福岡城(ふくおかじょう)

福岡城の基本情報

通称・別名

舞鶴城、石城

所在地

福岡県福岡市中央区城内

旧国名

筑前国

分類・構造

梯郭式平山城

天守構造

不明(天守台あり)

築城主

黒田長政

築城年

慶長6年(1601)

主な改修者

黒田長溥

主な城主

黒田氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、櫓4棟、門3棟、石垣、天守台、横堀(水堀)

指定文化財

国重要文化財(南丸多聞櫓)、国史跡(福岡城跡)、県有形文化財(潮見櫓・大手門・祈念櫓)、市文化財(名島門)

再建造物

二の丸北隅櫓、大手門、石碑、説明板

周辺の城

母里太兵衛屋敷(福岡県福岡市)[1.4km]
須崎台場(福岡県福岡市)[2.0km]
姪浜城(福岡県福岡市)[4.4km]
古野城(福岡県福岡市)[5.1km]
小田部城(福岡県福岡市)[5.2km]

福岡城の解説文

福岡城(ふくおかじょう)は日本の城の一つで、別名、舞鶴城、石城。江戸時代初頭に完成し、外様大名の福岡藩黒田氏の居城であった。国の史跡。

概要
福岡城は福岡市の中心部に位置する梯郭式平山城である。普請奉行は野口佐助一成である。城地とされた福崎丘陵(那珂郡警固村福崎)は、博多と那珂川を挟んだ西側にある。主に、本丸を囲むように二の丸、その外に大きく三の丸が配され、47の櫓を配し縄張りの範囲は約25万平方メートルに及ぶ。東側に那珂川を以って堀とし、また西側の干潟「草ヶ江」を大堀として活用した。この大堀は現在大濠公園として整備されている。城下町は城の北側(博多湾側)に開かれた。

築城の際に、福崎を黒田家再興の地である備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)の地名にちなみ「福岡」と改めている。

熊本の加藤清正もこの城を評価している。特に一成が指揮した石垣から、別名「石城」とも呼ばれる。

現在、城跡には門・櫓が現存し、多聞櫓とそれに続く二の丸南隅櫓は国の重要文化財に、潮見櫓・大手門・祈念櫓・母里太兵衛邸長屋門が福岡県指定文化財に、名島門が福岡市文化財にそれぞれ指定されている。また、多聞櫓に続く二の丸北隅櫓が復元されている。

歴史・沿革
安土桃山時代・江戸時代
慶長5年(1600年)黒田孝高・長政父子は関ヶ原の戦いの功績により豊前国中津16万石から、一躍筑前一国52万3千石を得て名島城に入城した。便宜上から名島城を廃し、福崎丘陵(現在の舞鶴公園・福岡城跡)を新城候補地に選定した。慶長6年(1601年)には築城が開始され、7年後の慶長12年(1607年)に竣工した。

江戸期に数度の改修が行われたが、特に幕末の嘉永・万延年間に大改修が行われた。

近現代
明治4年(1871年)廃藩置県により旧下屋敷に福岡県庁が置かれる。
明治6年(1873年)廃城令発布により存城処分となり、第6軍官に属する。その後多くの建造物が解体もしくは移築された。
明治35年(1902年)床下にあった火薬が爆発し鉄物櫓が焼失する。...

福岡城の口コミ情報

中務少輔お砂糖くん様[2017年07月17日]
城外の赤坂西交差点近くの歩道に城跡堀石垣保存施設が土日のみ公開(無料)されています。地下の工事現場に繋がるかの様な入口なので、見落し必至。堀の底にいるという立ち位置になります。

中務少輔お砂糖くん様[2017年07月16日]
南丸多聞櫓は現在保存修理工事中です。
期間は~平成30年3月15日まで。攻城の際はご注意ください。

コムギ様[2017年06月21日]
名島門近くに旧小学校校舎があって、今は三の丸スクエアという観光案内処になっています。中では、軽食や、お茶も飲めます。
けやき通り、NHK放送センター近くからの入口の橋は老朽化のためか通行止め、多聞櫓は今工事中で白いカバーに覆われていました。

織田修理大夫晃司様[2017年05月08日]
多聞櫓の道を挟んだ向かいの舞鶴公園第2駐車場に停めて、まず石垣から多聞櫓を眺める。その後内側に回り、2基の二重櫓を。

本丸の見事な石垣を見て祈念櫓。

名島門、文里太兵衛長屋門、伝潮見櫓と下之橋御門は少し離れているので見落とし注意。

福岡で博多ラーメンは食べておきたい。
地元の方に聞けば、口をそろえて一龍(あっさり系)と達磨(こってり系)を勧める。

みずたま左近衛少将ゆう様[2015年07月21日]
福岡城むかし探訪館という施設がありました。
100名城スタンプもあり、夏休み中は午後7時まであいているそうですよ。

アヴァンシア様[2014年04月01日]
皆様ご存知の関ヶ原の戦いの功績により家康公より筑前一国を拝領され1601(慶長6)年、守りに有利な地形で交通上の要所でもあった福崎の地を「福岡」と改名し福岡城の築城を開始します。

築城が始まると官兵衛は太宰府天満宮内にある庵を仮住まいとして連歌や和歌、茶の湯などで満喫した隠居生活を過ごしたとの事です。

その太宰府天満宮境内には今でも官兵衛が茶の湯で使ったと伝わる井戸が「如水の井戸」として残っています。

もし時間に余裕があれば菅原道真公ゆかりの「梅ヶ枝餅」でも有名な太宰府天満宮にも足を運んでみたら如何でしょうか!?

ひろり様[2013年03月15日]
福岡城の堀の石垣は、一部が地下で保存・公開されております。
福岡城の北、明治通りの赤坂交差点から西へ徒歩約3分、歩道上に入り口があります。
公開は毎週土曜日、10:00〜17:00まで。

加藤豊後守清正様[2012年09月30日]
城内には大きな天守台跡がありますが、その存在を濃くする資料があり毛利輝元が内密に調査していて、そこに天守が書かれているそうです。また、細川家が記した日記にも書かれ『広島城主福島正則が無断で城を修築した為、改易。それを恐れて天守を壊した』と書かれてます。
これにより天守存在説が濃くなりました。気になる外観ですが、5重の天守だそうです。

徳川内大臣源朝臣康武様[2012年08月17日]
福岡市が、福岡城跡整備基本計画を13年度までに策定すると発表。天守復元も検討(毎日新聞福岡都市圏版)…心意気は結構ですが、史資料が少ない天守復元は無理!可能な史跡整備をお願いしますm(__)m
裁判所等諸施設の移転、生活道路の撤去など、環境整備が先決。その後、本丸表御門、月見櫓、花見櫓の移転復元をはじめ、城跡整備を実施したら良いんだけど…(^_^)

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