日下津城(ひげつじょう)

日下津城の基本情報

通称・別名

坂城

所在地

広島県安芸高田市向原町坂

旧国名

安芸国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

毛利親衡

築城年

正平5年〔南朝〕/観応元年〔北朝〕(1350)

主な改修者

主な城主

坂氏(毛利氏)

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、井戸

指定文化財

市史跡(日下津城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

鈴尾城(広島県安芸高田市)[6.7km]
吉田郡山城(広島県安芸高田市)[8.0km]
猿掛城(広島県安芸高田市)[10.3km]
五龍城(広島県安芸高田市)[10.6km]
阿賀城(広島県安芸高田市)[11.9km]
寺山城(広島県東広島市)[12.1km]
七郎城(広島県広島市)[13.5km]
黒川城(広島県世羅郡)[15.3km]
松尾城(広島県安芸高田市)[15.9km]
平賀氏城館(広島県東広島市)[16.2km]

日下津城の解説文

日下津城は、毛利氏によって築かれた城郭で、毛利親衡・匡時の父子がここを居城として坂氏を名乗った。

南北朝の合戦では北朝方の大軍を迎えて半年間も籠城、遂には勝利を掴んだ。

大永2年(1522)に当時の城主・坂広時が親大内派であったため、毛利元就に攻撃され、落城した。

日下津城の口コミ情報

2026年02月08日 尼崎城志摩守一口城主
内藤與三右衛門元栄屋敷跡[日下津城  碑・説明板]



JR芸備線向原駅より毛利氏ゆかりの日下津城に向かう際、Gマップで内藤氏屋敷跡を発見したので立ち寄ってみました。
屋敷跡は安芸高田警察署向原駐在所👮🏻‍♂️付近にありました。屋敷跡の石碑は池のほとり(写真①)に建っていました。(※写真①の池の奥に見えている中央やや右の山のさんちが日下津城本丸)
石碑(写真②)を読むと内藤與三右衛門は毛利元就公から三代にわたって仕えた近臣とのことで93歳の長寿を全うしたととあったので長きに渡って毛利家を支えられたようです。
写真②の碑文の序盤に溜池が尾原堤(写真③④)としたらこの地が元栄さんの屋敷の推定地になるようです。池の中の中島神社⛩️(写真⑤)に当日の日下津城の無事の登城を祈願👏
屋敷跡ですが中島神社をお参りする際に見えた案内標識(写真⑥)から、県道37号から県道29号線に入って約300m程のところにあります。

2026年02月08日 尼崎城志摩守一口城主
日下津城



[公共機関進軍編&登山口探し]
先の12月末、18きっぷで帰省の道中🛤️旧毛利領の山口出身なので毛利氏ゆかりの山城を訪れたくなり芸備線向原駅で途中下車し日下津城を目指しました。アプリで築城主を確認すると毛利親衡公とあり、毛利氏の系図を確認📖元就公の父の弘元公が吉田郡山城主9代で親衡公は3代目でした。元就公から遡ると7世代前の武将でした。(※大江広元の四男毛利季光公の玄孫と表現したほうが早いかもしれません)築城主の親衡公の子に毛利家を継ぐ4代郡山城主元春公、元春公の弟に匡時、直元公がおられます。このうち匡時公が日下津城のある土地の名から坂氏を名乗り、後に坂氏、桂氏、光永氏、志道氏、口羽氏の祖となるようです。元就公の時代に活躍される志道広良、桂元澄のご先祖様のお城だったんだと口コミを書きながら気付き感激してきました✨
長い枕となってしまいましたが💦本題に入って向原駅にあった向原町観光ガイドマップ(写真①)より、現在地と表記の<地>の字から目線を下げていくと「日下津城跡」が見えてきます👀
進軍中、内藤元栄屋敷跡に寄り道をしながらGマップに従って進んでいくと三篠川に架かっていたはずの橋が写真②の通り撤去されており、合戦時に城攻めに向かう兵が道中の橋を落とされて足止めや遠回りを余儀なくされる気持ちを実体験できました😨(※写真②右側の電柱と重なっている山⛰️が本丸のある山)
写真②地点から東側に実重橋があったのでこちらの橋から無事に三篠川の城山側に移動出来ました。
実重橋を城山側に渡り、城山を北側から撮影📷(写真③)当日、私が確認できた登り口の候補は山麓の坂道に設けられたガードパイプからの登山道A(仮称)と写真③左側に見えている墓地付近の登山道B(仮称)の2箇所です。お城に近づくと「ヤマブキ群落」の説明板(写真④)があり冒頭に少しだけ日下津城のことが書かれていました🪧
登山道Aを進んでみると写真⑤、⑥となり、墓地付近の登山道Bを進んでみると写真⑦、⑧のようになっていました。登山道Aの方が写真⑤〜⑥間に日下津城跡の道標が建っていたり、獣害フェンスに写真⑥の通り入口を示しているような「入」マークがあったのでこちらから入城⛰️無事に本丸跡に辿り着けました✌️

2026年02月08日 尼崎城志摩守一口城主
日下津城



[登山前編]
進軍編の写真⑥の獣害フェンスから入城していくと道標(写真①)があり、私は「本丸へ」方面を選択↔️(※個人的感想ですが帰路は「物見の段へ」で下山したのですがこちらから登った方が本丸へは迷わずに辿り着けたような気がしました。)
「本丸へ」ルートを進んでいくと、竪堀のような雰囲気を感じる斜面(写真②)に出会い、えっちらおっちら💦ふうふう言いながらジグザグに斜面を登っていきました🥾ひたすら上を目指して登っていくと古城感を醸し出す石群(写真③)に出会いました🪨斜面を登り切ると土塁(犬走り)のような遺構(写真④)が見えたので進んでいくと前方に石垣を発見(写真⑤)これはぜひお城アプリファンの為に撮りに行かねばと足元に注意しながら枝葉をかいくぐって近付いて撮影(写真⑥⑦)
石垣撮影後、土塁(犬走り)を上に向かって歩んでいましたが途中で城郭マークを確認すると逆方向に進んでいたことが判明し土塁を引き返しました😅
木々で分かりづらいかも知れませんが写真⑧を登りきったところが本丸でした。

2026年02月08日 尼崎城志摩守一口城主
日下津城



[登山後編]
登山前編の写真⑧の本丸搦手より登り切ると無事に本丸跡(写真①)に到着。本丸から周囲を眺めると一段低い所にも曲輪(写真②)が見え、下りて確認すると帯曲輪(写真③)でした。本丸の大手口と思われる登り口には「殿、こちらよりお上がり下さいませ」とのメッセージが聞こえてくるような石段(写真④)が設けられていました。帯曲輪に続いて物見の段(写真⑤)も見学。現在の物見の段からの眺めは写真⑥の通りですが、往時は曲輪の名前からして木は伐採🪚していたと思われるので周囲を見渡せるようになっていたのではないかと思われます。
下山道の道標に従って帰路に着くと斜面に迫力のある巨石群(写真⑦)がありました。
下山後、名残を惜しみながら日下津城を眺めてみました(写真⑧)口コミを書く際、標高/比高を確認すると標高298m/比高100mでした。登山中、少し道に迷うこともありましたが遺構も随所に見られるいい山城でした‼️

2025年12月16日 ᴿᴱᴰ副将軍
日下津城



毛利氏の庶流である坂氏の居城🏯

オススメ度 ★★★★⭐︎

築城年代は不詳。1352年に毛利親衡が安芸国守護の武田氏に攻められた際に坂城に籠ったとされ、それ以前に築かれたと云われます。
毛利親衡と次男の匡時は南朝方に属し、観応の擾乱において北朝方の武田氏信に攻められましたが、籠城し南朝方の足利直冬の援軍がくるまでの半年間を凌ぎ勝利したとされます。
その後、毛利匡時は坂氏を名乗り代々の居城としました。
1522年、毛利元就は尼子経久から服属を迫られ大内氏から尼子氏に鞍替えします。しかし坂広時は大内方に留まることを主張。そのため尼子経久は坂氏の攻撃を毛利元就に迫り、毛利元就により日下津城は落城し坂広時は自刃します。
さらに1524年の毛利元就が宗家を相続する際には、坂広秀は重臣でありましたが、異母弟の相合元綱を担いで宗家を乗っ取ろうしたため謀殺されます。
その後は坂氏庶流の志道元貞が坂氏を継承したとされます。

見所
三篠川南岸の標高298mの山陵に築かれています。
頂部に主郭を置き、北西に伸びた尾根先に向かい段郭が連なり、尾根先の一段高い小郭は物見とされます。
主郭は北西に虎口が開口し、一段下の二郭に繋がる石段が認められます。
主郭背後の南尾根は大規模な多重堀切で遮断されており、主郭の東下にも腰郭を挟み連続竪堀が敷設されています。
北西尾根の端部も堀切で遮断され、その北側斜面には畝状竪堀群で堅められています。

行き方は、北側道路沿いに登城口があります。
比高は約100mです。

2025年05月09日 自転車制覇
日下津城



写真の坂を登ると案内板があります…が獣避けの鉄柵があります。開けたら、必ず締めましょう。柵内に入ったものの…どっちに行けばよいのやら?マップの城マークと自分の方向感覚を信じ、急峻な杉林を四つん這いで登坂💧顔を上げれば鹿の群れ🦌なんとか、なんとか攻略。

2024年11月09日 織田上総介晃司
北田城[日下津城  周辺城郭]

井原市駅や井原小学校近くの井原大橋に見落としそうな案内板が有ります。
井原大橋を渡りマップを頼りに林道を進むと柵があり、その手前に広い路肩があるので駐車。
竪堀を突っ切り林道の大堀切へショートカット。

先人さんのお手軽山城ということでリア攻めしました(笑)ですが、牛の蹄状の城域に曲輪、土塁、石積、大堀切(林道)、弓形二重堀切と見応えありました。

ちなみに車で柵を越えて林道を進む事ができますが、この先行き止まりとなってるそうです。

2024年11月09日 織田上総介晃司
田屋城(向原)[日下津城  周辺城郭]

国道や県道に案内板がないのでリア攻めマップを参照に進みます。

田屋城の説明板のある場所が登城口となります。
車はかたくりの里(どう見ても民家)横の空き地に停めます。

民家の横(もしかすると敷地内?)の柵を越え矢印通り進むと防獣柵があり、さらに矢印通り進むと城域となります。

4つの曲輪、石積、土塁、竪堀と二重堀切が見どころです。

安芸高田市には田屋城はここ、旧・向原町の他にもう一つありますが、もう一つの田屋城(旧・八千代町)は距離も離れているので、まあ有りかと…

それよりお隣さんで茶臼城(世羅町と三次市三和町)のほうがややこしい…

2022年06月14日 つか征夷大将軍
田屋城(向原)[日下津城  周辺城郭]



安芸高田市には田屋城が2つあります。城跡は小ぶりですが、石垣井戸や石積み、山の最高部を残して削った土塁、2重堀切等の遺構があります。井戸跡の柵が壊れているので注意しましょう。

以下説明板より

比高約100mに築かれた田屋城は四つの郭で構成されている。 一郭(主郭)は最高所の東側に削り残した櫓台状の土塁を配し、さらにその背後は巨大な堀切で尾根を断ち切っている。郭の内部は、建物の基壇と考えられる石積みによる区画がよく残り、出入口も確認できる。続く二郭は主郭の北西下約10mにあり、中央に深さ約9mの石垣井戸がある。さらに10m下には四郭があり、かつて祀られていた荒神社の礎石が残る。

城主と伝わる内藤氏は、厳島神社神主家佐伯氏の一族で、鎌倉 時代より長田郷の地頭として土着し、戦国時代には毛利氏の配下 となった。永禄七(一五六六)年、毛利氏に降伏した尼子義久ら三 兄弟は長田・円明寺に幽閉され、内藤元泰が二十三年間その監視役を務めた。

築城時期は不明だが、現在の遺構は石積みの状況などから十六世紀後半のものと考えられる。

2022年06月14日 つか征夷大将軍
田屋城(向原)の案内板[日下津城  碑・説明板]



こちらの案内板から南側への道を進むと登城口が有ります。途中柵が2つあり、民家の敷地も少しだけ通過します。

2020年09月27日 桐生一馬乃亮
日下津城



駐車場は無いので、広い歩道に乗り上げて駐車する方法しか有りません。
獣除けの柵は有りますが、入れます。
本丸までの道はほぼ無く、案内板が少し有るだけですが、物見の段方向に行けば本丸にも行けます。

2020年05月30日 OROKA中務卿
北田城[日下津城  周辺城郭]



北田城は日下津城から南西にある城で、築城者はハッキリしないが井原氏ではないかとの事です。

井原市駅から東に進み、川を渡りマップ地点を目指すと林道になります。で、その林道が実は北田城の本丸背後の大堀切を突っ切る形に作られています(笑)
確か、案内板がその大堀切のあたりにあって、駐車スペースも1台分くらい確保されているので、車はそこに停めましょう。

城は全体としては主郭から尾根が2本延びたY字型をしてます。背後の大堀切は林道になってますが、主郭の土塁というか櫓台の高まりはなかなかグッと来ます。郭もキレイに削平されてます。
また、段郭になっている副郭も切岸がシャープかつ土塁や空堀のようになっていて、二つ返事の尾根で谷から攻めてくる攻め手を挟み込むような構図に見え、なかなかの防御力を感じます(*´-`)

車から労せず楽しめる、お手軽でオススメの城です。

なお、現地の案内板には周辺に日詰城、戸石城といった城も紹介されており、セットで回るのも良いかと。(遺構は北田城に比べると控え目ですが)

2018年11月05日 鸕野讚良
日下津城

南北朝のお城跡ということもあり登城してみると屋敷跡まで来ましたが獣避けの柵扉には豪雨の為土砂で半分埋もれており扉の開閉が出来る状態では、ありませんでした。看板がある北側からのルートからは当分はあがれそうにないです。写真投稿してある屋敷跡からは藪こぎ覚悟なら…です。

2014年11月03日 小鉄馬単騎周防守黒煤蕪
日下津城

主郭の奥側に土橋があったので、尾根伝いに後方標高400mまで登って見ました。山頂部分に郭状の地形があり、人工的に並べた様な石積みもありました。ここからならかなりの広範囲が見渡せるので遠見番所があったとしても良いのでは!?(素人の勝手な判断です。)

2014年11月03日 小鉄馬単騎周防守黒煤蕪
日下津城

看板の所から狭い舗装路があります。軽自動車程度なら入れます。その奥の墓地の手前に駐車可能です。
そこからは、地元の方が立てた案内板に従って、沢筋の踏み跡を辿れば到着です。
途中に獣避けの柵を開けて入りますが、開けたら必ず閉めて下さい。
遺構も良く残っており、楽しめます。

日下津城の周辺スポット情報

 説明板(碑・説明板)

 田屋城(向原)の案内板(碑・説明板)

 内藤與三右衛門元栄屋敷跡(碑・説明板)

 北田城(周辺城郭)

 田屋城(向原)(周辺城郭)

 鍋谷城(周辺城郭)

 久志城(今山城・櫛城・白米城)(周辺城郭)

 茶臼山城(周辺城郭)

 円明寺屋敷(周辺城郭)

 王子城(周辺城郭)

 長谷木城(周辺城郭)

 塩屋城(周辺城郭)

 碇崎城(周辺城郭)

 末信城(周辺城郭)

 佐喜麻辺城(崎前城)(周辺城郭)

 フキ城(周辺城郭)

 岡谷城(周辺城郭)

 佐弥登宇城(サネトウ城・サ子トウ城)(周辺城郭)

 御崎城(周辺城郭)

 楠城(周辺城郭)

 船山城(周辺城郭)

 無名城(周辺城郭)

 古吹城A(周辺城郭)

 古吹城B(周辺城郭)

 古吹城C(周辺城郭)

 古吹城D(周辺城郭)

 駐車スペース(駐車場)

 登城口(その他)

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