富谷城(とみやじょう)

富谷城の基本情報

通称・別名

所在地

茨城県桜川市富谷字城ノ内988

旧国名

常陸国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

益子重綱

築城年

天正年間(1573〜1592)

主な改修者

主な城主

加藤大隈守(益子氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、土塁

指定文化財

再建造物

周辺の城

西明寺城(栃木県芳賀郡)[8.6km]
桜町陣屋(栃木県真岡市)[8.7km]
真岡城(栃木県真岡市)[11.4km]
真壁城(茨城県桜川市)[11.4km]
久下田城(茨城県筑西市)[11.6km]
伊佐城(茨城県筑西市)[12.5km]
下館城(茨城県筑西市)[13.3km]
難台山城(茨城県笠間市)[13.4km]
中村城(栃木県真岡市)[13.6km]
笠間城(茨城県笠間市)[14.7km]

富谷城の口コミ情報

2021年05月09日 龍馬備中守【】
谷中城[富谷城  周辺城郭]



茨城県の桜川市にある谷中城♪橋本城と街道と桜川を挟む形で対面☆標高109mの山上に独地した城郭は別名を谷中館とも牙城(山上部)とも呼びます☆館跡は麓部の民家がある辺りにあって現在は土塁、郭等が残ってます☆山上の牙城は周囲を横堀で囲む単郭構造になっています☆周囲の横堀はかなり埋没してしまっています☆掘り幅は6、7mあり往時はもっと深かった事でしょう♪
この城郭は地元の土豪・谷中氏の城郭となっています♪戦国時代には笠間氏と益子氏のバトルの地になっていて谷中氏は笠間氏側に付いていて橋本城の城主も務めています☆
両者が激突した際の「富谷合戦」では笠間氏の軍勢が入った場所に「諏訪の峰」と言う名前が登場しますがそれがココ谷中城と思われます☆笠間氏が滅亡し、その後、宇都宮氏も滅亡し廃城になりました☆


2021年05月09日 龍馬備中守【】
岩瀬城[富谷城  周辺城郭]



栃木県の桜川市にある岩瀬城☆住宅街の中に高台がポツンとあってその上が城郭になります☆

歴史、詳細は一切不明となっています☆百姓同士の境界を巡る争いから益子氏と笠間氏の争い(冨谷合戦)が勃発!
この戦いは益子氏は冨谷城の加藤大隈守の軍勢と笠間方は橋本城の谷中玄蕃の軍勢のバトル☆合戦は始め益子氏方が有利に展開するも笠間氏方が盛り返し冨谷城も落城したと伝わっています☆この冨谷城とも近くなので往時、益子氏か笠間氏のいずれかの支城だった事でしょう☆

2021年05月08日 龍馬備中守【】
橋本城[富谷城  周辺城郭]



茨城県の桜川市にある橋本城♪登城中に切岸を走る巨大なイノシシ親子が印象的でしたw

橋本城の城歴は定かではありません☆笠間城の支城として機能した城郭は谷中豊前守が築城したと伝わってます☆下野の益子氏と笠間氏で起こった紛争の際には境目の城郭として需要な機能を果たしたのでしょう☆

爪黒神社の背後に聳える御獄山の南東側の峰のピークに城郭は存在します☆
遺構の残り具合は良好ですが2月に登城した際でも中々の藪具合…。人が余り入り込んでない様です☆南北に伸びる尾根上に郭を展開していてピークが主郭☆主郭南側には一段腰郭を挟み大堀切を展開☆この腰郭は土塁囲みがされていて南側からの侵入を警戒しています☆主郭北側、主郭の真下には横堀と堀切がそれぞれ残り二重に堀を造り遮断しています☆北尾根上には段郭を展開させていて、この方角に長く伸びて行きます☆爪黒神社のある登城口側が大手口と思われます☆爪黒神社の背後、堀底道☆大手道と思われる動線をヒタスラ登って行くと突如巨大な土塁が目の前に現れるのですが、ここいらからが城域になります☆明らかに門跡であろう土塁の前後には竪堀☆横堀と残ってます☆
下野国と常陸国の境目の城として機能した堅固な造りとなっています☆


2021年05月08日 龍馬備中守【】
磯部館[富谷城  周辺城郭]



茨城県の桜川市にある磯部館☆桜川磯部稲村神社と付近が館跡となっています♪歴史は不明ですが笠間氏の家臣・磯部氏の居館と思われます☆

下野国と常陸国の境目に立地していて富谷城の益子氏に対して磯部館は笠間氏側の最前線になった事でしょう☆
桜川磯部稲村神社の神主の磯部祐行は関東管領・足利持氏に花見噺「桜児物語」1巻を献上します☆この物語をもとに将軍・足利義教が世阿弥元清に作らせたのが謡曲「桜川」と伝わっています☆世阿弥元清は6代将軍・足利義教から疎まれていて佐渡に島流しにされています☆
見所はなんと言っても空堀です☆
東側に一条の長大なL字に折れを持った空堀を持ち、その更に東側にもう一条の空堀を持っていて二重空堀を造り込んでいます☆
境目の館なだけに見事な遺構を残します☆

2015年09月16日 大宰大弐道灌?!
富谷城

採石所の手前が城跡のようです。

道路が城跡を分断しているらしく、自分は右側の遺構を見学しました。

土塁に空堀、土塁をよじ登ると別の主郭らしき場所も有りました♪(^^)

ただ、時期的に藪が多く、やはり冬場のほうがよく遺構を観られると思います。

2013年08月15日 シコタレ常陸介
富谷城

看板や目印となるものはありませんでした。ある坂道を上がって行くと採石所に辿り着きました。写真は採石所手前、左側の山です。堀っぽいのは確認しましたが蜂がいたから車から降りれず…また、坂道は採石所の私道の可能性もあるので注意。

2010年09月12日 半日皇帝下野守
富谷城

写真は、ネットを参考にして、この辺らしい、という場所のものです。


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