小谷城(おだにじょう)

小谷城の基本情報

通称・別名

所在地

滋賀県長浜市湖北町他

旧国名

近江国

分類・構造

梯郭式山城

天守構造

型式不明[2重?/築年不明/破却?]

築城主

浅井亮政

築城年

永正13年(1516)?

主な改修者

浅井氏

主な城主

浅井氏、羽柴秀吉

廃城年

天正3年(1575)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(小谷城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

虎御前山城(滋賀県長浜市)[2.1km]
小室城(滋賀県長浜市)[2.6km]
三田村城(滋賀県長浜市)[5.5km]
山本山城(滋賀県長浜市)[6.6km]
田上山城(滋賀県長浜市)[7.9km]

小谷城の解説文

小谷城(おだにじょう)は、滋賀県長浜市湖北町伊部(旧・近江国浅井郡)にあった戦国時代の山城。

概要
日本五大山城の一つに数えられる。標高約495m小谷山(伊部山)から南の尾根筋に築かれ、浅井長政とお市の方との悲劇の舞台として語られることが多い城である。

戦国大名浅井氏の居城であり、堅固な山城として知られたが、元亀・天正の騒乱の中で4年間織田信長に攻められ落城した。その後、北近江の拠点は長浜城に移されたために廃城となった。現在は土塁・曲輪などのほか、先駆的に取り入れられた石垣なども遺構として残っている。国の史跡に指定されている。

歴史・沿革
築城
『浅井三代記』によると、

十日計ヵ間ニハヤ掘土手総講出来スレバ

とあり、「1516年9月28日に着工同年10月20日に完成」という記述がある。しかし、浅井三代記の記述には疑問点も多く、その後の1525年、六角定頼が江北に侵攻した際、浅井亮政が小谷城にて篭城戦をしたことから、その1,2年前の1523年 - 1524年築城説が有力である。この2説以外にも諸説あるが、いずれにせよ大永5年迄に築城されていたと思われる。その後1538年にも六角定頼が攻め込んだが、この時も浅井亮政は小谷城を退城し美濃国に逃げ出した。

織田との攻防

亮政の孫長政は元亀・天正年間に朝倉義景とともに織田信長と戦ったことで知られる。元亀元年(1570年)6月の小谷城から南に5キロほどの地点で繰り広げられた姉川の戦いでは浅井・朝倉連合軍と織田・徳川連合軍が激突し、織田軍が勝利したものの、信長は小谷城の堅固さを考慮して城攻めを断念、姉川南岸の横山城を築城、有力部将の木下秀吉(のちの豊臣秀吉)を配置し、浅井氏に対する付城(前線基地)とした。

その後もしばらく小谷城から出る浅井軍と織田軍とで争いがあったが、各拠点を守る磯野員昌(佐和山城)・宮部継潤(宮部城)ら浅井軍の諸将が徐々に寝返っていき、付城も横山城から、小谷城の南側の正面にある虎御前山へと前進した。しかし、一方で小谷城・丁野城・山本山城と小谷城から琵琶湖まで東西に並んだ支城は落城せず、小谷城の包囲へは持ち込めずにいた。
...

小谷城の口コミ情報

多治見美濃守国康様[2017年06月10日]
今年は熊の目撃情報が多数とのこと。
城攻めの際には充分な備えをするよう注意書きがありました。
熊の奇襲攻撃に注意してください。

【謹慎中】右衛門督かげちゃん様[2017年05月28日]
番所跡近くまで行くのに、車じゃなくて鉄馬をおすすめします・・・単騎で攻め込んでる気分になります・・・多分(^_^;)

織田左兵衛督晃司1202晴天様[2017年04月13日]
小谷城スマートICの開通で車でのアクセスが楽になってます。

小谷城登城の拠点は小谷城戦国歴史資料館と小谷城址ガイド館の2ヶ所です。

戦国歴史資料館前には大手門の推定復元があります。
ガイド館前には大河ドラマを記念してモニュメントがあります。

ガイド館側から登り、時間の関係で本丸までしかいってませんが石垣は見事でした。
日を改めてじっくり見てみたい。

フー甲斐守様[2017年03月19日]
河毛駅で電動付自転車1千円。そこから小谷城番所まで20分程度。そこから徒歩で本丸跡まで400m。但し、フル充電のバッテリーがなくなる位の急坂なので、お気を付けて(^o^)
かなり疲れます(笑)

征夷大将軍クララ姫様[2017年03月01日]
【須賀谷温泉】
小谷城の山麓にある温泉。
我が家お勧めの赤茶系濁り温泉、かけ流しで身体がポカポカ。
お市の方や浅井長政も湯治に通ったという歴史の湯です。
戦国武将が傷を癒すのに使ったといわれています。宿泊も出来るようです。

Pan右京亮太郎様[2017年02月26日]
小谷城スマートIC H29年3月25日午後3時開通。車での来城が便利に!
しかし、以前よりあった国道365号線のファミリーマートが閉店。食料の確保には気をつけて❗

若狭守次郎吉・黄母衣衆様[2016年10月06日]
《近江小谷城移築建造物一覧》

・移築現存櫓 滋賀県彦根市金亀町1-1 彦根城内西の丸三重櫓
(*移築されたという証拠はないが、伝承では小谷城の天守が移築されたらしい)

・移築現存門 滋賀県長浜市平塚町149 実宰院山門

ぶる~す左衛門督馬場美濃守様[2016年08月17日]
小谷戦国歴史資料館のおみやげ売場には、来年の卓上カレンダーや手帳など、すぐ売り切れてしまうものが、すでに並んでいてバッチリ購入しました。ガイドのお話しがとてもよかったです✨

太閤勘解由長官傾奇紋次郎様[2016年05月20日]
天守跡まで山道を登る事往復約1時間前後程?やったかな?
かなり険しく、膝をいわす可能性あり。
登り口の杖を女性の方は特にお持ちいただくと
よいかと存じます。
達成感は抜群です!足元もあまり整備されていないので、
スニーカー系では砂地で滑ります!
出来れば登山系か軽装の方は
手ぶらをおすすめします!

【工事中】国士無双河内守様[2016年05月18日]
100名城スタンプ目的で軽い気持ちで立ち寄った小谷戦国歴史資料館でしたが、ガイド風のおじさんが、「ちょっとさわりだけ」と言いつつ100%説明してくれました。
お礼を言った去り際に、「入口までですけど乗せて行ってあげましょうか!オープンカーですけど」と軽トラの荷台に嫁と二人を虎ヶ谷道の手前〜番所跡まで途中何度か説明をしもって乗せてくれました。
おじさんの話では、今年の7月から武家屋敷跡の発掘調査が始まるとの事ですし、高速道路にも小谷インターを建設中でアクセスも良くなり、人気が再燃するかも。

若狭守次郎吉・黄母衣衆様[2016年05月15日]
小谷城は浅井家代々の城跡で、浅井長政の時代に織田信長に攻められ炎上しました。この時、浅井長政は家臣の赤尾屋敷で自刃した。赤尾屋敷跡にその碑がたっています。
通りすがりに聞こえたガイドさんの話によると、小谷城跡も霧がかかると天空の城となるそうなのです。ただ山の麓でしかその景観は見れないとのこと。
本丸跡に石垣がありますが、そこを越えて行くと山王丸の手前右手辺りに大石垣があります。残っている小谷城跡の石垣の中で一番規模がデカイやつです。また、本丸跡から山王丸に行く途中に大堀切はあり、これもまた見事なものです。
小谷城跡の縄張り図は麓にある史料館に入館(300円)するとパンフレットと一緒にもらえます。100名城スタンプもここで押せます。スタンプだけなら入館しなくても大丈夫ですが、やはり小谷に来たなら入館しとくべき。
車の方は番所跡辺りまで車で行けます。そっちのほうが楽です。

シバヤン大和守交友莫爭様[2016年02月11日]
河毛駅から今度は小谷城です。駅東口にある案内所で道筋を聞き自転車をレンタルし、500円です。東口から365号線から南に行けば小谷城祉看板あり戦国資料館ありました。追手門口から入ってすぐの山道の苔•シダ類等の植物に目を奪われました。足を止めて触って楽しみました。金吾丸跡迄の山道が勾配きつく一苦労。尖った石多くしっかりした登山靴を用意して下さい。ここを過ぎたら勾配も柔らかくなり本丸跡へほぼ真っ直ぐです。右手に伊吹山、左手は虎御前山見えて、しばし景観。本丸周りは侵入禁止のロープあり。
山王丸まで行き清水谷を降りて下山しました。
この城は本丸までの道筋が山の瀬にある為に攻める場合常に敵に真っ正面から当たらなければならず(左右は崖又は斜面)城側から集中攻撃を受け続ける誠に厄介な城です。また山道の尖った石が歩行を難しくさせ、当時は草鞋しか履いていなかったことから攻城は被害ばかりで難儀したと想像します。
日本の中で指折りの難攻不落の山城要塞、と体感致しました。
登山路にはトイレや水飲み場等がないので資料館にて準備して望んで下さい。そして頂上にて達成感を満喫して下さい( ^o^)ノ

三つ餅近江守Silvine様[2016年01月14日]
月所丸への道は細く足元も悪いので、行かれる方は十分に気をつけてください。

カーネル様[2015年12月17日]
北陸線河毛駅から東に進み、国道365号線にでて右へ。歩道のさらに外側に側道あって、雨でも快適でした

資料館手前の細道から山に入ります。20分強で番所跡に到着。ここの鳥瞰図を見ると「資料館から番所までで、この距離だと、大嶽はどんだけ遠いんだ?」と思うかも知れませんが、かなりデフォルメされてるから安心しましょう
本丸や石垣を見てから大嶽山へ。山道は距離はあっても、平場が多数あり、見たり写真撮ったりしてると、これがちょいちょい休憩になります。また標識も多数あって歩きやすいです
大嶽山から山崎丸へ向かう途中にエイリアン2のあらすじが書かれたナゾの板が木にぶら下がってましたが、今もあるのかな

小谷駅-歴史資料館-金吾丸-桜馬場-本丸-京極丸-大石垣-山王丸-六坊-大嶽城跡-福寿丸-山崎丸-小谷駅。再訪なので、資料館は寄りませんでした。それでトータル3時間ちょいでした

歩き計画されている方の時間目安になれば幸いです

銀英5ロイエンタール左近衛少将様[2015年05月12日]
資料館の方によると、土日祝は、人の気配に熊も、あまり、見かけないそうですが、平日のように、人がまばらだと熊や鹿、猿が目撃されるとの事で、リアル登城はなるべく、土日祝に行く事をお勧めします、又シャトルバスは完全に無くなった訳ではなく、不定期ながら、運行してるとのお話しでした。

コロ助様[2014年12月28日]
河毛駅から徒歩25分程で戦国歴史資料館(\300)に到着。

追手道入口から登り始めた時は雪は全く無かったのですが、金吾丸跡くらいから雪が残っていて、登るにつれて雪が多くなっていきました。
六坊跡で、雪がショートブーツの中に入ってくる深さになったので大嶽城跡には行かず引き返しました。滑って歩けないといった事は無かったですが、山王丸跡から六坊跡へ下る箇所と大石垣へ続く細い道は特に注意した方が良いと感じました。

雪で縦堀が全く分からなかったのが残念。

まったり丹波守屋様[2014年07月07日]
大河の効果も衰えシャトルバスの運行が無くなりました。以前の様に自家用車で番所跡付近まで行けます。
ガイドさんの話しによると朝鮮、琉球の貨幣や備前、美濃などの陶器が出土しているそうです。

城山 城ノ助様[2013年02月03日]
大獄にて目の前にカモシカがいる。

ぽえぞお弾正少弼黄金旅程様[2013年01月23日]
大河真っ最中のGWに車で登城。
戦国資料館Pに停めました(無料)ちなみに、この時は広場でイベントをしており、こちらのPは有料…(-_-#)
すぐ脇に大手登り口と書いてある看板があり畑(田んぼ)の脇をすり抜けいざ山登り開始!イベント&大河効果でたくさんの人が上り下りする中、ゆっくり遺構が無いか見ながら登り始めて15分程で右手に『金吾丸』が、『金吾丸』側に登ると数人が上がってるのみ…(^_^;)
城好きはあまり来てないなと判断しました(笑)
『金吾丸』を降り5分弱で主郭部分に到着。入口に『クマ出没』の注意看板が…(-o-;)
遺構はかなり残っているのですが城好き以外には石垣だけで登るまで大変ってだけなのかもしれませんね…
大嶽城側などには行ってないのでピンじゃないときに、また行きたいと思います。

ばしこん様[2012年10月21日]
百名城ガイドブックのスタンプは小谷城戦国歴史資料館にあるよ。会館時間は朝はわからんが17:00迄となっております。

ŧ‹”ŧ‹”。様[2012年10月13日]
でっかい兜の横から、¥500(往復+ガイド付き)のシャトルバスに乗ると、お市の方様のアナウンスが流れる!
ガイドさんは、中丸虎口までなので、山王丸や大石垣までは自力で約10分!
せっかくなので、一見すべし!!

右兵衛督kiyoshi様[2012年07月18日]
大河ドラマが終わってから、観光客が激減したのが原因か、案内役の人の強引な客引きが鼻に付きます。
こちらに大した説明をせずにひたすらバスに乗せようとされました。

遺構は長浜城へ移築を決めた秀吉の手によりかなり破壊され、遺ってる物はほとんどありません。城めぐりの価値をどこに見いだすか、人によって違うでしょうが、ライトユーザーは本丸まで登るのを回避してもいいかもしれません。コアユーザーなら、地形を見て、当時の布陣などを考えて楽しいかもしれませんが、家族連れには退屈な城趾です。
案内役の人も良し悪しです。大河ドラマの話を中心に話しますので見てない人間からするとこれまた退屈極まりないです。いろんな人が来るから仕方ないのかもしれませんが。。。
その話の中で大河ドラマの撮影のためにここの木は切ったなど数ヶ所で聞かされます。
廃城は廃城らしく、そのままにしておいて欲しかったですね。NHKって…なります。

傾奇揚げ仙兵衛様[2012年05月04日]
小谷城跡に向かうシャトルバス(500)乗り場に大河ドラマ『お江』の撮影記念碑のドデカイ兜がある。

地元の人から「熊が出る」と言われました。戦国歴史史料館に熊避けの鈴が売っています。

チェリ外記様[2012年04月19日]
小谷城戦国歴史資料館は、小谷城麓のお屋敷跡近く、清水谷入り口にあります。小谷城に登る前の予習ができます12月4日まで、戦国大河ふるさと博覧会開催中!

徳川内大臣源朝臣康武様[2011年03月31日]
城跡から少し離れた北近江リゾートに、「復元小谷城」と大きなジオラマ(ツッコミ所満載)が平成23年3月に完成し、無料公開されてます
ちなみに、同じ敷地に愛・地球博のエジプト館が移転公開されてます。こちらは有料

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月25日]
[武将像]浅井長政像
小谷城に近いJR河毛駅前にお市との座像、長浜市役所浅井支所前に家族像が鎮座。
また、愛知県春日井市に、長政の子孫が住み着いた浅井屋敷があり、跡地に甲冑立像あり。

まったり丹波守屋様[2010年06月08日]
小谷城戦国歴史資料館でかなり詳しい案内図をもらえます。本丸付近のみ散策される方は資料館から尾根を挟んで東側から車で番所跡付近まで登れます。数台駐車可。
谷間の屋敷跡群から畝堀が確認出来ます。

小谷城の周辺観光情報

姉川古戦場

元亀元年(1570年)伊吹山を源流とする姉川の両岸で壮絶な合戦が繰り広げられた。現在、戦死者の慰霊碑が立てられている。また周辺には、姉川合戦に関連する史跡が多く残り、史跡を説明する看板が立てられている。

情報提供:長浜市産業経済部観光振興課
「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore