津久井城(つくいじょう)

津久井城の基本情報

通称・別名

筑井城

所在地

神奈川県相模原市緑区根小屋

旧国名

相模国

分類・構造

山城

天守構造

不明

築城主

筑井氏

築城年

鎌倉時代

主な改修者

津久井三郎

主な城主

筑井(津久井)氏、内藤氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、石垣、堀切、竪堀

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

田代城(神奈川県愛甲郡)[5.7km]
初沢城(東京都八王子市)[5.9km]
小沢城(神奈川県愛甲郡)[6.9km]
八王子城(東京都八王子市)[8.2km]
片倉城(東京都八王子市)[8.3km]
小田野城(東京都八王子市)[9.6km]
横山党館(東京都八王子市)[10.1km]
浄福寺城(東京都八王子市)[10.2km]
由木城(東京都八王子市)[10.8km]
平山季重居館(東京都日野市)[11.6km]

津久井城の解説文

津久井城(つくいじょう)は神奈川県相模原市緑区にある日本の城。後北条氏の時には武田軍への最前線の城として重要視された。筑井城とも表記される。

構造
隣接する津久井湖はダム湖で、当時には無いことを理解する必要がある。城山に築かれた山城。南北の根小屋が残っており根小屋式城郭の端緒・典型とされている。ただし、最近の調査・研究の結果、山頂付近にも物見櫓や兵士駐屯のための建物が配置された形成も発見されており、落城前には、相応の防御能力があった山城であることが伺えるようになってきた。

歴史・沿革
鎌倉時代に三浦党の筑井氏が築城したと言われている。大江(毛利)氏の津久井三郎の居館として現在地の詰めの城と、同八幡社の行政舎が整備されたと言われる。本格的に城と使われ始めたのは戦国時代の後北条氏の時であった。この地は甲斐と小田原を結ぶ要所であるため武田軍と後北条軍が鎬を削ったところである。後北条氏は武田軍にそなえて、津久井城主の内藤氏らを中心に津久井衆と呼び守らせたが実際は「敵半地」と呼ばれ、半分は奥三保(現在の裏丹沢)などの武田氏の勢力下(小山田氏を盟主とする郡内衆)だった。

1569年(永禄12年)の三増峠の戦いの時は、武田側の加藤丹後によって押さえられて出陣できなかった。

1590年(天正18年)の小田原征伐の時には城主内藤景豊は小田原城にいたので、老臣等が守っていたが、徳川家康の武将平岩親吉らによる攻撃により6月25日に開城した。その後城は廃城となり徳川直轄領。近くに陣屋を置き八木家などの代官がこの地を統括した。

城山の中心部分は相模原市緑区根小屋に存在するが、津久井郡に属していた城山町(現・相模原市緑区)の名は城山の東の麓にあることに由来する。

考古資料
遺構
現在津久井城には、家老屋敷跡や宝ヶ池、堀切などが残っている。また、発掘調査が行われた根本・城坂の「御屋敷跡」では掘立柱建物や空堀、土塁、焔硝蔵などが検出されている。現在は主要部分が神奈川県立津久井湖城山公園となっており、ハイキングコースも整備されている。

津久井城の口コミ情報

2021年04月25日 ぴよ甲斐守
津久井城



山登りがハードそうなので少し躊躇しましたが、見痔も整備され登りやすかったです。山頂からの景色も良いですよ。


2021年03月29日 eiki
評議原[津久井城  その他]



豊臣秀吉軍が八王子城攻めを行った時に津久井城と、その支城である片倉城、小松城の北条方の兵が戦略を話し合ったと言われるところです。尾根の平坦地に石碑とベンチが設置されています。神奈中バスの小松橋バス停から小松城、龍籠山、城山湖を結ぶ散策路が整備されており、写真は、龍籠山から見た評議原です。真下の伐採されたところが駐車場で、その右側の森に評議原と小松城が位置しています。その後ろは
相模原の市街です。

2021年02月20日 国府左京亮城介
御城印[津久井城  御城印]



津久井湖観光センターでは、津久井城の御城印が1枚300円で販売しています。
特に御城印を販売しているという表示はありませんが、レジの方に言えば出してくれます。

2021年02月19日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
築井城碑[津久井城  碑・説明板]



城碑(築井古城記の碑は本城曲輪に有ります)なので本城曲輪に有ると思いますが実は、位置番号No.6〜No.7に至る根本登山道の途中で、位置番号No.6の標識より少し登った所の左側に有ります、根本登山道は某が津久井城で一番好きな登城路です、この登城路はあまり手が加えられておらず古道のような佇まいで小鳥の囀り、木々の間をすり抜けて行く風の音を聞きながら歩いていると戦国時代にタイムスリップした様な気持ちになります、他にもお勧めな登城路として、津久井城の東方の守備を担っていたと思われる城主内藤氏の家老の馬場氏の屋敷跡があったとされる小倉口の十兵衛山から鷹射場までの登城路です鎖場が有りますので足元には注意が必要ですが、この登城路からの眺めは素敵です、是非とも、武田信玄が一目置き、本多忠勝、平岩親吉が攻めた、戦国の北条の城、津久井城を攻めに来てください!

2021年02月15日 でんろく左衛門督パルキー
津久井城



人口湖の津久井湖第一駐車場に車を止めて津久井城を登りました。約1.5kの道のりです。曲輪、土塁跡、家老屋敷跡などを見ながら山頂へ。ところどころに案内や解説板があるので、わかりやすいです。山頂には江戸期の古碑があり、松平定信らが古碑設置に関与したことが記載されております。

2021年02月01日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
串川グランド駐車場[津久井城  駐車場]

通常は、門限の無い無料駐車場です(コロナ禍なので門限?)
信玄道、堂所山、隠れ沢、首塚を散策する時に利用したら良いかと思います!(ちょっと歩けばコンビニ有ります)

2021年02月01日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
川和防空監視哨跡[津久井城  寺社・史跡]



津久井城の全景と第二次世界大戦の戦争遺跡である川和防空監視哨を見学に来ました、第二次世界大戦末期硫黄島より飛び立ったB29は富士山を目標に飛来し甲府、大月上空を通って東京上空に向かったようで、この敵機を素早く偵知、発見し防空飛行隊、高射砲隊に通報する為の施設との事でした!
(自分が知る限りでは当時の建物が残る監視哨はここだけかなと思います、興味のある方は一見る価値ありと思います!)
津久井城とは関係ないようですが、川和防空監視哨が有る津久井堂所山(八王子市にも同名の堂所山が有ります)の付近の金原(現在の相模原市緑区根小屋、長竹)には、三増合戦時に津久井城の抑えとして小幡信貞(国峰城主、武田24将で上州の元祖赤備え武田家中最大の500騎備え)、加藤景忠(上野原城主)隊約1200人が布陣(隠し沢にて、津久井城兵の出撃に備えていた)していたとの伝えが有るので、この津久井堂所山370mから津久井城が有る城山(宝ヶ峰)375mが良く見える事を考えると、津久井城の動きを見張る場所では、なかったのか?また、豊臣秀吉の小田原の戦いの時に津久井城は再び戦乱の渦に巻き込まれ事になり本多忠勝、平岩親吉ら11000軍勢が津久井城を攻めた、その際もこの頂きに物見がいたのかな?とか、ここに何故山城が築かれなかったのか?とか思いながら津久井城の眺めを楽しみながら、尾根伝いを歩いていたら、突然ドックベル🔔と共にドックナビを装着した、厳つい顔つきの猟犬に囲まれて、冷や冷やドッキリ😂地元猟友会の方の話しだと熊は目撃した事は無いが猪は度々目撃するとの事でしたので、(11月15日〜2月15日まで狩猟期間だそうです)散策の際は注意が必要ですね!
(案内板、Wikipedia等より)

2021年02月01日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
長竹信玄道の説明板[津久井城  碑・説明板]



国道412号線から旧道に入った所に説明板が有りますが、字が薄れていて読めません😅
因みに武田信玄が小田原攻めから三増峠に向かう時に通ったとされる信玄道を示す、厚木市依知の信玄道の碑、厚木市愛川町の信玄道の碑が有ります!

2021年01月29日 eiki
小仏城(小仏城山)[津久井城  周辺城郭]



高尾山から尾根続きの奥高尾と呼ばれるエリアにある、近くに甲州街道の小仏峠があり峠の見張りの目的を担った城。山頂は平場になっているが遺構ははっきりしない。山頂はハイキングシーズンになるとお茶屋が営業しハイカーでにぎわう風光明媚なスポットです。

2021年01月28日 eiki
嵐山城(嵐山狼煙台)[津久井城  周辺城郭]



JR相模湖駅から約45分の歩きで到達します。標識406メートルの嵐山なの山頂で神社が鎮座する雰囲気の良い場所です。人気のハイキングコースでプレジャーランドに繋がっています。ここからの相模湖の景色は神奈川景勝50選に選ばれています。烽火台として利用されていたためか目立った遺構は確認できませんが、山頂からは鶴島御前山、栃穴御前山、牧野砦と他の武田氏烽火台ネットワークも確認できます。

2021年01月28日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
又野城(又野城山)[津久井城  周辺城郭]

津久井城の狼煙台ネットワーク
解説板に又野城山と記載が有る事から、又野城は津久井城の支城で狼煙台を兼ねた見張りの城として、武田軍の進軍に備え、津久井街道を監視するために北条氏によって築かれた狼煙台のひとつだったのではないかと思います!
(津久井城狼煙台ネットワーク説明板等より)

2021年01月27日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
長竹の信玄道[津久井城  その他]

三増合戦の後、武田軍が甲斐国へ帰る時に通ったとされる道です、通常は合戦に勝利した場合、勝鬨も、首実験も、戦場で行うのが通例であるが、この時ばかりは小田原城からの北条氏康本隊の追撃を警戒したのか、武田軍は三増峠から10km以上離れたそり畠(反畑)(現在の相模原市緑区寸沢嵐辺り)にて勝どきをあげ、首実検を行ったみたいです、そんな事でこの道を皮肉を込めて「信玄逃げ道」と呼んでいるとの事です!
(新編相模風土記他より)

2021年01月09日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
首塚[津久井城  その他]

武田軍は反畑において首実験を行った後浅間の森に埋葬して塚を築き、社を建てたといわれる。この社が浅間神社であるが現在は碑だけです!
(案内板等より)
場所が場所なのでスポット写真は無しとしました😅

2021年01月09日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
信玄首洗い池[津久井城  その他]



新編相模風土記によると、武田信玄はこの地(反畑)にて討ち取った首級の首実験を行った。その数実に3269であり、ここにて勝鬨を上げる。その討ち取った首を、この池で洗ったといわれるので(首洗池)と言い伝えられている。(案内板より)


2021年01月09日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
首塚[津久井城  遺構・復元物]

天正18年(1590年)平岩主税(徳川軍の武将)が、津久井城を攻落し城兵の首級を獲て埋葬せし所なりと云う。
その後、江戸時代に入ると富士講が盛んになり、津久井の首塚はその後富士塚として使用された!
尚、首塚付近に武田軍が三増合戦の時に60体のわら人形を作って本物の軍勢の如く配置した(六十面)という地名が津久井に残っている、その他、枯れたとうもろこしに火をつけて回り、武田の大軍が集結しているかの様に見せかけて、津久井城兵を欺いたと言われ津久井では今でも地元の方は穂先の枯れたとうもろこしを「信玄もろこし」と呼んでいるとの事です、この様な事から三増合戦の時の武田軍の戦略が如何に緻密だったかと思いました!
(首塚(富士塚)案内板、その他を参照)


2021年01月09日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
隠し沢[津久井城  寺社・史跡]

三増合戦の折、津久井城には2千人から3千人の城兵が守備していたと伝えられています。隠し沢は、これらの城兵の出撃に備えて、武田方が1200名の兵を隠しておいたといわれる場所と伝えられています。(隠し沢公園内に説明板より)

2021年01月09日 相模守愛洲久忠
飯縄神社(飯縄曲輪)[津久井城  寺社・史跡]

津久井城の曲輪のひとつに、飯縄という名前がつけられていたことの関連性と謎は解けませんが、飯縄とは飯綱とも表記されて、ご本尊は大日如来、神の使徒は天狗という長野県上水内郡を発祥とした神仏習合の山岳信仰のことです。
室町幕府管領細川政元は、奥義を極める為に護摩を焚き、その呪法の習得と修験に没頭し励んだとも伝わります。
室町時代から戦国時代にかけて高まった、毘沙門天や勝軍地蔵等への信仰と相まって、加護を授かる為に戦勝祈願の対象とされたことなどから、主に東日本地域へ広まり、上杉謙信公が兜の前立てに飯綱権現像を掲げたり、武田信玄公が甲州に飯綱権現を勧請したことはあまりにも有名です。
また、中興の祖高僧俊源が感得したとされる高尾山薬王院は、後に民衆による信仰の霊山として徳川幕府から絶大な庇護を受けることになります。

今回はどなたかが、リア攻めマップにスポットだけ置かれていたのを、口コミ投稿に利用させていただきました。

2020年11月25日 カネゴン式部大輔
津久井城



本城曲輪・米曲輪 紅葉🍁が見頃です。腰曲輪からの津久井湖も絶景引橋跡と堀切や登山道途中の堅堀も良いです。現在 男坂ルートしか山頂に行けません。冬場は15時以降の登城も禁止です。

2020年11月15日 フー甲斐守
小松城登城口[津久井城  その他]



小松城宝泉寺側登城口です。先人のルートとは逆を辿ってみました。本来は戸倉城の支城ですが、スポット追加出来ないので、津久井城に。戦国期は津久井と戸倉の中間地点にある小松城は連絡拠点として機能したのでしょう。
評議原の紅葉は色づき始め。見頃はもう少し先かと思います^o^

2020年11月14日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
どこでも俳句ポスト[津久井城  関連施設]



どこでも俳句”・・・園内及び山上の各所で俳句を詠んでその場で投稿できる、俳句を詠むための紙と鉛筆が入った箱、「どこでも俳句ポスト」があり、皆様が咏んだ俳句はパークセンター前に掲示されます、津久井城登城の記念に素敵な風景を見ながら一句ひねてみてはいかがでしょうか🍁🏯
(投稿写真の某の俳句の文字が汚くて恥ずかしいです😅)

2020年10月31日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
トバボリ[津久井城  遺構・復元物]



一番の見所であるトバボリは城山ダム側の観光センター第一駐車場へ車を停めて駐車場の横の国道413号線を橋を渡らずに第2駐車場側へ歩いていくと三ッ鱗の車止めの前から道路を隔てて良く見えます!

2020年10月31日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
展望台[津久井城  関連施設]



ここから四季折々の丹沢の山々が見渡せるます!(手前の芝生広場は御屋敷跡です)


2020年10月07日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
津久井城



久々の津久井城本丸へ登城しました、所々桟道工事等々で通行出来ないルートが有ります、本日の登城はパークセンターから、くるま坂(男坂)の登城道より登城致しました!
只今、津久井城秋への衣替え中です!

2020年08月27日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
城山湖天空の里駐車場[津久井城  駐車場]



駐車場の南側にある散策路(遊歩道)を小松城側(南東へ)と入って、300mほど先に評議原が有ります!
駐車場の上の方にある金比羅宮は初日の出スポットで見晴らしが良い所ですので階段を登るのがちょっと大変かと思いますが、一見の価値ありです!

2020年08月27日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
評議原[津久井城  その他]



豊臣秀吉の小田原攻めの際、前田利家・前田慶次郎・上杉景勝・直江兼続・真田昌幸・真田幸村らが、八王子城を攻撃し、徳川家康勢は津久井城を攻撃しましたが、その際に、津久井城と支城である小松城・片倉城の北条側の武士がこの場所で降伏するか評議したとされています。
秋には絶好の紅葉スポットとして人気を集めていて、この先に小松城跡が有ります!

2020年08月27日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
小松城[津久井城  周辺城郭]



小松城は、片倉城(八王子)の出城であったと伝えられ現在は造成によりその遺構は失われていますが、城があった当時の雰囲気は感じられると思います。
評議原から尾根伝いの1本道を進んで来てください!

リア攻めマップに登録できませんでしたが近くに伝説の梅が有ります、八王子城が攻められ落城した際、八王子城から辛くも包囲網を脱出した津久井城へ伝令武者が、相模原市城山町の穴川まで来た時、地元の百姓に津久井城の状況を聞いてみら、津久井城も既に落城したと知らされ、がっかりして馬から降り、ムチ代わりにしていた梅の枝を道端に突き刺し、その後、その地に梅が根付き、花を咲かせたので「下馬梅」、また、逆さに刺したので逆さに咲いたことから「逆さ梅」とも呼ばれた梅です、時間が有りましたら合わせて見学してください!

2020年07月25日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
小倉口よりの登城道[津久井城  その他]



十兵衛山展望台〜男坂を通り鷹射場曲輪までの自然の防御にはとても驚きました、攻めての気持で登ると、こちら側から攻めるのは遠慮したくなります、これぞ山城の醍醐味でも道のりはかなり険しいのでくれぐれも安全第一で楽しんでください!

2020年07月25日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
十兵衛山展望台[津久井城  関連施設]



眺めが良く素敵な場所です!

2020年06月30日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
津久井城

功雲寺
津久井城主だった内藤家の菩提寺です、内藤景定公夫婦と家臣と思われるお墓が有ります!

2020年06月08日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
津久井城

津久井城電子案内完成!
園内10箇所にあるQRコードをスマホやタブレットで読み込んで津久井城のマニアック情報をみてみよう!(県立津久井湖城山公園公式サイトより抜粋)
皆さん是非リア攻め起こし下さい!

2019年06月06日 まさある甲斐守
駐車場[津久井城  駐車場]

無料です。利用時間8:00~19:00。19:00以降は翌朝8:00まで出庫出来なくなるので注意。

2019年06月06日 まさある甲斐守
駐車場[津久井城  駐車場]



無料です。利用時間8:00~19:00。19:00以降は翌朝8:00まで出庫出来なくなるので注意。

2019年06月06日 まさある甲斐守
駐車場[津久井城  駐車場]



無料です。利用時間8:00~19:00。19:00以降は翌朝8:00まで出庫出来なくなるので注意。

2019年05月07日 安倍武蔵守宗任
パークセンター[津久井城  関連施設]



パークセンターでは色々な情報を仕入れることができます。
足軽の装備も体験できますよ。
ジオラマがあるので、まずは全体を確認してから登城しましょう。

2019年01月04日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
津久井城

本日は未だに攻略出来ず仕舞いの御屋敷跡より城坂を経て小倉登山道〜馬込曲輪〜十兵衛山〜男坂〜鷹射場曲輪〜本城曲輪を目指しました、十兵衛山〜男坂を通り鷹射場曲輪までの自然の防御にはとても驚きました、攻めての気持で登ると、こちら側から責めるのは遠慮したくなります、これぞ山城の醍醐味でも道のりはかなり険しいのでくれぐれも安全第一で楽しんでください!

2018年11月12日 安倍武蔵守宗任
津久井城

パークセンターから女坂、男坂二通りのルートがあります。
男坂は山頂までひたすら一直線の登り、早く着きますが疲れます…
女坂は山腹をゆるゆると回りながら登ります。楽チンだけど途中道幅が狭いので要注意。転がり落ちたらパークセンターまで戻れそうです(笑)
遊具もあるので子供連れで賑わってます。駐車場は狭いので待ち行列ができます。
土日は開園時間にはほぼ満杯です。

2018年10月05日 こうひろ
津久井城

城山公園ホームページに詳細な資料があります。縄張りや発掘調査結果もあるので参照してから行くと良いでしょう。ガイドブックとしてもパークセンターで販売しています。

センターの方のアドバイスでくるま坂(男坂)から行くのが戦国時代雰囲気を堪能できてオススメですが、トレッキングシューズでないと関東ローム層は滑りやすく疲れます。

城域は飯縄曲輪・鷹射場~本城曲輪の順で回り、帰りはまきみち(女坂)経由で戻りました。
竪堀の宝庫で往時にはさぞ迫力があったと思われます。普段は通行禁止の大手道と畝状竪堀やタイラク主水曲輪もぜひ見てみたいところです。

散々予習したのに舞い上がり過ぎて2ヶ所見逃した位、興味深い山城でした。

八王子城や滝山城とセットで見れば距離や役割等の支城ネットワークと戦国面影をより理解、体感出来るかと思います。

2018年01月12日 さく124S宮内卿
津久井城

根小屋から登城しました。
緩やかな女坂が2018年1月10日から
2月15日(予定)で閉鎖していますので
ご注意下さい。
往復とも勾配のきつい男坂になりましたが、運動不足もあり登りは心臓バクバクでした。下りも枯葉が滑りかなり体力
使いました。


2016年05月31日 まー刑部卿
津久井城

口コミから根小屋地区にあるパークセンターから登城しました。まずパークセンター職員に何処を通ればいいか聞いたら男坂から登り帰りは女坂を通っていけばいいと言われました。登城は昨日の降雨時のため足下が滑りやすかったです。行きはひたすら上り、帰りの女坂は勾配は緩やかですが場所によっては道幅が狭く草木が生い茂るところも多かったです。一番の見所であるトバボリは観光センターのあるダム側(第一駐車場)へ移動し橋を渡らずに第2駐車場側へ歩いていくと道路を隔てて良く見えます。観光センター内はお土産品や特産物の野菜も売っていますが津久井そばは出されるまで時間がかかるため時間の余裕のある方は注文なさるといいでしょう。

2016年01月07日 相模守愛洲久忠
津久井城

城山ダム『花の苑地』駐車場に車を止めて登城開始です。見晴台までは階段スロープで5分程。しかしここからは一気に道が狭くなり急坂の連続に変わります。驚いたことに鎖場もありスリリング。(予習してから登りましょう (^^))山頂手前の太鼓曲輪からは尾根道で楽になります。本城曲輪手前には土塁遺構保存のロープが張られており良好な状態でした。麓から山頂までの比高は180メーター、およそ30分程で到着です。

2015年11月01日 león☆鷹党
津久井城

橋本駅北口よりバスで25分程の北根小屋バス停で降車。
登城口はいくつもありますが、今回は小網諏訪神社裏手の歩道沿いに歩き、車坂(男坂)から登城しました。
津久井湖観光センター付近の登城口に比べるとかなり楽に登ることができた印象です。
時間的には根小屋地区のパークセンターから車坂を直登するのが一番早いと思います。
体力に自信がない方は中腹を廻りながら徐々に登っていく女坂がオススメ。
この女坂を行けば北東に伸びる二筋の曲輪群にも近いですが、こちらの曲輪群は全く整備されてない藪だらけなので降りるにはそれなりの覚悟と装備が必要です。
遺構としては麓まで続く長大な竪堀や、山頂の曲輪を隔てる堀切が見ものです。
ハイキングで訪れている家族連れの方も多いので、狭い山道ですれ違う際には配慮しましょう。
またパークセンター近くの功雲寺には城主内藤氏の墓と伝わる宝篋印塔があります。




2015年10月05日 雑賀
津久井城

城山キャッスリングといつ歴史ガイドウォークが開催されます。 
◇11/29『根小屋を歩く山城入門ガイドウォーク』10時〜 
◇12/19『初冬の歴史ガイドウォーク』10:30〜 
◇1/16『歴史縦走ガイドウォーク』※マニア向け 10:30〜 
参加希望の方はパークセンターまで。
 
昨年夏場に行きました。パークセンター側からだと比較的登り易いが、バス停のある湖側から登るルートを選択したため、思ったよりきつかったです。充分な下調べをしてからが吉。 リアルを検討される方は、ガイドウォークを利用されるのも良いかと思います。湖が目前なので景観は良好。簡易なテーブルもあります…是非お弁当持参で♪


2015年06月15日 ひな中務大輔ひな⭐️
津久井城

麓付近はのどかな公園なのですが、登って行くとハイキングコースというよりは登山道になります。
ロープや鎖につかまりながら進む危険な箇所もありますのでご注意を。
私個人の感想としては、八王子城よりつらかったです(;-;)



2015年03月30日 はろん中務少輔ぼう
津久井城

城跡のある、津久井湖城山公園には4つの駐車場があります。
登城には、大手側にあたる根小屋地区に停めるのが山麓の遺構も多くてよいと思います。
ただ、山頂から山麓まで延びる最大の竪堀である「トバボリ」は、花の苑地第一駐車場に停めないと気付かない位置にあります。
そこから園内に入る国道413号の歩道橋付近から、その姿を見ることができます。

2014年11月26日 釧路守きこりん
津久井城

ダム湖側からではなく、その反対側の根小屋地区の駐車場から登城しました。こちらにパークセンターという施設があり、ガイドマップが入手でき、資料が閲覧できます。センターの周囲はデッキ道が巡っていて、森林公園的に整備されていますが、どんどんん登っていくと竪堀が現れてきて、尾根周辺では郭群、堀切、井戸などの遺構が楽しめます。
樹齢900年以上と伝わる飯縄曲輪近くの大杉は、残念ながら落雷で焼失していました。

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