袋環濠
袋環濠([佐賀城 周辺城郭])
佐賀城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「袋環濠」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
袋環濠の口コミ情報
2021年10月03日 龍馬太閤【備中の麒麟児】
佐賀県の佐賀市にある【袋環濠】♪佐賀平野の中央部、八田江の西岸に立地します☆戦国時代から見える地名になっていて佐嘉郡川副荘の内になります☆佐賀城下の南から西にかけての集落で江戸時代の佐賀城下・武家屋敷にも隣接します☆
千葉某安堵状に『肥前国佐嘉郷河副下庄袋之内瑞応寺壱所之事』と出てきていて龍造寺隠岐入道(龍造寺康家の事です♪)が安堵しました☆
江戸時代には佐賀本領藩の川副上郷に属します☆枝村には鬼丸集落、大崎集落があります☆この鬼丸は佐賀城下の南西側、濠を挟んで接していますが地名の由来は佐賀城の裏鬼門に当たる為と考えられています☆
元禄10年(1697年)に佐賀城の二の丸にあった聖堂がこの鬼丸に移されていて同4年創建の大財聖堂と共に両鬼門として対をなしました☆この2つの聖堂は佐賀藩校の弘道館に先立つ教育機関として機能しました☆
地名柄か?鬼丸には自社仏閣が多くて宝琳院もその1つになります☆古くは慧日山龍造寺宝琳院と呼ばれていて肥前を牛耳った龍造寺家と深く関わりを持ちました☆
開祖は水ヶ江・龍造寺澄覚(家兼の兄)と伝わります☆2代目は家兼の孫にあたる龍造寺豪覚で、豪覚の兄・周家の子の龍造寺隆信は7歳で出家して宝琳院に入っていて『円月』と号しました☆
後に還俗して『五州二島の領主』と呼ばれる程の勢力を培いました☆
更に佐賀藩の焰硝蔵(火薬庫)があった場所でもありました☆集落内には龍造寺隆信が建立した天満宮も残ります☆
今でこそ町割は細分化されましたが、昔の袋は枝村含めて大きかった♪佐賀城の南側な訳なので発展する訳ですね☆