宍戸城

(ししどじょう)

通称・別名

(宍戸陣屋)

所在地

茨城県笠間市平町192

城郭構造
平城
天守構造
築城主
宍戸家政
築城年
建仁3年(1203)
主な改修者
秋田氏
主な城主
宍戸氏、秋田氏、松平氏(陣屋)
廃城年
遺構
土塁、移築門(陣屋)
指定文化財
県指定文化財(旧宍戸城表門)、市史跡(宍戸城址土塁)
再建物
周辺の城
笠間城(笠間市) 4.9km
湯崎住吉城(笠間市) 5.2km
難台山城(笠間市) 7.3km
加倉井館(水戸市) 9.6km
飯沼城(東茨城郡) 10.3km

宍戸城口コミ情報

殺三千世界鴉⚡️晋作様[2016年11月27日]
宍戸城は鎌倉・安土桃山・江戸に大きな転機を迎える。

宇都宮宗綱の四男である八田知家が、源義朝の没落と頼朝・頼家の幕府体制に歴仕する中で常陸守護職に任じられる。
長男の知重こと常陸小田氏を宗家とし、次男の有知が美濃伊自良氏・三男の知基が下野茂木氏と分派する中、四男の家政は常陸宍戸を領す。(宍戸古館)

また、この宍戸氏からは足利尊氏に従った功により安芸に下向して、のち毛利元就の縁戚になる安芸宍戸氏も派生する。
室町・戦国時代は宗家でもある小田氏と連携しながら佐竹氏と勢力争いを繰り広げるが、のち服属。
宍戸義長は佐竹氏の秋田移封には従わず土着したが、一族には秋田に移住した者もいる。
代わって入封したのが秋田実季で、この頃に城郭が整えられた。(宍戸城)

正保2年に子の俊季が三春に移封されると、天領の時期を経て、天和2年に徳川光圀の弟の松平頼雄が水戸支藩として1万石で入封。(宍戸陣屋)
幕末、9代頼徳の頃、水戸で蜂起した天狗党の鎮圧に失敗し、切腹及び改易を命じられるという悲劇もあった。

慶応4年、頼徳の父で8代藩主だった頼位が新政府の命により再相続して立藩。

太田武蔵守道灌!?様[2015年09月28日]
軽く迷いましたが、宍戸コミュニティーセンター隣の末廣稲荷神社が宍戸城址です♪(^^)

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