鈴尾城(すずおじょう)

鈴尾城の基本情報

通称・別名

福原城

所在地

広島県安芸高田市吉田町福原

旧国名

安芸国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

なし

築城主

福原広世

築城年

弘和元年〔北朝〕/永徳元年〔南朝〕(1381)

主な改修者

主な城主

福原氏

廃城年

慶長5年(1600)

遺構

曲輪、横堀(空堀)、石垣、土塁、井戸

指定文化財

県史跡(毛利元就誕生伝説地(鈴尾城跡))

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

猿掛城(広島県安芸高田市)[5.0km]
吉田郡山城(広島県安芸高田市)[5.9km]
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阿賀城(広島県安芸高田市)[7.4km]
五龍城(広島県安芸高田市)[10.4km]

鈴尾城の解説文

鈴尾城(すずおじょう)は、広島県安芸高田市福原にある山城。別名「福原城」。

沿革
毛利元春の5男、長井広世は備後国信敷荘の長井氏の養子となっていたが、後に安芸吉田へと戻った。そして南朝:天授7年/弘和元年/北朝:康暦3年/永徳元年(1381年)、広世は父よりこの内部庄福原の地を知行され、この地に鈴尾城を構え、福原を名字とした。その後代々福原氏の居城として使用された。明応6年(1497年)に毛利元就が生まれたのも、この鈴尾城であったと言われている。

福原氏は毛利氏の重臣として活躍したが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの敗北の結果、毛利氏の防長移封に従って廃城となった。

概要
鈴尾城は正面となる西側を江の川が流れ、それを天然の堀とし、比高110メートルの福原山の頂上より12段の曲輪を配した山城である。城の東部にある平坦地に居館があったとされる平坦地があり、現在はそこに「毛利元就誕生碑」が建てられている。

城地の近くに福原氏歴代の墓所があり、福原貞俊や福原広俊らが眠っている。

鈴尾城の口コミ情報

東市正ビックリショイン様[2017年05月20日]
ふともに駐車して大丈夫だと思います。トイレはないので登る前にすませてください。普段運動してるひとなら簡単に登れると思います。自身無い人でも休憩しながらゆっくり登れば大丈夫だと思います。

周防守薮漕攻城探検隊 様[2013年05月03日]
入口付近に路上駐車して、攻め込みました。道は、良く整備されており、眺めも良いので、弁当持参で、ユックリするのも、有りかなぁ…

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