高浜城(たかはまじょう)

高浜城の基本情報

通称・別名

所在地

福井県大飯郡高浜町事代

旧国名

若狭国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

逸見昌経

築城年

永禄8年(1565)

主な改修者

主な城主

逸見氏(武田氏家臣)、溝口氏(丹羽氏家臣)、山内氏(豊臣氏家臣)、木下氏(豊臣氏家臣)、佐々氏(京極氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、石垣、櫓台

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

小浜藩台場(福井県大飯郡)[11.1km]
泉源寺城(京都府舞鶴市)[13.1km]
谷小屋城(福井県小浜市)[14.3km]
行永城(京都府舞鶴市)[14.6km]
後瀬山城(福井県小浜市)[17.0km]
小浜城(福井県小浜市)[17.6km]
田辺城(京都府舞鶴市)[20.8km]
今宮城(京都府南丹市)[22.5km]
建部山城(京都府舞鶴市)[23.4km]
中山城(京都府舞鶴市)[24.5km]

高浜城の解説文

高浜城は、丹波守護・内藤氏の後ろ盾を得て若狭守護・武田氏に謀反を起こした逸見昌経が築城した城郭である。

逸見昌経は若狭武田家初代武田信栄の菩提寺である長福寺を移転させ、その地に高浜城を築いた。

だが昌経の死後逸見氏は滅び、高浜城は幾度か主を変えたのち、江戸時代に酒井氏が小浜藩に入ったあと、一国一城令により廃城となった。

高浜城の口コミ情報

2022年05月14日 国府左京亮城介
砕導山城[高浜城  周辺城郭]



若狭では最大級の山城で逸見氏の居城

【歴史】
築城年代は不明であるが、逸見氏によって築かれた。逸見氏は度々武田氏に対して叛逆しており、永正14年(1517)には逸見国清、天文7年(1538)、永禄4年(1561)、永禄9年(1566)には逸見昌経が反旗を翻しており(天文7年に関しては行っていない可能性もある)、永正14年から永禄4年までの間に築かれた可能性がある。

永禄4年の反乱にあっては、長い籠城戦の末、落城し、廃城となった。この反乱には、国吉城主の粟屋勝久も立て籠もっていたらしい。

【遺構】
高浜城から南に1.5kmに位置する妙見山(標高142m/比高132m)全体に築かれている。11の曲輪群、土橋、堀切、虎口、切岸、竪堀が極めて明瞭に残っている。特に曲輪の数が尋常でないほどある。11の曲輪群の内、名称が付いているもの(天王山、千丈ヶ嶽、愛宕宮、妙見宮、忠魂碑、佐伎治)は、史料がないため仮称となっている。

【感想】
若狭だけでなく、福井県においても最大級の山城であることは間違いありません。福井県で行ったことのある一乗谷城、戌山城、後瀬山城と比較しても、頭一つは抜け出している位、城域が広いです。電車の都合等もあり、四時間ほどの滞在でしたが、隅々まで回りきることはできませんでした。恐らくは半日は見た方がいいのかもしれません。

城内は保存会によって見学ルートがあるので、案内通りに行けば、特段迷うことなく、この城の見所である堀切や切岸、土橋を見逃すことはありません。しかし、見学ルートを外れた所にも、素晴らしい遺構が残っています。

特に、天王山曲輪の北東にある喰違虎口、千丈ヶ嶽曲輪下に南西にある二重堀切、愛宕宮曲輪北側の二重堀切、妙見宮曲輪南側の二重堀切は中々のものだと思います。ただし、場所によってはかなりの急斜面を降りていくことになるので、無理はしないでください。

という訳で、若狭攻めをする際は、国吉城・後瀬山城だけでなく、この砕導山城も訪れてください。体力的には後悔をするかもしれませんが、期待は決して裏切らないと思います!

【アクセス】
若狭高浜駅から徒歩で7分ほどにある佐伎治神社から登っていく。

【写真】
①竪堀
②喰違虎口
③二重堀切(愛宕宮下)
④二重堀切(妙見宮下)
⑤切岸(千丈ヶ嶽曲輪)
⑥畝状竪堀

2022年05月09日 シゲ伊予守豊右衛門
高浜城



所々野面積みの跡が残っています。城跡の手前は、芝生公園になっており、周りの海岸線も散歩するには、持ってこいです。高浜八穴という名勝もあります

2022年03月26日 マイリバ
砕導山城[高浜城  周辺城郭]



砕導山城は天王山曲輪、千丈ヶ嶽曲輪、妙見宮曲輪、愛宕宮曲輪、佐伎治宮曲輪と大きく分けて5つの曲輪に大別される城郭です😚
特に天王山曲輪の周辺では後述の籠城戦の際に増設されたであろう夥しい数の雛壇状🎎の帯曲輪が取り巻いており、「曲輪祭り」状態を楽しめます←1番写真で伝わらないやつって言うの禁止🚫😂
また、千丈ヶ嶽曲輪までの途中に出てくる堀切凹は2条が良好な状態で遺っていますし、反対の西側には土橋👃も見られ、同曲輪が砕導山城の主郭であった可能性が高いと云われています🤔
最高所の妙見宮曲輪からは高浜城を望むことができ、海近物件🏖ならではの眺望を楽しめます🤩
登城日はあいにくの雨☔️だったので、滑りやすい土質に苦戦しましたが、ある程度の倒木アスレチックはあるものの良く整備されており、遺構も見やすかったです😚
保存会の整備に感謝です🙇‍♂️
佐伎治神社⛩にお断りして、駐車場をお借りしました😌

〜以下、登城口の解説板より〜

砕導山城跡

逸見昌経は、若狭 地方を治めた守護大名武田氏の重臣である。
1561年(永禄4)年、重臣の一人である粟屋氏の一部や丹波の松永長頼と手を組み、武田氏に謀反を起こした。
砕導 山城はその拠点となり、逸見側は8,000人が結集したが、武田•朝倉連合軍11,000人に攻められ半年で落城したとされる。

2019年05月02日 たいら宮内大輔参平
高浜町郷土資料館[高浜城  関連施設]



大人200円、小中学生100円

2010年07月21日 徳川内大臣源朝臣康武
高浜城

[武将像]逸見駿河守正経像
高浜町郷土資料館に鎮座。

高浜城の周辺スポット情報

 太鼓櫓跡(碑・説明板)

 高浜城跡(碑・説明板)

 砕導山城(周辺城郭)

 白石山城(周辺城郭)

 高浜町郷土資料館(関連施設)

 明鏡洞(その他)

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