小谷城(おだにじょう)

小谷城の基本情報

通称・別名

所在地

滋賀県長浜市湖北町他

旧国名

近江国

分類・構造

梯郭式山城

天守構造

型式不明[2重?/築年不明/破却?]

築城主

浅井亮政

築城年

永正13年(1516)?

主な改修者

主な城主

浅井氏、羽柴秀吉

廃城年

天正3年(1575)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(小谷城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

虎御前山城(滋賀県長浜市)[2.1km]
小室城(滋賀県長浜市)[2.6km]
三田村城(滋賀県長浜市)[5.5km]
山本山城(滋賀県長浜市)[6.6km]
田上山城(滋賀県長浜市)[7.9km]
横山城(滋賀県長浜市)[9.0km]
長浜城(滋賀県長浜市)[9.3km]
賤ヶ岳砦(滋賀県長浜市)[9.3km]
下坂氏館(滋賀県長浜市)[10.4km]
東野山城(滋賀県長浜市)[12.3km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

49 小谷城

設置場所

小谷城戦国歴史資料館[地図

小谷城の解説文

小谷城(おだにじょう)は、滋賀県長浜市湖北町伊部(旧・近江国浅井郡)にあった戦国時代の日本の城(山城)。城跡は国の史跡に指定されている。

概要
日本五大山城の一つに数えられる。標高約495m小谷山(伊部山)から南の尾根筋に築かれ、浅井長政とお市の方との悲劇の舞台として語られる城である。

戦国大名浅井氏の居城であり、堅固な山城として知られたが、元亀・天正の騒乱の中で4年間織田信長に攻められ落城した。その後、北近江の拠点は長浜城に移されたために廃城となった。現在は土塁・曲輪などのほか、先駆的に取り入れられた石垣なども遺構として残っている。国の史跡に指定されている。

歴史・沿革
築城
『浅井三代記』によると、

十日計ヵ間ニハヤ掘土手総講出来スレバ

とあり、「1516年(永正13年)9月28日に着工同年10月20日に完成」という記述がある。しかし、浅井三代記の記述には疑問点も多く、その後の1525年(大永5年)、六角定頼が江北に侵攻した際、浅井亮政が小谷城にて篭城戦をしたことから、その1,2年前の1523年(大永3年) - 1524年(大永4年)築城説が有力である。この2説以外にも諸説あるが、いずれにせよ大永5年迄に築城されていたと思われる。その後1538年(天文7年)にも六角定頼が攻め込んだが、この時も浅井亮政は小谷城を退城し美濃国に逃亡した。

織田との攻防
亮政の孫長政は元亀・天正年間に朝倉義景とともに織田信長と戦ったことで知られる。元亀元年(1570年)6月の小谷城から南に5キロほどの地点で繰り広げられた姉川の戦いでは浅井・朝倉連合軍と織田・徳川連合軍が激突し、織田軍が勝利したものの、信長は小谷城の堅固さを考慮して城攻めを断念、姉川南岸の横山城を築城、有力部将の木下秀吉(のちの豊臣秀吉)を配置し、浅井氏に対する付城(前線基地)とした。

その後もしばらく小谷城から出る浅井軍と織田軍とで争いがあったが、各拠点を守る磯野員昌(佐和山城)・宮部継潤(宮部城)ら浅井軍の諸将が徐々に寝返っていき、付城も横山城から、小谷城の南側の正面にある虎御前山へと前進した。しかし、一方で小谷城・丁野城・山本山城と小谷城から琵琶湖まで東西に並んだ支城は落城せず、小谷城の包囲へは持ち込めずにいた。

1573年(天正元年)8月8日、山本山城の守将である阿閉貞征が羽柴秀吉(7月ころに名字を木下から羽柴に改める)の調略に乗って織田方に寝返った。この城が手に入ったことで織田方は小谷城の包囲が可能になり、信長はその日の夜半に岐阜城を進発し、10日には越前から小谷城への北国街道のルートを封鎖することに成功した。このため援軍に赴いた朝倉義景の軍勢(2万といわれる)は小谷城に入ることができず、余呉や木ノ本などに布陣した。この混乱の中で焼尾の砦を守る浅見対馬守が降伏した。焼尾は小谷城と峰続きである大嶽の砦の北麓にあるため、信長は小谷城攻略の意思をさらに固めた。...

小谷城の口コミ情報

2020年11月29日 【城郭道】兵部少輔タッキー
岩尾(撮影スポット)[小谷城  その他]



岩尾は六坊から大嶽城へ向かう途中にある撮影スポットです。小谷城側から見て岩盤が丸出しのところにあります。ここから望む小谷城は素晴らしく綺麗に見えます。
一番高い所から順番に山王丸、小丸、京極丸、中丸、大堀切、本丸、大広間、桜馬場、御馬屋敷、お茶屋、番所、金吾丸、出丸と続きます。大嶽城に立ち寄る際にやってみてはいかがでしょうか。感動すること間違いなしです。

2020年11月29日 【城郭道】兵部少輔タッキー
浅井歴史民俗資料館[小谷城  関連施設]



小谷城から少し離れたところに浅井歴史民俗資料館があります。浅井氏や浅井町などの資料館となっており四つの施設で構成されています。中には小谷城の模型や長浜城の発掘された瓦などがあります。
小谷城リア攻めの際に訪れてみてはいかがでしょうか。入場料は大人三百円、子供百五十円です。駐車場もあります。

2020年10月25日 のり。
小谷城



関西方面大阪駅から小谷城最寄り駅河毛まで新快速で2時間と少しかかりました。前4両目までに乗車したほうが乗り換えなくて便利です。
小谷城本丸までは登山口から30分ぐらいで着きました。さらに上に進めます。小谷城跡周遊は二時間ぐらいかかりました。琵琶湖の眺めが良く、道も整備されていますのでおすすめです。
電車は一時間に一本なので時間確認したほうがいいかもしれません。

2020年10月19日 Rocky近江守
小谷城



小谷城戦国歴史資料館側とガイドセンター側の二箇所から登れます。平日はシャトルバスが走ってないので自家用車で番所跡まで車で上がれます。車を停めて15分くらいで本丸跡まで登れます。御城印は資料館で販売されています。

2020年10月12日 播磨屋弾正大弼
小谷城

戦国資料館から徒歩で登りましたが、分かりやすい遺構は番所の先なので、効率よく巡るにはシャトルバスを利用するのが有効だと思います。

2020年07月06日 OROKA和泉守
中島城[小谷城  周辺城郭]



【丁野山城に追加された城か】

中島城は、小谷城の西に位置する城で、織田の小谷攻めの際あたりに、浅井家家臣の中島氏が築いたとされる城です。丁野山城と尾根続きの低い山に作られており、丁野山城を補うように追加されたようにも見えます。

アクセスは前述の丁野山城とほぼ同じで、北陸自動車道の側道から谷田神社に向かい、登城口を登ります。尾根に着くと左が丁野山城、右が中島城となっているので右に進みます。神社からは10分ほどで着きます。

遺構は丁野山城より後の時代のせいか、より発達してるように見えます。
土塁や空堀に囲まれた郭がメインで2つ、折れのある虎口や薄めですが土橋もあります。個人的には丁野山城より見応えがありました。

小谷攻めの際には織田方の有名武将(何しろ攻め手はオールスター)もこの城を取り囲んだはずです。守り手として彼らに囲まれる様を想像するのも楽しいかも知れませんね~。丁野山城とセットで楽しんでください(´▽`)

2020年07月05日 OROKA和泉守
丁野山城[小谷城  周辺城郭]



【浅井氏の旧本拠城!?】

丁野山城は、小谷城の西に位置する城で、浅井亮政が1518年に築城したとされます。丁野は浅井氏発祥の地とされているので、もしかしたら小谷城より前の本拠城だったかも知れませんね。

アクセスですが、小谷城スマートインターそばの北陸自動車道の北側の側道を西に進み、谷田神社を目指します。神社鳥居の前に車は停めました。このあたりに案内があるので、東に少し進んだところから山に入ります。尾根に出て左手に進むと丁野山城で、右手に進むと中島城です。神社から15分くらいで丁野山城に着きます。

遺構ですが、主郭をぐるりと空堀が巡っています。このあたり大嶽山と似た雰囲気でやはり浅井氏を感じます。
また、副郭や堀切があり、防御施設はそれなりに整っています…が、時期によっては藪だらけなので、そのあたり注意しましょう♪

浅井ファンなら、中島城とセットでぜひ亮政おじいさまを感じに行きましょう(´▽`)

2019年11月04日 大納言織田晃司
小谷城

前回、本丸で引き返したので今回更にその先(山王丸まで)を見たい!
ということで、シャトルバス(60分ガイド付き往復500円)で番所跡まで行きました。

ガイドは番所跡→本丸跡までなので、そこから先に進む時はプレートをガイドさんに渡して進むようになります。

番所から本丸までも見所はありますが、個人的には本丸から山王丸までのほうがもっと見所があると思います。

浅井亮政(長政の祖父)が築いた大嶽城をまわって一周すると少なくみても半日は有するかと…

2019年11月04日 saizo
小谷城

御城印がありました。ポストカード付きの上、ミニクリアファイルにも入れてくださり、感動しました。受付窓口に貼り付けてある“スマートETC記念シール”をねだると快く下さった上に興奮気味の私を見て、浅井の家紋のミニスタンプと、大スタンプを押したポストカードもくださりうれしかったです。

2019年10月05日 晴海勘解由次官
小谷城



山道はわかりやすく、景色も素晴らしくキレイです。熊注意の看板が、自然の中と確認させられます。ぐるっと山を超えて、山崎丸跡を過ぎたあたりで、野生の動物に遭遇。熊の親子に見えたので身構えましたが、正体は野生の猿でした。数頭いたんですが、スマホから音楽を大音量で流しつつ下山しました。もし出丸跡から山越えで行かれる際は、音の鳴るもの(鈴やスマホなど)で、自分の存在を知らせつつ歩いてください。今回は猿だったので良かったけど、子連れの熊だと、最悪な結果になります。あとは単独では行かないほうがいいです。


2019年05月06日 七代目尾張守宗春
大堀切[小谷城  遺構・復元物]



本丸と中丸との間の空堀。わかりづらいですが、10メートル程の崖になっています。本来はなだらかな山の斜面だったところを人為的に掘り下げたもの。

2019年05月06日 七代目尾張守宗春
小谷城シャトルバス発着所[小谷城  駐車場]



小谷城は車両で登城する事は出来ません。ここに車を停めて歩くか、シャトルバス(本丸跡までのガイド付き500円)に乗るか。

2019年05月04日 (*¯ ³¯)っ旦
小谷城

大嶽城から福寿丸跡方面へ少し降りると右手側に曲輪跡があります。
そこを入っていくと見事な竪堀の始まりがあります。

場所は分かりにくいので
「小谷城戦国歴史資料館」で入場料300円払うと「史跡小谷城跡案内図」がもらえますので、その地図に繊細が載っています。
コースから横堀、竪堀なども詳しく載っていますので資料館代だと思ってお金を払われたら価値はあると思います。

資料館は映像を観なければ10分もかかりません。

各曲輪を繊細に歩くなら此処で
「浅井三代の山城・復元・小谷城・歩いて体感、戦国の城」350円
に各曲輪図が分かりやすく載っています。
内容は資料館の映像コーナーの右手壁に掛けられている物を一枚の紙にしたものです。

山崎丸は大嶽城を守る一番目の曲輪ということもあり、迷いやすい作りになっていますので注意です。
入ってきた出口だと思って行ったら行き止まりだったりしたら、土塁に登ってショートカットしてください。

2019年05月04日 (*¯ ³¯)っ旦
小谷城

大嶽城跡から福寿丸跡、山崎丸跡方面へ降りるのは
主郭には「福寿丸・山崎丸・脇坂甚内屋敷方面方面」とありますが、一段下の曲輪に降りますと
表示が変わり「赤谷荘」となります。
なんでこんな迷わすような表示しているのか意味不明ですが、この道で正解です。

まず居ないと思いますが「赤谷荘」に行かれる方は同じコースを降りて途中右手に「脇坂甚内屋敷」とありますので其方に向かいますと「脇坂安治候生誕地」でコースを左手にとると「赤谷荘」方面です。

2019年05月03日 アッツ参議蝦夷守
小谷城



春から秋にかけて、北陸本線のJR長浜駅から、小谷城麓の戦国ガイドステーションまで有料シャトルバスが運行しています。
(100名城スタンプが置いてある小谷城戦国歴史資料館とは別の建物なのでご注意下さい。)
麓の小谷城戦国ステーションに到着してか
ら運賃をここで支払います(ガイドの案内付きで1000円です。)ただし、往復があるのは1日1本だけで、行は長浜駅10:00発、帰りは戦国ガイドステーション12:25発の便だけです。帰りの便は最寄り駅の河毛駅へ行き、長浜駅には戻らないので、出発時に駅のロッカーに荷物を預ける人は注意をしてください。
ガイドに乗車人数確認のためのプレートをもらい、マイクロバスに乗り換えて、途中の金吾丸まで乗せてもらい、ガイドの案内のもと本丸跡まで登城し、マイクロバスの停留所まで戻り、そこからまたマイクロバスに乗って麓に引き返すコースです。
初心者の方や時間のない方は、このガイド付の案内をオススメします。
そのまま、もっと上の大獄城跡まで行きたい方はガイドに人数確認のプレートを返してから、個人的に登城となります。

2019年05月01日 アッツ参議蝦夷守
大野木屋敷跡[小谷城  遺構・復元物]



浅井氏の重臣大野木土佐守の屋敷跡。谷側に石段が2段設けてある。

2019年05月01日 アッツ参議蝦夷守
月所丸の堀切[小谷城  遺構・復元物]



写真だと分かりにくいですが、奥の堀切と手前にもうひとつ大きく堀こんだ堀切があります。

2019年05月01日 アッツ参議蝦夷守
月所丸[小谷城  碑・説明板]



小谷から越前えとつながる「越前忍道」な途中に気づかれている。
ここに来るまでの道は細くてすぐ横は谷なので足場に注意してください。

2019年05月01日 アッツ参議蝦夷守
六坊跡[小谷城  碑・説明板]



浅井久政の時代に領国内にあった6つの寺院の出張所を集めたところを集めた

2019年05月01日 アッツ参議蝦夷守
小谷城



大石垣は大獄城まで980mの案内板が出ている標識から谷側の方に進んだ50m程先にあります。
途中崩れた石垣がゴロゴロしていて人が独り通れる位の幅になっていますので足元に気をつけて進んでください。

2019年05月01日 アッツ参議蝦夷守
大堀切[小谷城  遺構・復元物]



大堀切跡
本丸と中之丸を隔てて大きく掘りこまれています。

2019年04月29日 眞田十兵衛
小谷城



①大石垣
登城経路から50m程奥に見事な大石垣があります→見に行く価値あり!
②③④本丸周辺
本丸へは少し急なところを登ります
雨が降った後などは注意が必要
⑤水ノ手
清水谷からこの水ノ手を登り、秀吉が京極丸へ攻め込み、落城まで追い込みました!


2019年04月29日 眞田十兵衛
大嶽城[小谷城  周辺城郭]



小谷山山頂の大嶽城跡(おおづく)
浅井氏の初期段階の主郭として置かれていた。その後、東側尾根に移る。
織田信長の侵攻に対応するために、朝倉氏により改造された

2018年04月29日 くまジョウ
小谷城

山には売店やトイレはなく、トイレは追手道入口、出丸入口、ガイドステーションを利用。
資料館・ガイドステーションへの分岐点である郡上南の信号前にコンビニアリ。
2018年小谷城ふるさとまつりは9月30日(日)に開催予定!

2018年04月29日 くまジョウ
小谷城

小谷城戦国歴史資料館、又は少し離れた 戦国ガイドステーションからの登城。どちらも駐車場無料。ガイドステーションからは土日祝日500円で小谷山中腹(番所跡付近)までバス運行。観光シーズン時はガイド付。 資料館は大人300円小人150円歩広くないので登城前に入っておくと手がかりになる駐車場代と考えても安価。

2017年06月10日 土岐美濃守頼康
小谷城

今年は熊の目撃情報が多数とのこと。
城攻めの際には充分な備えをするよう注意書きがありました。
熊の奇襲攻撃に注意してください。

2017年05月28日 【単騎駆】右衛門督かげちゃん
小谷城

番所跡近くまで行くのに、車じゃなくて鉄馬をおすすめします・・・単騎で攻め込んでる気分になります・・・多分(^_^;)

2017年04月13日 大納言織田晃司
小谷城

小谷城スマートICの開通で車でのアクセスが楽になってます。

小谷城登城の拠点は小谷城戦国歴史資料館と小谷城址ガイド館の2ヶ所です。

戦国歴史資料館前には大手門の推定復元があります。
ガイド館前には大河ドラマを記念してモニュメントがあります。

ガイド館側から登り、時間の関係で本丸までしかいってませんが石垣は見事でした。
日を改めてじっくり見てみたい。

2017年03月19日 フー甲斐守
小谷城

河毛駅で電動付自転車1千円。そこから小谷城番所まで20分程度。そこから徒歩で本丸跡まで400m。但し、フル充電のバッテリーがなくなる位の急坂なので、お気を付けて(^o^)
かなり疲れます(笑)

2017年03月01日 征夷大将軍 クララ姫
小谷城

【須賀谷温泉】
小谷城の山麓にある温泉。
我が家お勧めの赤茶系濁り温泉、かけ流しで身体がポカポカ。
お市の方や浅井長政も湯治に通ったという歴史の湯です。
戦国武将が傷を癒すのに使ったといわれています。宿泊も出来るようです。

2017年02月26日 Pan宮内卿太郎
小谷城

小谷城スマートIC H29年3月25日午後3時開通。車での来城が便利に!
しかし、以前よりあった国道365号線のファミリーマートが閉店。食料の確保には気をつけて❗


2016年10月06日 橘若狭守次郎吉
小谷城

《近江小谷城移築建造物一覧》

・移築現存櫓 滋賀県彦根市金亀町1-1 彦根城内西の丸三重櫓
(*移築されたという証拠はないが、伝承では小谷城の天守が移築されたらしい)

・移築現存門 滋賀県長浜市平塚町149 実宰院山門

2016年08月17日 ぶる~す左京大夫馬場美濃守
小谷城

小谷戦国歴史資料館のおみやげ売場には、来年の卓上カレンダーや手帳など、すぐ売り切れてしまうものが、すでに並んでいてバッチリ購入しました。ガイドのお話しがとてもよかったです✨

2016年05月20日 第六傾奇王右兵衛督紋次郎
小谷城

天守跡まで山道を登る事往復約1時間前後程?やったかな?
かなり険しく、膝をいわす可能性あり。
登り口の杖を女性の方は特にお持ちいただくと
よいかと存じます。
達成感は抜群です!足元もあまり整備されていないので、
スニーカー系では砂地で滑ります!
出来れば登山系か軽装の方は
手ぶらをおすすめします!

2016年05月18日 国士無双河内守
小谷城

100名城スタンプ目的で軽い気持ちで立ち寄った小谷戦国歴史資料館でしたが、ガイド風のおじさんが、「ちょっとさわりだけ」と言いつつ100%説明してくれました。
お礼を言った去り際に、「入口までですけど乗せて行ってあげましょうか!オープンカーですけど」と軽トラの荷台に嫁と二人を虎ヶ谷道の手前〜番所跡まで途中何度か説明をしもって乗せてくれました。
おじさんの話では、今年の7月から武家屋敷跡の発掘調査が始まるとの事ですし、高速道路にも小谷インターを建設中でアクセスも良くなり、人気が再燃するかも。

2016年05月15日 橘若狭守次郎吉
小谷城

小谷城は浅井家代々の城跡で、浅井長政の時代に織田信長に攻められ炎上しました。この時、浅井長政は家臣の赤尾屋敷で自刃した。赤尾屋敷跡にその碑がたっています。
通りすがりに聞こえたガイドさんの話によると、小谷城跡も霧がかかると天空の城となるそうなのです。ただ山の麓でしかその景観は見れないとのこと。
本丸跡に石垣がありますが、そこを越えて行くと山王丸の手前右手辺りに大石垣があります。残っている小谷城跡の石垣の中で一番規模がデカイやつです。また、本丸跡から山王丸に行く途中に大堀切はあり、これもまた見事なものです。
小谷城跡の縄張り図は麓にある史料館に入館(300円)するとパンフレットと一緒にもらえます。100名城スタンプもここで押せます。スタンプだけなら入館しなくても大丈夫ですが、やはり小谷に来たなら入館しとくべき。
車の方は番所跡辺りまで車で行けます。そっちのほうが楽です。

2016年02月11日 シバヤン近江守雲外蒼天
小谷城

河毛駅から今度は小谷城です。駅東口にある案内所で道筋を聞き自転車をレンタルし、500円です。東口から365号線から南に行けば小谷城祉看板あり戦国資料館ありました。追手門口から入ってすぐの山道の苔•シダ類等の植物に目を奪われました。足を止めて触って楽しみました。金吾丸跡迄の山道が勾配きつく一苦労。尖った石多くしっかりした登山靴を用意して下さい。ここを過ぎたら勾配も柔らかくなり本丸跡へほぼ真っ直ぐです。右手に伊吹山、左手は虎御前山見えて、しばし景観。本丸周りは侵入禁止のロープあり。
山王丸まで行き清水谷を降りて下山しました。
この城は本丸までの道筋が山の瀬にある為に攻める場合常に敵に真っ正面から当たらなければならず(左右は崖又は斜面)城側から集中攻撃を受け続ける誠に厄介な城です。また山道の尖った石が歩行を難しくさせ、当時は草鞋しか履いていなかったことから攻城は被害ばかりで難儀したと想像します。
日本の中で指折りの難攻不落の山城要塞、と体感致しました。
登山路にはトイレや水飲み場等がないので資料館にて準備して望んで下さい。そして頂上にて達成感を満喫して下さい( ^o^)ノ



2016年01月14日 近江守Silvine
小谷城

月所丸への道は細く足元も悪いので、行かれる方は十分に気をつけてください。

2015年12月17日 カーネル
小谷城

北陸線河毛駅から東に進み、国道365号線にでて右へ。歩道のさらに外側に側道あって、雨でも快適でした

資料館手前の細道から山に入ります。20分強で番所跡に到着。ここの鳥瞰図を見ると「資料館から番所までで、この距離だと、大嶽はどんだけ遠いんだ?」と思うかも知れませんが、かなりデフォルメされてるから安心しましょう
本丸や石垣を見てから大嶽山へ。山道は距離はあっても、平場が多数あり、見たり写真撮ったりしてると、これがちょいちょい休憩になります。また標識も多数あって歩きやすいです
大嶽山から山崎丸へ向かう途中にエイリアン2のあらすじが書かれたナゾの板が木にぶら下がってましたが、今もあるのかな

小谷駅-歴史資料館-金吾丸-桜馬場-本丸-京極丸-大石垣-山王丸-六坊-大嶽城跡-福寿丸-山崎丸-小谷駅。再訪なので、資料館は寄りませんでした。それでトータル3時間ちょいでした

歩き計画されている方の時間目安になれば幸いです


2015年05月12日 銀英5ロイエンタール左近衛少将
小谷城

資料館の方によると、土日祝は、人の気配に熊も、あまり、見かけないそうですが、平日のように、人がまばらだと熊や鹿、猿が目撃されるとの事で、リアル登城はなるべく、土日祝に行く事をお勧めします、又シャトルバスは完全に無くなった訳ではなく、不定期ながら、運行してるとのお話しでした。

2014年12月28日 コロ助
小谷城

河毛駅から徒歩25分程で戦国歴史資料館(\300)に到着。

追手道入口から登り始めた時は雪は全く無かったのですが、金吾丸跡くらいから雪が残っていて、登るにつれて雪が多くなっていきました。
六坊跡で、雪がショートブーツの中に入ってくる深さになったので大嶽城跡には行かず引き返しました。滑って歩けないといった事は無かったですが、山王丸跡から六坊跡へ下る箇所と大石垣へ続く細い道は特に注意した方が良いと感じました。

雪で縦堀が全く分からなかったのが残念。

2014年07月07日 まったり丹波守
小谷城

大河の効果も衰えシャトルバスの運行が無くなりました。以前の様に自家用車で番所跡付近まで行けます。
ガイドさんの話しによると朝鮮、琉球の貨幣や備前、美濃などの陶器が出土しているそうです。



2013年02月03日 城山 城ノ助
小谷城

大獄にて目の前にカモシカがいる。

2013年01月23日 ぽえぞお弾正少弼黄金旅程
小谷城

大河真っ最中のGWに車で登城。
戦国資料館Pに停めました(無料)ちなみに、この時は広場でイベントをしており、こちらのPは有料…(-_-#)
すぐ脇に大手登り口と書いてある看板があり畑(田んぼ)の脇をすり抜けいざ山登り開始!イベント&大河効果でたくさんの人が上り下りする中、ゆっくり遺構が無いか見ながら登り始めて15分程で右手に『金吾丸』が、『金吾丸』側に登ると数人が上がってるのみ…(^_^;)
城好きはあまり来てないなと判断しました(笑)
『金吾丸』を降り5分弱で主郭部分に到着。入口に『クマ出没』の注意看板が…(-o-;)
遺構はかなり残っているのですが城好き以外には石垣だけで登るまで大変ってだけなのかもしれませんね…
大嶽城側などには行ってないのでピンじゃないときに、また行きたいと思います。

2012年10月21日 ばしこん
小谷城

百名城ガイドブックのスタンプは小谷城戦国歴史資料館にあるよ。会館時間は朝はわからんが17:00迄となっております。

2012年10月13日 ŧ‹”ŧ‹”。
小谷城

でっかい兜の横から、¥500(往復+ガイド付き)のシャトルバスに乗ると、お市の方様のアナウンスが流れる!
ガイドさんは、中丸虎口までなので、山王丸や大石垣までは自力で約10分!
せっかくなので、一見すべし!!

2012年07月18日 右衛門督kiyoshi
小谷城

大河ドラマが終わってから、観光客が激減したのが原因か、案内役の人の強引な客引きが鼻に付きます。
こちらに大した説明をせずにひたすらバスに乗せようとされました。

遺構は長浜城へ移築を決めた秀吉の手によりかなり破壊され、遺ってる物はほとんどありません。城めぐりの価値をどこに見いだすか、人によって違うでしょうが、ライトユーザーは本丸まで登るのを回避してもいいかもしれません。コアユーザーなら、地形を見て、当時の布陣などを考えて楽しいかもしれませんが、家族連れには退屈な城趾です。
案内役の人も良し悪しです。大河ドラマの話を中心に話しますので見てない人間からするとこれまた退屈極まりないです。いろんな人が来るから仕方ないのかもしれませんが。。。
その話の中で大河ドラマの撮影のためにここの木は切ったなど数ヶ所で聞かされます。
廃城は廃城らしく、そのままにしておいて欲しかったですね。NHKって…なります。

2012年05月04日 傾奇揚げ仙兵衛
小谷城

小谷城跡に向かうシャトルバス(500)乗り場に大河ドラマ『お江』の撮影記念碑のドデカイ兜がある。

地元の人から「熊が出る」と言われました。戦国歴史史料館に熊避けの鈴が売っています。

2012年04月19日 チェリ治部少輔
小谷城

小谷城戦国歴史資料館は、小谷城麓のお屋敷跡近く、清水谷入り口にあります。小谷城に登る前の予習ができます12月4日まで、戦国大河ふるさと博覧会開催中!

2011年03月31日 徳川内大臣源朝臣康武
小谷城

城跡から少し離れた北近江リゾートに、「復元小谷城」と大きなジオラマ(ツッコミ所満載)が平成23年3月に完成し、無料公開されてます
ちなみに、同じ敷地に愛・地球博のエジプト館が移転公開されてます。こちらは有料

2010年07月25日 徳川内大臣源朝臣康武
小谷城

[武将像]浅井長政像
小谷城に近いJR河毛駅前にお市との座像、長浜市役所浅井支所前に家族像が鎮座。
また、愛知県春日井市に、長政の子孫が住み着いた浅井屋敷があり、跡地に甲冑立像あり。

2010年06月08日 まったり丹波守
小谷城

小谷城戦国歴史資料館でかなり詳しい案内図をもらえます。本丸付近のみ散策される方は資料館から尾根を挟んで東側から車で番所跡付近まで登れます。数台駐車可。
谷間の屋敷跡群から畝堀が確認出来ます。

小谷城の周辺観光情報

姉川古戦場

元亀元年(1570年)伊吹山を源流とする姉川の両岸で壮絶な合戦が繰り広げられた。現在、戦死者の慰霊碑が立てられている。また周辺には、姉川合戦に関連する史跡が多く残り、史跡を説明する看板が立てられている。

情報提供:長浜市産業経済部観光振興課
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