小沢城(こさわじょう)

小沢城の基本情報

通称・別名

所在地

神奈川県愛甲郡愛川町角田

旧国名

相模国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

金子氏

築城年

室町時代前期

主な改修者

主な城主

金子掃部助

廃城年

遺構

曲輪、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

田代城(神奈川県愛甲郡)[3.7km]
磯部城(神奈川県相模原市)[5.6km]
荻野山中陣屋(神奈川県厚木市)[6.2km]
津久井城(神奈川県相模原市)[6.9km]
淵野辺城(神奈川県相模原市)[8.2km]

小沢城の解説文

小沢城(こさわじょう)は神奈川県愛甲郡愛川町小沢にあった城である。現在は小沢城跡を含めた周辺は民有地となっている。

概要
小沢城は相模川の左岸段丘崖に位置し、古沢の船渡しを抑える交通の要衝、丘のふもとを小沢川が流れる要害の地である。

歴史
鎌倉時代、横山党の開発領主により館が築かれた。長尾景春の乱における戦場として知られる。

小沢城の口コミ情報

にゃにゃーにょ豊後守様[2015年07月01日]
小沢城は二つじゃと?
愛川町小沢には城跡が対を成す位置に存在し、現在築城時代の古い方は『小沢古城』新しい方を『小沢城』と云うのじゃ。

小沢城は、相模川河岸段丘の半島状に突き出た場所に築かれておる。
県道65号線の小沢坂の途中に城の大手にあたる坂「城坂」があるのじゃ。解説板が目印じゃ。
坂を登るとU字に曲がる所の平場に石仏や石碑が並んでおり、その傍らの細い石段の先には大六天(第六天)が祀られておるぞい。
堀底道と伝わる坂は急なうえ所々蛇行しており、登り切った所にある畑が主郭跡じゃ。ここにも解説板があるのじゃ。
周辺は宅地化されており、遺構は堀切や土塁が僅かに残っておるそうじゃ。

小沢古城は相模川のすぐ横、高田橋手前の小山が城趾なのじゃ。
諏訪神社に解説板があり、隣の還浄寺が居館跡だったそうじゃ。
山が擂鉢状の地形で天然の土塁となっておったそうじゃが、採土により削られ遺構は失われておる。

★『長尾景春の乱』で景春に味方した金子掃部助が立て籠ったが、太田道灌に攻め落とされたのじゃ(1477年4月)。
しかし、それがどちらの城だったのかは不明なのじゃ。

空灯様[2014年01月11日]
遺構はあるのかもしれませんが、確認できませんでした。
説明板があるのみで、どこに城があったのかもよくわかりません。
道も狭く、駐車場もありませんので、車はおすすめしません。

あまり詳しくはわかりませんが、室町時代の城跡のようです。
太田道灌に落城されたと言われているそうです。

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