難台山城(なんだいさんじょう)

難台山城の基本情報

通称・別名

難台城

所在地

茨城県笠間市上郷字難台3646

旧国名

常陸国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

小田藤綱

築城年

南北朝時代

主な改修者

主な城主

小田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

県史跡(難台山城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

宍戸城(茨城県笠間市)[7.3km]
柿岡城(茨城県石岡市)[7.7km]
湯崎住吉城(茨城県笠間市)[9.0km]
笠間城(茨城県笠間市)[9.6km]
真壁城(茨城県桜川市)[10.8km]
志筑城(茨城県かすみがうら市)[12.5km]
府中城(茨城県石岡市)[13.4km]
富谷城(茨城県桜川市)[13.4km]
飯沼城(茨城県東茨城郡)[14.5km]
石岡城(茨城県石岡市)[14.6km]

難台山城の口コミ情報

2025年11月29日 くろちび上野介
難台山城



世阿弥の能に「小山安犬」がある。旅の僧が下野小山を訪れ、里人からこの地で起きた悲しい話をきく。ある夜、僧の前に安犬という若者の霊が現れ彼の現世での苦悩を語り始める。僧は若者の霊を供養し、成仏させてあげる。難台山に立て籠った小山政隆若犬丸の話を基にしている。
1387年この若犬丸と小田五郎藤綱ら約500名が山に立て籠り北朝方と対峙した。後醍醐天皇崩御から48年。関東では鎌倉公方が京都室町幕府と対立するようにして鎌倉府体制を築いている頃で、下野、常陸、下総などの有力豪族の領地を鎌倉府直轄地にすべく動いていた。
若犬丸の始祖は藤原秀郷。1150年小山正光の代に武蔵太田荘、下野小山の領主に。父義政の代に下河辺、太田荘、今の群馬県館林、栃木県の小山、古河、埼玉県の久喜、春日部、千葉県野田、三郷辺り迄領していた。小田五郎の祖父は小田治久。北畠親房が小田城で神皇正統記を著している。
難台山に籠ることになった発端は平安時代から代々交代に下野守護を務めていた宇都宮氏と小山氏との争い。1380年小山氏側の地下人が宇都宮氏の百姓3人を土地境目争いで殺害、これが多数の死者がでる戦に発展した。宇都宮氏当主基綱死亡。鎌倉公方は私戦を禁じる法に違反した、との理由で小山義政の守護職を解き、義政の城に討伐軍を差し向けた。このとき公方氏満28才、義政32才。
義政は本拠地小山の祇園城、鷲城で応戦するが2ヵ月後降伏。氏満に詫びを入れ沙汰を待つが、その間に鷲城の増強を計り挙兵する。しかし激戦の末氏満の軍に土塁を破壊され、堀を埋め立てられて降伏。鷲城の他新城、宿城、岩壺城を明け渡し、義政の出家と若犬丸へ家督を譲ることで許しを乞うが、一度の降伏で領地の三分の1、または半分没収、2度の降伏で全部没収、という沙汰に反発、祇園城に火をかけ、足尾の粕尾城に行き挙兵する。しかし連戦で兵も少なく敗戦を悟った義政は冬の2月、密かに妻芳姫と14才の若犬丸を城から逃がし、櫃城で自害する。芳姫は逃げる途中で農民に捕まり殺されたといわれている。
若犬丸は小山氏の所領であったいわき菊田荘に逃れ、田村庄司氏の庇護を受け、氏のもとで元服、悪四郎隆正と名乗る。
1386年田村氏の支援で祇園城に戻って挙兵する。一度は粕尾城で父を攻めた下野守護木戸法季を破るが、若犬丸の兵は小山義政以来の旧臣で帰農した者や南朝の残兵500人程度の糾合体であった為に敗戦、若犬丸は小田氏を頼って小田城に潜んだ。小田城から古河の町田等忠に救援依頼の使者を送るが、鎌倉府に使者を差し出され小田城にいることが露見。鎌倉府に出仕していた小田孝朝親子は捕縛され、小田城に兵を向けられて若犬丸は小田五郎と共に難台山に逃げる。
1386年6月から冬を挟んで翌年5月迄籠城。氏満の軍は向いの舘岸山に陣を敷いた。籠城中真壁氏から食糧の支援があったが佐竹氏の小野崎通郷、江戸通孝がその援助が真壁から石岡の間上曽(令和7年上曽トンネル開通)の間道であることを探りあてこれを遮断。1388年5月12日小田五郎他約100人が城で自害する。若犬丸逃走。
1396年若犬丸は上野、武蔵の南朝の兵を集め再び挙兵。鎌倉公方氏満氏は自ら鎌倉から出陣、白河迄行くが、若犬丸を見つけられず鎌倉に戻っている。1397年1月芦名詮盛に居所が知れ、15日若犬丸は会津山中で自害した。24日若犬丸の子、宮犬丸7才と久犬丸5才が鎌倉におくられてその日のうちに鎌倉六浦の海に籠に入れられて生きたまま沈められた。
室町幕府の庇護をうけていた世阿弥がこの話を基に謡を書いたのは二人が海に沈められてまもなくのことだったらしい。京都でもこの事件はかなりの衝撃として伝わったという。  

難台山へはJR岩間駅から徒歩1時間の愛宕神社経由で愛宕山-難台山ハイキングコースを行くのが一般的らしいです。車では団子石峠迄行くと駐車スペースがあります。トイレはありません。
城域に城の遺構らしきものがあるかどうかよくわかりません。11ヵ月の籠城の間、食糧調達、麓からの水調達、冬越しの為の暖が優先で、藁屋根、藁囲いのような構築物を根小屋とするのが精一杯だったのではないかと想像しています。城域案外狭く傾斜地です。500人収用は不可能かと。

城へは頂上手前の下り道に進む手前に難台山城への案内板があるのでそこを入ります。まず大きな丸太をまたいで少し行くと腰より低い倒木が何本かあるので迷わず潜ります。すぐに虎ロープのある下り道。そこを過ぎると小さな尾根分岐道。城はその下。この間5分位で近いです。片側崖になっています。明るいうちの訪城であれば迷うことはないかと思います。
団子峠から上に登ってみられる巨石、なかなか見事です。特に鏡石。

2025年06月17日 気分爽快権大納言
難台山城



常陸国67城のうち、自動リア攻め未完の多気城と難台山城。多気城は立入禁止のようなので見送るとして、ただの登山になりそうな難台山城に、意を決してチャレンジしました。

難台城跡の案内板は、頂上手前の分岐にあります。口コミどおり藪がひどく、急坂を戻る気力もなかったので手前で引返しました。難台山の山頂付近は、ドコモだと圏外になるところがあり要注意です。

①団子石。この先急坂となる
②大福山からの眺望
③獅子岩とのこと
④余湖さん縄張り図による堀切5の辺り
⑤大きな屏風岩
⑥屏風岩の先は岩場の坂道
⑦この先難台山の山頂
⑧難台山からの眺望

口コミをしっかり確認せず、乗越峠駐車場を出発点としたので片道4.5kmも歩いてしまいました。団子石峠からなら2kmで済んだので、事前確認は重要です。

2025年04月05日 ちん
難台山城



団子石峠から登城。団子山、大福山を上り下りして、難台山頂直前に「難台城跡へ至る」という案内があるので右折。薮のような道をかき分け、不安になりながら進んでいくと、朽ちた案内板が現れます。行かれる方は十分に情報収集されることをお勧めします。といってもネットでもあまり情報がないのですが。

2025年01月05日 立崎勘解由長官公麻呂
難台山城



岩間駅から歩いて登城。城廻りというより、登山。
城跡はメインの登山ルートから少し外れた場所にあり、そこまでの道が分かり難く、傾斜も急。山に慣れていない人は、遭難に注意して下さい。
南北朝時代の城なので、城跡の遺構ははっきりと分かりません。

2025年01月02日 征夷大将軍ヒトリモン
難台山城



団子石峠まで林道を車で登りました
落ち葉や横草で走行路は狭められていますが、多くあるカーブ地点で離合できそうです
峠のスペースは4台くらいは停められると思います

登り始めから心が折れそうになる斜度の長い坂が続きますが、薮がない事は救いで、また元旦にも関わらず数名のハイカーとすれ違いました
50代介護士の脚で山頂部まで50分、下りは30分でした

説明板などある東斜面への分岐路は踏み跡がボンヤリした感じで、日没まで2時間きっていた事もあり断念しました

情報少なく現場の遺構も不明瞭で眺望も良くはない山城でしたが、茨城77城の訪城達成の充実感で満足できました

2023年11月18日 あさ
難台山城



愛宕神社から難台城へ登城しました。何度もアップダウンがあり、登山装備で行かないと大変です。難台山山頂付近から難台城へ向かう道がとてもわかりにくかったです。

2023年02月21日 ClaD壱岐守次の遠征も西
棟峰城[難台山城  周辺城郭]

羽黒山城の大堀切から北へ進めばすぐ着きますが、高さ2メートルくらいの笹薮を突破する必要があります。特に西側は崖になっているので注意してください。

2022年11月04日 FUKU
難台山城

これまでで最大の難所でした‼️城攻めの反応が早かったら山を登る事はなかった。攻略してからそう思った‼️只目的地まで舗装の跡があり、目的地で行き止り更に其処はUターン出来る広さがあった❗誰が其処まで(?_?)

2022年05月05日 坂東のダイ
難台山城



8合目 難台山城趾
山頂部から東に下った場所にあります やはり主戦場は東斜面だったのでしょう
とにかく傾斜が急で登山靴じゃないと危険です 下からだと比高400メートルくらいの直登になるのでオススメしません 石垣?というか岩場というか🤔 堀切もありません 防御するなら山頂部が1番ですが、水の確保とかもありここに主力がいたのかもしれません ここから下った場所に首洗いの滝があるので、この近辺が激戦地になったのでしょうか 北朝軍は2キロくらい離れた館岸城を攻撃拠点にしました

2022年05月05日 坂東のダイ
難台山城



尾根沿いから山頂部へ 南北朝時代後期に小山若犬丸と小田五郎ら南朝軍と鎌倉公方ら北朝軍との戦いの舞台 8ヶ月の籠城戦で北朝軍を度々撃退しましたが、最後は兵糧攻めで落城しました 麓からだとなだらかに見えますが急峻な山です

山頂部551m、団子石峠370mまで🚙であがり尾根から山頂部へ とにかく急坂でロープにつかまりながら登りました 所々巨石などが点在 堀切かな🤔何て思う場所もありますが、遺構はほとんどありません ただ、自然地形で尾根沿いから迫る北朝軍を寡兵で食い止められるような天然の要害だと感じました 西斜面は特に急峻、絶壁の場所もありこちらから攻めるのは無理だと思います 

2022年04月04日 大関左兵衛督増虎
難台山城



常磐線の岩間駅前からのハイキングコースで登る事ができます。愛宕山神社から難台山、吾国山、水戸線の福原駅までおよそ5時間程度で歩けます。最後の菜の花の写真は難台山全体の写真です。

2022年02月14日 昌幸近江守更に吉
棟峰城[難台山城  周辺城郭]



桜川市と笠間市との境の棟峰(ぐしみね)という山に築かれた棟峰城。羽黒山城とは尾根続きで大堀切から5分ほどで着きます。

築城者・年代は不明。二つの郭から成り羽黒山方面からの侵攻に対する縄張りになっているので、羽黒山城の前身で、その後は出城として機能していたと思われます。

主郭とニ郭を遮る二重堀切が見所です。羽黒山城から程なく行けますので、是非セットでお楽しみください♪

【写真の説明】
①お出迎えのニ郭前の堀切。
②ニ郭。
③二重堀切。真ん中から。
④二重堀切の一条。
⑤ニ重堀切もう一条。
⑥腰郭から主郭を見る。
⑦主郭。堀切側に土塁が確認できる。

2022年02月13日 昌幸近江守更に吉
羽黒山城[難台山城  周辺城郭]



桜川市の羽黒山城。標高245m比高180mに築かれた連郭式山城です。麓にあった居館は国道造成で消滅してしまいました。主郭には現在、八幡神社があります。
築城者・年代は不明です。笠間氏関係者が城主であったという文献が残っているようです。

麓に対して4つの郭、背後の尾根からの侵入に対して2つの郭と、なかなかの防備を誇っています。
見所は尾根の付け根の見事に切られた大堀切と、この地域には珍しい石で補強された主郭土塁です。

ちなみにこの城、登城がかなりしんどいです。ロープを持っての直登になるからです。階段なし。下りの方が心配で注意して降りないと転げ落ちる事もあるかと。午前中の元気が残っている内の登城をおすすめします。

田んぼ道を通りますので、農作業している方の迷惑にならない時期に訪問しましょう。駐車場はありませんが鳥居の脇にスペースがあります。

【写真の説明】
①登り切り最初に出てくるⅣ郭下の堀切。
②Ⅲ郭土塁上から。高さがありました。
③主郭虎口。
④主郭。
⑤主郭土塁内側の石積み。
⑥大堀切。Ⅵ郭と面しています。
⑦登城路。皆さんどうでしょう?(汗)十分ご注意ください。
⑧大堀切を別アングルで。幅15m深さ10mあるそうです。長さもあります。

2021年01月11日 eiki
難台山城



JR水戸線、福原駅から、常磐線の岩間駅までを繋ぐハイキングコース、吾国山~愛宕山コース上に位置します。560メートルの山上で、遺構らしきものは確認できませんでした。山頂から500メートル下ったところに笠間市指定の遺構がありますが藪があり、急峻な山道だったので断念しました。


2015年09月30日 武蔵守道灌?!
難台山城

難台山麓の長沢口で案内板を見つけ、最短で行けそうな駒場口?を選択♪

案内板上は車道らしきものがあるのですが、明らかに危険!!
…やむなく車を山中に置いて徒歩で登り始めるも…
Σ(゚ロ゚;)!?これは!?…気合いいれないと~無理じゃね!?(笑)

体感斜角45度くらいありそうな山道を、延々と登り始めるも…断念!!(TT)

後日のリベンジを誓いつつ、退却しました!?…まさに難攻不落♪(^^)


2010年08月22日 半日皇帝下野守
難台山城

城跡の看板までたどり着くには、モトクロスバイクか軽クロカン4駆車、あるいは徒歩30〜40分になります。
ハイキング気分で行くといいかも。

難台山城の周辺スポット情報

 羽黒山城(周辺城郭)

 棟峰城(周辺城郭)

 駐車場(駐車場)

 羽黒山城・棟峰城登城口(その他)

 棟峰城登城口(福原側)(その他)

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