西明寺城(さいみょうじじょう)

西明寺城の基本情報

通称・別名

高館城

所在地

栃木県芳賀郡益子町(西明寺)

旧国名

下野国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

益子(紀)氏

築城年

鎌倉時代前期

主な改修者

主な城主

益子氏

廃城年

慶長2年(1597)

遺構

曲輪、土塁、堀

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

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西明寺城の解説文

西明寺城(さいみょうじじょう)は、現在の栃木県芳賀郡益子町にあった中世の城郭である。宇都宮氏の家臣益子氏の居城だった。別名を高館城

歴史・沿革
西明寺城の起源は、西明寺のある高館山に京都から移住してきた紀氏(後の益子氏)が本拠を構えた事から始まった。戦国時代に入ると、益子氏は一族内で内紛が続発し、衰退への道を歩むことになる。また、主家の宇都宮氏から離反と帰順を繰り返すようになった。1589年(天正17年)、業を煮やした主君宇都宮国綱は大規模な討伐を実行し、益子家宗を誅殺して益子氏の領地を没収した。1597年(慶長2年)に宇都宮氏が豊臣秀吉によって改易されると西明寺城も廃城となった。

構造
西明寺城跡は現在、西明寺の寺域となっている。本堂脇の遊歩道を登っていくと本丸跡に展望台が設置されている。また、空堀なども散見される。

西明寺城の口コミ情報

まー宮内卿様[2016年10月25日]
益子町森林公園内の高館山に城跡有り。ナビ通りに進んでいくとやがて林道に入る。しばらく狭い道幅の道をひたすら進むと右手に入る道ありその先に駐車場が有ります。西明寺側からくるともっと近い。駐車場に案内板(縄張り図なし)と益子城懐古の石碑がある。すぐそばの階段を上っていく。郭跡に休憩スペースのイスがあった。土塁跡は見受けられたがいかんせん藪ではっきりとわからなかった。更に進むと三角点のところに『高館山 301.8m』と掲げられた板があった。ここから更に進んでいくと先程の駐車場へ戻ることが出来る。また近くにある西明寺の楼門・三重塔は国重文ほか閻魔堂の中も観れるので訪城後訪れるのもいいかと。ただし閻魔堂は16時前までに見ないと閉められてしまいます。

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