小田城(おだじょう)

小田城の基本情報

通称・別名

所在地

茨城県つくば市小田

旧国名

常陸国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

八田知家

築城年

建久3年(1192)

主な改修者

主な城主

小田氏

廃城年

永禄12年(1569)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、移築門(龍勝寺)

指定文化財

国史跡(小田城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

多気城(茨城県つくば市)[4.2km]
土浦城(茨城県土浦市)[10.7km]
豊田城(茨城県常総市)[11.2km]
木田余城(茨城県土浦市)[11.3km]
志筑城(茨城県かすみがうら市)[12.0km]
柿岡城(茨城県石岡市)[12.4km]
谷田部城(茨城県つくば市)[13.3km]
多賀谷城(茨城県下妻市)[13.6km]
海老ヶ島城(茨城県筑西市)[13.8km]
大宝城(茨城県下妻市)[13.9km]

小田城の解説文

小田城(おだじょう)は、現在の茨城県つくば市に存在した日本の城。国の史跡に指定されている。

概要
鎌倉期から戦国期まで小田氏の居城であり、その始まりは小田氏の祖八田知家が文治元年(1185年)に常陸守護に任命されて当地に移って居館を構えたことによると云われる。

その後、南北朝期には、当主小田治久が南朝方に属し、小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房や春日顕国なども入城している。

下って戦国時代の弘治・永禄年間、当主小田氏治は佐竹氏・多賀谷氏・真壁氏や越後の上杉謙信、小田原の後北条氏らと抗争を繰り返した。後北条氏と結んだ小田氏治は、永禄7年(1564年)に山王堂の戦いで上杉謙信に敗れるなど苦戦を強いられ、激しい小田城争奪戦が繰り広げられる。天正元年(1573年)(永禄12年説有り)の手這坂の戦いに敗れ、小田城は佐竹氏のものとなり、翌元亀元年に太田資正が城主になり、同三年に資正の子の梶原政景が城主になった。のち、佐竹氏の一族小場義宗が城主になったが、慶長七年(1602年)に佐竹氏の秋田移封に伴って廃城になった。

小田城の遺構
小田城は、小田山の麓の交通と水利に恵まれた場所にある。築城当初は、本丸跡を中心に、四方に濠と土塁を廻らした単郭式の館であったといわれる。その後、戦国期になると城域を拡張して約40haになる平城が築かれた。

小田城廓見取図
一の濠と二の濠の間には、小田家一門の屋敷があり、三の濠と四の濠の間には旗本屋敷や米蔵、武器庫などがあった。城の北側に大手門があり、西には旗本屋敷や竜勝寺、長久寺等がある。

小田城平面図
小田城は、宝篋山の南西の尾根のふもとに造られている東西約1km、南北約700mの平山城である。 戦国時代は湿地帯であったので、城附近の堀のほとんどが水堀であったと思われるが、現在は多く水田になっている。城の中心部に東西120m、南北140mの方形の主郭があり、土塁と濠に囲まれている。土塁の西・東・南の隅には櫓台が認められる。主郭周辺の郭には、馬出しや帯曲輪跡がある。濠や土塁には、随所に折りや喰違いがあり、虎口には馬出しの他に枡形も多く見られる。

歴史
鎌倉時代
源頼朝が平氏を滅亡させて鎌倉幕府を作った時に頼朝とともに戦った八田知家は、有力御家人の一人として常陸国の守護職を得て小田城を築き、小田氏の祖となった。それまでの常陸国南部は、平将門を亡ぼした常陸平氏が支配していたが、小田氏はやがて常陸平氏を従えて常南地方で最大の大名になった。しかしやがて鎌倉幕府の政権が北条氏に移り、常南地方の小田領も北条氏に多くを奪われるとともに守護職も失った。...

小田城の口コミ情報

2020年08月24日 さあさ上総介拝薬師如来
小田城

遺構は東曲輪の一部と本丸、馬出のみですが、きちんと整備されており、見やすいです。

2020年07月13日 甲府左京亮城介
小田城

公共交通機関によるリア攻めについて

小田城をリア攻めするには、土浦駅若しくは下妻駅からバスを使うと便利です。
土浦駅からは、「筑波山口」または「下妻駅」行きに、下妻駅からは「土浦駅」行きに乗って、「小田」または「小田今宿」で下車し、10分程歩くと小田城に着きます。
バスは、概ね一時間に一本あります。関東鉄道バスや下妻市のHPに時刻表があるので、確認はしておいて下さい。

ちなみに自分は土浦駅を利用したので、料金は650円位です。なぜ、そんなアバウトというのか、行きと帰りの料金が違うという珍現象が発生したためです(^_^;)

2020年05月31日 みかも主税助48世
小田城



私の車の古いカーナビを頼りに立ち寄ったらとんでもない狭い道に誘導されて苦労しました。遺構は見事に整備復元され、新たな整備も行われています。所々に説明書きもあって初心者の私にもとてもわかりやすかったです。周りの整備が終わったらまた訪問したいと思います。

2019年12月01日 恭任非参議侍従
小田城

鉄道の開業によって、城跡が破壊される例は甲府城、長岡城等、少なくはないが、ここは筑波鉄道の廃線によって、復活した稀有な城跡。現地に行くとよくわかるが、方形の城跡を対角線上に筑波鉄道が横切っており、まあよくも見事にぶっ壊した、と感心する次第。
築城者八田知家は、宇都宮朝綱の弟であり、鎌倉幕府の重鎮たる宇都宮支族の小田氏と、源氏でありながら、源頼朝に討伐された佐竹氏とは、その頃から相容れない、不倶戴天の敵であったと想像できる。

2019年08月25日 源摂津守@ポンコ2
小田城



駐車場がある「小田城跡歴史ひろば」(無料)へは城址を見る前でも後でも、見て損はないです。
城址を見た後に行きましたが、つくばや小田氏の歴史や小田城の三度の改築等の変遷、発掘や整備前後などが学べます。

ここから小田城址へは数分で行け、最初に西堀(空堀)と主郭の土塁が目に入ります。
土塁をくり貫いた通路にトイレは残念なとこですが、それ以外の空堀、土橋、主郭の虎口・土塁や建物や庭があった所を示す物など、中世の館形式がよくわかります。
(このくり貫きは筑波鉄道の線路跡にあたるそうです。)
以前某国営放送局の歴史ヒス●リアで優雅な小田城と表現してたのが理解できました。
小田家最後の当主氏治に焦点があたりがちですが、八田知家から始まる約400年の栄枯盛衰や幾度の攻城戦、北畠親房が「神皇正統記」を記したんやなど歴史の荒波をモロに受けてきたと思うと感慨深かったです。
また、東曲輪や南西馬出なども整備されてます。

主郭などそれほど広くないものの、かつては広範囲な城域の中心を知ることできました。


2018年12月23日 小田出羽守氏治
小田城

横浜の城EXPOには行かずに、八田知家から続く名門、小田氏の本拠である小田城跡に行って来ました。

小田城跡歴史ひろば案内所に駐車場があります。

小田城跡歴史ひろば案内所は無料で入館することが可能で、一部の展示は撮影することが出来ます。

小田城跡歴史ひろば案内所は、旧主郭北側の曲輪内にあります。
ここには1987年まで筑波鉄道の常陸小田駅がありました。
現在もホーム跡が残っています。

小田城跡はきれいに整備されており、簡単に見学することが出来ます。

主郭には八田知家お手植えの大ケヤキや土塁、空堀、馬出がきれいに残っています。

また、小田氏の館時代の池が小石で再現(枯山水ではありません)されています。

遺構がきれいに保存されており、歴史初心者の方もマニアの方も楽しめると思います。

つくばや土浦などへお越しの際は、ぜひ行ってみてください。

2017年08月20日 
小田城

アプリを始める前の、2011年9月に訪れたことがありました。
その時は、まだ復元整備が始まったばかりで、整備途中のところや、周辺も昔ながらの感じは残っていましたが、見学するのが、大変でした。
今回、約6年ぶりに訪れて、綺麗に整備されていてびっくりしました。
資料によると2009年から、7年かけて、発掘調査成果をもとに城跡中央の本丸跡と
その周辺を中世の小田城を体験できる、遺構復元広場と案内所からなる歴史ひろばとして復元整備したそうです。
お城跡も、時代と共に、整備されるところが増えましたね。
何年かたって訪れてみるのも、楽しいと思いました。

2017年07月25日 立花飛騨守
小田城

工事が終わり、とても綺麗になりました。駐車場もあります。資料館もできました。

2016年12月08日 牢屋見廻り同心マダオ
小田城

平成28年度小田城発掘調査現地説明会に行ってまいりました。
平成28年度は曲輪Ⅴ(本丸西側)と田土部曲輪の間の堀跡の調査で、現状から幅約30mと推測。小田城の堀では最大級を誇る。本年度はこの堀跡に幅4mのトレンチを設け、調査を行ったところ東西・南北それぞれの方向に障壁を持つ障子堀が巡っていたことが明らかになりました。
今回見つかった障子堀は、東部(曲輪Ⅴ側・内側)、中央部・西部(田土部曲輪側・外側)でそれぞれ形態が異なります。堀東部の障壁は幅約30〜50cmと細く、見つかった箇所は十字に配置されています。また障壁の標高は低く、傾斜も急になっているほか、堀底は深かった状況が明らかになりました。堀中央部と西部の障壁は、幅約1.5m〜2mと太く、東部の障壁と比べ40cm〜90cm程の高低差があり傾斜も緩やかになっていました。また堀底は中央部で浅く、西部はやや深くなっています。こうした障子堀の差異は、それぞれ障子堀が造られた時期の違いや障子堀となる以前の土地利用に違いがあった可能性を反映していると考えられます。

詳しいことは小田城跡歴史広場案内所へ。


2016年06月10日 まー刑部卿
小田城

前回は工事中で中に入れなかったが今回旧ホーム上に小田城案内所が建っていた。開館時間に間に合わなかったが広い駐車場に駐車した。

2016年06月05日 佐竹常陸介いわちん
小田城

綺麗に整備されてました。新しい小田城案内所が隣にできていて、資料などが無料で見学できてありがたいです。車でも、駐車場15台くらい止められます。確かに自転車道も脇にあるので、自転車でもありですね。案内所で情報、資料を得てから小田城跡に攻め込めばより楽しめると思います。建物は残っていませんが、馬出、土橋、堀、土塁などの跡が、よく見れると思います。綺麗なトイレもあり、子供連れでも大丈夫です。

2016年05月03日 蒲生飛騨守郷信
小田城

28年4月29日に小田城址歴史ひろばがオープンしています。新設された案内所では発掘調査時の出土品や小田城の歴史を観ることができました。駐車場も十数台あります。サイクリングロードに隣接しているので自転車での訪問もありかと。

2015年10月25日 Nabeppu左馬頭
小田城

前の方も記載されてますが、平成28年3月18日迄復元工事中です。現段階では、北虎口より本丸跡に入れますが、一部分立ち入り禁止の場所も有りますので注意。駐車スペースは身障者用が2台有りますが、一般用は現在ないです。ただ工事関係者用が有りますので許可を頂けば大丈夫かもしれません。とても整備され見学し易いよ。

2014年06月13日 野舘宮内少輔サラマンダー
小田城

本日、筑波温泉ホテルという所で温泉に入りに来たので、帰りに小田城に寄ろうと思ったのですが、確か工事中だったので、市に連絡してみました〜

そしたら、平成28年完成予定、らしいです…

工事するのって大変なんですねぇ

完成を待ちましょう

2013年11月14日 野舘宮内少輔サラマンダー
小田城

2013年11月13日15時(45分)

ここに来る道中、住宅があり道が狭いので御気を付けください
駐車場がありませんが、路肩に停められました
トイレは仮設がありますが、ずっと置かれているものかは不明…

本丸は只今工事中
中には入れませんが、外周の土塁や堀は見られますので、取り敢えず一周
と思ったのですが、半周しか出来なかったので戻りました…
本丸に掛かる木橋跡は立ち入り禁止でしたが、外郭の一本は渡れそうだったので、大回りをして住宅地の道を通って、やっと辿り着きました
南西馬出跡という所で、土塁と堀が綺麗に整備されていました〜
あとパンフレットがあるのですが、丁度無くなっていたので、思い切って電話した所、宝キョウ山休憩所にあるとの事でした
勿論ゲット
整備が終わる来年春以降に、また来たいなぁ〜と思いました

2013年11月14日 野舘宮内少輔サラマンダー
小田城

2013年12月7日、10時30分〜、13時30分〜の二回、現地説明会をやるようです
内容は二回とも同じ内容らしいので、どちらか来られる方はいらしてください、と市の方からありました
詳しくはHPをご覧になるか、直接御連絡くださいとの事です

2013年08月11日 戸次常陸介統虎
小田城

25年8月現在工事が中断されており、中に入ることができず、柵の外から伺うことしか出来ませんでした。

2011年11月26日 さくら主膳佑にゃ〜
小田城

2011年12月4日(日)10:30〜/13:30〜毎年恒例の発掘調査現地説明会が開催されるそうです
しかしながら今年は真壁城の現地説明会は開催しない為、単独での開催になるとのことでした

2011年01月03日 徳川内大臣源朝臣康武
小田城

平成23年正月現在、中心郭一帯の史跡復元整備進行中。南馬出など完成。
説明板横のケースにパンフレットがあり、自由にもらえる(オールカラー観音開き8頁)。

2010年12月04日 さくら主膳佑にゃ〜
小田城

毎年恒例の現説が明日12月5日(土)10:30〜/13:30〜に開催されますよー。今年も勿論真壁城と日程を合わせての実施です(^-^)ノ♪

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