上入野城

上入野城([那珂西城  周辺城郭])

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上入野城の口コミ情報

2022年06月06日 昌幸常陸介小幡の御老公


城里(しろさと)町の上入野城。小松寺の背後、白雲山と呼ばれる比高100mの山上に築かれました。城の歴史は不明で、大掾氏から江戸氏と支配が移ったとされ、特に江戸氏の時代には佐竹氏との抗争が起き、境目の城として使われたのではないかと予想されます。

縄張はI郭を囲むように3つの郭が配され、北側に伸びた細尾根には複数の郭から成る出丸があります。郭内は薮で覆われている所が多いです。出郭から向かってI郭にぶつかった所に切岸があり、その上に土壇があるのですが、そこがどんな起伏になっているか見たかったですね。

郭間は深い堀で切られているのですが、橋が架けられた形跡はなく、移動は虎口から堀に降りて移動していたというのが印象に残りました。なので堀や切岸は見応えがありますよ。

車は麓の小松寺の駐車場に停めました。駐車場から登城路があるのですが気づかず、平重盛の墓の脇から登りました。踏み跡があるので迷わないと思います。登りきると出丸に出ます。I〜Ⅳ郭を見学した後、出丸の中間地点で下り道を見つけ、そこを下っていったらお寺の駐車場に着きました。

【写真の説明】
①出丸堀切その1
②出丸の土橋と堀切。出丸は高さの違う郭で構成されているのが特徴です。
③出丸堀切その2
④I郭-Ⅳ郭間の堀跡。
⑤Ⅲ郭切岸。
⑥II郭堀切。遊歩道として活用されています。
⑦I郭-II郭間の堀跡。
⑧I郭横堀。

2021年01月19日 疲れた人


上入野城は平重盛の墓所がある小松寺の背後の白雲山にあります。軽く直登するだけで、充実した遺構がすぐに見れちゃうお城です。

小松寺の坂を登ると見える砂利の駐車場から、何となく踏み跡がついて見えるところから入ります。
踏み跡を見つけつつ、直登気味に辿ると、平場に出ます。そこを右手に行くと平坦な尾根が続いて出丸に行きます。左手に行くと、最初に浅い堀切があり、主郭はすぐです。

主郭を中心に東西南北の尾根に遺構が展開しています。特にお手入れはされておらず、冬でも青々とした低い樹木に覆われています。
主郭と二郭を隔てる大きな堀切を見たときには、感動しました。
先人様のお写真を見ても、それほど大きな堀切には見えず、全く期待していなかったので、固まりました。必見です。
山頂にあるとは思えないくらい広い曲輪の内部や土塁を追うのは少し苦労しましたが、遺構の残り方は良好だと思います。
この江戸氏の城は佐竹氏とはまた違う独特の土木ぶりが楽しめます😊

最後に、平清盛の長男である重盛の墓所がなぜこの地にあるのかについては、小松寺の案内板から抜粋です。
『平重盛公は、清盛の長子で治承元年(一一七七)左大将内大臣となり小松邸宅に住居し小松内府といわれていた〜重盛公の腹心平貞能は、平家の滅亡に際してひそかに遁れて高野山に登り、重盛公の遺骨をかかえて関東の同族常陸大掾義幹をたよってこの地に落ち、埋葬されたものである』


※城がキレッキレに素晴らしい江戸氏について
元々、水戸近辺は大掾氏の支配地域でしたが、どさくさに紛れて江戸氏が水戸城を奪取してからは江戸氏の支配地域に。江戸氏は佐竹氏から一門という待遇を受けていましたが、関係が悪化した時期に、この城がある地域で合戦もありました。和睦した後、再び佐竹氏に従い、江戸氏は戦果をあげ続け、勢力も最大限に拡大していきます。
やがて佐竹氏からの水戸城明け渡しの要請を拒否して、決戦の日を迎え、遂にその野望も終わる流れなんですが…参考まで。

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