那珂西城(なかさいじょう)

那珂西城の基本情報

通称・別名

所在地

茨城県東茨城郡城里町那珂西1958(宝幢院)

旧国名

常陸国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

那珂通泰

築城年

久安5年(1149)

主な改修者

主な城主

那珂氏、佐竹氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

県史跡(那珂西城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

長者山城(茨城県水戸市)[5.6km]
瓜連城(茨城県那珂市)[6.4km]
加倉井館(茨城県水戸市)[8.0km]
南酒出城(茨城県那珂市)[8.1km]
河和田城(茨城県水戸市)[10.0km]
見川城(茨城県水戸市)[10.5km]
額田城(茨城県那珂市)[10.7km]
水戸城(茨城県水戸市)[11.6km]
久米城(茨城県常陸太田市)[12.2km]
野口城(茨城県常陸大宮市)[12.4km]

那珂西城の口コミ情報

2021年01月19日 水天一碧
上入野城[那珂西城  周辺城郭]



上入野城は平重盛の墓所がある小松寺の背後の白雲山にあります。軽く直登するだけで、充実した遺構がすぐに見れちゃうお城です。

小松寺の坂を登ると見える砂利の駐車場から、何となく踏み跡がついて見えるところから入ります。
踏み跡を見つけつつ、直登気味に辿ると、平場に出ます。そこを右手に行くと平坦な尾根が続いて出丸に行きます。左手に行くと、最初に浅い堀切があり、主郭はすぐです。

主郭を中心に東西南北の尾根に遺構が展開しています。特にお手入れはされておらず、冬でも青々とした低い樹木に覆われています。三郭や四郭の先の曲輪群を枝をかきわけながら見歩いてたら山から下りて道路に出てきたり…。
そんなことを散々繰り返したあとに、主郭と二郭を隔てる大きな堀切を見たときには、見たいものを、何にも遮られずに、やっと見れたと感動しました。
先人様のお写真を見ても、それほど大きな堀切には見えず、全く期待していなかったので、固まりました。必見です。
山頂にあるとは思えないくらい広い曲輪の内部や土塁を追うのは、藪漕ぎならぬ枝漕ぎで、少し苦労しましたが、遺構の残り方は良好だと思います。
この江戸氏の城は佐竹氏とはまた違う独特の土木ぶりが楽しめます😊

最後に、平清盛の長男である重盛の墓所がなぜこの地にあるのかについては、小松寺の案内板から抜粋です。
『平重盛公は、清盛の長子で治承元年(一一七七)左大将内大臣となり小松邸宅に住居し小松内府といわれていた〜重盛公の腹心平貞能は、平家の滅亡に際してひそかに遁れて高野山に登り、重盛公の遺骨をかかえて関東の同族常陸大掾義幹をたよってこの地に落ち、埋葬されたものである』


※城がキレッキレに素晴らしい江戸氏について
元々、水戸近辺は大掾氏の支配地域でしたが、どさくさに紛れて江戸氏が水戸城を奪取してからは江戸氏の支配地域に。江戸氏は佐竹氏から一門という待遇を受けていましたが、関係が悪化した時期に、この城がある地域で合戦もありました。和睦した後、再び佐竹氏に従い、江戸氏は戦果をあげ続け、勢力も最大限に拡大していきます。
やがて佐竹氏からの水戸城明け渡しの要請を拒否して、決戦の日を迎え、遂にその野望も終わる流れなんですが…参考まで。

2020年09月09日 水天一碧
那珂西城



那珂西城は、那珂川の近くの台地上にあるお城で、今は宝憧院というお寺になっています。
お寺への入り口が狭く見えますが運送会社のトラックも入りますからご安心を。駐車場は寺院内にあり広いです。

鎌倉時代に那珂氏により建てられたお城でしたが、この地域が佐竹氏の支配下に置かれたときにさらに整備され、佐竹氏の移封時に廃城となったそうです。

三郭から成るこのお城の1番の見所は、大きな一郭を囲む、特に(北)東側のダイナミックな空堀だと思います。深さは4〜5mはあり、場所によってはそれ以上あると思います。幅も相当なものです。
竹藪はのぞかれていて、美しい空堀をじっくりと眺めて歩き回れるようなお手入れがされており、とてもありがたいです。

※ここまで来たらせっかくなので、那珂西城の外堀か、と言われている「石塚大堀」も寄ってみてください。詳細は那珂西城のリアマップに入れてあります。

2020年09月07日 華屋路三郎徹舟斉
那珂西城



門の左側に説明板、門の右側にある土塁の外側に沿って(未舗装の道)行くともう一枚の説明板。その横の階段を登ると大きな石碑があります。

2020年09月06日 水天一碧
石塚大堀[那珂西城  遺構・復元物]

石塚大堀は、石塚城か那珂西城の外堀と考えられているようですが正確な歴史は不明だそうです。その全長は1.3キロメートルに及ぶとのことです。(続・図説茨城の城郭を参照しています。)

具体的な場所は、城里ショッピングプラザの裏にある森になります。石塚小学校の正面に見える森です。駐車場は、城里ショッピングプラザが便利です。
城里ショッピングプラザから、歩道を歩いて石塚小学校を目指すと、すぐ右手に大きな堀が現れます。

写真を撮ったその背後には、車がかなり行き交う国道123号線が走り、さらに堀側を向いて数軒ほど住宅が建ち並び、写真を撮る姿はかなり目立ち、そこから堀への侵入もさすがにはばかられました。(ちなみに国道123号線を水戸方面に向かい注意深く走れば、車からでも堀を左側に見ることができます。それ程に大きく深いです。)
そこで、堀への侵入は、石塚小学校の正面の藪から入ることにしました。
入り口なんて一切ないため、藪が何となくマイルドに思える箇所から無理矢理行きましたが、これは万人には勧めないです。まず、藪漕ぎなんてしたくないでしょうし、何より苦労して入った先の堀は、かなり小さな規模に変わっていたからです。

藪の中へと続いてきた堀は、幅が1.5m弱、2mくらいの深さの堀になっていました。国道側から見た堀の大きさを期待して来ると、かなり肩透かしをくらうことになります。
ただし、藪が深くなりすぎて、長い堀の端までは歩いてはいませんので、途中でまた少しだけ大きさが変わっている可能性はあるのかもしれません。
個人的には、低いながらも、土塁が全くの崩落なくしっかりと残り、藪の中ではありますが、すーっと奥まで続いていくのが見えて、それがとても綺麗だと思いました。見に来て本当に良かったと思いました。

前述の本によれば、この堀は、道路や猪除けなど堀以外の目的で使われた可能性や、地区の境目にあたるため、境界を示している可能性もあるそうです。藪の中にあった堀の規模を思うと、そうなのかなとも思えますが、国道側から見える堀の規模はただの境界や道ではないようにも思えます。

すべてはもう歴史の彼方です。

2018年05月23日 昼酒
那珂西城

国道沿いに盛土の上に建つ祠がありますが、そこが土塁の角の部分だそうです
残りは昔削られて、治水工事に使われたとか
もったいない

2017年09月24日 立花飛騨守
那珂西城

境内を囲む空堀と土塁が素晴らしい。

地面がやや、湿っぽく思われ、往時は水堀だったか?

2016年08月12日 Nabeppu左馬頭
那珂西城

土塁と思しきものが寺(宝幢院)の山門の左右に確認出来ます。その土塁と思しき構造物の外側が空堀かもしれません。
山門に向って左側に案内板が設置されています。
車は山門の右側から寺内に入った正面です。


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