黒川城(くろかわじょう)

黒川城の基本情報

通称・別名

所在地

広島県世羅郡世羅町大字黒川字城山

旧国名

備後国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

江村栄基

築城年

天文年間(1532〜1555)

主な改修者

主な城主

江村氏

廃城年

遺構

曲輪、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

相良城(広島県三原市)[11.0km]
五龍城(広島県安芸高田市)[15.1km]
日下津城(広島県安芸高田市)[15.3km]
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猿掛城(広島県安芸高田市)[21.5km]
上下陣屋(広島県府中市)[22.2km]

黒川城の口コミ情報

2020年11月11日 3000ロス征夷大将軍マイリバ
茶臼城[黒川城  周辺城郭]

~ 茶臼城解説板より ~

茶臼城跡(三次市三和町敷名)

本日域は、美波羅川中流洗域の敷名の水田地を見下ろす丘陵の尾根に、築かれた連郭式の山城です。
この山城には、竪堀の代用とみられる石塁を築いており、戦国時代の築城と思われます。
この北主郭は、28m×25mの規模で、北側に土塁があり、その東に一段下がって小郭があり、この小郭の下方には北主郭よりやや小規模な郭があります。
北主郭の背後及び南主郭との間は、空堀によって切断しており、西側には南主郭の南端直下にかけて、長さ12m~15m、3m~4m、高さ1mの石塁を7列配しています。これを地元では七条七畝と呼んでおり、竪堀に代わる防備施設として薬かれたようです。
南主郭の規模は、20m×15mで、北西側に土塁を設けています。
南主郭から一段下がって、 南と北側に小郭を設けているほか、西南側にも二段の小郭を配しています。
このように茶臼城は城としては、小規模ですが突出する丘陵地形を利 用して、南・北の両主郭を中心とに、小郭・空堀・石塁を配備した堅固な山城です。
南主郭の近くには、茶日岩と云って茶臼によく似た巨大な岩が立っています。この岩の名をとって茶臼城になったと言う伝説もあります。
大手は、城の西側から入るナメラ谷と呼ばれる谷を登ってくるが、こ の谷の対岸には、見張りの岩と伝える遠見岩、兜岩などがあり、伝説の多く残る山城跡です。

三和町敷名振興区

2018年04月23日 安那備後守はるか
黒川城

(遺構)
墓所あたりから登城すると柵があり
隅きりから入ると石積みが見えてきます。
一部、墓所のようなものもありました。
曲輪もいくつか見ることができ
大手道と思われるところには
うっすら食い違い虎口のようなものも
見られる。
本城より北側方面にある黒川明神山城
の方が知名度が高く、自然の村や
クロスカントリーなどが行われていて
公園などもあり、中腹にてお弁当を
食べました。
話を聞こうと世羅観光センターに行き
ましたが誰一人、黒川城のことを
ご存知ありませんでした。
(案内)
本城に行く為の看板、案内板が全く
ありません。
上がれるところを探すのに周回しました。
美波羅川の方の道路沿いに現代の墓所
があり、ここ辺りから登城出来ます。
フォトにも登城位置をアップしている
ので参考にして下さい。


2014年07月02日 青き巨星弾正少弼かみ
黒川城

黒川城はこれといった説明板がないので、日本城郭大系13巻を持ってせらにし図書館へ行き、字の城山を確認して付近の人から場所を聞いて登城しました。
本丸跡付近は石垣がよく残っており、道も登りやすかったです。
本丸跡を中心に北側、南東側、南西側には郭跡が見られ、それぞれ井戸の跡もありました。
なお地元の話では、現在城山は石川さんとおっしゃる方の所有物です。
私は家の方と会ってお話をさせて貰いましたが、
奥様が本丸跡にある石垣を教えて下さりました。
奥様は「殿さんの屋敷跡」と呼んでおられました。

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