佐賀城(さがじょう)

佐賀城の基本情報

通称・別名

佐嘉城、栄城、沈み城、亀甲城、(村中城)

所在地

佐賀県佐賀市城内2-14

旧国名

肥前国

分類・構造

輪郭式+連郭式平城

天守構造

型式不明[4重5階/1611年築/焼失(火災)]

築城主

鍋島直茂、鍋島勝茂

築城年

慶長7年(1602)

主な改修者

鍋島直正

主な城主

鍋島氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、門、櫓、移築御座の間、石垣、堀

指定文化財

国重要文化財(鯱の門及び続櫓)、県史跡(佐賀城跡)、市重要文化財(御座の間)

再建造物

御殿(佐賀県立佐賀城本丸歴史館)、石碑、説明板

周辺の城

水ヶ江城(佐賀県佐賀市)[0.4km]
高木城(佐賀県佐賀市)[4.1km]
鹿江城(佐賀県佐賀市)[5.3km]
蓮池城(佐賀県佐賀市)[5.3km]
三重津海軍所(佐賀県佐賀市)[5.5km]
姉川城(佐賀県神埼市)[6.9km]
直鳥城(佐賀県神埼市)[7.0km]
陣の森城(佐賀県小城市)[8.2km]
津村城(福岡県大川市)[8.5km]
帯隈山神籠石(佐賀県佐賀市)[10.2km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

89 佐賀城

設置場所

佐賀城本丸歴史館受付[地図

佐賀城の解説文

佐賀城(さがじょう)は佐賀県佐賀市にあった日本の城。古名は佐嘉城。別名、沈み城、亀甲城。江戸時代初頭に完成し、外様大名の佐賀藩鍋島氏の居城であった。

概要
佐賀城は佐賀市の中心に位置し、城郭の構造は輪郭梯郭複合式平城である。幅50m以上もある堀は、石垣ではなく土塁で築かれている。平坦な土地にあるため、城内が見えないように土塁にはマツやクスノキが植えられている。城が樹木の中に沈み込んで見えることや、かつては幾重にも外堀を巡らし、攻撃にあった際は主要部以外は水没させ敵の侵攻を防衛する仕組みになっていたことから、「沈み城」とも呼ばれてきた。

江戸時代には、城下と城内に掘割が縦横に張り巡らされ、生活用水に使用されていた。また、城下には豊前小倉から長崎まで続く長崎街道が通り、宿場町としても栄えた。

明治時代初期に起こった佐賀の乱により大半の建造物は焼失し、鯱の門と続櫓のみが残っており国の重要文化財に指定されている。

現在、城跡には県庁、合同庁舎、放送局、美術館、博物館、小中高の各学校、公園(佐賀城公園)など公共施設が建ち並んで佐賀県政治経済の中心地となっている。

歴史・沿革
安土桃山時代・江戸時代
佐賀城はもともと龍造寺氏が居城としていた村中城を改修・拡張したものである。九州北部に覇を唱えていた龍造寺隆信は天正12年(1584年)に島津・有馬連合軍に敗れて戦死した。これを機に龍造寺家臣の鍋島直茂が実権を握った。

直茂は早くも、天正13年(1585年)には村中城改修を計画している。しかし未だ当主であった龍造寺政家の居城であり、直茂は蓮池城が居城であったため、主家に憚って計画には手を付けなかった。計画が実現したのは江戸幕府政権下で正当に佐賀藩主として認められた後の、慶長7年(1602年)本丸の改修を始めてからである。直茂の計画に則り、次の藩主鍋島勝茂が慶長16年(1611年)に完成させた。内堀の幅は80mにも及ぶ広壮なもので、5層の天守も建造された。また、元和の一国一城令でかつての居城蓮池城は破却された。

城は幾度も火災に見舞われた。特に享保11年(1726年)には大火に見舞われ、天守以下本丸建造物の大半を焼失した。これにより御殿などが享保13年(1728年)に二の丸に完成し、藩政は二の丸を中心に行われた。更に天保6年(1835年)の火災では二の丸を焼失。これにより再び本丸再建が行われ政務は本丸に移った。現存する鯱の門・続櫓はこの再建時の天保9年(1838年)に完成したものである。同時に立てられた本丸御殿は、明治維新以後、裁判所や学校として利用された。なお、天守は享保の火災以後再建されていない。

近現代
明治7年(1874年)江藤新平を中心とした佐賀の乱が起こり佐賀城はこの反乱軍に一時占拠された。この戦闘の際に建造物の大半を失った。なお、鯱の門には当時の弾痕が現在も生々しく残っている。以後、佐賀城址には学校、測候所、県庁など公共施設が次々と建設された。...

佐賀城の口コミ情報

2020年09月05日 nyarくん
佐賀城



佐賀城本丸御殿は台風9号の被害で御殿の一部は拝観制限中、10号で更に被害が出ないことを祈ります。

2020年09月04日 mtmt
佐賀城

とても綺麗に整備されてました。門には当時の実弾の跡もありリアルに感じました。

2020年08月31日 主税助鬼羊
佐賀城



佐賀城は石垣の刻印が多く、大変見応えあります。特に鯱門を入って右側のハートの石付近はたくさん刻印が見られます。また矢板のあとも他の城の石垣に比べ大きくてワクワクします。

2019年05月16日 ちろりん山城守
本丸御殿[佐賀城  遺構・復元物]



佐賀藩10代鍋島直正が再建した本丸御殿
一部を歴史館として復元された

2019年05月02日 近江守syutago
佐賀城



佐賀の乱で大半の建造物が消失したが、現在では佐賀城歴史館として御殿が復元され、佐賀城下再生百年構想が進められている。

2017年05月10日 大納言織田晃司
佐賀城

NHKの近くに2ヶ所駐車場あり。

現存する鯱の門の扉には佐賀の乱の弾痕が残っている。
気に留めなかったらそのまま素通りしそうなので気にかけましょう。

復元された佐賀城本丸御殿は入場無料ですが、維持管理のための募金はお願いしています。(城好きの善意ということで…)

明治維新の立役者の藩として「薩長土肥」
肥前佐賀藩はいち早く近代化を推し進めた事により維新に一役買っていた。

佐賀の土産に「丸ぼうろ」「小城羊羮」
そして足を伸ばして嬉野温泉で温泉に浸かり「温泉湯どうふ」を食べるのも思い出になります。

2013年10月06日 上杉鷹山公
佐賀城

佐賀城城内、佐賀県立博物館にて龍造寺隆信公の甲冑を展示中。12月8日まで。


2012年02月12日 大宰少弐ためぞう
佐賀城

本丸御殿の外回りの説明が丁寧にされてます。中ではけっこうイベントやってるみたいです。

2011年01月11日 June02
佐賀城

鯱の門、迫力ありました。天守台から見た鯱の門と本丸御殿(復元=歴史博物館)は、感慨深いものありました。
写真は、見にくいですが「佐賀の乱」の弾痕が残る門扉です。


2010年11月04日 加藤豊後守清正
佐賀城

36万石の鍋島家の敷地としては割と小さいかも。石垣も完全な状態で城としては悪くはないでしょう。

2010年09月13日 綾瀬雪太郎
佐賀城

本丸歴史館 入場無料です。ボランティアの方々が詳しく解説してくれます。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore