国吉城(くによしじょう)

国吉城の基本情報

通称・別名

所在地

福井県三方郡美浜町佐柿

旧国名

若狭国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

粟屋勝久

築城年

弘治2年(1556)

主な改修者

主な城主

粟屋氏(武田氏家臣)、木村重滋(豊臣氏家臣)、浅野氏

廃城年

遺構

曲輪、竪堀、堀切、櫓台、枡形、石垣

指定文化財

町史跡

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

敦賀城(福井県敦賀市)[10.1km]
金ヶ崎城(福井県敦賀市)[11.4km]
大倉見城(福井県三方上中郡)[11.6km]
天筒山城(福井県敦賀市)[11.7km]
疋壇城(福井県敦賀市)[12.2km]

国吉城の解説文

国吉城(くによしじょう)は、福井県美浜町佐柿にあった山城である。若狭国守護大名の武田氏重臣であった粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国の朝倉氏の度重なる来襲に対して籠城戦などで守り抜いた。のちに、織田信長が越前攻めで国吉城に駐軍した際、長年にわたる勝久の戦いぶりを賞賛したと伝わる。

概要
越前国と若狭国の国境である関峠を過ぎ、若狭国に入り、旧丹後街道を進んでいくと、北は天王山、南は御岳山(おたけやま)に挟まれた椿峠がある。越前から若狭に深く侵入するには、この椿峠を必ず通過する必要があるが、国吉城はまさにその軍事上の要所を抑える位置にあり、御岳山の北西尾根端の通称「城山」(標高197.3メートル)に築かれている。

もとは、常国国吉(つねくに くによし)が築いたもので、その城跡を利用して弘治2年(1556)に粟屋勝久が改修し、築城したと言われる。勝久は永禄6年(1563)から永禄12年(1569)の間、毎年のように攻め寄せる越前朝倉氏の軍勢と幾度となく戦った。その壮絶な戦いぶりは「国吉城籠城戦」として『若州三方郡国吉城籠城記』などに伝わっている。

平成21年(2009)4月に、国吉城の歴史を紹介するガイダンス施設である「若狭国吉城歴史資料館」が開館している。

平成29年(2017)4月6日、続日本100名城(139番)に選定された。

山城の構造
近年、発掘調査や整備が進み、曲輪、石垣、土塁、堀切といった山城の構造物を見ることができる。また麓には、居館とみられる石垣も認められており、平時は居館で生活し、戦争時には山城に籠もるという、戦国時代の典型的な形態となっている。居館と山城の両方の遺構が現在でも残っている点は、全国的に見ても珍しい。

・居館部
 ・城山の南西麓付近の谷筋に開削された段状の平地があり、古くから城主と家臣の屋敷跡ではないかと言われていた。2001年と2002年の発掘調査により、土塁や石垣、石組みの溝、建物の礎石が検出されている。2004年には、居館跡の正面に大規模な石垣が発見された、これは16世紀末から17世紀初めに築かれたとみられており、江戸時代に入ってからも、しばらくは城としての機能をもっていたと考えられている。

・山城部
 ・居館跡から九十九折りの山道が付けられており、中腹に二の丸跡と伝えられる出丸がある。この出丸は食い違いの虎口を持ち、周囲を高さ2メートル以上の高土塁で囲った堅固な構造となっている。なお、現状の山道は出丸を通らないルートとなっているが、もとの登城道は出丸のある尾根筋に付けられていたと考えられている。

 ・城山の山頂部は平たく開削された本丸跡である。本丸は東と北西の2箇所に平虎口を設け、周囲の斜面に部分的に石垣が残存している。大正期に設置された国吉城碑があり、四等三角点(基準点名:徳賞寺)が設置されている。また、周囲で見つかった石仏、仏頭、五輪塔が何箇所かに集められているが、これは籠城戦の際に防御に使用した投石という。本丸跡からは東西を走る街道の見通しが非常に良く、敵の動きをつかむに絶好の位置にあり、同所に城を築いた意味がよく分かる。...

国吉城の口コミ情報

まるき〜淡路守様[2017年10月15日]
若狭国吉城歴史資料館で文化遺産カードが配布されていました。

取り扱いカード
国吉城址(城主居館跡)
青蓮寺の大銀杏
彌美神社
の三種類、そこに行った写真を資料館に持って行くと配布してもらえます。
いずれも資料館から数分の所です。
城跡に訪れた時のお楽しみにどうぞ!

我流尾張守クール様[2017年09月10日]
JR美浜駅から向かいました。
駅構内でレンタルサイクルがあります。
電動アシストとママチャリです。健脚ではない方は電動アシストがオススメです。
高札場町から歴史資料館前までが上り坂…私は健脚ではないのにママチャリを選び、降車して歩きました。
歴史資料館裏から攻め入りますが、事前勉強を兼ねて立ち寄るのが賢明かと思います。
本丸跡までは途中二ノ丸跡に立ち寄り、およそ30分でした。かなり急勾配ですが、きちんと階段状に整備され歩き易かったです。熊よけの鈴を持参しましたが、資料館で貸してくださいます。
北西曲輪群はⅥ郭までありますが、かなり急峻で滑り易いので注意が必要です。

下山後、再び資料館に立ち寄り冷茶を頂きました。職員さんの「難攻不落」とバックプリントされたポロシャツが格好よく、入手方法を問いましたが、残念ながら職員専用とのことでした(笑)
JR小浜線は列車のない時間帯もあるので、要注意です。

徳川内大臣源朝臣康武様[2017年05月12日]
平成29年4月6日(木)の城の日、公益財団法人日本城郭協会発表の「続日本100名城」に選定されました(No.139 佐柿国吉城)。

若越国境を守る「境目の城」で、侵攻してきた越前朝倉氏の軍勢を10年に渡り撃退し、「難攻不落」を誇りました。
元亀元年(1570)4月、織田信長が秀吉、家康らを率いて入城し、朝倉攻めの拠点になりました。豊臣政権下では、秀吉直臣の木村常陸介定光が城主になり、戦国の山城を豊臣大名の居城に相応しい石垣造りの城に改め、城下町を整備しました。

国吉城と城下町佐柿の歴史を紹介する若狭国吉城歴史資料館があり、近頃Facebookを始めました。

あまそう和泉守様[2017年03月05日]
隣の山で熊が見つかったらしく柵がしてありました❗猿や鹿は頻繁に出るらしく気をつけて下さい❗とのことでした❗

まるき〜淡路守様[2015年10月06日]
国吉城の麓にある若狭国吉城歴史資料館では今、城コレ2015と称してお城好きなら「お〜っ!」と思わず声をあげるグッズの展示をしています。
エントランスにこれでもか!と思う程の城グッズの数々、かわいい物から懐かしい物やお土産屋さんで見た事ある物、今ではもう手に入らないであろうレアな物…お城のペーパークラフト等々、圧巻です。
おもちゃ屋さんに来た時の様な気分で小さなお子さんでもきっと楽しめるかと思います。(笑

城コレは10月18日までの展示になりますが、また次回の催し物も随時予定しているようです。

まるき〜淡路守様[2015年06月17日]
難攻不落!(;^_^A
上がって本丸にたどり着く頃には体力が奪われて膝が笑います…
時間を掛けて水分補給をしながら
ゆっくり登るのが良いかと思います
また、登り口に熊よけのフェンスがありますのでラジオや鈴等を鳴らせながら登るのが良いかも…
実際のところ伝二の丸付近は獣臭がします。

途中から未舗装路になりますので
小石等を落とさない歩き方を心がけたいところ…
資料館では杖の貸し出しもあります。


VINO-S様[2014年12月23日]
ぜひ国吉城歴史資料館で250円の佐柿国吉城を歩こうを購入し登城しよう見忘れがなくなります

野呂利駿河守休三23夜のみ様[2014年11月30日]
何度か朝倉勢が攻め込んでいるが、その都度撃退。
それで「難攻不落 若狭国佐柿国吉城」のキャッチコピーで売り出し中。同コピーの入ったクリアファイルも販売開始。

野呂利駿河守休三23夜のみ様[2014年11月30日]
現在、本丸が発掘調査中。本丸傍の堀切に石仏が並んでいますが、石垣に使われていました。
城下町から始まる佐柿の町並みも見所。

民部卿無城主格宇京様[2012年05月09日]
山麓の資料館には日本各地の城のパンフが置いてあり無料で持ち帰れますありがたいです

資料館から城跡本丸へは約20分でアタックできました。熊には遭遇しなかったけど出没するそうなので鈴などの装備をお忘れなく

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