蒲池城(かまちじょう)

蒲池城の基本情報

通称・別名

鎌池城

所在地

福岡県柳川市西蒲池

旧国名

筑後国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

藤原純乗

築城年

天慶年間(938〜947)

主な改修者

主な城主

藤原氏、蒲池氏

廃城年

慶長6年(1601)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

柳川城(福岡県柳川市)[2.8km]
津村城(福岡県大川市)[3.2km]
三重津海軍所(佐賀県佐賀市)[6.6km]
佐留垣城(福岡県柳川市)[7.0km]
鷹尾城(福岡県柳川市)[7.2km]

蒲池城の解説文

歴史
蒲池城址は、西蒲池字池渕を中心として本村全体が城内であったと思われる。昭和の初めまで竹や雑木が繁茂して城藪といわれた1畝16歩のだ円形の山林が残っていたが、現在はそれも水田となっている。

蒲池城は天慶のころ(938~947)藤原純友の一族が築いたと伝えられるが、当時は砦であったと思われる。その後、蒲池氏がこの城によって勢力を増し、蒲池久憲から8代、約170年間は山門、三瀦地方を支配して、筑後の城持24人の旗頭であった。

蒲池鑑盛が柳川城を本城としたのちは、蒲池城はその支城となった。天正9年(1581)鑑盛の子鎮漣が龍造寺隆信に謀殺され、その子宗虎丸も殺されて蒲池氏は悲惨な末路をとげた。その後、鎮漣とその弟統安は沖端の二宮神社にまつられている。

この城址は、田中吉政の時に大半が開田されて水田や畑となった。

情報提供:柳川市教育委員会教育部生涯学習課

蒲池城の口コミ情報

カーネル様[2016年05月27日]
西鉄柳川駅から柳川城と蒲池城へ行きました

柳川駅を西へ、柳川高校と柳川中学校の回りをグルグルあるいて柳川城を見学

その後北上する。目印は崇久寺です。ここには蒲池氏の墓碑があります
その西の民家の庭先に、蒲池城之碑という石碑がありますが、木が生い茂ってて、なかなか気付きませんでした

帰りは西鉄矢加部駅へ。道中はずっと住宅街を歩きましたので、旅行気分にはなりませんでした

全部で2時間15分歩きました

歩き計画されている方の時間目安になれば幸いです

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