高天神城(たかてんじんじょう)

高天神城の基本情報

通称・別名

鶴舞城

所在地

静岡県掛川市上土方、下土方

旧国名

遠江国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

今川了俊

築城年

16世紀前期

主な改修者

武田勝頼

主な城主

福島氏?、小笠原氏、岡部氏

廃城年

天正9年(1581)

遺構

曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、井戸

指定文化財

国史跡(高天神城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

黒田代官屋敷(静岡県菊川市)[4.4km]
横須賀城(静岡県掛川市)[6.1km]
菊川城館(静岡県菊川市)[8.2km]
掛川城(静岡県掛川市)[8.8km]
馬伏塚城(静岡県袋井市)[9.5km]

高天神城の解説文

高天神城(たかてんじんじょう)は、遠江国城東郡土方(ひじかた)(現在の静岡県掛川市上土方・下土方)にあった日本の城。

小規模ながら、山城として堅固さを誇り、戦国時代末期には武田信玄・勝頼と徳川家康が激しい争奪戦を繰り広げた。優美な山の形から鶴舞城の別称を持つ。国の史跡に指定されている。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(147番)に選定された。

立地
高天神城は菊川下流域の平地部からやや離れた北西部に位置する。北の小笠山を中心とした標高200メートル前後の低い山地帯を抜けると掛川(現掛川市中心部)を中心とした盆地に出る。遠州灘に面した河口には浜野浦という港があり、中世には水軍の拠点として知られていた。

城郭のあらまし
山の高さは海抜132メートル、周囲との比高は100メートル程度と、それほど大きな山ではなく、城郭全体の面積もそれほど多くない。しかし、山自体が急斜面かつ、効果的な曲輪の配置が施されたことで、堅固な中世城郭となっていた。石垣はなく、多くの土塁が曲輪の周囲を取り囲み、掘割も設けられていた。非常に実践的で、乱世ならではの城と云える。また、先述の通り急斜面の山であるために通路以外からよじ登ることはまことに困難である。南側の大手門から東側の段丘面に武家屋敷があった。北側は搦手であるが、同時に高天神社の参拝道でもある。

現在では曲輪の構造や、土塁・掘割をうかがい知ることができる。現在は、地元の掛川市(合併以前の大東町)が史跡としてよく整備しており、登山は比較的容易となっている。また、本丸にはふもとの土方(ひじかた)村(現在の掛川市下土方・上土方)の住民が兵隊として西南戦争・日清戦争等に出征した記念碑がいくつもあり、明治以降に地元民にとってこの山がどんなものだったかうかがい知ることができる。また明治維新の元勲の一人である土方久元(ひじかたひさもと)(土佐-高知県出身)の祖先が姓の通り土方村の出であり、その縁からか碑の一つは彼の揮毫となっている。また、太平洋戦争前の時期に模擬天守が建造されたこともあった(戦国時代に天守が建造されたことはない)が落雷で焼失した。現在はコンクリートの土台のみが残っている。

歴史
鶴翁山 高天神城略年表
913年 藤原鶴翁山頂に宮柱を建つ 1180年 謂伊隼人直孝山砦を築く 1191年 土方(ひじかた)次郎義政城砦を築く 1446年 福島佐渡介基正城主となる 1467年 戦国乱世、城飼郡内大いに乱る 1471年 福島上総介正成城主となる 1536年 小笠原右京進春儀城主となる 1542年 小笠原彈正忠氏清城主となる 1560年 城兵、桶狭間に出陣す 1564年 小笠原与八郎長忠城主となる 1568年 当城徳川氏に従属す 1569年 城兵掛川に出陣す 1570年 城兵姉川に出陣す 1571年 3月武田信玄兵二万五千騎来攻包囲す。城兵二千騎籠城す 1572年 城兵三方原に出陣す 1573年 城兵諏訪原に出陣す 1574年 5月武田勝頼兵二万騎来攻包囲す。6月18日大手門の戦。6月28日二の丸陥落す。7月2日休戦・長忠降伏す。

築城
高天神城には治承・寿永の乱(源平合戦)の際に築城されたとの伝承があるが、それと確認できる文献も考古学的発見もなされていない。確実な文献としては16世紀初頭に今川氏の家臣であった福島助春が城代として土方の城(土方は高天神城のある地域の地名)に駐屯したとの記述が初見である。ただし、発掘調査によると15世紀後半から16世紀初頭と推定できる陶器などの出土があり、今川氏進出以前に菊川下流域の在地勢力が「詰めの城」とした可能性が指摘されている。
...

高天神城の口コミ情報

五瓜ニ唐花紋内大臣や〜きみ様[2017年05月08日]
駐車場があります。
麓には杖があるので、使った方がいいです。
階段があり他の山城に比べたら登りやすいです。

【無】仙石権兵衛駿河守秀久様[2017年03月26日]
本日の例祭で御朱印を頂きました。臨時駐車場から高天神社までひたすら登ったところに社務所があるのでそこで。
御渡りが終了するまで社務所には誰かしらいらっしゃるそうです。

本多大学助忠政公様[2017年02月11日]
3月26日、年一度の例祭が行われ時間限定で御朱印を頂ける様ですので興味がある方はぜひお越し下さい。

カーネル様[2017年01月18日]
東海道線掛川駅北口からしずてつジャストラインで土方バス停で下車

振り返ってY字の交差点には搦手門入口の看板があり、城の北側が搦手門になります

搦手門がわかりやすいのですが、2回目なので南の追手門から登ってみました
雨天の夕方に行ったら、登山口の駐車場で地元(?)のおじさんに、これから登るの?はっはっは。って笑われた

南追手門のほうが、搦手側から登るより、傾斜が緩い気がします。5分くらい登って本丸と三の丸の分岐では三の丸へ往復してから本丸へ
三の丸は眺めがいいです

本丸の奥は二ノ丸で堀があって、ここが一番好きです
馬場平に行ってから本丸方面に戻り、北の搦手経由でバス停へ戻りました

歩行時間は1時間半でした

ドラガン尾張守店長様[2017年01月09日]
搦手門(北口)駐車場から登城。
山城の長い階段を抜けると、三日月井戸。
三叉路を左手に登り、本丸跡から富士山を望む。
ぐるりと廻って石窟跡。
三叉路のもう一方を上がると高天神神社。
脇を抜けると馬場平へ。
途中、切り深い堀割を通る。
展望台からは太平洋と御前崎が見える。
更に先には甚五郎(横田)の抜け道。
高天神城落城の際、尾根伝いに本国の勝頼公に伝えたそうだ。
程良く整備された山城でした(^^)

まー宮内卿様[2016年12月30日]
追手門から登城。登城口は看板も有りわかりやすかったです。登城はちょっとキツかった。御前曲輪に戦前二層の模擬天守があったらしいが落雷で焼失、観てみたかったです。追手口からしばらく進むと左手に『土砂崩れのため立入禁止』が。一通り見終わって井戸曲輪から立入禁止柵を越えてみた(自己責任で)。土砂崩れはしてはいたが通れないことはなくそのまま追手口へ戻る。危険と感じたのは高天神社のある西の丸から社務所裏を通って尾根伝いに進んだところにある堀切。幅も狭く滑って堀切に落ちてしまうのではないかと慎重に進む。搦手口に移動してみたが搦手門からは階段があって歩きやすいようなのでこちらから登城することをオススメします。追手口・搦手口とも登城口への案内板、駐車場、トイレが有りました。

永久楽尾張守マクシミリアン様[2016年05月23日]
搦め手から登城。長い坂を登るが、階段があるので犬連れでもOK!距離が短いので岩櫃城より楽チンでした。

ゆうっち☆様[2015年09月22日]
ど素人見立てなので参考程度にどうぞ♪

今回北側搦め手側から
高天神神社の表口
階段キツイ!
搦め手説明板後ろに貸し杖あり!
途中三日月井戸
今も山水が滴ります
金魚に癒されつつ
がんばりましょう♪

東側、的場曲輪→石窟→本丸→御前曲輪→三の丸→分かれ道まで戻り
西側、井戸曲輪→堂の尾曲輪戻り→西の丸→神社お参りしてね♪→馬場平→甚五郎抜け道→林の谷池→駐車場
と体力ある方はぐるぐるまわれる…はず。
体力ない方は抜け道覗いて戻りましょう!
今回は
林の谷池の看板で引き返し
美味しい堂の尾曲輪に行かなかった…。
次回大手より登り報告いたします
<(_ _*)>

トイレ
駐車場もしくは最寄りコンビニで
すませたほうが良いかな

小さな山登り装備推奨
階段、岩場が苔むしてるすべる

甚五郎抜け道
馬で走った!?(゜ロ゜ノ)ノ
両サイド崖の尾根

毒キノコわんさか!お城御守り中!

↑それぞれ
気をつけてくださいませ~☆

高天神最中
中島屋、鈴木商店にて販売中
今回は買えんかった…です(T-T)

león伊豆守大途様[2015年05月26日]
公共交通機関利用の方は掛川駅前からしずてつジャストラインバスの土方バス停降車15分程。トイレは城内各所にありますが、先達も書かれている通り自販機が見当たらないので夏場は飲み物を用意していた方が無難だと思います。

南側の登城口が大手、北側の登城口が搦め手にあたり、両方に駐車場があります。

東側の城域と西側の城域を井戸曲輪がH字形に連結する形状です。
東側の尾根に築かれた城域は要害を利用した単純な構造ですが、西側の城域は堂の尾曲輪〜井楼曲輪に至る長大な横堀や各曲輪を分断する堀切が残っており、武田氏による改修が施されたことがはっきりわかります。

古典的な東側城域と戦国期の築城方を用いた西側城域の両方を一つの城で楽しめるお得な山城と言えます。

野呂利駿河守休三様[2015年02月27日]
大手口、搦手口ともに駐車場とトイレはありますが、自販機はありません。

森田大宰大弐一義様[2013年03月27日]
3/17 初登城。搦手門側から登りましたが、石段を登って鹿ヶ谷側を覗くと、遊歩道崩落の文字が。高天神社側の鳥居も外されておりました。災害でも発生したのでしょうか?

ぽえぞお弾正少弼黄金旅程様[2013年01月23日]
車で登城。50台くらい停めれる駐車場有り
(*^∇^*)
駐車場から搦め手経由で登れますが、大手口から攻略開始!
駐車場から道沿いに300mくらい歩くと畑に囲まれたセメントの登り道が現れここから主郭部に、曲輪や土塁、堀など遺構が十分に残り堅城だった事を今でも思う事が出来ます(^O^)
少し足を伸ばすと御前崎市内に学校給食を出す『学校へ行こう』というバー&レストランが有ります!

んな摂政な!マイリバ様[2012年02月29日]
「高天神を制する者は遠州を制する」と謳われた堅城凸です
貴重な雨水を蓄えるべく作られた三日月井戸には金魚が泳ぎ、今でも岩壁から絶えず水が染み出ていることを証明しています
徳川方の大河内政局が幽閉された石窟は出入り口が閉ざされていますが、他の城では見られないレアな遺構です

桑名式部大輔はまぐり〜様[2012年02月12日]
武田、徳川の激戦の地です。曲輪、土塁、空堀、堀切などよく残っていて、かつては堅固な城だった事が伺えます。是非じっくり散策してみて下さい。

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