大森城(おおもりじょう)

大森城の基本情報

通称・別名

臥牛城、白鳥城、鷹峰城

所在地

福島県福島市大森字城山

旧国名

岩代国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

伊達晴宗

築城年

天文11年(1542)

主な改修者

主な城主

伊達氏、片倉氏

廃城年

寛文4年(1664)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

模擬櫓、石碑、説明板

周辺の城

名倉城(福島県福島市)[3.0km]
福島城(福島県福島市)[4.3km]
八丁目城(福島県福島市)[7.5km]
大波城(福島県福島市)[9.5km]
大鳥城(福島県福島市)[11.8km]

大森城の解説文

大森城(おおもりじょう)は福島県福島市南部にあった戦国時代の城。別名臥牛城と呼ばれている。JR南福島駅より西方約5km。

概要
大森城は福島市大森の小高い丘陵の先端部に築かれた。最高地点は147メートル、比高差60メートルでそれほど高くはない。現在は、北端に櫓の形をした展望台が設置されるなど城山公園として整備され、春には福島有数の桜の名所として、多くの人が花見に訪れている。

歴史・沿革
大森城がいつ頃から存在するのかはよくわからない。ただ、城跡近辺には鎌倉時代から室町時代初期にかけての板碑が数多く残されており、この一帯が有力国人の拠点だったことは想像に難くない。鎌倉から室町初期にかけてこの一帯を支配していたのは二階堂氏と言われている。

史料から大森城の存在が明らかになるのは戦国時代からで、伊達稙宗の三男・伊達実元が城主となっている。伊達氏の内紛である天文の乱の際、実元は稙宗方につき、大森城は稙宗方の重要拠点の一つとなった。しかし、天文17年(1548年)に乱が終息し、稙宗の隠居と実元の兄・晴宗の家督相続が決まった。兄が桑折西山城から出羽米沢城へ移った後、兄と和解した実元は大森城主にとどまり、信夫郡南部の支配権を与えられた。その後、天正12年(1584年)に実元は大森城を嫡男・成実へ譲り、自身は八丁目城(福島市松川町)に隠居した。成実は伊達政宗の片腕として活躍し、天正14年(1586年)に政宗が二本松城を落城させると、成実に二本松城を与え、大森城は片倉景綱に与えた。この時期の大森城は、政宗による仙道地方(現在の福島県中通り)進出や相馬氏との戦いの際に中継拠点として用いられ、伊達氏の南奥制覇に非常に大きな役割を果たしている。

しかし、天正19年(1591年)の豊臣秀吉による奥州仕置(再仕置)によって信夫郡が伊達氏から没収され蒲生氏郷に与えられると、大森城主となった氏郷の客将・木村吉清は、杉妻城を改修して福島城と名を変え、そこに居城をうつし、大森城を廃した。現在の福島市が福島という名になったのはこのときである。しかし、氏郷の死後に蒲生氏が宇都宮城へ移され、上杉景勝が会津領主となると、大森城は再び取り立てられ、上杉氏家臣の栗田国時が城主となった。関ヶ原の戦いの直前に国時が徳川家康に通じたために殺害されると、芋川正親が城主となる。それ以降、大森城は芋川氏に代々受け継がれたが、寛文4年(1644年)の上杉綱勝急死・上杉綱憲相続に伴う一連の騒動によって上杉領が15万石に半減されるに及び、信夫郡は天領となり、大森城は廃城となった。

構造と遺構
大森城は、最高地点を中心とした主郭(本丸)、北端の北館、主郭南にある南館という北から南に向かって配置された比較的規模大きい3つの郭を中心とした構造といえる。主郭部分も北半分と南半分では多少の段差があり、この北側の高い場所が城主の館であったといえるだろう。主郭の南側には空堀と土塁が残る。

しかし、城跡は公園化によってかなり改変されており、これらがどこまで続いていたかは不明である。また、南館は現在、雑木林と畑作地となっており、改変はされているが、遺構の名残を確認することはできる。特に北東部分の帯郭の入り組みから判断して虎口がここに存在したことが推察できる。北館部分は現在主郭から展望台にかけて緩やかな傾斜地となっているが、これは公園化に伴うものであるといえる。

現在、信夫公民館裏から城山観音堂を経由して北舘まで登る道があるが、この道が大手口と思われる。また、北舘の麓の民家の道路側に水路が残されているが、これは大森城の水堀の名残と思われる。なお、展望台の建設にあたり、平成5年(1993年)に北舘北端部が発掘調査され、16世紀に比定される瀬戸産の陶磁器が出土したという。主郭部分の東にある城山古墳は丘陵の麓にあったものを昭和45年(1970年)に移築復元したもので、城とは直接関係はない。

周辺
城下町...

大森城の口コミ情報

石畳治部少輔三成様[2014年07月26日]
今日探索に行くと除染中のため公園内に立ち入り出来ませんでした。
これから行かれる方は注意してください。

ガラ隠居中納言独眼竜梵天丸様[2013年01月12日]
城山公園として整備され本丸下まで車で行け駐車場も10台以上駐車可、駐車場辺りは帯郭と呼ばれ、しばらく進むと本丸を囲む空堀があります。
春はソメイヨシノが満開に、花見でごった返します。
郭、空堀、土塁、二の丸跡には物見櫓風の展望台がありそこから見える旧米沢街道と旧会津街道、四方には吾妻、安達太良、蔵王、霊山の山々と福島市街地が間近に見える。
駐車場に案内図、本丸に石碑、説明板有り。

ガラ隠居中納言独眼竜梵天丸様[2012年11月13日]
東北線の南福島駅下車西側の方へ約15分ちょっと
目標は小高い山です

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