後瀬山城(のちせやまじょう)

後瀬山城の基本情報

通称・別名

所在地

福井県小浜市伏原、大宮、男山、鹿島、浅間

旧国名

若狭国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

武田元光

築城年

大永2年(1522)

主な改修者

主な城主

武田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、石垣

指定文化財

国史跡(後瀬山城跡)

再建造物

周辺の城

小浜城(福井県小浜市)[1.9km]
谷小屋城(福井県小浜市)[5.0km]
小浜藩台場(福井県大飯郡)[8.3km]
新保山城(福井県小浜市)[8.3km]
大倉見城(福井県三方上中郡)[14.5km]

後瀬山城の解説文

小浜市街地の南側、JR小浜駅の西南に万葉の山として名高い後瀬山がある。海抜168mとさほど高くはないが、小浜湾から望む山の姿は誠に端麗であり、若狭おばまの象徴として市民から親しまれている。この山の山裾周辺には、妙興寺・八幡神社・発心寺など中世以来存続する著名社寺が所在し数多くの古文書も残されている。また、北側山裾は丹後街道が走っており交通の要所でもあった。

城は後瀬の山頂に主郭を配し、それより北側に伸びる稜線上につくられており総延長400m、最大幅30mをはかる。

これが城の主軸となっており4ブロックにわかれるが最先端は八幡神社の裏山に至る。さらに山頂主郭の西南に張り出した稜線の妙興寺へ向かって下がる枝峰にも3ブロックが認められ延長220mが計測される。その他、八幡神社と妙興寺の中間山腹にも小郭が存在する。

両社寺の間には若狭守護武田氏の館があり(現・小浜小学校、空印寺)ここより裏山へ通じる道があったと聞くが現在は小浜線によって山裾を削られ消滅している。

城の比高差は最下段から主郭まで100mにもおよぶ。山の東西両側面はかなりの急傾斜を形成し、とくに東側伏原地域が顕著である。したがって城郭は西側に集中し、東では主郭の下方に竪堀が一本認められるのみで平場はまったく見当たらない。

この城は若狭地方最大の規模を誇るが、全国的に見た場合はさほど大きくなく、幅も非常に狭小である。しかし、この山は開発されておらず一部の破損はあるものの往昔の姿をよくとどめているもので、かつての縄張りを伺うことが出来る。

情報提供:小浜市教育委員会文化課

後瀬山城の口コミ情報

いさん様[2015年11月07日]
麓のパンフレット入れの中にトカゲが入っていました。住み処にしているかはわかりませんがご注意ください。

ぺんた様[2015年08月20日]
登上口は国道27号線の後瀬山トンネルの東側入り口横に愛宕神社の入り口がありますのでそこからとなります。(国道27号から直接は愛宕神社へは行けません)
なぜ愛宕神社からなのかは現地案内板などで解説されてるので読んでいただければ納得の話になってます。

駐車場は愛宕神社参拝者用の駐車場を利用されたら良いかと思います。主郭部分までたどり着くのにひたすら登りが続きますが途中までは枕木の階段が整備されててそんなに距離もないので頑張って上がってみてください。

全体的に縄張りがそれほど形を変えず残っていて主郭部分には階段や石垣も程度よく残ってますので小浜城まで来られたのであればついでに行ってみる価値はあると思います。

野呂利駿河守休三様[2014年12月01日]
八幡神社や空印寺のすぐ北を丹後街道が通っており、街道沿いの町並みは伝統的な商家造りの家が軒を連ねています。

野呂利駿河守休三様[2014年11月30日]
麓にけっこう寺社があります。城の登り口の西には若狭武田氏の建てた発心寺、仏国寺があります。
北側に八幡神社や空印寺(若狭武田氏の館跡。八百比丘尼の入定洞がある)、足利尊氏が建てさせた安国寺の一つの高成寺があります。

古楽侍従広家様[2010年09月26日]
麓に浅井三姉妹の次女お初の墓所があります。初が愛した土地なんですね。

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年06月11日]
登山口にパンフレットケースが設置されていて、城のパンフレットがもらえますから、お忘れなく

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