周山城(しゅうざんじょう)

周山城の基本情報

通称・別名

所在地

京都府京都市右京区京北周山町

旧国名

丹波国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

明智光秀

築城年

天正7年(1579)

主な改修者

主な城主

明智氏

廃城年

遺構

曲輪、天守台、石垣、土塁、堀切、井戸、虎口

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

宇津城(京都府京都市)[4.0km]
上中城(京都府京都市)[4.9km]
御影山城(京都府亀岡市)[11.3km]
高雄城(京都府京都市)[11.8km]
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余部城(京都府亀岡市)[16.0km]

周山城の解説文

周山城(しゅうざんじょう)は、京都府京都市右京区京北周山町にあった日本の城。明智光秀の築城で、明智光忠が入ったとされる。

概要
京都と若狭を結ぶ周山街道の中間地点に築かれ、標高480mの山頂部分を中心に八方向の支尾根に遺構が点在する。南北600m、東西1300mに及ぶ大規模城郭であった。築城は安土城の築城開始から5年後であり、石垣造りで天守を抱く近世城郭の嚆矢の姿を継いだ。城郭は東の城と西の城に分かれ、特に東の城は中央最高部に天守を含む主郭を置き東西南北の四方の尾根に曲輪を連郭式に配置している。城郭からは周山街道、禁裏領山国荘、木材の運搬に使われる弓削川、大堰川(上桂川)の合流点が見える。

沿革
天正7年丹波を平定し近江滋賀郡に加え丹波一国を与えられた光秀は、丹波亀山城に続いて若狭から京都への交通の要衝であり、宇津頼重により禁裏領への違乱が長く行われていた東丹波統治の拠点として周山城を築城した。城主には明智光忠が入ったとされる。天正9年8月には光秀が津田宗及を招き月見をした記録が『津田宗及茶湯日記』に記されており、城下の慈眼寺には善政を敷いたとの伝えと共に光秀の木像が遺っている。しかし築城からわずか1年後の天正10年、光秀は本能寺の変により信長を討つも、まもなく豊臣秀吉に討たれ、山崎の戦いの功により加藤光泰が入城する事となる。その後、天正12年に秀吉が周山城を訪れた記録が『兼見卿記』に記されているもののその後の記録はなく、破城されたものと思われるが廃城年について正確にはわかっていない。

城郭
現在は全域が民有地になっており主郭一部以外は杉が植林されているが、台風による倒木が多くみられ保存状態の悪化が心配される。

東の城
東の城は天守台を含む総石垣の本丸を中心に8方向に伸びる支尾根全てに郭が築かれており、東西約800m、南北約700mの規模がある。現在の主郭付近は破城の際に崩された、石垣であったとみられる石材が随所に点在しているが、城郭が大規模で破壊しきれていない石垣が一部残っているほか、井戸跡や天守台跡も確認できる。

西の城
西の城は尾根上を平らにし、東の城との間に深さ7mの堀切を2本設け、さらに土塁によって守られていた土の城で東西約230m、南北140mの規模であった。

参考文献
『リーフレット京都No.374周山城址』 京都市埋蔵文化財研究所 2020年2月2月18日発刊
『ここまでわかった明智光秀の謎』歴史読本編集部 編 2014年9月9日発行ISBN978-4-04-601031-5C0121
『日本の山城100名城』洋泉社2015年3月8日発行ISBN978-4-8003-0534-3...

周山城の口コミ情報

2020年05月24日 まるく
二ノ丸跡[周山城  遺構・復元物]

本日は慈眼寺に行きましたので、麓から眺めました。

2019年11月18日 シバヤン近江守雲外蒼天
周山城



ウッディ京北で駐車代代わりの買い物と弁当と飲料水を買い込み一言駐車の断りをかけて(これ重要)弓削川に架かる橋を渡り北の方角へ歩く羽田酒造を過ぎた左側に周山城の登城入口。(今回はスムーズに)
山道は整備されてるほうの部類···投稿した開かれた眺望ポイントまではね(笑)
NHKのアンテナ塔(曲輪遺構)の左側の一人幅の山道を白リボンを目印に進んで下さい。右上に城の曲輪と思しき遺構が!ここの道が狭くて左は急斜面片手スマホは危険です。木の幹を片手に掴み3点支持を心掛けて下さい。東西に広がる山頂尾根の曲輪はラクダの背のようです。もう1段東に上がれば苔石だらけの本丸です。中央部を囲うように土塁。出入り口は三箇所。東に(登山道の反対側)虎口で投稿写真の風化した石垣の群れです。丹波攻略の足掛かりの重要拠点として光秀の渾身の城塞です。山崎敗亡後は見える側は破城したが裏側は適当に埋めて隠して検視官に誤魔化した感じが私はしました。道の駅ウッディ京北を起点にして散策がベストでしょうか。満足の汗だく後は道の駅オススメ味噌味ソフトクリームがオススメです(笑)


2019年11月13日 野呂利左衛門督休三
慈眼寺[周山城  寺社・史跡]

黒塗りの明智光秀像があります。元は光秀が周山城近くに建てた密厳寺にあったものですが、廃寺となったため慈眼寺に移されたとのこと。
光秀が逆賊とされたことで、わからないようにと墨を塗られ、「くろみつ大雄尊」として、ひっそりと地域で祀られてきたそうです。

拝観は、土曜日・日曜日・月曜日の週三日、午前10時から午後4時までですが、その他の日も予約すれば拝観できるとのこと。

また、2019年の光秀命日にこの像をモチーフにした、くろみつくんが商標登録されています。ちなみに大河が決まる前からキャラクター化の検討をしていたそうです。

[参考]
慈眼寺ホームページ
京都新聞「役人の追及逃れる『黒塗り』光秀像がキャラに その名も…」

2019年01月31日 【左近衛中将】まちゃこ
周山城

1月30日現在積雪あり。
装備、雪山慣れしていない方の入山は雪解けを待ってからの方がよいです。
アイゼンあった方がよいです。
遺構は雪に埋もれてチラホラとしか見えないですが逆に縄張りがよく分かります。

2018年05月26日 源隠岐守@ポンコ2⑥⑦⑧
周山城

以下京都新聞ニュースの一部抜粋です。
ご興味あれば
「光秀の周山城、全貌判明 織田期特徴示す、京都市測量調査」で検索を。

明智光秀が築いたとされる山城「周山城」の跡地で、市が測量調査を行い、東西1・3キロ、南北0・7キロに及ぶ城の範囲、郭の位置や道といった全体像を確定。戦国期の城に革新をもたらした織田期の城郭の遺構が山中にほぼ現存しているとみられる。専門家からは発掘調査を求める声が出ている。

 今回の調査は城跡一帯の林道計画を受け、2017年2~12月に行った。ヘリを使った「航空レーザー測量」と目視調査で、詳細な城跡の縄張図を作成。

 城は東西に分かれ、天守台とみられる石塁を備えた「東城」の中心部(標高480メートル)から、山の尾根伝いに放射状に約50の郭がだんだんに連なり、「西城」にも10以上の郭があることを確認。道は、東側の正面に当たる大手筋のほか、城の西方向や南方向につながる導線、各郭を結ぶ道筋が明らかになったという。



2017年09月15日 ソバッソMG77.9
周山城

補足

明智さんの技巧を凝らしたステキな縄張りで、かなり沢山の石垣が残ります。

しかし破城された事も関係しているかと思いますが、非常に崩れやすい状態です。
感動して石垣の下から眺めていましたが、いつ崩れてきても文句言えません。
乱雑に散策すると、遺構が崩れる可能性があります。
なので、遺跡を愛でる事の出来る方だけにオススメします。

明智さんの技巧を凝らしたステキな城郭、是非ご堪能下さい。
そして明智さんの無念も汲んで差し上げて下さい。

2017年09月15日 ソバッソMG77.9
周山城

比高235m
ウッディ京北に駐車、水分確保トイレ済
案内図をレジのお姉様にもらい、JA京北町の交差点を西へ進み、そのまま住宅街を抜け城域へ

植林か城郭整備の軽トラが通ったような轍のある砂利道を登り、広い平坦地から谷筋を右手に見ながら登城開始
20分程かけつづら折れの凸凹道を進み、6回目の曲がりで塹壕と虎口を通過。ここから本格的に遺構パラダイス
しんどいのはここまで

あとは主郭までの各曲輪を散策しながらで、麓から2時間

主郭東側に、有名な破城された石垣の名残がゴロゴロしてるあの斜面
主郭から少し下り、見上げると1m程度の石垣が帯状段曲輪と共に、主郭部をぐるりと巡ってます。その足元は大体埋もれた石垣の名残
主郭西側に、最も良く残る石垣群

そこから更に西へ下ると、土エッセンスが強くなり、堀切二条、段曲輪と切岸、西果てに土塁を使った枡形虎口あり

ここまで散策してウッディ京北へ戻り4時間。
城3つ巡るくらい、様々な遺構が見られます

2016年07月17日 源隠岐守@ポンコ2⑥⑦⑧
周山城

京都駅からJRバス高雄京北線に乗り周山を目指します。所要時間90分・¥1,180です。
周山で降りて左折し、5分歩くとバス停『京北農協前』に案内板があり、それに従い登って行きます。完全な山道で雨上がりの後でぬかるんでおり、夏やから雑草も生えてますが、道はわかります。
蜂や蚊など虫も多く、登り始めて15分で蛇と睨めっこになったため、残念ながらここで断念しました。
案内板によれば山頂まで60分とありましたので、気候のよい時期に山登り装備でリトライしたいと思います。

案内板によれば、明智光秀が1570年代に築城し、山頂部の主郭を中心に東西南北の尾根に曲輪を造成。主郭東側に低い石塁で囲い込まれた通路があり、石塁上に土塀を巡らせてたそうです。
また虎口や建物の存在を示す瓦片は織豊期に使用されたこと示しており、現存する石垣の遺構は壮大とのことです。

案内板通りなら、個人的には是非とも確認したい城です。

2015年01月25日 ソバッソMG77.9
周山城

周山城へ向かう162号線道中、オービスあります。スピード注意。

2012年07月03日 ポリタンク大和守
周山城

西の堀切の先の鉄塔を過ぎて暫く歩くと辿り着く西峰曲輪群は、いい感じの土塁が残る土の城です。
道がほぼ無い北方の2つの尾根筋にも多少石垣が残っています。
全域を隈なく見学するのであれば、3時間は見込んでおきましょう。

2010年06月26日 まったり丹波守
周山城

道の駅ウッディー京北から国道477号を西へ向かい突き当たりを北へ向かいます。バス停『京北農協前』に案内板が有ります。城の西側の尾根上には出丸跡が有りますが電波塔が建ってます。
見所は本丸、各郭の石垣です。

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