見川城(みかわじょう)

見川城の基本情報

通称・別名

箕川城

所在地

茨城県水戸市見川3

旧国名

常陸国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

見川長幹

築城年

11世紀

主な改修者

春秋幹光

主な城主

見川氏、春秋氏、佐竹氏

廃城年

慶長7年(1602)

遺構

曲輪、空堀、土塁、虎口

指定文化財

再建造物

石碑

周辺の城

河和田城(茨城県水戸市)[2.7km]
水戸城(茨城県水戸市)[3.5km]
武熊城(茨城県水戸市)[4.2km]
吉田城(茨城県水戸市)[4.2km]
長者山城(茨城県水戸市)[5.0km]

見川城の解説文

見川城(みかわじょう)は、茨城県水戸市見川町にあった城。

概要
鎌倉時代初期、水戸城を築城した馬場資朝の四男長幹により築かれた。後に河和田城城主春秋氏の一族が拠り、水戸城の支城として維持された。

小田原の役後、江戸氏が佐竹氏に滅ぼされた後も、水戸城の支城として引き続き使用されたものと考えられている。

構造
桜川低地に面する台地端に占地し、東南端に一郭、一郭の西に二郭三郭が南北に配されている。現在この三郭のみが残るが、周囲には外城、深柵、表坪等の、城郭由来と考えられる地名が残っており、城域は更に外側に拡がっていたものと考えられている。

一郭には東を除く三方に折れを伴う土塁が巡り、特に西端の土塁は高く築かれている。また、四方を深い空堀が囲み、西北に枡形を伴う虎口が開く。二郭および三郭には低い土塁が巡り、三郭西方に開く虎口前面には空堀が、虎口南方の土塁は櫓台状になっている。台地端には一郭と二郭を取り囲む横堀が設けられ、一郭周辺では前述の空堀と合わせて二重堀となっている。

遺構
遊歩道により空堀の一部が破壊されているが、一郭から三郭までの土塁および空堀が良く残る。

見川城の口コミ情報

ひとりもん太閤様[2016年12月24日]
桜川駐車場(トイレ有)に車を置き、好文橋を登り渡った所に城趾碑がありました。
そこにある小さな舗装路に入り、少し行くと道路脇に浅い空堀が見え始めテンションが上がり始めます。

荒人神社の脇から森に突入すると、程よい深さの空堀が現れます!
あとは愉しい堀底と土塁歩き。奥入るほど藪ってますが、いまの季節なら何とかなりました。ただし郭内はどうにもならなそうです。
東側の二重となっている堀は北へ降っていきます。森から出た場所は城趾橋の少し南側でした。桜川駐車場はすぐそこです。

太田武蔵守道灌!?様[2015年05月31日]
偕楽園桜川駐車場に車を止めて、城跡橋の先が見川城跡のようですが…烏がかなり多く、やたらと追い回された為リア攻め断念!?(((^^;)石碑のみ♪(笑)

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