吉川氏城館(きっかわしじょうかん)

吉川氏城館の基本情報

通称・別名

吉川氏城館[吉川元春館・駿河丸城・日野山城・小倉山城・松本屋敷]

所在地

広島県山県郡北広島町海応寺他(地図は吉川元春館を示す)

旧国名

安芸国

分類・構造

城館遺跡群

天守構造

築城主

吉川元春[吉川元春館・日野山城・松本屋敷]、吉川経高[駿河丸城]、吉川経見[小倉山城]

築城年

天正10年(1582)[吉川元春館・松本屋敷]、正和2年(1313)[駿河丸城]、不明[日野山城]、南北朝時代後期[小倉山城]

主な改修者

主な城主

吉川氏[すべて]

廃城年

天正19年(1591)[吉川元春館・松本屋敷・日野山城・小倉山城]、不明[駿河丸城]

遺構

曲輪、横堀(空堀)、石垣、土塁、井戸

指定文化財

国史跡(吉川氏城館跡)

再建造物

石碑、説明板、庭園

周辺の城

南朝方毛利氏城館(広島県山県郡)[4.3km]
今田氏城館(広島県山県郡)[6.5km]
枝ノ城(広島県山県郡)[6.9km]
松尾城(広島県安芸高田市)[16.6km]
牛頭山城(広島県広島市)[16.8km]
二ツ山城(島根県邑智郡)[17.4km]
阿賀城(広島県安芸高田市)[18.0km]
桜尾城(広島県山県郡)[18.1km]
猿掛城(広島県安芸高田市)[18.8km]
鈴尾城(広島県安芸高田市)[20.4km]

吉川氏城館の解説文



吉川元春館(きっかわもとはるやかた)は、広島県山県郡北広島町志路原字海応寺にある吉川氏の居館跡である。国の史跡。

概要 

居城の日野山城の西南の山麓、志路原川の河岸段丘上に築かれ、その志路原川が堀としての役割を担っている。南側正面には高さ約3mの巨大な石垣が約80mに渡って続き、後方は山、両側には土塁を築き、その上に塀を巡らせた。多くの建物や廊下の他に庭園もあり、造園後に一度改装されたことが発掘調査の結果より判明している。同様の庭園は近隣の今田氏館にも現存している。

正面の石垣は高さ3mにおよび、特徴のある積み方をしている。柱のように巨大な岩石をまず一定間隔で立て、その間を埋めるように大小の石を充填する手法を用いて築いている。同様の石垣の建築手法は現在も宮島の厳島神社参道の海側の石垣でも見られ、吉川元春館を築いた石工集団[1]が、この石垣の建設にも関与したことをうかがわせる。

歴史 

中国地方の雄、毛利元就の次男で吉川氏の当主であった吉川元春が天正10年(1582年)の備中高松城の戦いの後、嫡子の吉川元長に家督を譲り隠居した際に、自身の隠居館として1583年(天正11年)に建設を開始した。この地は吉川氏一族である石経有の所領であったが、それを譲り受けての建設であった。館そのものの細部は未完ではあったが元春はこの館に入り隠居生活を開始する。しかし天正14年(1586年)に建設半ばで元春が九州で死去。翌年の天正15年(1587年)にもこの館の新たな主である嫡子の吉川元長も病死。元長の弟吉川広家の頃に完成を見た。広家が天正19年(1591年)に月山富田城に移ると、徐々に居館としての機能を失い廃墟と化していったと思われる。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後の検地帳でも城館跡として記載されている。

その後およそ400年、田畑や森に埋もれた吉川元春館であったが、石垣などの遺存状態も良好で、昭和61年(1986年)8月28日には駿河丸城跡や小倉山城跡とともに「吉川氏城館跡」の一部として国の史跡に指定され、平成6年(1994年)から平成10年(1998年)にかけて周辺地域の学術的な発掘調査が実施された。この調査は多くの成果をあげ、「吉川氏城館跡」の範囲のさらなる広がりが確認されたため、調査中の平成9年(1997年)9月2日付けで史跡の追加指定が行われ、指定範囲が拡大した。

なお平成14年(2002年)には「吉川元春館跡庭園」が国の名勝に指定されている。

以後遺跡の保存と活用がはかられ、平成18年(2006年)までに石垣の修復や柱穴から台所の建物の復元、庭園の修復・復元が行われており、平成19年(2007年)には吉川元春館跡に隣接して「戦国の庭 歴史館」が開館している。

検出遺構と出土遺物 

1994年から、広島県教育委員会による発掘調査が行われ、多くの発見があった。石垣は調査以前より存在が判明していたが、土塁、掘立柱建物を中心とする屋敷跡、庭園跡を確認している。

庭園跡

庭園は、一乗谷朝倉氏遺跡の庭園とならび、戦国期のものとしては遺存状況がすこぶる良好で、つくりも秀逸な庭園である。垂直に立てた石組の護岸と扁平な敷石の池底をともない、たいへん人工的な池庭である。館跡の北縁に池の護岸が立地し、池の北には築山、その東に滝組の配置となっており、築山頂部には立石をすえた形跡がのこる。国の名勝に指定され、整備が進んでいる。

トイレ遺構

特筆すべき遺構としてトイレ遺構が挙げられる。この遺構は北側にある門を入って屋敷の正面奥に位置し、径3×1.2m、深さ0.7mの長楕円形の土坑に木製桶が2基南北に並べて埋設され、この桶を便槽とする桶形汲取式(おけがたくみとりしき)のトイレである。南側埋桶からは籌木、折敷、筒状竹製品、猿形[2]、人形形代、聞香札[3]、楔、土師質土器、北側埋桶からは部材片、楔、土師質土器が出土している。なお、籌木には竹製のものが2点混じり、また短いもの、折れたものが出土していることから、使用し汚れた先端を折り、再び使用した例ではないかとも考えられている。

南側埋桶からは1cm3あたり6,000個の寄生虫卵が検出され、ベニバナやイネ科の花粉、ヒエ穎・イネ穎・ナス・ウリ類・ウメ・キイチゴ属の種実、北側埋桶では寄生虫卵は痛み分解していたため検出密度は低かったが、イネ科・ソバ属の花粉、イネ穎・ヒエ穎・ナス・ウリ類・キイチゴ属の種実が検出された。なお、遺跡を区画する大溝からは金隠しと「蝿打たんが為これを造る者也」と墨書された幅2.5cm、長さ43.5cmの木の札[4]が出土している。

呪いの井戸

調査の結果、館内の井戸跡の1つが呪いの言葉とともに石や粘土で丁寧に封印されていることがわかった。何らかの不幸が館内であり、その原因となったこの井戸を埋めて、鎮めたのではないかと考えられる。当時の人びとにとって、井戸は集団生活の命綱のような存在であり、同時に疫病などの発生源として恐ろしい存在でもあったことから、地下水の湧出に際しても、井戸の廃絶に際しても念入りな祭祀が執り行われたものであろう。

元春夫人宛の荷札

遺構外からは「こほりさたう」と墨書され氷砂糖の容器と考えられる円形の木の蓋板、「かかいさまへ(おかあ様へ)」と書かれていることから元春の妻に宛てられたであろうと考えられる木製の荷札などが出土している。

その他の遺構・遺物

その他の検出遺構としては、石組みの暗渠や鍛冶炉があり、戦国社会の領主の生活の一端が伺われる。

また、遺物としては、土器や陶磁器類のほか多数の生活用の木製品が出土した。上記で紹介したもののほかには、朱塗の漆器杯や柄杓の曲物部分などがある。

周辺遺跡 

館跡の背後には海応寺があり、境内には吉川元春・元長・夭折した末子のものとされる墓所がある。志路原川を越えた山中に吉川元長の建立となる万徳院跡、また、元春夫人が館の完成まで過ごしたと言われる松本屋敷跡などがある。城郭では、居城となった日野山城や小倉山城などがある。

駿河丸城跡、小倉山城跡。日野山城跡、西禅寺跡、万徳院跡、洞仙寺跡、常仙寺跡、松本屋敷跡は、吉川元春館跡とともに一括して国の史跡となっている。

アクセス 

  • 中国自動車道千代田インターチェンジより北へ10km

参考文献 

  • 広島県教育委員会編『中世城館遺跡保存整備事業発掘調査報告 「吉川元春館跡:史跡吉川氏城館跡」発掘調査概要』広島県教育委員会、1996.3
  • 文化庁編「戦国社会をものがたる館跡と道具」『発掘された日本列島 '96新発見考古速報』朝日新聞社p.60-61、1996.6、ISBN 4-02-256976-X

吉川氏城館の口コミ情報

2022年05月07日 安芸守 あきら
資料館[吉川氏城館  関連施設]



吉川氏城館に関する資料が展示されていますので、周辺城郭へ登城前に訪れて情報収集して行くとより楽しく攻城できます。

ここでは、日山城&小倉山城の縄張り図が掲載されている『吉川氏関連 山城』と言うコンパクトなパンフレットや御城印を入手できます。パンフレットは散策で非常に重宝しますので、入手は必須ですよ!

2022年01月10日 らんまる宮内大輔
吉川氏城館



石垣や各施設がきちんと手入れされていて良かったです。史料館も併設されているので、とても見応えがありますよ。

2021年10月23日 RED副将軍【新宮党】
駿河丸城[吉川氏城館  周辺城郭]



本丸と二の丸を隔てる堀切と、背後の横堀は必見✨中世初期の山城です🥳

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

1313年、吉川経高が安芸国より下向し築城。四代吉川経見が小倉山城を築き移るまでの約70年の間、安芸吉川氏の本拠地であった。

見所
南に開口した馬蹄形の尾根に曲輪が配される縄張り。谷間の東が本丸、西が二の丸とされる。本丸と二の丸は切り通しの様な堀切で隔てられ、そのまま背後の東側に空堀となっている。本丸、二の丸ともに切岸の鋭さはなかなかのもの。

比高は30mほどで、規模も小さいため、1時間弱もあれば十分回れると思います。登城口に案内板があり、車1台分のスペースがあります。

ここでヤマカガシくんに出会いましたのでご注意を〜
鎌首あげて殺る気満々でしたわ

写真
①本丸と二の丸を隔てる堀切
②本丸背後の横堀
③本丸の切岸
④本丸は土塁が巡る
⑤二の丸
⑥本丸南側の腰曲輪
⑦登城口
⑧案内板の縄張り図

2021年10月18日 青き巨星弾正少弼かみ
日山城跡入口[吉川氏城館  碑・説明板]



日山城跡の入口を示す案内板です。
国道261号線沿いにあります。
看板には火の山城跡とありますのでお間違えなく?

2021年10月17日 青き巨星弾正少弼かみ
吉川氏城館



日山城跡へ行かれる際には、吉川氏城館跡の戦国の庭歴史館に立ち寄って広島県北広島町発行の『吉川氏関連 山城』をいただいて登られるのをお勧めします。
日山城跡は熊笹が生茂っていますので、地図を確認しながら行くのが安全です。
往復で1時間40分くらいです。

2021年10月03日 武蔵守新九郎
吉川氏城館



吉川元春館として国指定史跡になっている隠居館。石垣と庭園は見事です。ここも上手に史跡整備している城館のひとつと言えます。見学は万徳院、小倉山城と一緒に、。。

2021年05月02日 九曜紋東市正
吉川氏城館



江の川の支流の志路原川を北と東の堀代わりにする立地で、10m程度の高台(丘陵地)に吉川氏城館跡がありました。現在では、山あいの閑静な地域です。
城館跡は、東に石垣、南と北に土塁を設け、南にはさらに壕まで備えた構造となっています。目測で100m四方の広い平地があり、水の流れる庭園, 殿舎, 井戸, 馬小屋, 番所, 台所等の跡が発掘され、台所は再現建屋が設置されています。
今では、丁寧に草も刈りそろえていただき、整備・管理された状況に感謝です。
この吉川氏城館跡から西方の山に向かって約20m程度、整備された歩道を進むと、吉川元春候の墓があります。

2020年11月15日 織田上総介晃司
小倉山城[吉川氏城館  周辺城郭]

大朝ICを降りて最初の交差点を直進。右手に小倉山城の石碑があるので右折。
広い駐車場があります。

整備されていて比較的楽に登城できます。

小倉山城に向かう途中に甲子園にも出場した事もある広島新庄高校があります。OBに元広島・永川さん、巨人・田口などがいます。

2020年08月09日 KAZ大宰帥正勝
洞仙寺跡[吉川氏城館  寺社・史跡]



吉川家の菩提寺跡です。
道路からの入り口に標識があるので
簡単ですが、駐車場が無いので
手前の八栄神社の下に止めて歩きました。
案内では、スグっぽく表示されてますが
まあまあの山ん中でした(^-^)

2020年08月09日 KAZ大宰帥正勝
枝宮八幡神社[吉川氏城館  寺社・史跡]



吉川元春公と元長公の父子によって
再建された神社です(^-^)

2020年08月09日 KAZ大宰帥正勝
龍山八幡神社[吉川氏城館  寺社・史跡]



吉川家の氏神さまです(^-^)
広島県下では、厳島神社の次に
古い神社になるそうです。

2020年08月09日 KAZ大宰帥正勝
小倉山城 堀切[吉川氏城館  遺構・復元物]

御座所跡から菖蒲園方向に向かう途中に
あります。看板が出ているので
わかりやすいです(^-^)
狐城と御座所の間になります。

2020年08月09日 KAZ大宰帥正勝
小倉山城[吉川氏城館  周辺城郭]



小倉山城の本丸です(^-^)
二の丸や三の丸を隅々まで見ても
本丸までは1時間くらいで上がれます。


2020年08月09日 KAZ大宰帥正勝
北側駐車場[吉川氏城館  駐車場]



『奥様のご実家!家庭訪問シリーズ』
第一弾は元就公の奥方
おかたさんのご実家
小倉山城の北側駐車場です(^O^)/

が…
おかたさんの説明看板が無くなってます
(>_<)
うーむ…
出鼻を挫かれた感が…σ(^_^;)




2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
日野山城 入り口[吉川氏城館  その他]

奥に進むと、ギリ3台は止められる駐車場が
あります。
お城に上がる際は、途中は沢伝いに行く事に
なりますので、増水時期には注意が必要です。
地元の方が仰ってましたが、時々
熊の目撃情報がある様なので準備が必要と
思われます。
特に浄必寺跡は沢伝いと1mぐらいの熊笹が
群生してるので、お互い集中しちゃってると
『ばったり!(°_°)』なんて事も予想されます


2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
常仙寺跡[吉川氏城館  寺社・史跡]



吉川元春公が養子に入る前の当主さま
吉川興経公の首塚です
興経公は隠居させられて、現在の安佐北区深川に幽閉されて、父子共に殺されてしまいました。(>_<)
その際、忠犬が首を持ち去り、帰り道に息絶えたとの事
左上の塚で息絶えて、首が転がり落ちた所が正面の塚と言うのが一説で
もう一つは、忠犬は元家臣だったので
バレると大変なので、忠犬がやった事に
したと言う事です。
江戸時代までの絵図には石だった様ですが
明治時代に入り、吉川家が階段やお墓を
改修して木を植えた様です。
現在は台風で木はありませんが、倒木時の
調査では、木の下から絵図に描かれていた
石が見つかった様です。

2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
日野山城 浄必寺跡[吉川氏城館  遺構・復元物]



沢伝いに歩く感じなので、水量の多い時期は
注意した方がイイかもです。
山登りが始まって1つ目の看板で尾根筋を
行くとロストしてしまいます(>_<)
僕は1回目訪問時に、やらかしちゃって
日没でした。
尾根と沢の間を行く感じです。
高さ1mぐらいの熊笹が生えてる所ぐらいから
道はありません(>_<)
真正面に見える尾根の低い所を目指して
登り、そのまま真っ直ぐ西に降りて行くと
(ずーっと熊笹に分け入る感じです)
突如広い場所が見えてくる筈です(*゚∀゚*)
相変わらず熊笹だらけですが写真の様な
石垣が残ってます*\(^o^)/*
僕の写真、下手でごめんなさい
出入り口の両サイドに大きな岩を据える
立石も浄必寺で確認出来ました。
原型かも?

2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
日野山城 姫路が岸(8の郭)[吉川氏城館  遺構・復元物]



姫路丸の手前分かれ道を本丸方向とは
反対方向に行くと来れるのですが
道は無い感じです(>_<)
姫路丸の下になり、降りれなくも無いですが
崩れ落ちちゃう感じで、おすすめできません。
北東方向には大きな岩があり、まあまあ
開けている感じです。
先に行くと、足元には石列が2段あり
外向きの石列が確認出来ました。
先端には大きな岩が乗っかっており
これも築山との事です。
やぱ!景色と共に築山を鑑賞してたと
思います(^-^)

2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
日野山城 中城(3の郭)[吉川氏城館  遺構・復元物]



入り口の岩の山が築山との事です。
築山を鑑賞しながら、お茶でもたててたので
しょうか?(^-^)
ここにも区画分けの土塁があります。
しかし、ここの北側は土塁と石列があるのですが、低い様に思います。
崩れ落ちた様な所もありますが、
築山と共に北側の景色を堪能する為に
低く改修したのでは?と…
勝手に推測してます(//∇//)


2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
日野山城 中城口(5の郭)[吉川氏城館  遺構・復元物]



北側からの侵攻に備える様に、土塁があります。
土塁の内側のみに1〜3段の石積みがあり
土留目的だと推測します

2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
日野山城 米蔵段(4の郭)[吉川氏城館  遺構・復元物]



搦手から上がって来ると、最初の郭が
ここになります。
土塁に囲まれて、真ん中には間仕切り土塁!
毛利らしさを感じます(^-^)

2020年03月21日 KAZ大宰帥正勝
石突きの物ども石垣(吉川家)[吉川氏城館  遺構・復元物]



僕何回も来てるのに見落としてました(>_<)
先人の口コミと城友さまに教えて頂きました。m(_ _)m
最下段の大きな石は吉川家に特徴がある
【立石】の原型では?との事です(^-^)
15mぐらい続いている石垣ですが
崩れたか、埋まってるのか?
吉川氏城館や厳島神社本殿左奥の石垣も
同じ石工さんの作品です。

最後に運営さん(^O^)/
リヤ攻めマップの範囲拡大!
誠にありがとうございますm(_ _)m

2020年03月03日 KAZ大宰帥正勝
大門の原[吉川氏城館  遺構・復元物]



ここも広いっす(^-^)
右側の3mぐらいの土塁の上が姫路丸との事
なんで名前が姫路なのでしょうか(・・?)
『黒田官兵衛の使者が良く来たので…』
って言う人もいますが、真意不明らしいっす
教育委員会に問い合わせしてみたい
ところです(^-^)
ちなみにここから下は吉川氏城館から
3キロ以上離れるので今度、運営さんに
お願いしてみます(≧∀≦)

2020年03月03日 KAZ大宰帥正勝
日野山城 残存石垣[吉川氏城館  遺構・復元物]



日山城では、一番有名な残存石垣です*\(^o^)/*
西矢倉の看板の目の前、三本の枯れた赤松の下側にありますが…
今にも崩れてしまいそうなので真上からは
アプローチしないで下さいm(_ _)m
西矢倉に下りて直ぐを左折して崖を下りると
アプローチしやすいと思いますが
そこら辺にも石列が遺構として残っているので、十分注意して下さいm(_ _)m
みんなで遺構を守りながら楽しみましょう!
(=゚ω゚)ノ

2020年03月03日 KAZ大宰帥正勝
日野山城[吉川氏城館  周辺城郭]



700m上がるだけあって、結構しんどいですが目を凝らせば遺構がたくさんあります(^-^)しかし、戦いに備えた遺構は段曲輪と土塁ぐらいかも…本丸も2段の曲輪を回して広いし大広間の段なんかは、山の中なのに感動するぐらい広いです。o(^▽^)o中城と姫路が岸には築山まであって生活感満載!

ってか、武のイメージが強い吉川家がここに来ると払拭されました(//∇//)石垣は主に1〜3列の物が多く土塁の土留目的と思いました(^-^)周りの景色も結構良くて、三瓶山や冠山が見えました。一番景色が良いのは、二の丸馬場かな

2020年02月21日 鞍馬中納言TENG
吉川氏城館



実際に訪問して念願の吉川元春を登用!
やはりご自分の館にいらっしゃったのね、、

2019年05月01日 毛利左馬助teru元
吉川氏城館

復元された建物は台所と物置しかありませんが、井戸跡やトイレ跡、庭園の一部、立派な石垣があり、行って良かったです。
元春公達のお墓もありますので、是非お参りをしてください。
博物館は発掘された物が展示されています。
入館料は大人300円、中学生以下無料です。
中で鎧や着物をタダで着れます。
博物館のおじさんが親切ですので、不明な点があれば尋ねてみてください。
いや〜良かった。




2018年11月15日 小早川安芸守ケンケン
吉川氏城館

吉川氏城館と併設されている歴史資料館から、山側へ登ったところに吉川元春公が建立した万徳院跡があります。道路に万徳院への標識があるのでそこを登っていきます。車ならすぐですが狭い山道を登った先にかなり大きな敷地で、一見の価値ありです。

2017年04月30日 織田上総介晃司
吉川氏城館

吉川元春館跡資料館の駐車場に停車。

隠居として建てられた館だが、正面の石垣の威圧感。周りを囲む土塁などもしもの時は砦として機能しそう。

武勇で名を馳せた元春ですが庭園も造られてあり、文化的教養の深さを垣間見る事ができる。

余談ですが吉川元春の子孫に現在、ミュージシャン・俳優として活躍されている吉川晃司さんがいらっしゃいます。

以前、大河ドラマで織田信長役を演じた時、親戚から「敵役を演じるとは何事か!」と言われたそうです。

2016年06月06日 マイ兵庫助リバ
吉川氏城館

平成28年6月12日に日山城では「戦国の庭 歴史館事業 甦れ!日山城跡」と銘打って草刈&道打ち整備が行われます。
なんと、吉川元春館跡復元台所で炊いたご飯、汁等の昼食付です。
既に締切は過ぎていますが、来年3月には標識設置イベントも予定されています。
ふるさと納税とかではなく、城跡整備にダイレクトに関われるこういうイベントって素晴らしいと思います。

2016年06月06日 マイ兵庫助リバ
吉川氏城館

吉川元春館跡の表門石垣は、縦型の石の間隔を門から遠くなるほど狭めており、遠近法を用いて館のスケールを大きく見せる工夫がなされています。
また、ガイダンス施設「戦国の庭 歴史館」では、籌木(ちゅうぎ)という戦国時代のトイレットペーパー(というか、棒)、鬼吉川も使ったかもしれない蝿叩、益田藤兼・元祥父子を饗応した際の献立(カワウソまで食材にしています)の再現等、興味深い展示が多いため、時間に余裕をもってお立ち寄りください♪


2016年06月06日 マイ兵庫助リバ
吉川氏城館

吉川元春館跡から県道を挟んで北に入ったところにある万徳院跡では、毎月第3日曜日に「中世の蒸風呂体験会」を開催しています。
着衣のまま(汗はかくでしょうが)入れて、しかも無料!
次回開催は平成28年6月19日11時~15時です。

2016年06月06日 マイ兵庫助リバ
吉川氏城館

平成28年6月5日現在、駿河丸城は藪が酷くてリアル攻めは非常に困難(敢えて「不可能」とは書きません(笑))です。
城跡を管理している方によると、毎年春には北広島町が下草刈りを行うのに、今年はまだ未実施とのこと。
文科省さ~ん、国指定史跡なんですから、出番ですよ~

2016年04月24日 ❇️りゅうちゃん❇️備後守
吉川氏城館

城郭までの道端、至るところに芝桜が植えられてて とても綺麗でした。

2012年09月18日 ブイシカ伊勢守
吉川氏城館

吉川氏の里とも言える場所に、吉川元春館跡はある。吉川氏の岩国転封後は再開発もされず野に戻った為、保存状態は良好で元春公が使用した厠跡が遺り、近年食生活や寄生虫による症状までが分析されている事は特筆に価しよう。
館跡裏には元春公、元長公の廟があり、改めて館の意味深さを感じさせる。

2011年07月10日 太政大臣M三郎
吉川氏城館

直線的だが、巨石を巧く組み込んだ石垣が秀逸。芝生の緑とのコントラストが美しい。

吉川氏城館の周辺スポット情報

 石垣(遺構・復元物)

 復元台所(遺構・復元物)

 万徳院跡(遺構・復元物)

 日野山城 16郭下の石垣(遺構・復元物)

 日野山城 残存石垣(遺構・復元物)

 大門の原(遺構・復元物)

 石突きの物ども石垣(吉川家)(遺構・復元物)

 日野山城 米蔵段(4の郭)(遺構・復元物)

 日野山城 中城口(5の郭)(遺構・復元物)

 日野山城 中城(3の郭)(遺構・復元物)

 日野山城 姫路が岸(8の郭)(遺構・復元物)

 日野山城 浄必寺跡(遺構・復元物)

 小倉山城 堀切(遺構・復元物)

 日山城出丸跡(遺構・復元物)

 小倉山城跡二の丸(遺構・復元物)

 小倉山城三の丸(遺構・復元物)

 説明板(碑・説明板)

 日山城跡入口(碑・説明板)

 小倉山城(周辺城郭)

 日野山城(周辺城郭)

 駿河丸城(周辺城郭)

 松本屋敷(周辺城郭)

 吉川元春館(周辺城郭)

 吉川元春・元長墓所(寺社・史跡)

 常仙寺跡(寺社・史跡)

 龍山八幡神社(寺社・史跡)

 枝宮八幡神社(寺社・史跡)

 洞仙寺跡(寺社・史跡)

 駐車場(駐車場)

 日野山城 駐車場(駐車場)

 北側駐車場(駐車場)

 日山城跡駐車場(駐車場)

 資料館(関連施設)

 日野山城 入り口(その他)

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