下坂氏館(しもさかしやかた)

下坂氏館の基本情報

通称・別名

下坂館

所在地

滋賀県長浜市下坂中町(私有地)

旧国名

近江国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

下坂氏

築城年

室町時代

主な改修者

主な城主

下坂氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、腰曲輪

指定文化財

国史跡(北近江城館跡群)

再建造物

説明板

周辺の城

長浜城(滋賀県長浜市)[2.5km]
横山城(滋賀県長浜市)[5.3km]
太尾山城(滋賀県米原市)[6.0km]
三田村城(滋賀県長浜市)[6.2km]
鎌刃城(滋賀県米原市)[8.2km]
虎御前山城(滋賀県長浜市)[9.0km]
佐和山城(滋賀県彦根市)[9.7km]
彦根城(滋賀県彦根市)[10.4km]
小谷城(滋賀県長浜市)[10.4km]
小室城(滋賀県長浜市)[10.5km]

下坂氏館の解説文

下坂氏館(しもさかしやかた)は、滋賀県長浜市下坂中町にある城館。「北近江城館跡群」のひとつとして、国の史跡に指定されている。

歴史 

近江坂田郡下坂庄の国人領主、下坂氏の居館。

下坂氏は南北朝時代には武将として活躍していたようだ。建武3年(1336)7月の足利直義からの感状がある。

天文11年(1541)頃からは、北近江守護の京極氏や浅井氏に仕え、織田信長が近江に侵攻した際には浅井氏の家臣として小谷城に籠城している。浅井氏滅亡後は帰農した

下坂氏館は、室町時代に完成していたことが史料から推察できる。

遺構 

範囲は東西約89m×南北約87m。高さ1~2m、幅2~5mの二重の土塁で囲まれ、幅5~13m、深さ1~3mの堀がめぐる。土塁は東側にも幅約5m、長さ約30mほどが良好に残る。主郭は土塁で囲まれ、北東側と南西側に副郭が置かれる。

江戸時代に建立された主屋・表門や菩提寺の不断光院も保存されている。

交通 

・西日本旅客鉄道北陸本線・田村駅から徒歩約20分

参考文献 

・長浜市公式サイト(https://www.city.nagahama.lg.jp/section/bunkazai/iseki/zyoukan_ato/simosaka.html)。

文:萩原さちこ


下坂氏館の口コミ情報

2023年09月09日 大納言Z武蔵守369
下坂氏館



土曜・日曜・祝日のみ開館。但し、冬期(12/1~2/末)までは休館。
駐車場は、この時だけ併設する下坂クリニックの駐車場を使用できます。

入場料:大人300円

館内の主人(おそらく併設するクリニックの方か?)が特に土間や外の土塁等を丁寧に説明して頂きました。

2023年06月19日 主計頭RedKing
下坂氏館



長浜市から湖周道路を南にすぐ、少し東にお医者さんちに幟が並んでいます。石田館もこんなんやったとのこと。そういえば昭和の頃の名主さんとこは土塀に長屋門、土蔵や農業用倉庫、母屋と別棟の厠に風呂、竈。近江は何てったってキンキラの浜壇(長浜仏壇)デスよね。湖東から湖北にかけての湖周地域は井伊の殿様の別荘といい往時を偲ぶ生活が今尚営まれているのでしょうか?戦災に遭わなかった幸運だけではない、地元の皆さんが護り伝え続けて居られる琵琶湖一番のビワイチです。

2023年06月05日 鳰丹波守
下坂氏館



土日祝は内部が公開されており、見学料300円で建物内に入れます。見学者は少なく、貸切状態で説明を聞くことができます。敷地内にある下坂クリニックは現当主が経営される病院です。

2023年05月09日 ファン掃部助トム治郎
下坂氏館



長浜駅から徒歩。とても温かい人ボランティアのかたたちが敷地を案内してくれました。おすすめです。

2021年10月12日 釆女正佐吉。
下坂氏館



下坂氏館跡。
3度目の訪問であり、3度目の口コミとなります。

下坂氏の歴史や施設については、受付でいただける三つ折りパンフが実に詳しく、コンパクトに纏められているので、そちらを熟読していただければ充分です。
なのに、まだ書くか?と思われるかもしれませんが、今回は長浜市歴史遺産課の方が解説して下さる見学会に参加し、新たにお話しをお聴きし、資料も頂戴したので、ご覧いただければ幸いです。

以下箇条書き
・主屋は数度改造
・主屋、不断光院解体修理
・副郭に柱跡。建物があった可能性あり
・下坂針灸院も史跡範囲
・館東の畑南北に溝跡
・焼土跡あり(親戚筋と争いがあった模様)
・館西駐車場に堀跡
・墓後部土塁から土師器皿など出土(16世紀初頭に作られた土塁である事の証明)

館を囲む道も一周しましたが、外側から見る事により、五井戸川の水利権を確保し支配下に置いた構造や、土塁と堀に囲まれた遺構もより理解できました。順番として、外側→館(質問あればボランティアさんに)→気が向けばもう一周!がお勧めです。

前回はボランティアの方が、下坂さんを「凄い先生です」と仰いましたが、今回の講師の先生もやはりボソっと「…凄い方です」と仰いました。
自費で解体再構築して、綺麗な状態にしてから「はい、どうぞ」と長浜市に寄附された。
ご家族も、仮に葛藤や話し合いがあったとしても、下坂先生の意向に同意されたのでしょう。(あくまで想像です!笑)
私には絶対できません。断固反対する事でしょう。

歴代当主に、小谷に籠城した忠義の武将であった下坂氏の血脈が代々受け継がれたのか、それとも土地の郷士であった故の矜恃なのか…。
ご家族の心の内は想像できませんが、やっぱり私も「凄い…」と尊敬の一念なのです。

そんな下坂家に敬意を表し、できる事といえば、今後も定期的に下坂氏館を訪れる事。そして口コミする事。
もし少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひ下坂氏館を訪問してみて下さい。

沢山の方が訪れてくださるように。
それが下坂先生の一番の願いだと思うのです。

①墓後部土塁
②余呉型民家の特徴である十字の梁
③不断光院表門(大手)

2021年10月11日 我流尾張守クール
下坂氏館

国指定史跡 北近江城館跡群

EXPOに行く前に訪問。
JR田村駅から徒歩20分程度でした。

土塁や堀などは既出の為、言及は控えます。ボランティアガイドの方々がとにかく親切でした。

■疑問点
1.不断光院本堂に所在していた見覚えのある家紋の入った黒い箱の正体は?
再訪して聴いてみたいと思います。

2.ヨシ葺と茅葺
頂戴したパンフにはヨシ葺とありました。
結論、ヨシ葺、藁葺などの総称が茅葺らしい。茅葺屋根は日本固有のものではないことも知りました。

1時間程度滞在した後、長浜城の外堀跡を確認しながら徒歩約40分で大通寺に到着しました。

■番外編
足利直義公とググると国宝 源頼朝公肖像画が上がってきました。どうやら新説が出ているようです。知りませんでした~

2021年10月09日 式部大輔すけきよ堂
下坂氏館



お城expo出張版の講演で、紹介された現地に行きました。
鎌倉期以来の地頭の下坂氏の館で、建物自体は江戸期の茅葺き館と、中世以来の方形居館を土塁と堀が囲んでおります。
親切な現地ボランティアの解説と案内で知的好奇心を充足し、ご当地ビールで至極の一日となりました。
ちなみに駐車場は停めやすいです。

2021年08月24日 イオ右近衛中将
不断光院[下坂氏館  寺社・史跡]



下坂氏館副郭の南側に建つ不断光院は下坂氏の菩提寺で、江戸中期築の本堂と表門が現存し、本堂裏には下坂氏代々の墓所があります。墓所の奥は土塁……のはずですが、時季的に草が生い茂っていてよくわかりませんでした。

ガイドさんのお話では、毎年、法然上人の忌日の法要は一般に公開され、その日は地域のお祭りとして門前に屋台が並ぶほどの賑わいだったんだとか。

(本堂の写真を撮り忘れてしまいましたので、表門と墓所の写真だけですが…)

2021年08月24日 イオ右近衛中将
下坂氏館



下坂氏館は方形の主郭の周囲を土塁と堀が取り巻き、北辺と西辺は二重になっています。主郭東側の虎口は副郭に続いていて、三角形の副郭の周囲も堀で囲まれています。副郭の南側には下坂氏の菩提寺である不断光院があり、不断光院の東辺にも土塁が設けられています。

県道沿いの駐車場(9台・無料)に車を駐めて登城開始。水堀を渡って、正面虎口に建つ表門をくぐると主郭です。主郭の中央には江戸中期築とされるヨシ葺の主屋が建っていて、入館料を払って中に入ると、明治期以降に医院として改修されていたりはするものの、往時の姿を伝える見事な豪農住宅で、屋内には下坂氏に伝わる様々な資料が展示されています。また、床の間のある上座敷から望む庭には、後鳥羽上皇がこの地を密かに訪れたとする伝承に基づく腰掛石が見られます。

主屋を出て、ガイドさんの案内で東側に回ると、土塁の間に開口した虎口があり、水堀の先が副郭ですが、未整備のため立ち入りはご遠慮下さいとのこと(残念…)。主屋の周囲以外は立ち入りできませんが、主郭を取り巻く土塁や、北東部(鬼門)の土塁上に稲荷社、南西部(裏鬼門)に鎮守社が祀られているのが確認できます。

主郭の後は下坂氏の菩提寺である不断光院を案内していただき、こちらも大いに見応えがありました。開館日が土日祝のみだったり、冬季は休館だったりと制約はありますが、おすすめの城館です。

2021年08月22日 釆女正佐吉。
下坂氏館

1年ぶりに平地城館下坂氏館を再訪しました。
案内ガイドさんが常駐されており、主屋に1名、菩提寺不断光院に1名いらっしゃいます(現在登録18名。皆さん地元の方だそうです。)
オープン当初は足利直義感状等が展示されていましたが、今は「下坂氏由緒書」等の展示でした。展示物は3ヶ月毎に入れ替わるそうです。

少なくとも南北朝時代から続いた国人の、屋敷と菩提寺が現在も残るのがまず奇跡であり、その理由は下坂氏が江戸時代からは代々医業を生業とされた事にあります。その財力で、土地家屋を切り売りする事無く今日まで維持されました。

これだけの物を管理する事は、相当な金銭的負担であったであろう事は、私でも想像がつきます。歴代下坂氏の志あっての現在の下坂氏館であり、その全てを長浜市に寄贈された事で、貴重な財産を私たちが見る事ができるのです。

今回は、ガイドさんから下坂氏(下坂先生)のお話しを色々お聞きしました。特に印象に残ったのは「この辺の人はみんな下坂先生にお世話になったんちゃうかな?先生の顔を見たら病気が治る(笑)」時間外でも診て下さる事があったそうです。
先生は、館を長浜市に寄贈するに当たり地下室もあった現代建物であるご自宅を取り壊し、更地にされました。現在は遠方の娘さん宅で暮らしていらっしゃるそうで、ガイドさんも再会されたいご様子でしたが「多分もうこっち(長浜)には戻ってこられへんやろね」と残念そうでした。

同じ長浜市である石田屋敷も、下坂氏館と似た造りであったであろうと言われます。石田三成が大河ドラマとなる暁には、佐吉くん生家として下坂氏館がロケ地になるかもしれません!長浜城から車で15分弱。今のうちにぜひ見学しておきましょう。(12/31まで受付で佐吉くんトレカがいただけます。)

10/9のお城EXPOでも講演される、長浜市の宝、太田浩司先生が「全国的にも大変珍しい!」「他には無い!」「長浜の誇り!」「下坂氏館を知らずに長浜市民とは言えない!」と事あるごとに力説、猛プッシュされている下坂氏館。
YouTube「下坂氏館跡オープンセレモニー」「STUDIOこほく2020/9/16」もぜひ一度ご覧下さい。

地元の方からも「凄い先生です」と尊敬され愛される、名実共に地元の名士であられた下坂先生のお屋敷を皆さんもぜひ訪れてみて下さい。

2020年08月08日 釆女正佐吉。
下坂氏館

国指定史跡「下坂氏館跡」が令和2年8月8日(土)から一般公開されています。

下坂氏館跡は、すでに南北朝時代からこの地で武将として活躍していた下坂氏の屋敷が、戦国時代の雰囲気を残してそのまま残る貴重な文化財です。

主屋には、足利尊氏の弟足利直義の感状をはじめとした貴重な展示物があり、写真撮影も自由です。(展示物は3ヶ月毎に入れ替え)
土塁、堀、虎口、鎮守社など城跡もしっかり確認できます。

菩提寺の不断光院含め、スタッフさんが敷地内を案内してくださり、アットホームな雰囲気の館跡でした。

開館日:土曜日、日曜日、祝日(12月1日〜2月末日は休館)
開館時間:午前9時〜午後4時(最終入館は午後3時30分まで)
入館料:大人(高校生以上)300円、小・中学生150円
団体20名以上 大人(高校生以上)250円、小・中学生120円

□お問い合わせ
六荘まちづくりセンター TEL:0749-62-0198
※第1・第3日曜、月曜、祝日は
長浜城歴史博物館 TEL:0749-63-4611

2019年11月28日 嵜守
下坂氏館

今朝の中日新聞に、下坂氏館が現在の当主から長浜市へ寄付されたとの記事が掲載されていました。
主屋は江戸中期の築造で、医院として利用した時期もあり、修繕を重ねて1990年頃まで実際に居住していたようです。
本当に見事な茅葺き屋根の美しい建物で、来年2020年の4月の一般公開が待ち遠しいです。

2012年05月19日 日光人
下坂氏館

下坂氏館の駐車場は有りません!下坂医院の駐車場に止める事をお薦めします。
但し下坂さんに一言かけてください!

下坂氏館の周辺スポット情報

 主屋(遺構・復元物)

 主郭(遺構・復元物)

 副郭(遺構・復元物)

 土塁(遺構・復元物)

 説明板(碑・説明板)

 若宮氏館(周辺城郭)

 不断光院(寺社・史跡)

 福勝寺(寺社・史跡)

 国史跡「北近江城館跡群」下坂氏館跡(御城印)

 駐車場(駐車場)

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore