武熊城(たけくまじょう)

武熊城の基本情報

通称・別名

武熊館、武熊故城

所在地

茨城県水戸市柳町2

旧国名

常陸国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

石河望幹

築城年

延文年間(1356〜1361)

主な改修者

主な城主

石河氏、江戸氏、東義久

廃城年

慶長7年(1602)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑

周辺の城

水戸城(茨城県水戸市)[0.9km]
吉田城(茨城県水戸市)[1.1km]
武田氏館(茨城県ひたちなか市)[3.0km]
見川城(茨城県水戸市)[4.1km]
河和田城(茨城県水戸市)[6.8km]
長者山城(茨城県水戸市)[7.1km]
祝町向洲台場(茨城県東茨城郡)[9.9km]
松川陣屋(茨城県東茨城郡)[10.2km]
多良崎城(茨城県ひたちなか市)[10.4km]
加倉井館(茨城県水戸市)[10.5km]

武熊城の口コミ情報

2021年04月12日 水天一碧
武熊城



江戸氏や佐竹氏時代の水戸城のある台地は、今の水戸城の東端から武熊城周辺まで台地が繋がっていたそうです。その繋がっていた台地は、千波湖の干拓などでなくなってしまったとのこと。繋がっていた台地を妄想しながら、水戸城から歩いてみました。

水戸城の東端(線路が写る写真)から武熊城までだいたい1キロぐらいでしょうか。
武熊城に着いてから、桜川の土手に出て、水戸城の方角を見ると、水戸城のある台地の端がちょこんと見えます(桜川の写真の真ん中に見える森のような部分)。
水戸城から繋がる台地の先端あたりに武熊城があったそうです。

ちなみに、武熊城の近くには、搦手橋という橋があります(写真を撮り忘れました…)。城を意識して、あとからつけただけのネーミングかもしれませんが、この橋の辺りが搦手方面だったのかなあと思いたくなります。武熊城の石碑がある辺りが大手だったのは、石碑に書いてあるとおりです。

武熊城の遺構は全くないので、せめて、近くの搦手橋や桜川の土手から水戸城を見てみてはいかがでしょうか。

2021年03月16日 隼人佑かわちゃん
武熊城



城郭としては跡形もなく水戸竹隈市民センターの角に石碑が建ってるだけでした

2015年05月31日 大宰大弐道灌?!
武熊城

今は竹隈市民センターになっているようです。(°▽°)

2011年08月11日 半日皇帝下野守
武熊城

周辺は市街地化しており、写真の城跡石碑以外は城跡の痕跡はありません。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore