黒井城(くろいじょう)

黒井城の基本情報

通称・別名

保月城、保築城

所在地

兵庫県丹波市春日町黒井

旧国名

丹波国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

不明(天守台あり)

築城主

赤松貞範

築城年

建武年間(1334〜1338)

主な改修者

赤井直正、斎藤利三、堀尾吉晴

主な城主

赤松氏、赤井氏、斎藤利三、堀尾吉晴

廃城年

天正12年(1584)

遺構

曲輪、石垣、横堀(空堀)、堀切、土塁

指定文化財

国史跡(黒井城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

柏原陣屋(兵庫県丹波市)[6.0km]
細見辻城(京都府福知山市)[11.2km]
福知山城(京都府福知山市)[13.3km]
猪崎城(京都府福知山市)[14.6km]
岩尾城(兵庫県丹波市)[14.7km]
石原城(京都府福知山市)[14.9km]
沢田城(兵庫県丹波篠山市)[15.8km]
篠山城(兵庫県丹波篠山市)[15.8km]
鬼ケ城(京都府福知山市)[18.4km]
鳴岩城(京都府福知山市)[19.0km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)163 黒井城

設置場所

春日住民センター[地図

黒井城の解説文

黒井城(くろいじょう)は、兵庫県丹波市にある日本の城跡。別名を保月城(ほげつじょう)、保築城(ほづきじょう)ともいう。国の史跡。

概要
標高356m、猪ノ口山の三方尾根伝いに曲輪群を配置し全山を要塞化している。建武年間に赤松貞範が築城。戦国時代には赤井直正の居城となる。天正7年(1579年)、赤井直義の時、明智光秀に攻められ落城。斎藤利三が城主となり、今日の規模にまで改修した。山崎の戦いの後、堀尾吉晴が入城。関ヶ原の戦いの後、川勝秀氏が城主となるがその後廃城となった。約250年間存続した。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(163番)に選定された。

沿革
赤松時代
『嘉吉記』によると、足利尊氏に従軍し、新田義貞軍と戦った功績により建武2年(1335年)12月12日丹波国春日部を赤松貞範に所領され、この時に築城が始まったと思われているが、これに対して猪ノ口山にはまだ築城されていなかったという意見もある。軍事的な緊張があって初めて城が築かれるので、戦闘が終息する時期に築城するのはおかしいというのがその理由である。 その後、赤松五代、約120年間この地を統治していたようである。
もっとも赤松氏が春日部領を直接統治していたわけではなく、代官を代々配置し、遠隔統治していたのではないかと思われている。

荻野、赤井時代
その後の経緯については、現在史料が確認されていないので詳しくは解らないが、赤松氏に代わり荻野氏が春日部領を次第に納めていったのではないかと考えられている。大永6年(1526年)11月の八上・神尾山両城の戦いで黒井城の城主、赤井五郎が兵3000を率いて神尾山城の包囲軍を背後から襲い掛かったという記録があるが、赤井五郎という人物が後に黒井城で活躍する赤井直正一族とどのような関係があるのか不明である。その後の記録では天文年間(1532年-1554年)に荻野秋清が黒井城主となっていた。一方、赤井氏は氷上町の後屋城を拠点としていた。赤井時家の息子、赤井直正を荻野正元に質子として朝日城に送っていた。荻野正元の息子が黒井城の城主、荻野秋清である。

-黒井城の乗っ取り戦-
赤井直正は荻野秋清へ年初の挨拶に黒井城に出向いていた。その後、荻野秋清を暗殺し、黒井城を乗っ取ってしまう。原因や経緯については諸書にさまざまな説があり、正確な理由は不明であるが、同年8月5日付の『赤井時家書状』によれば、赤井直正は再び朝日城に預けられていることが確認されているので、父荻野正元が放った刺客ではなかったかと思われている。

赤井直正は悪右衛門直正と名乗り、黒井城を拠点に戦国武将の道を歩み始める。赤井直正は細川晴元派であったと思われており、晴元の没後もその政敵である三好氏との戦いを続けた。永禄7年(1564年)に多紀郡へ侵攻、翌永禄8年(1565年)には、三好氏方の松永久秀の弟、松永長頼(内藤宗勝)を福知山市にある和久城付近で討ち取り、丹波国から反細川晴元勢力を一掃し、但馬国、丹後国へ勢力を拡大させていった。

-第一次黒井城の戦い-...

黒井城の口コミ情報

2020年09月13日 続百名城一人旅上野介
黒井城



ゆるやかコースと急坂コースがありましたが、どちらもコースタイム35分なので、ゆるやかコースを選択。ゆっくり登ってコースタイムどおりでした。登り始めは小雨でしたが、本丸で太陽が出てきて、360度の眺望が素晴らしかったです。

2020年07月29日 ソバッソMG78.6
朝日城[黒井城  周辺城郭]



朝日公民館か
少林寺さんを目標に設定
同寺の駐車場に断りを入れて駐車
駐車場から南西側にお寺を見上げながら、そちらへは向かわずにお寺の北西にある平地へ進みます。そこから水路を飛び越え、取り付いたヤブい斜面がもう城跡遺構になります。

僕はⅣ郭東側の竪堀(は破壊されており完全消失)付近の段郭に取り付いたと思います。
とりあえずトップ目指して進んで行くと、ボコボコが縦に横に入り混じり、あっ横堀に誘導されて気づいたら三方から迎撃されてますやんココ、って感じの空間に到達。
あぁここはカタイわと思いながら、イノシシが掘り返した跡を横目に高い方へ高い方へと登ります。
10分登ればⅠ郭
その間にⅢ、Ⅱ間は直進できずに進路を曲げさせられながら登る感じ。技工的な縄張りを実感します。

Ⅰ郭北側、城域北端には物見的な平べったい大土塁、その奥には大味な大堀切が出現。大堀切の内部は土橋かな?往時はもっとソリッドで深かったんかなと想像させられる設備で遮断。
両サイドには畝状竪堀が数条入っていますが、ヤブヤブのシダシダで視認は厳しい。


城郭南側は、明智さんが黒井城攻めの折に接収して使用して、カスタマイズされた織豊期の明智臭プンプン遺構があったらしいですが、宅地開発の憂き目に逢い残念ながら完全に消失しています。
でも、Ⅲ郭〜Ⅰ郭まではかなり残存している印象で、十分に楽しめます。

丹波の赤鬼、荻野直正さんが黒井城を本城にする以前の本拠地だそうです。
黒井城跡にお立ち寄りの際は、ヤブヤブ覚悟でぜひご堪能下さい。


ちなみに砦巡りも楽しいです。
昼食は小富士山城を眺めながらのお蕎麦がオススメです。
やっぱ地元メグラーが知り合いにいると強いわ。


有意義な情報交換のできるSNSで有り続けて欲しいですな。




追記
地元おばあさんのお話
ダニ、メッチャつくからスプレー振っていきなさい
とのご助言。
麓のドラッグストアで医薬品のスプレー買ってガンガンかけて行って下さい。

2020年06月16日 イオ紀伊守
金山城[黒井城  周辺城郭]



明智光秀の丹波攻略に際し、八上城の波多野氏と黒井城の荻野氏の連携を断つべく築かれた城で、両城の落城により役目を終えて廃城になったようです。

2020年05月18日 丹波守丹波の赤鬼
道の駅 おばあちゃんの里[黒井城  その他]

数量限定 5,000枚! 下記5ヵ所の観光案内所などで絶賛発売中です!!
来丹と黒井城登山の素敵な思い出に、城山好きなあの人へのお土産に、是非 お求めください。


◆ かいばら観光案内所
住所: 〒669-3309 丹波市柏原町柏原3625
  TEL : 0795-73-0303 (10:00~16:00 / 定休日 年末年始)
  地図: https://www.tambacity-kankou.jp/about/info.html

◆ あおがき観光案内所
  住所: 〒669-3803 丹波市青垣町西芦田541-1
  TEL : 0795-87-2222 (10:00~16:00 / 定休日 火曜日)
  地図: https://www.tambacity-kankou.jp/about/info.html

◆ 丹波竜化石工房 ちーたんの館
  住所: 〒669-3131 丹波市山南町谷川1110
  TEL : 0795-77-1887 (10:00~16:00 / 定休日 月曜日)
  地図: https://www.tambacity-kankou.jp/members/detail.php?id=119

◆ 道の駅 丹波おばあちゃんの里 「物産館」内
  住所: 〒669-4131 丹波市春日町七日市710
  TEL : 0795-70-3001 (8:30~18:30 / 年中無休)
  地図: https://www.tambacity-kankou.jp/members/detail.php?id=18

◆ 氷上パーキングエリア 丹波いっぷく茶屋
  住所: 〒669-3467 丹波市氷上町本郷62-1
  TEL : 0795-82-9123 (9:30~16:30 / 年中無休)
  地図: google_map

◆ 喜久屋書店 柏原店 (コモーレ丹波の森 内)
  住所: 〒669-3311 丹波市柏原町母坪335-1
  TEL : 0795-73-1410 (10:00~20:00 / 年中無休)

◆ 遠方のお客様には、送料120円(御城印7枚まで)発送も承っております。
 

2020年04月14日 ソバッソMG78.6
金山城[黒井城  周辺城郭]



追入神社から登城(2017年)。
地元の方にお伺い立てて、然るべきトコロに駐車させて頂きました。

比高200m程度、同神社から大体40分登りました。
主郭部からは黒井城跡、とか八上城跡(確か…)などこの辺り一帯を見渡す立地になっていたハズです。鬼の架け橋なるフォトジェニックな物見岩っぽい場所もありますので、ぜひ映えるお写真を撮って下さい。

主郭部にはアップした写真の通り、石垣がかなりしっかり使われておりました。
また八上城跡と黒井城跡を繋ぐ峠道に対して、流通や往来を分断する目的で造成されたそうで、谷筋に入った峠道に対して、上から両サイドに竪堀を巡らせて抑え込んでいるのが印象的な縄張りでした。
また途中の圓林寺跡も結構な規模で人の手が入っていた痕跡があり、これもまた萌えます。


黒井城跡がフォーカスされる昨今
コロナ終息の暁には、黒井に登る前にぜひコチラも登ってみて下さい。



先人さま
スポット登録ありがとうございました。
便乗して投稿させて頂きました。

2020年03月31日 小野近江守湖青
三尾城[黒井城  周辺城郭]



「丹波の赤鬼」の弟、赤井幸家が築いた城郭です。大人気の黒井城に比べて、石垣と訪城者は少ないですが標高は高い(三尾山586m猪ノ口山356m)です。天嶮である故か、堀切好きには物足りないかもしれません。が、曲輪の段差や切岸はそれを補って余りある美しさ(防御力)だと感じました。

2020年03月31日 小野近江守湖青
三尾城中山登城口駐車場[黒井城  駐車場]



幾つかある三尾山城登城路のうち、佐仲ダムルートと同じくらいよく利用される中山ルートの駐車場です。

県道69号に「三尾山登山口」という案内板が出ていますのでそれに従い進むと、添付写真のゲートが見えてきます。このゲートの手前で右折すると、權太夫大神社の隣に駐車スペースがあります。

もしくは、先ほどのゲートを開けて(ちゃんと閉めましょう)登山口まで車で乗り付けても可なようです。ゲートから先、途中で舗装は終わりますが普通車で擦らず行けるくらいに道は整備されていました。登山口駐車スペースは添付写真の通り、普通車数台程度です。神社隣駐車スペースから登山口駐車スペースまでは歩いても10分くらいです。

登山口からは整備されたハイキングコースとなります。登山口からすぐ見えてくる岩場は、修験用ではなく陸上自衛隊の訓練場として利用されているそうです。

2020年03月21日 大納言織田晃司
黒井城

黒井小学校の奥にある黒井城登山口に6台くらい停めれる駐車場があります。
秋から春にかけての雲海の時期にはすぐ満車になります。(5:00で一番乗り5:30には満車になりました)

緩やかコースでも傾斜があり登城に約40分くらいかかります。

大河ドラマ「麒麟がくる」の影響で虎口にアルミ階段の設置。本丸石垣に防護ネットの設置。侵入禁止の設置され萎えますが、遺構保護のため是非もなし。

2020年03月17日 iggy太政大臣
茶臼山城[黒井城  周辺城郭]



茶臼山城
~丹波平定戦で光秀が本陣を構えた陣城~

黒井城から南へ約2.4kmに位置する茶臼山に構築。資料に記述はなく、伝承として本陣であったと伝わる。
茶臼山のすぐ北側には、黒井城へと向かって延びる丘陵があり、それらを含めて茶臼山城と捉えるのが城の構成上、自然であると思われます。
黒井城を真正面に見据え、敵の行動を把握するには絶好の場所で、おおかた本陣はここで間違いないな、って思うのではないでしょうか。

《遺構等》
~茶臼山城(本城、標高188m)~
明確な登城口はなく北側もしくは南側の、山に取り付きやすい場所から分け入って直登(容易)します。
頂部は楕円形の城郭を形成し、削平、切岸加工は丁寧。
主郭北側に、規模は小さいものの逆T字となる張り出しが認められる。資料によると下郭へのスロープとの説明とあるが、スロープにしてはそこそこ急で裾が切られていることもあり、また、主郭南側は緩斜ということを考えても、横矢を意識した防御設備ではないかと推測します。

~丘陵部(北出郭)~
南北約320m東西約70mの丘陵(標高108m)で、二つの堀切で3つの郭を形成。
西側の北へ進む畦道が北側の堀切に通じます。
この堀切には竪土塁が伴い、北西方向からの侵入を意識する。南側の堀切はやや甘い。
郭北端は巨岩(岩盤、落下注意!)で、物見としてうってつけの場所となっています(現状は樹木のため見通しやや不良)。
この出郭は、相当数の兵を駐屯することが可能と思われ、かつ、自在な動きができたのではないかと思えることから、やはり光秀が置いた本陣である可能性が高いと思います。

それにしても陣城って、敵方の目と鼻の先に造成するもんなんですね、余程の勢いがないと無理でしょうが。

《写真》
1.黒井城から見た茶臼山城(中央の逆お椀型山、手前が出郭)
2.茶臼山本城主郭の張り出し
3.出郭北側の堀切
4.出郭物見から見た黒井城(左は千丈寺砦)

《おまけ》
茶臼山
「富士の形は茶臼のようだ」と言われていたそうで、富士の形と茶臼(葉茶をひく石臼)は似ていることから、富士のような形の山は茶臼山と言われるそうです。
富士山=縁起が良い、という繋がりからか、かつて戦で縁起を担ぐ武将に好まれ陣が張られたそうですよ。

2020年03月15日 iggy太政大臣
小富士山城[黒井城  周辺城郭]



小富士山城
~丹波平定戦の際、明智光秀が置いた最初の本陣(陣城)~

黒井城(標高356m)から北東約2.7kmに位置する、いわゆる富士型の山「小富士山(標高231m)」の山頂に構築。

寛政6(1794)年に編纂の「丹波志」に「明智光秀陣場…、頂き堀形あり、此山を丹波小富士という」とあり、また「赤井伝記」には「明智日向守、小多利村(同山所在地)の高山の峰を切りならし…陣小屋となし」とあり、黒井城攻めにあたり最初に築いた陣城とされる。
敵方(赤井)の資料に記述があることからも光秀の陣城と考えたいところですが、現在のところ結論づけられていません。

黒井城全体の展望が良好ではないことから、その後、黒井城から南へ約2.4kmに位置する茶臼山城へと本陣を移したとされています。

《遺構等》
南麓の桃源寺が登山口となります。
道は付いていますが、所々、急峻な箇所あり。
城域は広くなく単純な縄張りです。
黒井城のある西方向へと下る尾根を意識して、主郭北西端に土塁を設けるも規模は小さい。
主郭東側に竪堀が1条あるもほぼわからないような状態です。

陣城として選地しただけあって眺望良く、黒井城も見えるのですが、間に山(龍ケ鼻砦)があるため攻撃しづらい。
そのため本陣を移したと思われます。

《添付写真》
1.主郭北西端の土塁
2.小富士山城から黒井城(右寄り台形の山、右は龍ケ鼻砦)を見る(黒井城から左へ伸びる尾根先向こうの富士型の山が茶臼山城)

2020年01月11日 iggy太政大臣
黒井城



《黒井城の現況》
昨今の城ブーム(続100名城)と大河「麒麟がくる」の影響から登山者が増加、登山者の踏圧による遺構の「裸地化」が進んでいます。
大河が始まればさらなる登山者の予想もされ、これ以上の遺構の崩壊を防ぐべく、12月、応急的に本丸、二の丸、三の丸の各虎口にアルミ階段(萎えます…)が設置されました。

併せて、本丸と二の丸間の空堀直下の石垣に、崩落防止のネット(萎えます…)が張られました。
さらに、あちらこちらに杭が打たれロープ(萎えます…)で封鎖区域が設けられてしまっています。
このため、二の丸と本丸を繋ぐ土橋などは渡れなくなってしまいました。

このように、現在、年末年始の番組(最強の城等)で放送された際の本来の黒井城の姿は拝むことはできません。

黒井城は、将来的には遺構を計画的に保護修復するため、そのための遺構調査をする予定ですが、大河の影響で登山者の増加が予想される今、入山規制をかけることは難しいと判断し、このような応急的な措置をとったとのことです。

「麒麟」が終わりブームが一段落すれば、これを機に入山規制がなされ遺構調査が始まるかもしれません。

ということで、遺構の保護保存のためには致し方ない措置であると言えるでしょう。

この措置が何年(何十年)続くのかはわかりませんが、その暁にはきっと往時を体感できる戦国山城黒井城に戻っていることだと思います。
その時をじっと待ちましょう♪

なお、本丸石垣(南側)へは三の丸から北側の犬走を通って西曲輪を経由し南側へ回って見に行くことができます。
また、西曲輪から西の丸(中世城郭遺構)への道は封鎖されていませんので行くことはできますが、約4年もの間、織田(明智)の軍勢を寄せ付けなかった堅固な赤井(荻野)、「赤鬼」の城です。
急峻なところを登り下りし、容易には行けませんので無理はしないようにしましょう。

必ずや戦国山城の姿のままに…、その日までがんばれ黒井城!

2019年12月08日 ミルク治部卿
黒井城

現在なだらかコースが整備工事中のようで急坂コースのみ登城可能です
なかなかの坂ですのでしっかりした靴でお出かけくださいね

2019年07月15日 みずたま
春日住民センター[黒井城  スタンプ]



ロビーにスタンプ台がありますのでそのまま押すことができます。パンフレットもあるので、先に立ち寄ることをお勧めします。

2019年07月09日 陸奥守たろす
黒井城



【スタンプ設置場所】
黒井城スタンプ設置場所の春日住民センターですが、公式ガイドブックやアプリでは「火〜金曜は事前に教育委員会文化財課への申し込みが必要」とあったため、教育委員会に電話したら春日住民センターの電話番号を教えられ直接確認して、とのことでした。
(一応春日住民センター電話番号:0795-74-0225)

で、春日住民センターに確認したところセンター開所中は常設しているとのことでした。

当初の情報からは、常勤がいなくて教育委員会に連絡してセンターの鍵を事前に開けてもらうシステムかな?と思って現地にいったら立派な建物でスタッフも沢山いました。
スタンプブースも設置され、パンフレット類も置かれ、「どうぞご自由に!」状態になってました!

現在は休業日の月曜日以外はふらっと行っても大丈夫と思います。
(※月曜日の休業日の取り扱いについては未確認です)

2018年11月26日 和泉守yukinezumi
黒井城

春日インターを降りてすぐの『道の駅おばあちゃんの里』内の観光案内所で、「黒井城のパンフレットが欲しい」と言うと受付の方が出してくれました。道の駅はお弁当や焼きたてパン、お土産なども充実していました。なおパンフレットは続百名城のスタンプ設置場所(春日住民センター)にもありました。
無料駐車場から急坂コースで登頂。途中に三段曲輪、太鼓の段があります。太鼓の段から先は道らしい道はありません。太鼓の段を見たらもとの道に戻った方が良いと思います。
また本城から西の丸までのルートはかなり急峻な場所が多くロープを伝って降りたりハードでした。ルートには目印に木にピンクのリボンがくくりつけてありますので迷わず行けます。駐車場に戻るには本城からのルートしかないようなので同じ道を引き返すことになります。
帰りは緩やかコースで赤門など見ながらゆっくり下山しました。本城でお昼を食べてゆっくり散策して所要時間3時間位でした。

2018年01月03日 本田左衛門尉家吉
黒井城

間違えました。後生→後世です(^^)

2018年01月03日 本田左衛門尉家吉
黒井城

本丸に行くまでに、2回鉄柵があります。これは、亥の進入を防ぐ為に設置されているそうです。亥によって、石垣の周りが掘られ(ミミズを食べようと?)、貴重な石垣が崩されないように、亥の進入を防いでいるそうです。開けたら閉めて、貴重な石垣を後生に残しましょう!

2017年07月03日 ソバッソMG78.6
黒井城

追記

西の丸散策に出た友人Aと友人Bが
「崖だ崖だ」と引き返して来ましたので、かなり厳しい場所にあるようです。

2017年07月03日 ソバッソMG78.6
黒井城

比高220m、主郭部まで30分
駐車場は麓の小学校を奥に上るとあります。自販機も置いてます。

先に口コミに上げた金山城跡より低いので、まぁ余裕かなと思ってましたが、どっこいしんどいしんどい。
丹波但馬の山城はボス級ばっかり。急峻で岩盤叩き割って造るとこ多過ぎ。

主郭部は立派な石垣です。これの為だけに30分登れるレベルのロケーションです。

緩やか登山道と険しい登山道が選べますが、先人の通り、緩やかも険しいです。
険しいルートの方が防衛設備と思われる平坦地と切岸セットが随所に見られます。その代わりホンマにしんどい。

尾根筋に段曲輪群と切岸クランク虎口、そこらでらしきものは沢山見かけます。
これは推測、谷筋に誘い込み登らせて、尾根と尾根から狙い打った防衛方法ではないかと。尾根先端部に砦を築いているらしいので、尾根からの侵入は至難だった事でしょう。

とにかく急峻です。
しんどいけど楽しめた。

2017年07月03日 ソバッソMG78.6
黒井城

「黒井城の戦い」で明智勢が入る拠点として築いた、金山城についてです。

赤井氏の黒井城と、波多野氏の八上城を直線に結んだちょうど間に位置する所に、両勢力を分断する意味合いで築いたそうです。
場所は追入神社をナビに入れて走りゃ辿り着きます。

比高300m
登城時間は麓から40分
つづら折れの塹壕様な登山道の各所に段曲輪と虎口と思われる遺構があります。
また主郭部の石垣群は見応え十分。
山崎の合戦にて明智勢が破れた際に破城され、崩された石垣がそのまま残ってます。
縄張りは単純です。

鬼の架け橋なる、巨石を使った橋構造のスゲーのもあります。


登るのクソしんどいです
岩盤を削った道が随所にあり滑ります

楽しめるか楽しめないかはあなた次第。
僕は楽しめました。

2017年05月08日 五瓜ニ唐花紋左大臣や~きみ
黒井城

駐車場あり。
普通の登山道と急勾配の登山道があります。
急勾配はすぐ山頂迄行けますが危ないです。
下山にも向かないですね。
麓に杖があるので使用して普通の登山道で登った方がいいです。

2017年05月05日 橘若狭守次郎吉
黒井城

JR福知山線「黒井駅」より北へ徒歩10分程で登山口に到着します。登山口の隣の興禅寺は黒井城の下館だと云われています。興禅寺の少し南にトイレがあり、そこにパンフも置いてありました。

登山口から本城まではだいたい40~50分かかります。けっこう急な道もあるのでお気をつけください。

本城の石垣は見事なものです!景色も最高です!二ノ丸と本丸の間には空堀が残っています。かつてはもっと深かったと思われます。

黒井城はたくさんの出城を持っています。本城から尾根伝いで行くことはできますが、けっこう危険な道が多いのでお気をつけください!
蜂やヘビ、熊、猪にもお気をつけください!

2016年07月02日 ポリタンク大和守
黒井城

ここでマダニデビューしました…。千丈寺砦や龍ヶ鼻砦まで足を延ばす場合は特に注意した方がよろしいかと思います。

2016年07月01日 丹波守悪右衛門直正
黒井城

山頂部が伐採され、主郭部の石垣が麓からでも見えやすくなりました、
本丸、二ノ丸、三の丸及び曲輪群の型がほぼ当時のままの姿で残っています!
登山口は黒井小学校の上から!駐車場もあります。
その近くの興禅寺の前の休憩所にトイレがあります。
ちなみに、その興禅寺ですが下館だったとされてます!
また、春日局、お福さんの生誕地との伝承あり(^-^)

2015年11月23日 甑岩治部卿正頼
黒井城

先人の情報にありました道の駅丹波おばあちゃんの里で貰える国史跡黒井城跡パンフ、便利です。
急坂コースの方が三段曲輪など見所あってオススメですが、滑りやすい箇所があるので、下りはゆるやかコースの方が良いと思います。
本郭から東の出丸への道はかなりの急坂で、滑りやすく、注意が必要です。それでも、見にいく価値はあるかと。
パンフの地図では東の出丸から太鼓の段を経由して三段曲輪の少し上で急坂コースと合流する道が記されてましたが、私は見つけられず、本郭下まで戻りました。

2015年11月06日 まるき〜上野介
黒井城

先ず登り口、駐車場左からのゆるやかコースと駐車場奥から登る急坂コースがあります、

ゆるやかコースでもココ、ホンマにゆるやかコース?と思えるほどの山道、道は岩肌が見えてゴツゴツしておりたまに尖った岩が足に突き刺さる…極力静かに足を運ぶように歩かないと下にポロポロと石がこぼれます
後ろに人がいる場合は気をつけましょう。
赤門に到着すると下の景色を見ながら一休みできます。更に先へ登ると東曲輪跡が先ず見えて三の丸、二の丸、本丸と段々々と一段づつ上がる形状になっているのがよーくわかります。360度見渡せ、風がよく通り、凄〜く気持ちの良い空間、本丸にあるベンチは固定されておらず平らな所にある訳でもなく座るのは注意が必要です。
南西方向にある本丸〜二の丸をつなぐ?石垣の真ん中辺りは草で隠れてわかりにくいが崩れています、あまり近づかない方が無難かと、下の通路は狭く崖になってますので…
帰りに三段曲輪が見たくて急坂コースを歩きましたが降りるというよりも急降下なイメージ、危険(;^_^A


2015年11月01日 (鯵)トレノ日向守吉右衛門
黒井城

駐車場は6台程度ですが停められます。
石段を上がるルートはかなり急な山登りになりますが、頂上まで100m間隔で残りの距離が分かります。
ハードな山登りの後は、本丸跡から見渡す事の出来る景色は最高です。
至福の瞬間ですね。
お勧めコースは左側から上がる、なだらかコースです。行きと帰りに違うコースを是非どうぞ。
登って良かったと思う黒井城でした。

2015年07月08日 徳川内大臣源朝臣康武
黒井城

国道175号沿線(舞鶴若狭自動車道・春日IC隣)の道の駅「丹波おばあちゃんの里」の観光案内所で、『国史跡黒井城跡』パンフレット、『丹波戦国武将伝(黒井城の戦い)』パンフレット、『春日局誕生の地・興善寺(黒井城根小屋)』パンフレットが貰えます♪
内容濃くて、とてもお得(^w^)


2015年01月12日 コロ助
黒井城

黒井駅から徒歩15分で登山口に到着。急坂コースとゆるやかコース、2つの登山道があります。どちらも登山口から20分程で石踏の段に到着し、時間的にはあまり変わりませんでした。

雪は、本曲輪の北側の影になる部分にうっすらとだけ残っていました。本曲輪周辺は綺麗に整備されていて、石垣には興奮しました。残念ながら霙混じりの天候でしたが、晴れた日の眺望はきっと素晴らしいだろうと思われます。

案内表示は少ないです。木に巻かれたタフロープを目印に辿ったのですが、太鼓の段から東曲輪まで行くのに、少し道を見失いました。西曲輪から本丸に戻る時には、来た道を忘れて軽く迷子になりました。登城準備は通常よりもしっかりめを推奨します。


福知山駅の観光案内所に、黒井城の戦いのパンフレットがありました。


2012年05月04日 A&M
黒井城

本丸からの360度眺望が素晴らしいです。1日に2回も(ほぼ毎日)登られてる方にお会いしました。山岳ガイドもされているそうで、色々親切に教えていただきました。またお会いしたいです。

2010年10月02日 まったり丹波守
黒井城

追記
本丸付近は綺麗に整備されており、眺望が良いです。

2010年10月02日 まったり丹波守
黒井城

黒井小学校の校舎と体育館の間の先に登山口と駐車場が有ります。本城西曲の先の茂みにトラロープが有ってそこを降ると崖(天然の石垣?)になり、更に進むと西の丸、千丈寺砦へ続きます。
西の丸のすぐ先には土橋ならぬ岩橋がありますよ。
私のUPした写真の
石碑の有る方の中央辺りが明智光秀が攻めて来た方角です。

害獣除けのフェンスはちゃんと閉めましょう♪



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