があり、左手に進むと二つの大きな慰霊碑のある展望スペースと休憩所(松木曲輪)がある。本丸跡と小宮曲輪跡へは、八王子神社裏手の坂道を更に登る。丸跡も小宮曲輪跡も八王子神社から約5分で到達する。御主殿から山王台を経て本丸付近まで直登する「殿の道」は短時間で本丸付近に到達できる。道中には築城当時の石垣群が見られる。

八王子城をテーマにする作品 

  • 八王子城攻城戦 (ウォーゲーム日本史)
  • RDG_レッドデータガール
  • 戦国無双 〜真田丸〜

参考文献 

  • 八王子城跡パンフレット 八王子市教育委員会作成
  • 【書籍】「 決戦!八王子城 ― 直江兼続の見た名城の最後と北条氏照」

八王子城の口コミ情報

2022年09月20日 気分爽快蔵人頭
八王子城



御主殿だけでなく、詰めの城まで見所満載です。

2022年09月18日 イエーガー右近衛少将
八王子城

ちゃんと登山の用意をして行った方がいいです。

2022年04月02日 フー甲斐守
心源院[八王子城  寺社・史跡]



織田信忠公許嫁にて武田信玄公の五女、松姫ゆかりのお寺。この時期3日間だけのライトアップです。樹齢推定350年。計算上は信松尼(松姫)没後60年位で植えられた桜ということに🌸

2022年03月22日 山県主計頭ニャン八
八王子城



一言で言えば、行き甲斐のある城です。行きは新道、帰りは古道がおすすめです。朝は9時に駐車場が開きます。ご気をつけを

2022年03月22日 にゃん太
八王子城



駐車場は9時から。それより早く到着の場合は、少し離れた臨時駐車場へ。
城を登り始めると、すぐに別れ道。新道に進むと金子丸など何段もの曲輪と切岸が見られて楽しい。古道は平坦な道だが、切り立った崖を見上げると、金子丸などが、石積みでつくられていりことがわかる。行きと帰りは別ルートで。
本丸は袖を切岸にした小さなもの。全体的に、関東ロームを上手く使った切岸をつくり、難攻な城であった。

2022年02月23日 武蔵守与作兵衛
八王子城



ガイダンス施設の隣に約50台停められる駐車場があります。満車や時間(8:30~17:00)外の場合は、手前の臨時駐車場が利用可能です。

居館エリアの曳橋、虎口の石垣、御主殿跡も良いですが、山城としての八王子城を実感するには30分程度で登れる本丸跡まで行くことをお勧めします。

100名城スタンプのあるガイダンス施設でパンフレットとは別に貰える鳥瞰図は、位置関係や距離感が分かるのでとても役立ちます。

道中は尖った石(岩)や木の根が多いので、スニーカーよりもトレッキングシューズ等の底の厚い靴の方が良いと思います。また水分補給の準備もお忘れなく!
歩き難いので足元ばかり見てしまいますが、八王子神社の手前に東側に開けた眺めの良い場所があり、都心の高層ビル群やスカイツリーが見えました。

登城日は霞んでいましたが、快晴の日なら素晴らしい眺望が楽しめると思います。

2022年02月05日 伊達 幸村
八王子城

御主殿だけじゃ、なく八王子城の本丸まで行って下さい。休まず30分で行けます。

2022年01月28日 おかっぴき
八王子城



八王子城を居館部分だけではなく是非、本丸まで回って頂きたい‼️出来ることなら詰城まで行ってぐるっと回って太鼓櫓まで回って欲しい‼️見所いっぱいです。4時間もあれぱ回れます。

2022年01月22日 フー甲斐守
八王子城



御主殿を挟んで八王子本城の反対側の尾根筋を見張る太鼓曲輪群には見応え十分の5つの堀切で尾根筋を分断しています。私が確認できたのは4つです。どれもお好きな方にはワクワク間違いです😊
ただ、所々にロープはありますが、かなりの急坂ですので十分な準備をされた方が良いかと思います。

写真は4つの堀切です♪2枚目中央木の向こうに遠望できるのが八王子本城。きっと攻め手はその険しさに絶望する事でしょう😊

2022年01月22日 フー甲斐守
太鼓曲輪登城口[八王子城  その他]



御主殿の曳橋に向かう手前にもう一つ橋があります。その橋を渡って直ぐの橋脇が登城口です。登城口と言っても竪堀を直登りですが😅
こちらの方が分かりやすいと思います。1枚目の写真はここで良いのかと不安になる8割位登った所にある標識です♪
2枚目の写真は登り口から少し進んだ所。

2022年01月10日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
八王子城模型[八王子城  碑・説明板]

八王子城屋外模型はなかなか良く出来ています、この模型を見学してから城攻めに向かえばさらに城攻めが楽しめるかなと思います。

2022年01月04日 フー甲斐守
八王子城

ガイドさんに聞いた話によると、本丸迄のガイドも場合によっては可能との事で、復活しているようです😊

以前は御主殿からガイドさん同行時のみ通れる道を通って本丸へ向かう道にショートカット出来ており、本丸迄ガイドして下さっていたのですが、最近ガイドさんのガイドが御主殿のみになって、本丸には一旦登城口に戻り、ガイドなしで登る必要がありました。

案内するガイドさんの体力、登城者の体力、曜日にもよるようですので、詳細はガイダンスセンターにお問合せ頂き御確認頂ければと思います。

ご参考まで😊

2021年12月12日 フー甲斐守
八王子城跡 ガイダンス施設[八王子城  スタンプ]

以前からあったのか不明ですが、八王子城のpostcardを見つけました😊無料でガイダンス施設で配布されてました♫ので、情報まで♫

2021年11月04日 ゆもな
八王子城



正直に言って、登城でなく、登山なので、しっかりとした装備を身に着けるといいと思います。要害コースと居館コースを両方とも歩くとなると、3時間はかかるかな。

2021年10月24日 八咫烏紀伊守鉄龍
八王子城



登りがきつくないから、油断したらあきません。とにかく広い。本丸から、詰めの城、更にこの先の富士見台まで行って帰ってくると軽く三時間かかります。帰りの下りが地味に答えてクタクタでした。でも、富士山綺麗でご褒美かな。

2021年08月01日 フー甲斐守
八王子城

八王子城内では時折猿を見かけましたが、今日はガイダンスセンター付近まで7〜8頭の集団で降りて来ていました🐒人馴れしてないせいか襲っては来ませんでしたが、小猿も混じっており、食べ物を持っていたりすると危険かも知れません。ご留意のほど^o^

2021年07月12日 長森原
鎌倉街道山ノ道・古道橋[八王子城  その他]



八王子城下を通っている中世の主幹道路の1つに、鎌倉街道山ノ道(山の根の道)があります。
これは名前の通り、鎌倉時代に上州や秩父地方の御家人たちが鎌倉へ向かう為の道でしたが、戦国時代に入っても上州と南関東を結ぶ軍事的に重要な道であり続けました。
この鎌倉街道山ノ道沿いに築かれた城は、アプリ登録城だけでも初沢城、小田野城、阿伎留城、辛垣城、根古屋城、千馬城、真下城などが挙げられます。

八王子城下ではこの鎌倉街道山ノ道は、南浅川に架かる古道橋の所から現・武蔵野御陵を通過して梶原八幡神社(梶原城)の前でもう一本のルートと合流、八王子城の東を抜けて小田野城へと北上していました。

武蔵野御陵を参拝させていただくと、昭和天皇と香淳皇后がお眠りになっている御陵の東側に、鎌倉街道山ノ道が通っている尾根筋がそのまま保存されているのが見てとれました。歴史の重層性を感じて感慨深かったです。

2021年07月12日 長森原
小仏関所[八王子城  周辺城郭]



永禄12年(1569)に小仏峠から侵入した小山田信茂軍によって滝山城南面に想定外の攻撃を受けた北条氏照は、この新たな侵入ルート(後の甲州街道)に防衛・監視施設としての関所を設置しました。
この関所は当初小仏峠に置かれていましたが、後に麓に移されました。

近世に入ってからもこの小仏関は徳川幕府により甲州街道の関所として管理され、「入り鉄砲・出女」の監視を行いました。

2021年07月11日 長森原
廿里砦[八王子城  周辺城郭]



永禄12年(1569)に武田信玄が小田原攻めに向かう際、進撃ルート上の多摩川の平の渡しを守る滝山城を封殺する為、小山田信茂隊に別ルートで八王子領に侵入し滝山城を弱点である南面から攻撃するよう指示しました。
北条方も西方からの武田勢の侵入に警戒し案下道(現・陣馬街道)を守る浄福寺城の守備を固めていたようですが、小山田隊らは当時軍道としては拓かれていなかった小仏峠から八王子に侵入、北条方の想定外を突きました。

この時八王子城はまだ無く、後の甲州街道となるこのルート上に後北条氏の防衛施設は皆無、怒涛の如く進撃してきた小山田軍を廿里(とどり)で迎え撃つも敢えなく敗退、防戦に手一杯となった滝山勢は信玄の多摩川渡河をゆるしてしまいました。

廿里砦はこの廿里古戦場の西側に位置し、白山神社拝殿背後の山の上が砦跡と伝わります。
長い階段を登った先に白山神社本殿があり、その背後の頂上の奥宮は物見台の雰囲気がありましたが土塁などの遺構はありません。
東南に伸びる尾根先には堀切があるそうですが、森林総合研究所立ち入り禁止区域のようなので自分はそちらまで見に行きませんでした。
城砦としての遺構は堀切があるのみなので、おそらく臨時の砦として使用されたものと思われます。

なお北条氏照は信玄襲来の後、この新しく拓かれた軍道・甲州街道に対する防御を固める為、八王子城を興し小仏峠に関所(小仏関)を設けています。

2021年05月19日 おかっぴき
八王子城跡 ガイダンス施設[八王子城  スタンプ]



100名城のスタンプを押しに来る方へ
ガイダンス施設が緊急事態宣言が終わるまで閉まっているので、どこで押せるのか調べてから来なければいけません。

2021年05月02日 フー甲斐守
分岐点[八王子城  その他]

写真撮り忘れましたが、ひろみが改築したみどり幼稚園が目印です。
ここからが小仏関からの登城路の一つです。こちら側から登るのは道を見失いやすいので気をつけてください。
又登城のしやすさから行っても、こちらに降りてくるのはあってもこちらから登るのは避けた方が良いかと思います。結構急登りです。又私は城友さんお薦めの山マップアプリ入れてますので大丈夫でしたが、必ず地図はお持ちくださいね^o^

2021年05月02日 フー甲斐守
分岐点[八王子城  その他]



八王子城と摺差・荒井バス停と駒木野バス停の分岐点

ここを駒木野方面に少し進んだ所から太鼓曲輪群に分岐する道がありますが、標識も分かりづらいと思います(2022/01/22更新)

2021年05月02日 フー甲斐守
分岐点[八王子城  その他]



高尾山蛇滝口と八王子城と摺差の分岐点。ここまでは整備されてます

2021年05月02日 フー甲斐守
御主殿跡への分岐[八王子城  碑・説明板]



歩いてませんので、情報までです。
いずれにしても道を失わないように地図は必携ですよ♪

(2022/1/22追記)
今回太鼓曲輪からの戻りに歩いてみました。御主殿の滝の上流から沢沿いを歩く道になっており、最初こそ「これ昔木橋?だったよな的な場所がありますが、圏央道を越える辺りからは道幅も広がり歩きやすいです♪遺構は特にありませんが、詰めの城から富士見台経由で御主殿に出るルートや太鼓曲輪群尾根から御主殿に戻るルートには使えるかもしれません。
ただし、沢沿いなので、雨の日はもちろんのこと、雨が続いた後などは注意が必要かと思います。写真は橋の残骸?^o^

2021年04月18日 フー甲斐守
案内板(北条氏照の墓)[八王子城  その他]



従来少し下の道からしか氏照公のお墓には行けませんでしたが、今回ガイダンス施設裏のバスターミナル側から行ける道が整備されたようです。これで氏照公のお墓、ガイダンス施設、城が効率的に回れるようのなりました♪

2021年03月28日 一角
八王子城



本丸へは丁度いいハイキング、今は桜も綺麗です。

2021年03月16日 eiki
松木曲輪[八王子城  遺構・復元物]



小宮曲輪とともに本丸を構成する曲輪のひとつ。家臣の中山家範が前田利家軍と激闘を繰り広げたところ。ベンチが並ぶ大きな広場になっていて来城者の憩いの場となっています。ここからは横浜ランドマーク、東京スカイツリー、埼玉西武ドームなど首都圏三県が眼下に広がっています。


2021年03月15日 eiki
詰の城[八王子城  遺構・復元物]



八王子城の本丸から裏高尾ハイキングコースを進み富士見台砦を目指すと約25分位で詰めの城に到着します。回りを切り落とした小さな郭に表示版があります。その切岸斜面を降りると大きな堀切の底に到ります。

2021年03月14日 eiki
向山砦[八王子城  周辺城郭]



下恩方町にある寺院、心源院からハイキングコースが整備されています。八王子城址まで行くことができる登山道で約20分登った最初の休憩場所が向山砦です。ここからは浄福寺城山を近くに見ることができます。遺構は特に見付けることは出来ませんが、甲斐から和田峠を越えて八王子に向かう陣馬街道を見張る監視台であったことがうかがえます。

2021年02月06日 武田陸奥守勝牛
八王子城



片道約40分前後の登山道。そこそこの装備と飲料水は携行した方が良いです。
しっかりと復元されてるのは、麓の居館エリア、足に自信がない方や時間がない方なら、居館エリアだけでも十分な気がします。

2021年01月05日 猫田内記黒毛右衛門
八王子城

本丸への道は高尾山よりも険しい。ハイキングコースになっており、眺望良し、トイレおよびペンチが山頂付近にある。雨の日は通行困難だと思われる。御主殿の滝は渇水期のためか流れていなかった。

駐車場の三つ鱗紋が完成していた。ガイダンス施設に八王子城と滝山城の模型があった。

2020年10月18日 フー甲斐守
八王子城



駐車場上手。よく見て頂くと、白い線の内側に赤い線。恐らく三つ鱗紋作製中かと。出来上がりが楽しみです^o^

2020年08月31日 弾正忠ひろし
八王子城



駐車場の手前に100名城スタンプが設置されているガイダンス施設があります(スタンプは管理棟にもあります) ここに寄って八王子城と北条氏照についての知識を入れておくと良いと思います 地図が載ったガイドチラシも置いてありますスケールの大きい城跡なのでその順番に廻ると見逃しがなく全体が見られると思います 駐車場は8:30~17:00まで普通車50台分 無料です 本丸は標高449m 結構登るので夏は熱中症対策で飲み物は必携です 管理棟の自販機は価格も良心的です

2020年08月28日 拓之助主税頭【若者組】
八王子城

ガイドさんと一緒に行くことをおすすめします!
ガイドさんと一緒に行くといい所

・立ち入り禁止区域に入れる。(御主殿うらの石垣など、今は入れるか分かりませ)

・パンフに載ってないことを教えてくれる

・城好きと話が合う

デメリット

・自分のペースで行けない。

・疲れる

ガイドさんによると橋は今掛けられている所が最初に発掘されそこに橋を掛けた所、掘ってたら本当に掛けられていた場所が出てしまったため、助成金が出ないとか……

2020年07月12日 フー甲斐守
臨時駐車場[八王子城  駐車場]

新たに臨時駐車場が出来てました。本来の駐車場は8:30からですが、こちらは制限なさそうです。
本来の駐車場側に時間前は臨時駐車場にとの案内がありました。

2020年06月20日 来住野
八王子城

八王子城は高尾山や滝山城など共に令和2年6月19日、八王子市が文化庁に申請したストーリー「霊気満山 高尾山 ~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~」が東京都初の日本遺産に認定されました。

2020年04月30日 来住野
八王子城

八王子城跡ガイダンス施設~新型コロナウイルス感染症対策のため八王子城跡へのご来城はお控えください

更新日:令和2年4月30日
ページID:P0005205
【お知らせ】

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、5月31日(日曜日)まで休館いたします。八王子城跡駐車場も閉鎖させていただきます。
また、休館にあたり日本100名城スタンプの押印も休止とさせていただきます。御理解・御協力をお願いいたします。

https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/005/p005205.html

2020年04月19日 来住野
八王子城

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、5月6日(水曜日)まで休館いたします。八王子城跡駐車場も閉鎖させていただきます。
また、休館にあたり日本100名城スタンプの押印も休止とさせていただきます。御利用の皆様には御不便をおかけいたしますが、御理解・御協力をお願いいたします。
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/005/p005205.html

2020年04月09日 三ツ鱗▲すちこ
八王子城

※4/9(木)確認
駐車場:9時~16時
管理棟:9時~16時(100名城スタンプはこの時間内のみ)
2/28(金)~4/12(日)ガイド中止

2020年02月13日 独眼竜弾正少弼
八王子城



山城のわりに、それなりに整備されていて、思ったより満足できた🎵
こんな天然の要害みたいなトコに城をたてられちゃうなんて改めて昔の人は凄いなと思う。
後、近くの資料館はもう少しボリュームのある内容がほしかったです。

2020年01月13日 真里谷武田右京大夫
八王子城



【訪問日2019.02.17】八王子城址、ナビ上で直下をよく通ってましたが、訪問はなかなか出来ませんでした。

本丸の標高は高尾山より低いですが、道は手入れがあまりされてなく、距離の割には疲れました。滝や御殿跡の整備具合とは対照的です。

途中、視界が広がるポイントがあり、風景を楽しめます。(夜中、夜景を撮る為に訪れる人もいるようですが、照明が一切無い中で登ってくるのは危ないかな。)

2019年11月30日 フー甲斐守
八王子城



リア攻め mapに松姫ゆかりの心源院からの登城路加えました。私も下見したのみで実際行けてませんので、ご参考まで。

2019年10月28日 弾正忠Snow
八王子城

崖崩れのため本丸へのルートは通行禁止になってました。
御主殿へは通行可能。
復旧見込みは不明だそうですので、リア攻めされる方はご注意ください。

2019年05月20日 松之助尾張守
土塁[八王子城  遺構・復元物]



ベンチ横の土塁は登れるように段があります。
ここから曳橋方向を見下ろして写真を撮る方は多いと思いますが、ガイドの方曰くここは御主殿が上から見下ろせるスポットなんだそうです。
これに気付くのはかなりの城好き、とのことでしたが私は説明されるまで気付かず…
曳橋の写真を撮ったら、ついでに御主殿方向も眺めてみてはいかがでしょうか。

2019年05月19日 武蔵守ボケなす
八王子城



この時期(5月中旬)毛虫が大量発生しております。新緑でとても気持ちの良い時期ですが、手すりや案内板や石垣に安易に触ったり腰掛けたりしない方が無難です。
最初数匹見かけたときは仕方ないなあ〜位に思ってたのですが、橋があまりにもひどくて…結局私は皮膚科に行くことになりました…

2019年05月11日 織田上総介晃司
八王子城

8:30〜17:00まで利用できる駐車場があります。となると朝駆けは厳しいところです。

御主殿跡のある居館地区と本丸へと続く要害地区にエリア分けされてます。

今回は足に不安を抱えていたので本丸は諦めて御主殿跡と御主殿の滝でリアは終了。
足が回復すれば今度は本丸まで登ってみたい。

2019年05月05日 みめぐり
八王子城



馬冷やしの堀切☆本丸~詰城までは厳しい登山道ですが…見所たくさんあって楽しく歩けました(°▽°)

2019年05月04日 みめぐり
八王子城



詰城へ向かう途中の石塁☆急斜面に、たくさんの石と根っこ…これは歩きにくい(^_^;)昔は全面石垣たったと通りすがりのおじさまに教えて頂く。それにしても凄い量の石です!

2019年05月02日 ☘️方喰左馬助四十郎
北条氏照の墓所の入り口[八王子城  その他]



【北条氏照の墓所への入り口】
この道を少し進むと、左手に看板と登り口があります。土地の所有者が、車両が入らないように、鎖を張ってますが、徒歩なら構わないらしい(ガイダンス施設の方より)ので、脇を通って登ってください。

2019年05月02日 ☘️方喰左馬助四十郎
八王子城

【八王子城主氏照公と家臣のお墓】
この道に入り少し進むと左手に看板と登り口があります。土地の所有者が車両が入らないように鎖を張ってますが、徒歩なら構わないらしい(ガイダンス施設の方によると)ので脇を通って登ってください。

2019年04月24日 七代目尾張守宗春
八王子城跡 ガイダンス施設[八王子城  スタンプ]

八王子城と北条氏照について学べる施設です。八王子の「八」角形の建物には、「夢が八方に広がるように」という願いが込められているそうです。休憩スペースあり。

2019年04月13日 芋沢みやぎ雅楽頭
八王子城

・多段石垣
八王子城は顎石が見られる四段石垣が有名ですが…本日、なんと上部に五段目の石垣を発見!それを、皮切りに六段目とおぼしき物も。石垣には切り出し時の楔跡もくっきり。四段どころではない多段石垣である事が発覚しました!

ガイドさんも知らない新発見との事で、八王子市に正式に報告後に調査を入れたいとの事です。本格的な調査が待たれます。

2019年04月01日 こうひろ☽
八王子城

太鼓曲輪群
登り口は大手道竪堀に架かる橋の横から行きます。微かに人が歩いた痕跡しかありません。とにかく尾根を目指し登ります。バス停近くにも道があるそうです。といっても自分も案内無しでは行けませんが。

尾根道(曲輪群)までくるとパウチした表示が出迎えてくれます。堀切は絶壁なのでくれぐれも注意して下さい。五つの堀切がありますが右手側の第二と第三堀切及び太鼓曲輪が見易い場所に位置します。尾根を豪快にぶち抜いた第三堀切の規模と位置関係は必見です。

見張りが目的の曲輪群なので真下に大手道や引橋と御主殿を望めます。
敵の襲来を知らせるだけでなく激しく応戦したと記述もあるとのこと。

もし氏照公と精鋭部隊が小田原城に行っていなかったら、半日で簡単には落城しなかったと思えてなりません。三回に渡り城全体を攻城してみて、スケールの大きさと考え抜かれた防御仕組みを少しだけ理解した気がします。

平山城から山城へと時代に逆行したといわれた、この要塞はもしかしたら時代の流れさえ超越したかもしれませんね。

2018年02月11日 野呂利左衛門督休三
八王子城

[八王子城太鼓曲輪攻略記録その5]

【太鼓曲輪群突破後】
だらだらした尾根道が続きます。ここを歩いていると、上に行ってから下ってくるべきだったかと思いますが、それは大きな間違い。駒木根―富士見台を結ぶ登山道に合流する辺りが急坂です。ここを逆に下るのは結構怖いです。
それによく考えると堀切に降りる時は虎ロープなかった気が。となると登るときは?
ここから熊笹山、富士見台を経て山上部を目指したわけですが、ピークの辺りになるに連れ、急坂に悩まされます。また1月末、2月初に降った雪が悩ませます。山仕事なのか、私みたいなのか、何人かが山に入っており、踏み固められた雪が恐怖!富士見台から、大天守に向かう際の下り坂で遂にスリップしました。
ちなみに山上主要部はほぼ融けていましたが、それでも残雪していたり、凍っていたり、ぬかるんでいたりの場所が在りました。

2018年02月11日 野呂利左衛門督休三
八王子城

[八王子城太鼓曲輪攻略記録その4]

【太鼓曲輪群】
ここから便宜的に太鼓曲輪群とします。太鼓曲輪群の曲輪も遺構的にはほとんどが削平と切岸だけですが、まずは堀切がすごいです。深さは10mはあろうかという堀切が5つあります。ところによっては地山が露出していたりします。
この堀切を越えるために一苦労。お世辞にも整備されているとは言えない、曲輪脇に付けられた遊歩道?を足元を選びながら通っていきます。登る方は登る方で虎ロープのお世話になります。
曲輪群は先述の通りですが、第一堀切の西側斜面に僅かな、第三堀切の西側の曲輪に石積が見られます。また堀切の底にも崩れ落ちた石材を見ることができます。
ちなみに第二堀切の辺りが分岐点で、御主殿方面に下れるようですが、今回は未確認。見落としそうな小さな標識が出ています。

2018年02月11日 野呂利左衛門督休三
八王子城

八王子城太鼓曲輪攻略記録その3]

【太鼓曲輪へ】
上の山砦を攻略する途中に中央自動車道を渡る橋があります。これを渡ります。渡り切ると左右に行く道があります。左に行くと曲輪があるそうですが薮化しつつあるので行かず、本題の攻略に取り掛かりました。が…どうやって登るの?急坂です。僅かな灌木に身を絡ませるなどして(ちなみに登り詰める直前が犬走り状になっている)何とか無理やり登りました。ちなみに参考書の急坂の単語に囚われていたようです。橋から右に行く道に登れる道があるようです。その上は…薮です。遊歩道はあるのですが、薮です。左右の曲輪の状況なんかまったくわからない状態です。
それでも進んでいくと、やがて参考書の通り、篠竹の薮に出ます。薮と言っても歩くところが分かる分マシです。やがて谷に当たりますが、山の北側斜面、雪が残っています。降りるの結構怖いです。
幾つかのアップダウンを越えます。曲輪の跡なのでしょうが曲輪感が乏しい現況。
しばらく行くと突如として巨大な堀切に遭遇します。

2018年02月11日 野呂利左衛門督休三
八王子城

[八王子城太鼓曲輪攻略記録その2]

【谷戸砦】
都道46号と61号が合流する城山大橋交差点から見ることもできます。構造的には少なくとも3段の切岸で区切られた曲輪が残っています。妙観寺の墓地から行けそうですが、私有地のようです。

【上の山砦】
中央自動車道のすぐ南にあります。
南側から登るらしいのですが、進入路がぱっと見わかりません。たまたま遭った地元の方が二俣の右を上がったところの家のところを右に入って、突き当たったら左の竹やぶの中と教えていただきましたが、やはりぱっと見、敷地の中ではとしか思えない通路です。
竹藪も手入れがされておらず、通るのに一苦労な場所もありますが、削平面と切岸に区切られた曲輪が幾重にも広がっています。しかし竹薮で写真には難。


2018年02月11日 野呂利左衛門督休三
八王子城

[八王子城太鼓曲輪攻略記録その1]
2018年2月10日。
廿里(とどり)砦→谷戸砦→上の山砦→太鼓曲輪と攻略して本体へ。
廿里砦の位置はグーグルマップにも乗っていた。その他は「決戦!八王子城」(前川實著 揺籃社ブックレット)を参照して攻略した。

【廿里砦】
よほど物好きでないと行くべきではないかと。
八王子の杜公園墓地そばの白山神社から上がります。石段を上がったところの白山神社は拝殿で拝殿脇から本殿へ登る道があります。延々と続く階段の果に鞘堂に収まった朱塗りの本殿があります。その本殿があるところも曲輪ですが、その裏手の頂上が主郭です。主郭の左右にも曲輪がありますが、いずれも普請は簡素で土塁もなく、削平も丁寧ではありません。国土地理院の地図だと山頂から幾つかの道がありますが、2本を除きいずれも多摩森林科学園で遮られています。残った2本のうち一本は来た道。残る一本も藪化が酷く地図の通りに行ける保証がありませんのでそのまま引き返すことになります。


2018年01月17日 芋沢みやぎ雅楽頭
八王子城

・御守殿の滝
地元では「落城の際に籠城していた女子供が身を投げた」「落城後は川が三日三晩血に染まった」「幽霊が出る」などの噂があり、心霊スポットとして肝試しを行う者も居ます。しかし、高さ数メートルで水量も少なく、ただ身投げしても死ねません。自刃してから身を投げたという説もあります。←こちらが本説みたいですね。落城の際は先ずは御守殿曲輪から見て北方山中の近藤曲輪、山下曲輪から上杉勢に奇襲で攻められたとの記述が残っており、それならば御守殿曲輪の南隣りにある滝で自刃する事は可能ですが、先に山裾側の城山川伝いに大手道を攻められたり、太鼓曲輪から攻められた場合は、御守殿曲輪から滝に行くのは少々困難にも思われます。故に、滝での自刃が事実ならば上杉奇襲説の裏付けともいえるかも。素人考えで失礼。

2018年01月17日 芋沢みやぎ雅楽頭
八王子城

・土塁
土塁跡 が残っていますが、これは敢えて石葺きにはせずに、関東ローム層の粘土質で滑りやすい性質を利用し、敵が登り辛くなる事を狙ったと言われています。
ただし石垣より痛み易いので、当時は箇所によって担当の村が決まっており、崩れた際にはそこの住人が盛り土などの普請を行ったそう。
また、御守殿曲輪には粘土を敷き詰めて水を張っていたと思われる溜池跡も発掘されており、庭園があったと思われる。

2018年01月17日 芋沢みやぎ雅楽頭
八王子城

・石垣
北条氏の特徴である「顎石」「顎止め石」と呼ばれる工夫が見られます。これは石垣の一番下段だけを手前に出して階段状にして積んだもの。これにより、石垣が外側に崩壊し辛くなる仕組みであり、発想としては加藤清正作の城に代表される武者返しと共通。同様の工法は、同じ北条氏支城の群馬県新田金山城にも見られます。
なお八王子城址には銃弾痕が残る石もあるそうなのでお時間があり藪漕ぎが苦にならない方は探してみるのもよいかもしれません。

2018年01月17日 芋沢みやぎ雅楽頭
八王子城

近藤曲輪、山下曲輪、松木曲輪、小宮曲輪、アシダ曲輪、金子曲輪などの多数の曲輪を持つ屈指の規模を誇る山城…というか山ごと要塞というべきか。全ての曲輪跡地を歩くのは相当難易度高し。自然に還ってしまった曲輪も多数。御守殿曲輪~本丸跡は道が整備されていて歩き易いです。
温暖な時期には念のため蜂、蛇への注意が必要。近隣の山では熊の目撃情報もあるが、八王子城付近での目撃情報は聞いたことがありません。

2018年01月02日 野呂利左衛門督休三
八王子城

ガイダンス施設と管理棟は1/3まで休みですが、百名城スタンプを捺印した紙片が用意されています。
ガイダンス施設は入口に、管理棟は窓口の位置に紙片が詰められた封筒が貼り付けてあります。

ガイダンス施設の立体模型広場は立入禁止になっていました。危険との表示になっていましたが、そんなに危険な状態になっているようには感じられず。年末年始の職員不在による対応でしょうか?

曳橋と御主殿の滝間の遊歩道は城山川岸の崩落によって通行止めです。ただあらかた工事は完了しているようですので(崩落部分が無粋なコンクリートになってしまっていますが)、もうじき解除になるのではないでしょうか。


2017年12月25日 紀伊守みつくん
八王子城

高尾駅北口1番線のバスに乗って「霊園前・八王子城址」。そのまま進行方向から左の道を徒歩15分でスタンプのある管理事務所。そこから本丸跡の山頂までかなりの山道を45分ほど。ヒールやサンダルは辞めましょう。冬の晴天だったので空気も澄んでおり眺望は最高。スカイツリーもはっきり見えました。下りは30分程ですが普段の運動不足がたたりクタクタになったせいで、御主殿跡に行くのを忘れた(笑)

2017年01月03日 九十九神百鬼頭白松姫
八王子城

ただいま管理棟が工事中です。一応仮設トイレが二つ用意してありました。
スタンプはガイダンスで押して下さい。
駐車場は年始でも開いてました。

2016年09月10日 ドラガン尾張守店長
八王子城

高尾駅から土日限定八王子城跡行きのバスに7時15分に乗る。
180円、すぐ着く。
館は9時からなので一人ひたすら登る。
危険度はないが、傾斜がきつく、少し岩もある。
甲冑着けて登るにはかなり辛い。
やはり山城には、最低3倍の兵力が欲しいなと思いながら、山頂の本丸へ。
小田原攻めの時には1日で攻め落とされたそうだが、それは圧倒的兵力差の賜物だろう。
やはり調略に限る。
バスの関係で45分位で往復しましたが、普通は1時間はかかると思います。
眺めは最高です(^^)

2016年05月31日 まー刑部卿
八王子城

今日女性3人と行き御主殿周りをガイド付きで廻りました。また御主殿の先の四段石垣を見てきました。
本丸から詰城の大堀切を見に行こうしたが途中の無名曲輪で引き返してきました。次回再訪する予定です。

2015年07月14日 
八王子城

今回初めて詰めの城(大天守)まで登城してみました。

松木曲輪下にあるトイレ近くから井戸(ポンプがついており現在でも水が出るようです)の横を通り、左手に急斜面を望む水平道を行くと、馬冷やしと呼ばれる堀切があります。

尚、馬冷やしに至る道の他に本丸西側にある無名曲輪に至る水平道もあります。途中に倒木があり、人がすれ違うのがやっとの細い道でした。
詰めの城への道と間違えやすいので注意が必要です(私も間違えました)。
馬冷やしの堀切からさらに西に登ると崩れた石垣があり詰めの城に至ります。
詰めの城の西側には大きな堀切があり、これが城域の西端と思われます。
危険な場所も多いので、詰めの城まで行かれる方は登山だと思って充分な準備を。


2015年03月08日 すかんぴん左馬助
八王子城

久しぶりに訪れたら御主殿へ渡る曳橋が外されてました。架け替える予算が通ったんですね!

2014年11月16日 尾張守ひろっちぃ
八王子城

城跡から一番近い八王子城跡バス停発 高尾駅北口行きのバスは土日祝日のみ運行しており、平日は運行していません。

2014年04月05日 STRADA
八王子城

おデブで足が悪いワタクシでも表記通りの40分で登頂出来ました♪

2013年08月09日 マイ兵庫助リバ
八王子城

城主・北条氏照の住居施設であった御主殿付近の庭園にて池の跡が見つかりました。
それまでは枯山水の庭園と思われていましたが、粘土が敷き詰められていたことから、池に水が張られていたことが裏付けられたとのこと。
8月10日の10時30分からと14時から現地説明会が開催されます。
8月末まで調査を続けた後は埋め戻す予定とのことですので、興味のある方はこの機会に是非攻城を!

2013年02月21日 鷹樹副将軍慶隆
八王子城

3/19(火)ガイダンス施設が臨時休館のようです、スタンプラリーな方は注意してください

2013年01月03日 傾奇揚げ仙兵衛
八王子城

百名城スタンプが管理棟にあると書いてあったので行って見ると管理棟は鍵が掛かっていて
外にあるパンフ入れの袋の中に細かく裁断された紙にスタンプが押された物があった。
自分でスタンプ帳に押すことに意味があるのに!

2012年12月27日 三日陸奥守落人
八王子城

北条氏照が、それまで居城だった滝山城を捨ててまで移ってきたこの城。関東では珍しい石垣を多用したつくりは、ボランティアガイドによると「着工前に安土城を見物した北条一族の影響」だそうですが…
正直、石垣のない滝山城と比較すると、縄張りは退化しているような印象をもちました。それが何故かを考えてみたりするのもまた楽しく
滝山城は車で15分程度の距離なので、可能ならぜひ併せて巡られることをお勧めします。


2012年12月24日 尻啖え孫市右近衛大将
八王子城

戦争を意識した縄張を充分に堪能できる。幾重にも並べた曲輪、急峻な城道など。本丸までの急峻な山道は足場が悪く、底の厚い登山靴がベスト。氏照が名城滝山城を棄ててまで来るべき攻城戦に備えたかが計り知れる。ただその結末からかどうしても新府城と被って見えてしまう。

2012年12月01日 【隠者】史学会帰新参
八王子城

土日だと高尾駅北口からガイダンス施設まで路線バスで行ける。
ガイダンス施設周辺には飲料の自販機はあるも店はあまりない。
来春まで御主殿跡は整備中。山頂の城跡は携帯が圏外だった。

2012年11月24日 コロ助
八王子城

紅葉が綺麗でしたが、息をすると鼻の奥が痛む程寒かったです
詰城までは倒木注意


2012年10月23日 ぎっちゃん
八王子城

ガイダンス施設オープンしました。内部は北条&八王子城の資料展示と休憩スペース。休憩スペースではお弁当もOK。また屋外トイレが苦手なので助かります。ボランティアガイドさんもいますので八王子城登山前に予習、登山後に復習すればより八王子城を知る事が出来きますよ。

2011年10月15日 春風十勝守世遊
八王子城

その御主殿跡から本丸へ続く殿道(万が一の時に殿様が本丸へ駆けつける道)があります。案内板なし、地図にも載ってない、もろ山道ですが、当時の石垣が少し残っていて間近で見ることができます
ガイドさん無しでは登山口すら分からず、しかも迷うような道ですので、ご注意を
あと、靴はしっかりした物でないと危険

2011年10月15日 春風十勝守世遊
八王子城

御主殿の曲輪には、御主殿と客人をもてなす茶室の2つの建物があったそうです。広い枯山水の庭もあり、戦国時代でありながら優雅な時を過ごすこともあったのかも発掘調査後、保存のため埋められ、今は礎石等を見ることは出来ません。
つづく→

2011年04月03日 マイ兵庫助リバ
八王子城

詰城(大天守)いーでぃ
やっぱり詰城は電波届かないので、捻挫&マムシには要注意なり

2010年09月13日 マイ兵庫助リバ
八王子城

この城では著名人も不可思議な体験をしています
約20年前の新聞で八王子城登頂回を誇る故・小松御大(だと記憶していますが)が城址散策中に曲輪(場所は失念しました)で「ウォーーー」という鬨の声を聞いたという記事を読みました
また、かの稲川淳二さんは八王子城で首を斬られた経験を【闇夜が笑う城址】に記しています
城跡のある深沢山は、夏期特有の落城の惨状ゆえか、『忌み山』とされ、里人は長い間近づきませんでした
間違っても旧暦6月23日にはリアル攻めしない方が良いと思いますよ

2010年09月13日 マイ兵庫助リバ
八王子城

城跡の情報は【概要】以下に殆どネタバレされていますので、ちょいとした小ネタを
北条氏照の墓の近くに八王子城址歴史資料館という個人経営の資料館があります
民家の一画を利用した博物館で、オーナーさんが丁寧に展示物や八王子城の解説をしてくれますが、ここの一番の目玉は北条氏照の甲冑です
まだ北条氏に復姓する前の大石氏時代のモノと云われていますが、意外なほど無造作に展示されている甲冑を見ていると、北条の『武』の柱・氏照の質実剛健な人となりまで伝わってくるようです

2010年06月10日 Hanbey美濃守
八王子城

裏から登るべからず。

八王子城の周辺スポット情報

 大堀切(遺構・復元物)

 無名曲輪(遺構・復元物)

 太鼓曲輪群(遺構・復元物)

 堀切(遺構・復元物)

 馬冷やし(遺構・復元物)

 太鼓曲輪第四堀切(遺構・復元物)

 土塁(遺構・復元物)

 出羽山砦(遺構・復元物)

 太鼓曲輪第二堀切(遺構・復元物)

 太鼓曲輪第三堀切(遺構・復元物)

 曳橋(遺構・復元物)

 詰の城(遺構・復元物)

 太鼓曲輪第一堀切(遺構・復元物)

 太鼓曲輪第五堀切(遺構・復元物)

 松木曲輪(遺構・復元物)

 廿里古戦場の説明板(碑・説明板)

 説明板(碑・説明板)

 御主殿跡への分岐(碑・説明板)

 八王子城模型(碑・説明板)

 北条氏照の墓(碑・説明板)

 木下沢要害(周辺城郭)

 梶原城(周辺城郭)

 向山砦(周辺城郭)

 小仏関所(周辺城郭)

 廿里砦(周辺城郭)

 甲州街道小原宿本陣(寺社・史跡)

 七ツ淵(照手姫の水鏡)(寺社・史跡)

 白山神社(寺社・史跡)

 戸沢観音堂(寺社・史跡)

 御主殿の滝(寺社・史跡)

 御主殿への石段(寺社・史跡)

 心源院(寺社・史跡)

 小宮輪(寺社・史跡)

 八王子城跡管理棟(スタンプ)

 八王子城跡 ガイダンス施設(スタンプ)

 トイレ(水洗では無い・紙無し)(トイレ)

 水洗トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 臨時駐車場(駐車場)

 テーブルと椅子(その他)

 陣馬街道(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 小仏峠(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 鎌倉街道・山ノ道(その他)

 旧甲州街道(その他)

 旧甲州街道(その他)

 旧甲州街道(その他)

 旧甲州街道(その他)

 陣馬街道(その他)

 登城口(その他)

 分岐点(その他)

 案内板(北条氏照の墓)(その他)

 分岐点(その他)

 太鼓曲輪尾根(その他)

 北条氏照の墓所の入り口(その他)

 分岐点(その他)

 太鼓曲輪登城口(その他)

 鎌倉街道山ノ道・古道橋(その他)

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