小笠山砦
小笠山砦([高天神城 周辺城郭])
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小笠山砦の口コミ情報
2026年05月09日 くろちび上野介
小笠山砦はハイカーに人気があるようで、訪城した日は三組のグループに出会いました。
徳川家康は、今川氏真のいる掛川城を攻略するために、この砦に陣を置きました。「遠州高天神実記」上巻には、家康がここを決めた理由に、"家康自ら掛川の山を見て歩き-略-高台から掛川城が眼下に見え、諸方の部隊へ命令をだすのにいいところ"、とあります。
家康は、武田勝頼の高天神城攻めでも、この砦を使っています。
この砦は、尾根道が多く、そのほとんどが、片側が急斜面、もう片側が穏やかな斜面、が特徴です。このような非対称の地形をケスタ(cuestaスペイン語)地形というのだそうです。小笠山砦の険しさは、砦のある小笠山丘陵を形作るこのケスタ地形の成り立ちに由来します。
小笠山丘陵は、約300万年前駿河湾の海底に堆積した砂や泥が積み重なってできた砂岩層と泥岩層の互層を基層としています。(掛川層群)約100万年前、海底火山群であった伊豆半島がフィリピンプレートに乗って北上し、本州に衝突しました。この衝突が赤石山脈の急激な隆起を誘発し、そこを源流とする天竜川や大井川からの大量の砂礫が駿河湾の海底や河口に厚く堆積、小笠礫層が形成されました。その後プレートの圧力によって海底から扇状地にかけての地層が押し上げられ、隆起してできたのが小笠山丘陵です。
隆起の過程で、地層全体が西南に10度前後傾斜しました。その結果、西南側は穏やかな地形(ケスタ斜面)に、逆に、地層の断面が露出した北~東側は柔らかな泥層や上位の礫層が浸食されて切り立った急斜面(ケスタ崖)になりました。
掛川城は北に約5キロ。掛川城の天守閣からこの砦の絶壁-急斜面-ケスタ崖が見えたかもしれません。
六枚屏風へは多聞神社を過ぎた所にある案内板の下の、山の斜面を壁にした細い道を降りますが、片側急斜面なので、ここが一番危ないかもしれません。そこを過ぎたら、また尾根道にでるので、そのまま道なりに進むと「六枚屏風」の表示板が見えてきます。その先はずっと虎ロープがある下り道です。
掛川IC降りて小笠神社迄車で約15分。駐車場は神社の階段下にあります。神社隣に休憩場のような建物があるのですが、トイレと共に閉鎖していました。
2024年02月19日 笑門来猫
小笠山砦は家康が2回 本陣として利用したとも云われる城跡で、しかもそのどちらもが 超巨大なライバルを滅亡へと導くことになった大戦でした。
(1回目: vs今川氏 掛川城攻防戦)
(2回目: vs武田氏 高天神城攻防戦)
まさに家康の運命を変えた戦いの舞台。の割には全然メジャーではない気がするのですが、それはこの城の最大の特徴が「狂気!」とも思える痩せ尾根群だから なのかもしれません(=危なくて観光客を誘致できない)。
現在、城跡をハイキングコースが通っていますが、それを外れると一気に牙を剥いてきますので厳重注意です。
各所に展開する痩せ尾根上を歩いてみると、尾根を分断する堀切らしき地形も度々登場します。その他、大地の割れ目の中に入れる六枚屏風など、地形的にも歴史的にも大変興味深いお城跡。
小笠神社に駐車場あります。
2021年11月29日 ᴿᴱᴰ副将軍
今川氏、武田氏との二度の高天神城攻めに際して徳川家康が布陣した砦🏯
⚠️断崖絶壁の即死系砦です✨
オススメ度 ★★★★★
1568年に、徳川家康が掛川城と高天神城を攻略するために築いた砦。今川義元が討死し、今川領を浸食するため、掛川城と高天神城の連携を遮断するために中間地点に築いたもの。
やがて、高天神城の今川重臣の小笠原氏興は徳川氏に降り、掛川城の包囲に加わる。掛川城の今川氏真も降伏。しかし、1574年には武田勝頼の猛攻により、高天神城の小笠原氏興は降伏し、武田氏の遠江侵攻の拠点となります。
1575年に長篠の戦いで織田・徳川連合軍が武田軍に大勝。1576年に奪われた高天神城を奪還するため、徳川家康は再び小笠山砦に布陣し高天神城の戦いが勃発。このとき構えた六砦の中で最大規模でした。高天神城を包囲し、兵糧攻めを開始。武田軍は周囲を六つの砦に囲まれ援軍を出せず、1581年に高天神城は陥落。
見所
標高264.8mの小笠山山頂に主郭を配し、多聞神社を起点に北西、南西、南東に延びた尾根筋に要所を堀切で分断、馬出しを配して郭を展開しています。特筆すべきは細尾根の直ぐ下が断崖絶壁となっている箇所が幾つかあり、特に多聞神社から南西尾根筋の東側は数十mの断崖絶壁に簡単に行けてしまうため注意が必要です。
落ちたら即死で見つけてすらもらえないと思います。もちろん柵も無いのでご注意願います🙇♂️
主郭から北側に降った先にある六枚屏風は大規模なチムニー沢でこちらもオススメです。
小笠神社の駐車場を利用。神社は城域です。主郭までは20分くらいですが、広い城域に見所多いので1時間以上は要します。六枚屏風に行くのならプラス1時間必要です。
写真
①多聞神社から北東尾根の土橋。断崖絶壁でまあまあ危険です。
②多聞神社北側の巨大な竪堀。
③主郭西側の横堀。
④多聞神社から南西尾根。東側(左)は断崖絶壁でかなり危険。
⑤南西尾根筋の堀切
⑥主郭
⑦六枚屏風
⑧案内図
2021年06月16日 千閑斎(せんちゃん)
小笠山砦の奥に六枚屏風と呼ばれる場所があります。古大井川の砂礫層の断崖をぶった斬るチムニー沢です。
六枚屏風に行くには小笠山山頂から北に向かうコースの途中で右折し沢に降りて行きます。道標の看板があるので迷う事は無いと思いますが、脇道みたいな感じで崩落している所もあります。崩落している所にはロープが張ってありますが充分注意して通行して下さい。因みに看板の下には「六枚屏風方面転落事故発生しています。落石、スズメバチ、マムシ等注意」の注意書があります。
六枚屏風の前に立つと空気が全く違う、険しい裂け目に吸い込まれてしまう…
小笠山の標高は僅か264mですが、充分な準備をして下さい。ご安全に!
2021年06月16日 愛甲左京大夫【相模の狂人】
砦と呼ぶには高度に土木工事された跡がふんだんにあり、もはや城塞です。
峻険な地形を巧みに利用した要害堅固っぷりは攻撃対象となった高天神城を凌ぐのではないかと思われ、ハードアタッカー垂涎の名城と言えるでしょう。ただし城郭の周囲には切り立った崖があちこちにあり、興味本位で尾根の末端等に入り込むのは極めて危険です。
小笠神社の駐車場が利用出来ます。鳥居をくぐって尾根道を歩くと崖を穿った立派な階段にぶつかり、登り切ると小笠神社です。城郭はその奥から始まります。
見どころは大きく分けて3箇所、笹ヶ峰御殿跡周辺、多聞天神社周辺、そして小笠山山頂周辺でしょう。大きな堀切や二重空堀などかなりスケールの大きい土木遺構が随所に見られ、これが城攻めのための砦かと呆気に取られるでしょう。山頂も曲輪として使われていたらしく、立派な坂虎口を持ち北側が大きな堀切で仕切られています。
この城の真の有様を知ることができる危険箇所が2箇所あります。一つは多聞天神社から山頂に向かう途中のヤセ尾根上の道、もう一つは多聞天神社の南に伸びる尾根上の曲輪を繋ぐヤセ尾根です。特に後者は攻撃の対象であった高天神城方面の眺望が絶景ですが、尾根の幅が肩幅より狭い上に掴まる木が殆ど無く、東側が数十メートルほどもバッサリ切れ落ちた崖になっていて高度感がハンパないです。万一滑落したら発見不可能なのではないかと思われる第一級の危険箇所です。曲輪に入る道はありませんが、むやみな進入は厳に慎むべきです。
単独登城は避けて力量の揃ったメンバーでパーティを組んで登城するべきです。
2021年05月02日 がっくん
高天神六砦の1つ。
見所は横堀、堀切とそこから伸びる竪堀か。
小笠神社からの展望も素晴らしい。
2021年04月25日 さあさ上総介甲相駿三国同盟
砦という名称ですが。これはもはや砦ではありません。要塞です。急峻な山上に築かれ、壮大な土木工事がなされています。さすがは家康です。見ると足がすくむ場所も多々あります。高所恐怖症の方はくれぐれもご無理なさらずに。









