心源院
心源院([八王子城 寺社・史跡])
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心源院の口コミ情報
2024年09月23日 いれぶん武蔵守
武田信玄四女(または六女)と伝えられる松姫が出家した事で知られる心源院ですが、滝山城主であった大石定久開基と伝えられ、北条氏照夫妻や片倉城主安藤常貞が門徒として名前が残されており、大石家や氏照に近い関係だったとされています。
小田野城と共に八王子城の出城の一つであったと看做されていて、寺総門脇の巨大な土塁状地形は心源院堤と名付けられている人工的に形成されたもので、一見の価値があります。
八王子千人同心の所縁もあり、医者でもあった小谷田子寅の碑があります。同じく千人同心であった碩学・塩野適歳が撰文し、植田孟縉が揮毫していると伝えられています。また、千人同心や新撰組で名を残す中島登の剣術の師である天然理心流四世・山本満次郎最武の墓が、山門の傍に玉垣で囲まれています。
写真①②③④
①玉垣で囲われた山本家墓とその後ろ心源院堤
② 天然理心流四世・山本満次郎最武の墓
③屋根で保護された小谷田子寅の碑
④ 小谷田子寅の碑解説看板
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深澤山心源院は遠江国榛原郡高尾村曹洞宗龍門山石雲院末にして文明年間季雲永缶大和尚を以て開山に拝譜し武州柚井の城主大石源左エ門尉道俊開基とせしものにして天正年間八王子城主北條陸奥守氏照の祈願所となり巨刹の内に属せしが天正庚寅年北條氏滅亡後は徳川氏御朱印二十石賜り代々寺領とせり
たまゝ慶安庚寅年七月寺中より出火し七堂伽藍残らづ灰燼に帰せしを諸星政之と言える者之を中興し以来連綿たりしが昭和十六年十二月大東亜戦宣せられるや当山も国難に応じたり 昭和二十年八月一日空襲による戦火にあい諸堂を再び焼失せり
然るに昭和四十五年春当山檀信徒相謀り本堂建設の運びと成り満二ヶ年の歳月を要し茲に落慶を見る事を得たり
佛天の照鑑をこい偏にその加護あらん事を祈り之を記念し茲に銘記す
昭和四十七年十月二十八日
(碑文全文)
2022年04月02日 フー甲斐守
織田信忠公許嫁にて武田信玄公の五女、松姫ゆかりのお寺。この時期3日間だけのライトアップです。樹齢推定350年。計算上は信松尼(松姫)没後60年位で植えられた桜ということに🌸









