蓮池城(はすいけじょう)

蓮池城の基本情報

通称・別名

小曲城、小田城、蓮池陣屋

所在地

佐賀県佐賀市蓮池町大字蓮池(蓮池公園)

旧国名

肥前国

分類・構造

平城、(陣屋)

天守構造

築城主

小田直光

築城年

応永34年(1429)

主な改修者

鍋島直澄

主な城主

小田氏、後藤氏、龍造寺氏、鍋島氏、石井氏

廃城年

遺構

横堀(水堀)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

直鳥城(佐賀県神埼市)[3.1km]
三重津海軍所(佐賀県佐賀市)[4.7km]
水ヶ江城(佐賀県佐賀市)[5.0km]
津村城(福岡県大川市)[5.3km]
佐賀城(佐賀県佐賀市)[5.3km]
姉川城(佐賀県神埼市)[5.4km]
鹿江城(佐賀県佐賀市)[6.2km]
城島城(福岡県久留米市)[6.5km]
高木城(佐賀県佐賀市)[7.2km]
蒲池城(福岡県柳川市)[8.0km]

蓮池城の解説文

蓮池城(はすいけじょう)は、日本の城。応永年間に完成し、肥前国の国人領主小田氏、戦国時代後期は龍造寺氏・江上氏の支配となり、近世は鍋島氏、石井氏の在城を経て、支藩蓮池藩の陣屋が置かれた。

概要
佐賀城は佐賀県佐賀市の中心部の南東部に位置し、構造は佐賀江川と周辺のクリークを濠とした平城である。

歴史
・応永年間
関東から下向した小田直光の居城として築かれたとされている。代々、小田氏の居城として使用される。

・戦国時代後期
佐賀城主龍造寺隆信の侵攻を受け、城主小田鎮光が降伏すると、龍造寺氏の支配となり、後藤家信、龍造寺家晴が城主となる。天正12年(1584年)、龍造寺隆信が沖田畷の戦いで戦死すると、隆信の次男江上家種が入城したが、文禄の役で戦死により、鍋島直茂の居城となった。

・安土桃山時代
鍋島氏が佐賀城に移ると、鍋島氏の外戚石井氏が城代として入城し、石井正国、石井重次、石井茂利、石井茂成らが共同で城の警護にあたった。当時、佐賀城の出城として、鍋島氏は筑後方面からの侵攻への備えとして蓮池城を重視した。

・近世
元和元年(1615年)、一国一城令に伴い、城代石井氏が佐賀城下に移り、城は破却されたが、鍋島勝茂の三男直澄が、寛永16年(1639年)に蓮池藩(5万2625石)を創設し、藩庁を設置。以降、明治維新に至るまで蓮池鍋島家の居城となる。

・近現代
廃藩置県により、蓮池陣屋は廃棄され、跡地には蓮池神社が創建される。城域は蓮池公園として整備され、現在は一般開放されている。桜の名所としても知られている。

蓮池城の口コミ情報

2021年07月15日 龍馬太閤【備中の麒麟】
小杭氏館[蓮池城  周辺城郭]



佐賀県の佐賀市にある小杭氏館☆北に肥前・太田城、諸富津の西側に位置する小杭氏の館☆東側には山領集落があり、山領の枝村になります☆

集落内に『源内屋敷』と呼ばれる場所があって、ここが小杭氏の館の中心と考えられています☆小杭氏の歴史詳細については不明ですが、集落内には濠が残ります☆
古くから残る『源内屋敷』は神功皇后に随行して畿内より来住した武士の屋敷とも伝わっています☆更に『日本書紀』には四世紀半頃神功皇后は新羅と戦争を行った☆その際に山城国(現在の京都府)源内政直が随行し報酬として当地を賜り永住したと伝えられています☆

2021年07月13日 龍馬太閤【備中の麒麟】
太田城[蓮池城  周辺城郭]



佐賀県の佐賀市にある肥前・太田城♪諸富津の北側の大津集落の北隣に位置します☆

この地を太田庄とする説もありますが杵島にある太田庄が有力となります☆実はこの地はあの太田道灌の5代目の胤太田美濃守資元が川副庄に下向し土着した事が始まりになります♪
肥前太田氏は江戸時代には鍋島家に支えて佐賀藩国老役を務めています☆太田氏は鍋島姓を許され太田鍋島家になり三根郡西尾・神崎郡用作へ知行替えし生き抜きました☆

集落内には太田資元が創建した慈広寺と太田神社が残ります♪太田神社の鳥居には『鎮西肥前国 川副庄太田村六所大明神社 干時元亀元年正月吉辰之日 大願主月昌妙江大姉敬建之』と記されています☆

『妙江大姉』とは鍋島直茂の養女で太田氏の13代目の太田茂連の妻になります☆

残る遺構としては濠、土塁等が残りその原形を今に留めます☆

2021年07月12日 龍馬太閤【備中の麒麟】
大堂陣内遺跡[蓮池城  周辺城郭]



佐賀県の佐賀市にある大堂陣内遺跡☆陣之内と呼ばれる地名が残る諸富町大字大堂字・加与丁上、加与丁下☆筑後川の支流の佐賀江川流域の平坦地で東に蓮池城、北西に佐賀城という場所に立地します☆

歴史詳細は不明です☆
が、この陣之内には佐賀本藩と蓮池藩の侍達が居住していました☆
幕末期には富永岩馬が私塾を開き学問を教えていたと残ってます☆

「陣之内」の集落をクリークが巡ってます♪今は農地整理等で、堀幅は狭くなってしまっていますが、かつては15m程の幅がありました☆ここまでいくと城館だったのでは無いか?『佐賀県の中近世城館』では加与丁出城という可能性も指摘しています☆

2021年06月29日 龍馬太閤【備中の麒麟】
蒲田江城[蓮池城  周辺城郭]



佐賀県の佐賀市にある【蒲田江城】♪南北朝時代に菊池武安によって築かれたと伝わります☆南朝方の拠点の一つという訳です☆

戦国時代には崎村城の犬塚家貞の次男・犬塚家重が城主になり西犬塚氏を称しました♪(犬塚氏は三犬塚と称されていてそれぞれ、直鳥犬塚は直鳥城、崎村城は東犬塚、蒲田江城はココ西犬塚)が治めました☆南北朝時代に菊池氏が築いた旧城に犬塚家重が築いたと考えられています☆

豊後の大友宗麟が肥前・龍造寺隆信を攻めた際に東犬塚の犬塚鎮直は龍造寺氏に味方して、西犬塚の犬塚尚重は大友氏に荷担しました♪東西犬塚氏は、この戦闘によって同時に主君を失いました☆

東犬塚では犬塚鎮直の遺子・百十丸(後の犬塚家広)は龍造寺隆信の支援を受けて中津隈城に移封されました☆この蒲田江城は犬塚鎮家が継ぐも龍造寺隆信に追われて筑後に逃亡しますが…☆
龍造寺隆信は藤津郡への有馬義純の勢力を討つ為に、もう一度犬塚鎮家を招請しました☆
この有馬義純排除に成功した犬塚鎮家は龍造寺隆信より藤津郡に二百町歩を与えられました♪名前を播磨守盛家と改名し、鹿島市にある森岳城に入城しました☆犬塚鎮家の移封で蒲田江城は廃城…も、犬塚氏の子孫は鹿島支藩に代々支えていきました☆

2019年07月14日 風祭すぅ
蓮池城



看板や城堀の水路などは残っているが、ほとんど説明書きがないのでよくわからない。城跡に作られた蓮池神社も今はない。城域は、蓮池公園として整備され、桜の名所。しかし、もうすこし整備されれば素敵な公園になりそうだけど、荒れてるのが残念。

2016年09月17日 カーネル
蓮池城

直鳥城を南にでて、住宅街を右左折を繰り返して1時間かけて蓮池公園へ
道中は車1台分の細い道で交通量は少なく散策には最適です

蓮池公園は城というより庭園のようです。遺構はよくわからず、城に関する案内もあまりありませんでした

公園をでて西へ向かい、県道48号にでて北上します
国道264号にぶつかり、右に行くと[西原の町]バス停があり佐賀バスセンター(佐賀駅です)に戻りました

神崎駅-直鳥城-蓮池城-バス停で4時間。ずっと舗装路を歩いたので余計に疲れました

歩き計画されている方の時間目安になれば幸いです

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