二本松城(にほんまつじょう)

二本松城の基本情報

通称・別名

霞ヶ城、白旗城

所在地

福島県二本松市郭内3

旧国名

岩代国

分類・構造

梯郭式平山城

天守構造

不明

築城主

畠山満泰

築城年

応永21年(1414)

主な改修者

丹羽光重

主な城主

畠山氏、伊達氏、蒲生氏、上杉氏、加藤氏、丹羽氏

廃城年

明治5年(1872)

遺構

曲輪、天守台、石垣、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(二本松城跡)

再建造物

箕輪門、附櫓、石碑、説明板

周辺の城

田地ケ岡館(福島県二本松市)[1.7km]
八丁目城(福島県福島市)[7.3km]
小浜城(福島県二本松市)[8.4km]
宮森城(福島県二本松市)[9.0km]
刈松田城(福島県福島市)[11.3km]

二本松城の解説文

二本松城(にほんまつじょう)は、福島県二本松市郭内にある城(平山城)。日本100名城の一つ。別名、霞ヶ城・白旗城と呼ばれる。2007年7月26日、二本松城跡として国の史跡に指定された。「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選に選定されている。

概要
二本松城は二本松市街地の北に位置し、麓の居館と、標高345mの「白旗が峰」に築かれた城郭からなる梯郭式の平山城である。江戸時代は二本松藩主丹羽氏の居城となった。

現在は「霞ヶ城公園」として整備されており、石垣と再建された箕輪門がある。山上の本丸には天守台、石垣が近年になって再構築された。また、城の入り口には二本松藩7代藩主・丹羽高寛が、家臣で儒学者の岩井田昨非の献策により、一夜のうちに自然石に藩政改革と綱紀粛正の指針を刻ませた「戒石銘碑」があり、1935年に「旧二本松藩戒石銘碑」として国の史跡に指定されている。

城郭由来の建造物として、県指定文化財の茶亭「洗心亭」が、明治時代城内に再移築され現存する。

歴史・沿革
室町時代
室町時代初期の1341年 室町幕府より奥州探題に任ぜられた畠山高国が塩沢・殿地が岡(「田地が岡」とも)に最初の居を構え、地名を二本松と改称し、畠山氏7代当主・畠山満泰が、1414年もしくは嘉吉年間(1441年 - 1443年)にこの地に二本松城を築いた。

安土桃山時代
以後、陸奥国に定着していた畠山氏は、戦国時代になると伊達政宗の攻撃を受ける。1585年10月、15代当主・畠山義継は政宗の父・輝宗に降伏を申し出た。輝宗のもとに出向いた義継は、輝宗を拉致して二本松城へ連れ去ろうとしたが、これを聞きつけた政宗に輝宗もろとも射殺された(粟之巣の変事)。政宗はすぐに二本松城攻めを開始したが、守備側は義継の子・国王丸を継嗣に立て籠城した。城は政宗の猛攻によく耐えたが、翌1586年7月16日、政宗への内通者も出たため、相馬義胤の口添えにより二本松城は開城し、ここに畠山氏は滅亡した。

政宗は片倉景綱、次に伊達成実を二本松城代とした。1591年、政宗が岩出山城に転封されると、二本松城は若松城主蒲生氏郷の支城となった。氏郷は蒲生郷成・町野重仍を城主に据えた。1598年 蒲生氏に代わって上杉景勝が会津に入ると下条忠親が城代となった。

1600年 徳川家康に敵対した上杉氏は関ヶ原の戦いの後、米沢城に移された。会津には蒲生氏郷の子・秀行が復帰し、梅原弥左衛門と門屋勘右衛門が二本松城代となった。

江戸時代...

二本松城の口コミ情報

EXPO23こうひろ様[2017年05月14日]
二本松駅で周辺地図を貰い、歩いてみました。久保丁坂入口を入った大手門跡と歴史資料館前道程は思った以上に急坂でした。
虎口を抜けると城跡が見えてきます。
箕輪門付近は近世ですが池や滝周辺は中世城郭を味わえます。訪れた時は菊人形展で賑わっていました。
天守石垣からの展望は疲れを忘れる程の見晴らしです。交通要所で築城する理由が良く判ります。いい季節に周辺史跡もゆっくりと観光したい風情に溢れています。
電車で訪れた際には30分程度なので、城下町を味わって駅から歩いてみてください。但し、私の様に革靴スーツの場合、素直にタクシーを使った方が無難です。後で地獄を見ます。

カーネル様[2017年01月12日]
東北本線二本松駅から正面の道を右折して最初の信号を左折

曲がったところに大手門の看板があります
先人も書かれてますが、大手門から城域までかなりの距離があり、城の規模に驚かされます。図書館のところには礎石・石垣もあります

左折後は坂を登り切ってから左折して、霞ヶ城公園着。箕輪門から中に入り、三の丸を抜けて本丸を目指します
道はいっぱいありますがとにかく上へ
井戸・南西大石垣を経由して本丸へ。反対側に降りると石垣・堀・土塁・井戸があります
南へ戻って搦手門を経由して駅へ。ぐるっと1周できるので行きに通った道を帰りに通るとは限りません
「ここは帰りに撮影しよう」という考えは危険です

2回目だったのでさらっと行くつもりが、圧倒的な迫力に負けて、駅から往復した行動時間は、ついつい長居して2時間強ほどほどでした

すずママ右馬頭要害情報屋様[2016年09月21日]
20160919 見学 ちょうど菊人形祭りの準備中でしたがお邪魔にならない程度に見学できました。名城スタンプはJRの駅にありました。ポケモンGoの影響のせいか人が多く箕輪門近くは写真を撮るのが難しいです。子どもが一緒だったので天守台までは行きませんでしたがとても眺めがよく、駅との間にある丘は物見台のようにもとれました。お土産は二本松インターそばの三万石でままどおるとエキソンパイを購入。二本松城そばの薄皮饅頭が買えなかったのが心残りです

野呂利駿河守休三23夜のみ様[2016年04月20日]
(続き)
公園に入り新城舘、搦手門を経て、さらに北側に。山頂の総石垣の本丸を取り巻いて曲輪や堀切、土塁といった土の城の遺構が続く。本丸から三の丸へも土の曲輪が続き、まさに中世と近世のハイブリットな城を堪能できます。
時間の都合上、東側の松森舘跡や城下町などはオミット。3時間の滞在でしたが(資料館含む。城跡は1時間程)、城下も回るとしたら最低丸一日必要です。

16.01.08訪城

野呂利駿河守休三23夜のみ様[2016年04月20日]
駅を出るとすぐに奥州街道。右に折れ、すぐの道が大手道。大手道の西には二本松神社。元は城内にあっりましたが、丹羽光重により現在地に。
大手道の東側に歴史資料館。ここの敷地に江戸の上屋敷の石垣の一部が移築されています。このすぐ側に大手門跡。大手門跡の石垣には門の木材を受ける穴がはっきり。大手門跡を過ぎても城跡はまだ見えません。今は両側には民家が立ち並んでいますが古絵図には何も無し。以外と車の通りが多いので注意。
大手道を登り詰めると左手に行く道が。真っ直ぐ行くと箕輪門等のある三の丸ですが、車通りに堪えかね、そちらへ。
隔絶された道に不安になりながらしばらく進むと右手に二本松城を一望。何となく別世界に来たような不思議な感覚。気を取り直しますが、下りる道は見当たらず。
さらに進むと丘陵が一旦切れます。切れ目にかかる橋の名前を見ると松坂御門橋。堀切?にしては深いし、先も門跡ぽくない。後で調べると谷間に門があったとのこと(汗)
まだ下りる道が見当たらず進んでいくと霞ヶ城公園の入口に。西側に安達太良山の雄大な景色。

タコ武蔵守イカ様[2015年04月28日]
2015/4/28 登城
100名城だし駅からも近そうなのでちょっと寄ってみようかと、軽い気持ちで訪れましたが、城跡にたどり着くまでに丘を一つ越え、城跡も天守台に行くには結構きつい坂を登る必要があります。

ただ、天守台からの眺めは素晴らしかったので、天気がよく、時間に余裕のある場合にはお勧めです。

msnakam様[2014年01月10日]
本丸まできました。つかれた!

コロ助様[2013年07月18日]
朝、訪れたら、霞ヶ城公園前にある喫茶店の方がお店の入口を掃除されていました。通り過ぎる際に「おはようございます」と挨拶したら「パンフレット要る?」と、まだ開店時間前なのに店内に招き入れてパンフレットを下さいました。「気を付けてね。もしトイレ行くなら、営業前だけど使っていいからね」と仰って頂き嬉しかったです。
箕輪門内側の石垣は震災の修復工事中です。工事の為に通行止になっている所が少しだけありましたが、見学には差し支えありません。

金沢流北条掃部頭しんのすけ様[2013年05月04日]
天守台の石垣は穴太衆の子孫が築いたみたいです! そして天守台の石垣の裏に蒲生氏時代の石垣が埋まってるみたいです!!
箕輪門から歩いて全て見て回っても一時間位です!!

ガラ隠居中納言独眼竜梵天丸様[2012年10月07日]
今月13日〜11月18日まで菊人形祭りが開催され最寄り駅からバスが運行するそうです。
片道210円

弾正少弼夢民様[2012年08月05日]
歴史資料館の100名城スタンプは、「新しくなった」と書かれていました。確かに城までの坂道、僕にはキツかったです

軍師J万次郎マイリバ様[2012年05月01日]
100名城スタンプは駅にある観光案内所にも設置されており、こちらのほうが歴史[資料館の物よりも状態がgoodです4(^^)d
本丸直下には日本三井のひとつ「日影の井戸」がありますので、日本三大○○ハンターにもオススメの城跡です(^-^)/

さくら主膳佑にゃ〜様[2011年08月06日]
2011年8月13日(土)13時30分〜現地説明会が開催されますよ〜。ここ数年参加出来てませんがまた今年も…お盆に開催されても休み取れないよう(>_<。

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年09月25日]
大雨の朝駆けで行ったら、菊人形まつりの準備中で、城内は繁雑。
山城本丸までは、徒歩でも車でも登れる。
城下の大手門跡付近に市歴史資料館があり、城の詳しいパンフや、百名城スタンプが置いてある。大手門石垣と共に見学されたは

傾奇揚げ仙兵衛様[2010年08月09日]
菊人形をやってないとホントに寂しい所

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