堂ノ庭城(どうのにわじょう)

堂ノ庭城の基本情報

通称・別名

長坂城

所在地

京都府京都市北区西賀茂城山

旧国名

山城国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

細川晴元

築城年

天文23年(1554)

主な改修者

明智光秀?

主な城主

細川氏、明智氏?

廃城年

遺構

曲輪、帯曲輪、石積、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

御土居(京都府京都市)[3.8km]
船岡山城(京都府京都市)[4.8km]
高雄城(京都府京都市)[5.2km]
聚楽第(京都府京都市)[6.4km]
二条古城(京都府京都市)[7.3km]

堂ノ庭城の解説文

城山は氷室別れの北北東約500メートルにあり、氷室神社を結ぶ狭隘道路の中間に位置する標高479.8mの山である。

山頂付近は20-30m四方に平坦になっており、国土地理院の三等三角点の標石が設けられている。この直下に曲輪が配置され、高さ2-3mの段差のある石垣や土塁が所々に良好な状態で残る。ここに横堀や虎口を備えた堂ノ庭城(どうのにわじょう)と呼ばれる砦が設けられた。

築城には諸説残り、1553年(天文22年)、船岡山城にいた足利義輝が三好長慶と交えた戦中に形勢を立て直すべく入城した、あるいは明智光秀の居城であった丹波国周山城に通じる道を見張る場所としては最適で、光秀がそのための砦を設けた、などが有力である。

堂ノ庭城の口コミ情報

VINO-S様[2014年10月18日]
京見峠を越え氷室別れから右手の道(氷室集落方向)を600m程登ると配水施設がありその前に駐車します。道をはさんで北側の山林が城跡赤いリボンをたどり30m程登ると周囲に帯曲輪をもつ単郭の城跡です土塁や横掘とかが確認できます

能登守あるて@今週は美濃♪様[2014年10月05日]
京都市北区 中川にて攻略可能です。
現地までは道路陥没のため、国道162号からのアプローチは通行止になっています(平成二十六年十月五日現在)。
ちなみに、通行止箇所からでも攻略は可能です。

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