大曽根城
大曽根城([小田城 周辺城郭])
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大曽根城の口コミ情報
2025年08月09日 マグロ常陸介祐平
多賀谷家家譜によると、元亀元年(1570年)に多賀谷政経が築城し、白井全洞をおいたとしています。後世の軍記物ですが、東国闘戦見聞私記には、元亀元年(1570年)結城氏との戦いにおいて小田方として大曽根の砦に玉取の佐藤氏、若森の佐藤氏、浅野氏などが立籠ったとしており、小田方の城を占領した結城方の多賀谷氏が、城番をおいたのかもしれません。小田家風記に、大番千騎三百人扶持大曽根備後・弥太夫・新兵衛の名が見られ、大曽根城主と思われますが、東国闘戦見聞私記では、元亀元年の戦いの際には、一族と思われる大曽根信濃が、大曽根城(砦)ではなく豊里町の西酒丸?に詰めていたとしているようです。
お城は、千光寺(写真1枚目)から大曽根小学校、常福寺あたりまでの広い城域だった可能性もあるようですが、市街地化により、はっきりした遺構は残っていないようです。千光寺の背後には土塁状の土盛りが見られますが(写真2枚目)、戦国期の城館のものとしては貧弱です。
千光寺は、円仁により小田城近くの宝篋山近くに創建されたお寺で、建仁元年(1201年)に八田知家により再建され、小田氏の祈願所となっていましたが、永禄11年(1568年)に小田城落城により消失、慶長6年(1601年)に現在地に移転・再建されたようです。