久米城(くめじょう)

久米城の基本情報

通称・別名

竜貝城

所在地

茨城県常陸太田市久米町

旧国名

常陸国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

大掾氏?

築城年

鎌倉時代?

主な改修者

主な城主

大掾氏、久米氏(小野崎氏)、佐竹氏(北家)

廃城年

慶長7年(1602)

遺構

曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

太田城(茨城県常陸太田市)[3.3km]
山入城(茨城県常陸太田市)[5.5km]
瓜連城(茨城県那珂市)[5.8km]
額田城(茨城県那珂市)[7.7km]
南酒出城(茨城県那珂市)[7.9km]
石神城(茨城県那珂郡)[11.3km]
那珂西城(茨城県東茨城郡)[12.2km]
野口城(茨城県常陸大宮市)[13.3km]
助川城(茨城県日立市)[14.8km]
多良崎城(茨城県ひたちなか市)[15.4km]

久米城の解説文

※この城郭は2021年4月6日に名称と位置が変更となりました。

久米城の口コミ情報

2021年05月05日 織田上総介晃司
久米城

県道166号沿いに駐車場があります。佐竹氏の家紋の幟が目印です。駐車場に縄張図があるのでゲットして登城しましょう。

東の城(本城)・西の城・南の出城・北の出城からなる広大な山城ですがきれいに整備されているうえ順路板と案内板が至るところにあり、迷うことも見落とすこともないでしょう。

私のおすすめは南の出城の横堀と二重堀切です。
見どころ満載で1時間以内のリア攻め予定でしたが、かなりオーバーして約1時間30分滞在しました。ポチ攻略で済まさずリア攻めすることをおすすめする城です。

2人の有志の方からコツコツと整備を始められて今の状態にしていったと聞きます。
ありがたいですし頭が下がります。

2021年05月04日 水天一碧
利員龍貝城[久米城  周辺城郭]



利員竜貝城の詳しい来歴は不明ですが、後に佐竹氏に属した石突石見守良通の城であったといわれています。佐竹氏の秋田移封に伴い、廃城になったそうです。

行き方です。
Googleマップは利員竜貝城跡でひいたあとに、麓にある天満宮を目的地にしてください(写真を出していませんが、天満宮も城域、出城とされています)。天満宮の鳥居の脇のスペースに普通車一台なら余裕で駐められると思います。天満宮までの道は狭いです。
不安な方は、グリーンふるさとラインを北へ向かう途中、溜池の近くにスペースがありますから、そこに駐めるといいと思います(写真を参考にしてください。ちなみに溜池というか水堀の跡なんです)。

城内は舗装された道が途中までありますから、見所の二重堀切まではあっという間に気軽に行けます。多少の藪ですが視界良好です。段曲輪を登ると、二重堀切を示す黄色いテープがありますから目印にしてください。テープの矢印が上を指していますが登った腰郭から右手に回っていただくと、二重堀切に出られます。

口コミとは別で写真を出しています。
散策の参考にしてください。

常陸太田市内の佐竹の城めぐりをするなら、ここも一緒に行くと楽しいかなと思って出してみました。

2020年09月24日 さあさ上総介甲相駿三国同盟
久米城

とにかく巨大な城郭です。地元の有志がコツコツと整備してくれているとの事ですが、ただただ頭が下がります。これでもか!と言うくらいの多くの堀切です。曲輪は一体いくつあるのか?ヘロヘロになりながら登りました。案内してくれた友に感謝!佐竹の力は凄まじい。

自分の知る限り、鎌倉時代の守護で、維新まで大名たり得たのは島津と佐竹だけのはず。名門中の名門の底力を痛感できました。

2020年07月11日 水天一碧
久米城

たった2人の管理人さんが、藪深かった城址を10年かけて城域全てを見られるまでに整えた佐竹氏の素晴らしい山城です。(と言っても比高80mですからサクっと行けます)お城は、本城、西の出城、南の出城の三城から成ります。
茨城で見られる山城らしい山城です。

城内は、迷わぬように見所を見逃さぬように丁寧な案内板がついてます。足場も整えてあり、ロープもあり、駐車場の看板に縄張り図にと管理人さん達のお城愛で、至れり尽せりです。

さて、駐車場に車を止めて、坂道を山へ向かえば、すぐに鹿島神社の鳥居が見えます。神社下の階段に着くまでは舗装された急坂な道を登ります。夏は湧き水が流れていて滑りやすいから気をつけてください。

神社には行かずに(案内板に従えば神社にまた戻ってこられます)、そのまま山の中へ行くと、いきなり、ありえない遺構がお目見えします。これはぜひご自身の目でお確かめください。もう全然、写真に収まりきらないんです。これだけでも見る価値はあると思いますし、鳥居からここまで5分。見ない理由がないですよ。

もちろん、その先もありえない本数の堀切と堅堀に横堀と巡らされており、どんだけ土を堀るのが好きなのか、と驚くこと間違いなしです。大きな堅堀三本がまとめて見れる所もオススメ。佐竹氏の土木の凄さをぜひご堪能ください。熟練のめぐらーさん方は案内板にない遺構もあるから探してみてください。

ちなみに、城めぐ掲載の山入城と久米城は5キロぐらいしか離れていません。西の出城にある張り出した櫓台跡から山入城がよく見えます。ベンチもありますから景色を見て一息つきましょう。
南の出城にある祠に行く途中の土橋や横堀は特に冬が美しいです。落葉樹から差し込む日差しに吹く風が遺構に落ちる影や色をとても綺麗に見せてくれます。(管理人さんの久米城攻城のオススメの季節は12月からです)
この辺りはクマは出ませんし、雪もほとんど降りません。

太田城は何にもないし、山入城をポチして帰る?いいえ、佐竹氏の本拠地はポチだけ素通りは厳禁です(太田城のリア攻めマップにまだ城を追加予定です)。

秋田県に移封された佐竹氏の城は、城めぐに出ていないだけで、茨城県内に沢山ありどれも素晴らしい土の城です。
水戸黄門ばかりが有名ですが、そもそも茨城県は佐竹氏のシマであることを知ってほしいです。

2020年07月08日 龍馬備中守【】
久米城



茨城県の常陸太田市にある久米城☆鎌倉時代に大掾氏が館を構えたのが始まりと伝えられてます☆その後は小野崎氏系の久米氏が代々居城します☆

更に時は進み佐竹義治の四男で佐竹義信を祖とする佐竹北家の居城となります♪佐竹北家は「北殿」と呼ばれ宗家の補佐をつとめました☆戦国時代初期には佐竹一族でもある山入城主・山入氏と対立します☆佐竹義治はその攻撃に備えて久米氏を部垂城へ移し子の佐竹義武を城主にしました☆攻める山入氏☆でも守りきれずに佐竹義武は戦死☆しかし父である佐竹義治は自ら出陣し城を奪還し山入氏を討ち取りました☆佐竹氏の秋田転封に従って廃城となります☆

とにかく堀切、堀切またまた堀切たまに、横堀からの三重堀切のそして土橋の城郭です☆良き城でありました♪

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore