吉川氏城館(きっかわしじょうかん)

吉川氏城館の基本情報

通称・別名

吉川氏城館[吉川元春館・駿河丸城・日野山城・小倉山城・松本屋敷]

所在地

広島県山県郡北広島町海応寺他(地図は吉川元春館を示す)

旧国名

安芸国

分類・構造

城館遺跡群

天守構造

築城主

吉川元春[吉川元春館・日野山城・松本屋敷]、吉川経高[駿河丸城]、吉川経見[小倉山城]

築城年

天正10年(1582)[吉川元春館・松本屋敷]、正和2年(1313)[駿河丸城]、不明[日野山城]、南北朝時代後期[小倉山城]

主な改修者

主な城主

吉川氏[すべて]

廃城年

天正19年(1591)[吉川元春館・松本屋敷・日野山城・小倉山城]、不明[駿河丸城]

遺構

曲輪、横堀(空堀)、石垣、土塁、井戸

指定文化財

国史跡(吉川氏城館跡)

再建造物

石碑、説明板、庭園

周辺の城

南朝方毛利氏城館(広島県山県郡)[4.3km]
今田氏城館(広島県山県郡)[6.5km]
枝ノ城(広島県山県郡)[6.9km]
松尾城(広島県安芸高田市)[16.6km]
牛頭山城(広島県広島市)[16.8km]

吉川氏城館の解説文

吉川氏城館は、安芸の吉川氏に関する、吉川元春館・駿河丸城・日野山城・小倉山城・松本屋敷の総称である。

吉川元春館
吉川元春館(きっかわもとはるやかた)は、広島県山県郡北広島町志路原字海応寺にある吉川氏の居館跡である。国の史跡。

概要
居城の日野山城の西南の山麓、志路原川の河岸段丘上に築かれ、その志路原川が堀としての役割を担っている。南側正面には高さ約3mの巨大な石垣が約80mに渡って続き、後方は山、両側には土塁を築き、その上に塀を巡らせた。多くの建物や廊下の他に庭園もあり、造園後に一度改装されたことが発掘調査の結果より判明している。同様の庭園は近隣の今田氏館にも現存している。

正面の石垣は高さ3mにおよび、特徴のある積み方をしている。柱のように巨大な岩石をまず一定間隔で立て、その間を埋めるように大小の石を充填する手法を用いて築いている。同様の石垣の建築手法は現在も宮島の厳島神社参道の海側の石垣でも見られ、吉川元春館を築いた石工集団[1]が、この石垣の建設にも関与したことをうかがわせる。

歴史
中国地方の雄、毛利元就の次男で吉川氏の当主であった吉川元春が天正10年(1582年)の備中高松城の戦いの後、嫡子の吉川元長に家督を譲り隠居した際に、自身の隠居館として1583年(天正11年)に建設を開始した。この地は吉川氏一族である石経有の所領であったが、それを譲り受けての建設であった。館そのものの細部は未完ではあったが元春はこの館に入り隠居生活を開始する。しかし天正14年(1586年)に建設半ばで元春が九州で死去。翌年の天正15年(1587年)にもこの館の新たな主である嫡子の吉川元長も病死。元長の弟吉川広家の頃に完成を見た。広家が天正19年(1591年)に月山富田城に移ると、徐々に居館としての機能を失い廃墟と化していったと思われる。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後の検地帳でも城館跡として記載されている。

その後およそ400年、田畑や森に埋もれた吉川元春館であったが、石垣などの遺存状態も良好で、昭和61年(1986年)8月28日には駿河丸城跡や小倉山城跡とともに「吉川氏城館跡」の一部として国の史跡に指定され、平成6年(1994年)から平成10年(1998年)にかけて周辺地域の学術的な発掘調査が実施された。この調査は多くの成果をあげ、「吉川氏城館跡」の範囲のさらなる広がりが確認されたため、調査中の平成9年(1997年)9月2日付けで史跡の追加指定が行われ、指定範囲が拡大した。

なお平成14年(2002年)には「吉川元春館跡庭園」が国の名勝に指定されている。

以後遺跡の保存と活用がはかられ、平成18年(2006年)までに石垣の修復や柱穴から台所の建物の復元、庭園の修復・復元が行われており、平成19年(2007年)には吉川元春館跡に隣接して「戦国の庭 歴史館」が開館している。

参考文献
広島県教育委員会編『中世城館遺跡保存整備事業発掘調査報告 「吉川元春館跡:史跡吉川氏城館跡」発掘調査概要』広島県教育委員会、1996.3...

吉川氏城館の口コミ情報

織田大膳大夫晃司0923可児様[2017年04月30日]
吉川氏城館の内、吉川元春館跡をリア攻め。

隠居として建てられた館だが、正面の石垣の威圧感。周りを囲む土塁などもしもの時は砦として機能しそう。

庭園も造られて、武勇で名を馳せた元春ですが、文化的教養の深さを垣間見る事ができる。

余談ですが、吉川元春の子孫に現在、ミュージシャン・俳優として活躍されている吉川晃司さんがいらっしゃいます。

以前、大河ドラマで織田信長役を演じた時、親戚から「敵役を演じるとは何事か!」と言われたそうです。

んな摂政な!マイリバ様[2016年06月06日]
平成28年6月12日に日山城では「戦国の庭 歴史館事業 甦れ!日山城跡」と銘打って草刈&道打ち整備が行われます。
なんと、吉川元春館跡復元台所で炊いたご飯、汁等の昼食付です。
既に締切は過ぎていますが、来年3月には標識設置イベントも予定されています。
ふるさと納税とかではなく、城跡整備にダイレクトに関われるこういうイベントって素晴らしいと思います。

んな摂政な!マイリバ様[2016年06月06日]
吉川元春館跡の表門石垣は、縦型の石の間隔を門から遠くなるほど狭めており、遠近法を用いて館のスケールを大きく見せる工夫がなされています。
また、ガイダンス施設「戦国の庭 歴史館」では、籌木(ちゅうぎ)という戦国時代のトイレットペーパー(というか、棒)、鬼吉川も使ったかもしれない蝿叩、益田藤兼・元祥父子を饗応した際の献立(カワウソまで食材にしています)の再現等、興味深い展示が多いため、時間に余裕をもってお立ち寄りください♪

んな摂政な!マイリバ様[2016年06月06日]
吉川元春館跡から県道を挟んで北に入ったところにある万徳院跡では、毎月第3日曜日に「中世の蒸風呂体験会」を開催しています。
着衣のまま(汗はかくでしょうが)入れて、しかも無料!
次回開催は平成28年6月19日11時~15時です。

んな摂政な!マイリバ様[2016年06月06日]
平成28年6月5日現在、駿河丸城は藪が酷くてリアル攻めは非常に困難(敢えて「不可能」とは書きません(笑))です。
城跡を管理している方によると、毎年春には北広島町が下草刈りを行うのに、今年はまだ未実施とのこと。
文科省さ~ん、国指定史跡なんですから、出番ですよ~

£りゅうちゃん£備後守様[2016年04月24日]
城郭までの道端、至るところに芝桜が植えられてて とても綺麗でした。

ブイシカ太政大臣様[2012年09月18日]
吉川氏の里とも言える場所に、吉川元春館跡はある。吉川氏の岩国転封後は再開発もされず野に戻った為、保存状態は良好で元春公が使用した厠跡が遺り、近年食生活や寄生虫による症状までが分析されている事は特筆に価しよう。
館跡裏には元春公、元長公の廟があり、改めて館の意味深さを感じさせる。

弾正尹M三郎様[2011年07月10日]
直線的だが、巨石を巧く組み込んだ石垣が秀逸。芝生の緑とのコントラストが美しい。

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