国吉城(くによしじょう)

国吉城の基本情報

通称・別名

所在地

福井県三方郡美浜町佐柿

旧国名

若狭国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

粟屋勝久

築城年

弘治2年(1556)

主な改修者

主な城主

粟屋氏(武田氏家臣)、木村重滋(豊臣氏家臣)、浅野氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、堀切、竪堀、櫓台、枡形

指定文化財

町史跡

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

敦賀城(福井県敦賀市)[9.9km]
金ヶ崎城(福井県敦賀市)[11.4km]
大倉見城(福井県三方上中郡)[11.6km]
天筒山城(福井県敦賀市)[11.7km]
疋壇城(福井県敦賀市)[12.2km]
田屋城(滋賀県高島市)[17.1km]
新保山城(福井県小浜市)[17.2km]
岡崎山砦(福井県敦賀市)[17.9km]
西岡城(滋賀県長浜市)[18.0km]
玄蕃尾城(福井県敦賀市)[19.1km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)139 佐柿国吉城

設置場所

若狭国吉城歴史資料館[地図

国吉城の解説文



国吉城(くによしじょう)は、福井県美浜町佐柿にあった山城である。若狭国守護大名の武田氏重臣であった粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国の朝倉氏の度重なる来襲に対して籠城戦などで守り抜いた[1][2]。のちに、織田信長が越前攻めで国吉城に駐軍した際、長年にわたる勝久の戦いぶりを賞賛したと伝わる。

概要 

越前国と若狭国の国境である関峠を過ぎ、若狭国に入り、旧丹後街道を進んでいくと、北は天王山、南は御岳山(おたけやま)に挟まれた椿峠がある。越前から若狭に深く侵入するには、この椿峠を必ず通過する必要があるが、国吉城はまさにその軍事上の要所を抑える位置にあり[3]、御岳山の北西尾根端の通称「城山」(標高197.3メートル)に築かれている。

もとは、常国国吉(つねくに くによし)が築いたもので[4]、その城跡を利用して1556年(弘治2年)に粟屋勝久が改修し、築城したと言われる。勝久は1563年(永禄6年)から1569年(永禄12年)の間、毎年のように攻め寄せる越前朝倉氏の軍勢と幾度となく戦った。その壮絶な戦いぶりは「国吉城籠城戦」として『若州三方郡国吉城籠城記』などに伝わっている[5]

2009年(平成21年)4月に、国吉城の歴史を紹介するガイダンス施設である「若狭国吉城歴史資料館」が開館している[6]

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(139番)に選定された。

山城の構造 

近年、発掘調査や整備が進み、曲輪、石垣、土塁、堀切といった山城の構造物を見ることができる。また麓には、居館とみられる石垣も認められており、平時は居館で生活し、戦争時には山城に籠もるという、戦国時代の典型的な形態となっている。居館と山城の両方の遺構が現在でも残っている点は、全国的に見ても珍しい。

  • 居館部
    • 城山の南西麓付近の谷筋に開削された段状の平地があり、古くから城主と家臣の屋敷跡ではないかと言われていた[7]。2001年と2002年の発掘調査により、土塁や石垣、石組みの溝、建物の礎石が検出されている。2004年には、居館跡の正面に大規模な石垣が発見された、これは16世紀末から17世紀初めに築かれたとみられており、江戸時代に入ってからも、しばらくは城としての機能をもっていたと考えられている。
  • 山城部
    • 居館跡から九十九折りの山道が付けられており、中腹に二の丸跡と伝えられる出丸がある。この出丸は食い違いの虎口を持ち、周囲を高さ2メートル以上の高土塁で囲った堅固な構造となっている。なお、現状の山道は出丸を通らないルートとなっているが、もとの登城道は出丸のある尾根筋に付けられていたと考えられている。
    • 城山の山頂部は平たく開削された本丸跡である。本丸は東と北西の2箇所に平虎口を設け、周囲の斜面に部分的に石垣が残存している。大正期に設置された国吉城碑があり、四等三角点(基準点名:徳賞寺)が設置されている[8]。また、周囲で見つかった石仏、仏頭、五輪塔が何箇所かに集められているが、これは籠城戦の際に防御に使用した投石という。本丸跡からは東西を走る街道の見通しが非常に良く、敵の動きをつかむに絶好の位置にあり、同所に城を築いた意味がよく分かる。
    • 本丸の北西虎口は、北西の尾根に連結し、5つの曲輪が階段状に連なる連郭式構造となっている。この構造は若狭の山城の特徴であり、おおい町の石山城、小浜市の後瀬山城にもみられる。各曲輪の斜面は急勾配で、かつ高低差も大きく、容易に登ることができないことが体感できる。なお、曲輪を通過し、そのまま尾根を下りきると、妙見堂を経由し、椿峠近くの旧丹後街道に出ることができるようになっている。
    • 本丸の東虎口は、尾根伝いに腰越坂(こしごえさか)を経由し、国吉城の砦である岩出山砦(いわでやまとりで)跡につながっている。

歴史 

  • 『国吉城籠城記』
    • 国吉城の籠城戦を伝える軍記物の『国吉城籠城記』は1種類だけではなく複数存在するが、内容はほぼ同様であり、国吉城での籠城戦、信長の越前侵攻以降の報復戦、その後を語る後日談、の3部構成となっている。戦に参加した田辺宗徳入道という人物が見聞した記録で、戦争から30〜40年経過した後に記されたと考えられている。

  • 年表
    • 1556年(弘治2年) - 粟屋勝久が国吉城を築く。
    • 1563年(永禄6年) - 朝倉氏侵攻。
    • 1564年(永禄7年) - 朝倉氏侵攻。
    • 1565年(永禄8年) - 朝倉氏侵攻。
    • 1566年(永禄9年) - 朝倉氏侵攻。
    • 1567年(永禄10年) - 朝倉氏侵攻。
    • 1568年(永禄11年) - 若狭国守護武田元明が朝倉氏に降り、勝久に降伏を勧めるが拒否。
    • 1570年(元亀元年) - 織田信長が越前攻めのため、国吉城に入城。勝久の武勲を賞賛。
    • 1573年(天正元年) - 信長の第2回目の越前攻めに勝久が参戦。朝倉氏が滅亡。
    • 1582年(天正10年) - 本能寺の変。若狭武田氏が滅亡。
    • 1583年(天正11年) - 木村定光が国吉城主となる。
    • 1585年(天正13年) - 粟屋勝久が死去。
    • 1615年(元和元年) - 国吉城廃城?

アクセス 

  • 舞鶴若狭自動車道 若狭美浜インターチェンジ - 国道27号 - 佐柿 - 国吉城見学者用駐車場(ICから車で所要10分)。
  • 最寄り駅 JR小浜線 美浜駅 徒歩25分。

参考文献 

  • 福井県美浜町教育委員会 『国吉城趾と佐柿の町並み 450年の時を超えて』リーフレット、2009年3月 3刷。
  • 福井県美浜町教育委員会編 『佐柿国吉城今昔物語 450年の時を超えて 【講演録】』2004年3月19日発行。2001年9-11月にかけて行われた6回の講座の講演録、各講座の演題と講師は次の通りである。
    • 第1回「国吉城を学ぶ」 織豊期城郭研究会代表 中井 均
    • 第2回「国吉城を読む」 静岡文化芸術大学教授 須田 悦生
    • 第3回「国吉城を攻める」 敦賀市文化財保護審議会委員 中内 雅憲
    • 第4回「佐柿城下町を歩く」 福井工業大学教授 吉田 純一
    • 第5回「国吉城を守る」 鳥越村教育委員会 波佐谷 聡
    • 第6回「国吉城を見る」 美浜町教育委員会
  • 全国山城サミット連絡協議会編 『戦国の山城』 学研、2007年。
  • 福井県の歴史散歩編集委員会 『福井県の歴史散歩』 山川出版社、2012年。

国吉城の口コミ情報

2022年05月22日 大宰少弐ゆーき
国吉城



週末の10時頃に訪問しました。人影はまばらですが、入れ替わり立ち替わりで山城に登っていく人がいました。傾斜が結構キツく、史料館からは20分程度階段を登っていくような感じです。山頂(天守跡地)からの景観はおススメです

2022年05月04日 みずたま
国吉城



麓の歴史資料館から20分程度で本丸まで登ることができます。周囲の眺望もよく、朝倉勢の襲来を何度も撃退したのも頷けます。

2022年05月04日 国府左京亮城介
国吉城

国吉城を腰越峠から登城してみました。

腰越峠とは、かつては国吉城と岩出山砦を繋ぐ尾根上にある峠でした。現在は峠道が開通しているため、尾根としては切断されています。
永禄9年(1566)の朝倉方の国吉城攻めでは、岩出山砦に立て籠もっていた粟屋勝家は腰越峠を通って国吉城に撤退する途中に朝倉勢に追いつかれ、百姓小屋まで攻め込まれたが、火矢を放って小屋を焼き払い、朝倉勢を追い返しました。

国吉城の登城方法は、若狭国吉城歴史資料館から登るのが正道です。
今回の自分みたいに、先に徒歩で中山の付城や岩出山砦を攻めてから国吉城に行く場合、丹後街道(県道225号線)を回っていくことになりますが、それだとかなり遠回りになり、最短で行く方法がないか色々検索してみましたが、全くネットにも情報が載っていませんでした。 
なので、国土地理院の地図を見てみると、腰越峠の手前まで道が伸びており、あとは強引に直登すれば行けるだろうと思い、腰越峠から登ることにしました。

登城口は、岩出山砦の登城口の丁度反対になり、立て看板の背後に進むと、獣柵用のフェンスがありますが、斜面との間に僅かな隙間があるのでそこから入っていきます。斜面で直登しやすい場所から直登すると尾根へ到達します。しばらくは、緩やかな登り道が続き、途中に郭らしき場所(百姓小屋か?)を通過すると、本丸東虎口跡の真下になります。ただし、ここが一番難所でして、20~30m近い急傾斜を登っていく必要があります。現在は木に掴まりながら登ることができますが、往時は梯子がなければ登れないような地勢となっています。

初めて国吉城を訪れるのであれば、まずは資料館から登ってください。自分のように、初めてなのに、ここから登るというような愚行は避けてください。何度か訪れて偶には違うルートから登ってみたいとか、粟屋勝家の気分を味わいたいという人向けだと思います。

2022年05月03日 国府左京亮城介
岩出山砦[国吉城  周辺城郭]



国吉城の北東尾根にある出城

【歴史】
築城年代は不明だが、国吉城主粟屋勝久が築いたと伝わる。
永禄9年(1566)の朝倉氏の侵攻の際には、粟屋勝久の息子勝家が500の兵を率いて立て籠もるが、国吉城との分断を恐れた勝久の命で引き上げている。

【遺構】
国吉城から北東1.15kmに位置し、標高89.4mの山頂に築かれている。
主郭は山頂にあり、周囲を土塁で囲み、西側に虎口がある。主郭の南側には堀切が二条ある。主郭の北側にも郭があるが、山が削られているため、正確な形状は分からない。

【感想】
国吉城の唯一の出城であり、北側を通る丹後街道の監視も担っていたと思われます。国吉城と比べると、かなりシンプルな造りという印象を受けます。あくまでも出城という位置づけであり、腰越峠を抑えられてしまうと完全に国吉城との連携を絶たれてしまうので、粟屋勝久が岩出山砦の兵を引き上げさせたことは納得できます。500の兵で立て籠もったといいますが、現状の広さでは多すぎるような気がします。ただし、国吉城資料館で見た赤色立体図によると、北及び北東の尾根にも小曲輪群らしき跡があるようです。

一説には、この岩出山砦は朝倉勢が築き放棄した後に、粟屋氏が使用した可能性もあるとのことです。理由としては、朝倉氏の陣城の特徴があるとのことですが、確かに中山の付城とかなり似た造りになっていることから、個人的には納得もしてはいます。

登城口は、スポットで追加してありますので参考としてください。一応、ピンクリボンはありますが、途中から分かりにくくなるので、直登して尾根に取付いた方が楽かもしれません。

【アクセス】
東美浜駅から徒歩で20分程で登城口にあたる腰越峠となり、そこから10分程登れば城域となる。

【写真】
1:遠景
2:南の堀切1
3:南の堀切2
4:主郭の虎口
5:主郭の土塁
6:西の堀切
7:北の曲輪

2022年05月02日 国府左京亮城介
中山の付城[国吉城  周辺城郭]



朝倉氏が国吉城攻めで築いた陣城の一つ

【歴史】
永禄7年(1564)に朝倉景紀が国吉城攻めの際に築き、国吉城一帯の刈田狼藉を行った。
翌永禄8年に再度国吉城攻めを行うが、逆に粟屋勢による夜襲を受け、城内に火を放たれたため、撤退に追い込まれた。
天正元年(1573)4月に、朝倉勢は中山の付城に拠って攻め寄せているが、同年8月には織田勢の助力を得た粟屋勢によって落城し、廃城となった。

【遺構】
国吉城から東北東1.8kmに位置し、丹後街道の南にある芳春寺山(標高145.3m/比高100m)の山頂に築かれている。
土塁に囲まれた主郭には、東西にそれぞれ虎口があり、南側に櫓台が、北側には張出した曲輪がある。堀切は主郭南側、南東尾根側などにあり、斜面には竪堀もある。また、主郭内には「国吉城見張之跡」という石碑が立っている。

【感想】
朝倉氏の国吉城攻めで用いられた陣城の一つで、遺構が明瞭に残っている北陸最古の陣城と言われています。遺構はほぼ完全に残っており、堀切の位置からして、南若しくは南東からの攻撃を想定しているように思われます。特に南側が厳重で、櫓台と堀切(城内で最大)で主郭を守っています。一方、北側は曲輪とちょっとした土橋らしきものがある位です。これは北側には朝倉方の陣城である狩倉山城や駈倉山城があるためかと思われます。

城内は杉が植林されており、定期的に人の手が入っているため、藪はほとんどなく探索自体はしやすいです。しかし、明確な登城道がないため、斜面を直登する必要があります。若狭の城全般に言えることですが、土質がかなり柔らかいため、雨が降って水分が含まれると、足元の踏ん張りが効きにくいので注意してください。

国吉城をリア攻めするのであれば、是非朝倉方の陣城も訪れてみてください。自分も残りの二つもいつか訪れてみたいと思っています。

【アクセス】
東美浜駅から徒歩15分程で西麓の芳春寺に着く。
そこから、城内に行く方法は二つあり、芳春寺の南側から斜面を直登し南東尾根から登るか、北側にある林道から尾根沿いに登る方法がある。時間はかかるが、北側の林道からアクセスすることを推奨します。

【写真】
1:遠景
2:南東尾根の堀切
3:南東側の堀切
4:主郭
5:石碑
6:虎口(東)
7:南側の堀切
8:北側の曲輪

2021年12月05日 島津右兵衛尉むつ弘
徳賞寺[国吉城  寺社・史跡]



粟屋勝久が開基のお寺。裏墓地には、粟屋勝久の墓がある。

2021年11月02日 るん山城守⛄️
国吉城



若狭の難攻不落の山城といわれる国吉城です。

先に行かれた方の情報を見ると興味津々!でしたが、私が行く3日前に熊さんが目撃されたらしく、本丸まで行くことは出来ませんでした。なので、縄張り図とジオラマ見ながらの妄想です。

麓の城主居館跡は散策することができました。石垣や土塁の跡が見ることができます。江戸時代の奉行所跡地の歴史資料館には、ここの管理者さんが集めた各地の御城印を見ることもできました。

2021年10月09日 黒髭安房守
国吉城



朝一番に登りました。片道20分くらいでしたね。段差が急なところもありましたが、丁度良い距離でないでしょうか。良い汗と良い景色をいただきました。資料館に戻りスタンプと御城印をGET。滞在時間は1時間ちょっとでした。

2021年07月13日 crea蔵人頭
国吉城

本丸までは、駐車場から夏は30分見て下さい。飲み物も忘れずにです。

2021年05月04日 七星屋淡路守黒龍
国吉城



堀切や石垣がまだ残っていて、なかなか趣深い城です。麓の資料館の職員さんも親切に対応してくださいました。城リア攻めは20分くらいの散歩にちょうど良く、本丸付近からは日本海が見え、晴天だと眺望は抜群ですよ!

2021年04月08日 伊達右馬頭一海
国吉城



資料館のそばに駐車場あり。資料館でトイレを借りた後はいざ登城。片道20〜30分程度の道のりですが本丸までは綺麗に整備されており登りやすかったです。本丸からの眺めもよくハイキング的な城跡散策が楽しめます。

2020年11月03日 明石家船上
国吉城



本丸から、海に向かう側の曲輪は切岸で区切られている。段差8メートルくらいあり、見所

本丸の石垣は土留の野面積み石垣
堀切まで降りると、より後期の裏栗石が込めてある野面積み
城主居館跡まで降りると、石は大きくなり算木積みの角石がある
年代による土木工事技術の向上が見られる


2020年10月29日 陸奥磐城守景衡
国吉城

今年限定の御城印を入手できました。
たまたま合戦イベントの大手柄武将の粟野公のお城、御城印目的でしたが、ご縁を感じます❗
本丸までは意外に急坂でたいへんです。
しかし本丸や二ノ丸は非常に眺めがよく、頑張る価値は充分あります❗
資料館のスタッフ様の対応も丁寧です❗
館長さんが収集した御城印コレクションも必見です❗今は本能寺の変の際の若狭衆の行動の展示をしています❗
美浜インター近くで、駐車場もありますので便はそれなりです❗

2020年09月18日 せせらぎ権大納言
国吉城



熊出没情報が掲示されています。
雨の平日の朝一で人影なく、熊鈴を鳴り響かせて、怯えながら登りました。歴史資料館から20分くらいです。

2019年11月04日 織田上総介晃司
国吉城

若狭国吉城歴史資料館に駐車場がありますが、障がい者優先なので一段下の駐車場に停めました。

麓の城主居館跡遺構と山頂の城郭遺構を楽しめる事ができます。

獣よけのフェンス戸があります。登城の際通り抜けたらちゃんと鍵をかけるようになりますが帰りの際開けやすくするため2つある鍵の内1つだけ鍵をかけるほうが楽です(勿論帰りの時は2つ鍵をかけてください)

美浜町の名物に「へしこ」があります。
料理の材料としても使えますが、そのまま酒の肴にしても美味しいです。

2019年06月13日 龍馬備中守【】
国吉城



主郭部・低い石垣は虎口☆国吉城のすぐ東側は越前との国境☆越前の朝倉氏に対する境目の城☆

2019年06月13日 龍馬備中守【】
国吉城



登城道途中の郭群は食い違い虎口☆主郭南西側の最前線☆度重なる朝倉氏の軍勢が国吉城に攻め寄せる☆それに対して粟屋氏はこの城に籠城☆あしかけ6年にも渡って城を保ち続ける☆

2019年06月13日 龍馬備中守【】
国吉城



山麓の城主居館☆段郭と低い石垣が何段にも見れる☆粟屋越中守勝久によって築かれる☆

2019年04月24日 龍馬備中守【】
主郭[国吉城  遺構・復元物]



二郭より(奥)主郭部☆(手間)石垣部は主郭と二郭を遮断していた堀切☆自然地形を生かした城郭は見事☆粟屋越中守勝久が国吉城を築く☆その後は織田信長の軍勢が入城しここ国吉城から越前攻めの拠点にした☆

【見所】
①自然地形を利用した鋭い切岸斜面♪
②主郭部の石垣で組まれた虎口♪
③北側の連郭曲輪群♪
④連郭郭群にある内枡形虎口♪
④伝二の丸の喰違虎口♪
⑤二郭から見た主郭♪

2019年02月28日 カーネル
国吉城

小浜線 美浜駅から直線で2.8km、とやや遠い

駅から南へ向かい国道27号で左折して東へ。途中歩道がなかったりするので注意でうす。20分ほどで国道27号が二手に分かれる看板が前方に見えるあたりに、垂直方向のガードレールに「若狭国吉城歴史資料館」の青い案内があるので、ここで右折

ここから大通を離れ、街中の説明の看板などあり、期待が高まる。道が狭くなり、左方に資料館があるので、左折します。駅から30分で到着

資料館前の地図で登山道を確認するが雪でよくわからず、山の方に看板があるので、とりあえず目指すと正解

雪で道がわからないけど、足が木の階段に触れたら正解。という程度で適当に登り柵を超える。この先は木が生えてない箇所を目でおうと、つづらを切る道が見えるので、これを辿りました

途中で伝二の丸跡に寄り道。土塁がいい感じでした。元の道に戻って登り続け、堀切にでたら左の曲輪群へ向かうと大規模でした

戻って本丸を目指しました。反対側を見下ろすと堀切の看板があるのでそこまで下り、そこで引き返しました

資料館には寄らずに駅に戻って、120分でした

2018年11月29日 松之助尾張守
国吉城

資料館では徒歩30分、と聞きましたが、小学校低学年の姫を連れて21分で行けました。
国吉城は一部を除き民有地だそうで、たくさんの方々のご厚意で保存、公開することができているそうです。
地域の方々に感謝しつつ、見学する側もマナーを守ってこれからも公開が続いていくようにしなければいけないなと思いました。


2018年08月30日 衣谷播磨守其土
国吉城

昨日29日、駅から歩いて登城。熊の侵入を防ぐため有刺鉄線の扉をくぐる。熊には遭わなくて良かった、蛙はいっぱいいたけど…。

2018年08月26日 作兵衛三河守暇か!
国吉城

車で来られる方は歴史資料館前に駐車場がありますが、障害者用のみになってますので注意が必要です。そこよりちょっと下の方に見学者駐車場があるのでそこを利用すると良いと思います。資料館の中には、難攻不落の缶バッジなど売っているので是非のぞいてみて下さい。簡単な縄張り図やお茶など無料で出してもらえます。トイレはありますが自販機がないので、飲み物などは事前に準備をした方が良いです。

資料館の横手より登り口があります。途中に柵があり熊注意と本丸に蜂の巣注意の看板がありました。30分ほどで本丸まで登れますが急勾配で大変です。でも素晴らしい遺構と景色を見る事が出来るでしょう。

2018年06月21日 あざらし肥前守
国吉城

公共交通:一例
小浜線美浜駅から路線バス・コミュニティバスがあります(本数は少なめかも)
駅で自転車をレンタル(駅改札横、駅員・職員が1名ずつの感じ、若狭美浜観光協会8:30~、普通4時間未満500円~身分証コピー、戻ると返却)、ハンドルがサイドでなく前に腕を伸ばすタイプで運転し辛いかも、東に概ね一本道=R27往路約20分、復路飛ばして約12分でした。
城は山道ですが、早足なら登り約25分、下り約15分下りの方が危険なので注意しましょう。
百名山深き山でも人とクマは互い警戒で会う確率は極少、見学して戻るくらいの時間であれば動物に会うことも、まずないと思います。(山菜採り等が危ない)
漢字「熊」を分解してみましょう、能力のある四足動物=知能・学習能力が高い、鈴やラジオは存在を知らせる有効な手段、スプレーやストック持参が役立つ、万が一会ってしまったときは、かなり驚くと思いますがまず冷静に「走って逃げない」「背を向けない」「騒がない」ことが重要です。
自己判断になりますが資料館も含め見所多いので、山頂までは行っておきたいところです!

2018年04月24日 徳川内大臣源朝臣康武
国吉城

今年もGWは佐柿国吉城まつり!!5月6日(日)開催!
・御岳山登山(7:45~12:30)※事前申込必要。
・戦国の狼煙を再現(9:30~10:00)
・城下LIVE(10:00~13:00)
出演(予定)
〇美浜和太鼓「侠」
〇真誠流剣詩舞道
〇鈴木としのりライブ
〇風音(オカリナ)
〇美浜JAZZオーケストラ
・徳賞寺精進料理(11:00~13:00)※事前申込必要。有料。
・国吉うどん振舞(11:00~13:00)※なんと無料!!( ; ロ)゚ ゚
・佐柿国吉城“続日本100名城”選定記念講演
(13:00~14:00)
テーマ「国吉籠城戦…455年目の真実⁉️」
講演者:川村俊彦氏(元敦賀市立博物館館長)、大野康弘氏(若狭国吉城歴史資料館館長)
会場:若狭国吉城歴史資料館前広場、国吉城址、徳賞寺
主催:美浜町佐柿区
※お問い合わせは、若狭国吉城歴史資料館(TEL0770-32-0050)まで。
当日は、若狭国吉城歴史資料館は一日無料開館になります。

2017年10月15日 まるき〜主殿助
国吉城

若狭国吉城歴史資料館で文化遺産カードが配布されていました。

取り扱いカード
国吉城址(城主居館跡)
青蓮寺の大銀杏
彌美神社
の三種類、そこに行った写真を資料館に持って行くと配布してもらえます。
いずれも資料館から数分の所です。
城跡に訪れた時のお楽しみにどうぞ!

2017年09月10日 我流尾張守クール
国吉城

JR美浜駅から向かいました。
駅構内でレンタルサイクルがあります。
電動アシストとママチャリです。健脚ではない方は電動アシストがオススメです。
高札場町から歴史資料館前までが上り坂…私は健脚ではないのにママチャリを選び、降車して歩きました。
歴史資料館裏から攻め入りますが、事前勉強を兼ねて立ち寄るのが賢明かと思います。
本丸跡までは途中二ノ丸跡に立ち寄り、およそ30分でした。かなり急勾配ですが、きちんと階段状に整備され歩き易かったです。熊よけの鈴を持参しましたが、資料館で貸してくださいます。
北西曲輪群はⅥ郭までありますが、かなり急峻で滑り易いので注意が必要です。

下山後、再び資料館に立ち寄り冷茶を頂きました。職員さんの「難攻不落」とバックプリントされたポロシャツが格好よく、入手方法を問いましたが、残念ながら職員専用とのことでした(笑)
JR小浜線は列車のない時間帯もあるので、要注意です。


2017年05月12日 徳川内大臣源朝臣康武
国吉城

平成29年4月6日(木)の城の日、公益財団法人日本城郭協会発表の「続日本100名城」に選定されました(No.139 佐柿国吉城)。

若越国境を守る「境目の城」で、侵攻してきた越前朝倉氏の軍勢を10年に渡り撃退し、「難攻不落」を誇りました。
元亀元年(1570)4月、織田信長が秀吉、家康らを率いて入城し、朝倉攻めの拠点になりました。豊臣政権下では、秀吉直臣の木村常陸介定光が城主になり、戦国の山城を豊臣大名の居城に相応しい石垣造りの城に改め、城下町を整備しました。

国吉城と城下町佐柿の歴史を紹介する若狭国吉城歴史資料館があり、近頃Facebookを始めました。


2017年03月05日 あまそう摂津守
国吉城

隣の山で熊が見つかったらしく柵がしてありました❗猿や鹿は頻繁に出るらしく気をつけて下さい❗とのことでした❗

2015年10月06日 まるき〜主殿助
国吉城

国吉城の麓にある若狭国吉城歴史資料館では今、城コレ2015と称してお城好きなら「お〜っ!」と思わず声をあげるグッズの展示をしています。
エントランスにこれでもか!と思う程の城グッズの数々、かわいい物から懐かしい物やお土産屋さんで見た事ある物、今ではもう手に入らないであろうレアな物…お城のペーパークラフト等々、圧巻です。
おもちゃ屋さんに来た時の様な気分で小さなお子さんでもきっと楽しめるかと思います。(笑

城コレは10月18日までの展示になりますが、また次回の催し物も随時予定しているようです。

2015年06月17日 まるき〜主殿助
国吉城

難攻不落!(;^_^A
上がって本丸にたどり着く頃には体力が奪われて膝が笑います…
時間を掛けて水分補給をしながら
ゆっくり登るのが良いかと思います
また、登り口に熊よけのフェンスがありますのでラジオや鈴等を鳴らせながら登るのが良いかも…
実際のところ伝二の丸付近は獣臭がします。

途中から未舗装路になりますので
小石等を落とさない歩き方を心がけたいところ…
資料館では杖の貸し出しもあります。




2014年12月23日 VINO-S
国吉城

ぜひ国吉城歴史資料館で250円の佐柿国吉城を歩こうを購入し登城しよう見忘れがなくなります

2014年11月30日 野呂利左衛門督休三
国吉城

何度か朝倉勢が攻め込んでいるが、その都度撃退。
それで「難攻不落 若狭国佐柿国吉城」のキャッチコピーで売り出し中。同コピーの入ったクリアファイルも販売開始。

2014年11月30日 野呂利左衛門督休三
国吉城

現在、本丸が発掘調査中。本丸傍の堀切に石仏が並んでいますが、石垣に使われていました。
城下町から始まる佐柿の町並みも見所。

2012年05月09日 大宰帥無城主格宇京
国吉城

山麓の資料館には日本各地の城のパンフが置いてあり無料で持ち帰れますありがたいです

資料館から城跡本丸へは約20分でアタックできました。熊には遭遇しなかったけど出没するそうなので鈴などの装備をお忘れなく

国吉城の周辺スポット情報

 主郭(遺構・復元物)

 二の丸跡(遺構・復元物)

 本丸下帯曲輪段石垣(遺構・復元物)

 本丸下北側堀切(遺構・復元物)

 本丸北西虎口跡(遺構・復元物)

 本丸東虎口跡(遺構・復元物)

 本丸南隅櫓台(遺構・復元物)

 国吉城址碑(碑・説明板)

 佐柿国吉城址説明板(碑・説明板)

 岩出山砦(周辺城郭)

 中山の付城(周辺城郭)

 狩倉山城(周辺城郭)

 駈倉山城(周辺城郭)

 徳賞寺(寺社・史跡)

 若狭国吉城歴史資料館(スタンプ)

 歴史資料館トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 岩出山砦 登城口(その他)

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