丸岡城(まるおかじょう)

丸岡城の基本情報

通称・別名

霞ヶ城

所在地

福井県坂井市丸岡町

旧国名

越前国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

独立式望楼型[2重3階/築年不明/現存]

築城主

柴田勝豊

築城年

天正4年(1576)

主な改修者

主な城主

柴田氏、青山氏(丹羽氏家臣)、今村氏(結城氏家臣)、本多氏、有馬氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、天守、移築門、石垣

指定文化財

国重要文化財(丸岡城天守)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

長崎城(福井県坂井市)[2.1km]
藤島城(福井県福井市)[6.9km]
堀江館(福井県あわら市)[9.0km]
小黒丸城(福井県福井市)[9.2km]
福井城(福井県福井市)[10.7km]

丸岡城の解説文

丸岡城(まるおかじょう)は、福井県坂井市丸岡町霞にあった城である。別名霞ヶ城。江戸時代には丸岡藩の藩庁となった。

概要
丸岡城は、福井平野丸岡市街地の東に位置する小高い独立した丘陵に築かれた平山城である。近世に、山麓部分が増築され、周囲に五角形の内堀が廻らされていた。安土桃山時代に建造されたと推定される天守は、国の重要文化財に指定されている。その他、石垣が現存している。移築現存する建物として、小松市興善寺およびあわら市蓮正寺に、それぞれ城門、丸岡町野中山王の民家に、不明門と伝わる城門がある。ほかに土塀が現存する。五角形の内堀は現在埋め立てられているが、この内堀を復元する計画が浮上している。

「霞ヶ城」の名の由来は合戦時に大蛇が現れて霞を吹き、城を隠したという伝説による。

歴史・沿革
安土桃山時代・江戸時代
1576年 織田信長の家臣で、越前ほぼ一帯を領していた柴田勝家の甥である勝豊により築城され、勝豊はそれまでの豊原寺城から当城に移った。
1582年 本能寺の変の後の清洲会議により、勝豊は近江国長浜城に移された。代わって勝家は安井家清を城代として置いた。
1583年 柴田勝家が豊臣秀吉によって北ノ庄城で滅ぼされると、この地は丹羽長秀の所領となり、長秀は丸岡城主として青山宗勝(修理亮)を置いた。
1600年 丹羽長秀死後、領地はそのままに豊臣秀吉の家臣となっていた青山宗勝とその子・忠元は、関ヶ原の戦いで敗者である西軍方につき改易された。越前国には勝者の徳川家康の次男・結城秀康が入封し、丸岡城には秀康家臣の今村盛次が2万6千石を与えられ入城した。
1612年 今村盛次は越前騒動に連座し失脚した。幕府より附家老として福井藩に附せられた本多成重が4万3千石で新たな城主となった。
1624年 福井藩二代目の松平忠直が、不行跡を理由に豊後配流となり、福井藩に減封などの処分が下された。同時に本多成重は福井藩より独立。大名に列し丸岡藩が成立した。
1695年 4代重益の治世、本多家の丸岡藩でお家騒動が起こり、幕府の裁定により改易となった。代わって有馬清純が越後国糸魚川藩より5万石で入城。以後、有馬氏丸岡藩6代の居城となり明治維新を迎えた。

近現代
1871年 廃藩置県により廃城となり天守以外全て解体された。
1901年 残された天守は、丸岡町により買い戻され解体を免れ、城跡は公園となった。本丸を囲んでいた堀は、大正後期から昭和初期までの間に徐々に埋められ消滅した。
1934年 天守が国宝保存法(旧法)に基づく国宝に指定される。...

丸岡城の口コミ情報

織田左兵衛督晃司様[2017年10月09日]
無料駐車場が一筆啓上茶屋前にあります。

丸岡城の入場券(丸岡歴史民俗資料館、一筆啓上日本一短い手紙の館込)には越前織の栞がついており旅のお土産になります。

城に行くなら晴れた日がいいですが、丸岡城は雨の日でも納得のできる城だと思います。
それは雨に濡れた笏谷石の瓦が晴れた日とは違った色を演出してくれるから。

日本一短い手紙の館の手紙は時数が少ないぶん思いがストレートに著されるので心にじぃ~んときます。

今さらですが一筆啓上とは
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」

鞍馬土佐守TENGA様[2017年05月09日]
有名ですが、なにせ小さいお城ですのでイベントのときに訪れるのがオススメです。4月の桜祭り、6月の古城マラソン、10月の古城祭りと国神神社の秋季祭礼の時はなかなかの賑わいです。また、丸岡城周辺の街中の川?用水路?は外堀を利用したものがまだ残っており、側壁の石垣のおかげで亀やスッポンも多く住んでおり、夏は蛍も飛びますよ。丸岡は蕎麦の栽培も盛んです。どのお店もハズレはないと思いますのでお蕎麦を食べてって下さいね!

内匠頭☆あんず様[2017年04月26日]
丸岡城の階段でこけました笑。

一筆啓上館に寄りましたが
受付女史可愛いかったです。

手紙読んで胸がいっぱいになりました。

タケちゃん様[2017年04月25日]
一筆啓上館で、涙が止まらなくなり、人生初の母宛ての手紙を書いてしまいました(;^_^A

若狭守次郎吉様[2016年09月05日]
●丸岡城移築門情報●

・福井県坂井市丸岡町野中山王23−5 不明門 個人宅

・福井県あわら市前谷10−1 城門 蓮成寺山門

・石川県小松市松任町85 城門 興善寺山門

野呂利駿河守休三23夜のみ様[2016年04月21日]
天守はありますが、狭い意味での城としては、やはり残念な城。すでに何人の方が指摘している通り、内堀はすべて埋め立てられ(周辺の独立丘を崩して埋めたとも)、唯一残る本丸も石垣がかなりの部分が崩されています。

ですが、これもすでに口コミされていますが、外堀や総構は水路として、また町割の痕跡も残ります。総構の西側と南側の寺町は健在です。

南側の本光院には初代藩主本多成重やその父重次ら本多家四代の墓、白道寺には本多家の次の藩主の有馬家の祖、直純夫妻の墓(奥方は家康曾孫の日向御前)があります。本光院、白道寺は共に総構に面しており、総構内側の白道寺には総構の土塁が残ります。

階段が急なことで話題の天守は一層と二層・三層を通す柱が全くなく、一層の梁に二層・三層が乗っかる形です。また初層の規格から、最初に一層が建てられ、しばらくしてから、二層・三層が追加されたという説もあります。異常なまでに急な階段もそのためとされます(吉田純一著「福井の城あれこれ話」)。

柴田勝豊が丸岡より前に築き、居城としていた豊原寺城は、ここから東に4キロ程のところにあり、遺構もあるそうです。

ソバッソ店長様[2015年09月07日]
言わずと知れた現存12天守です。
建物は説明不要かと。じっくり見て日本文化のルーツを感じて下さい。

ちなみに現存天守ですが、福井地震で半壊してます。
当時の建築木材を使って補修してるから現存なんだろうが、丸岡在住の叔母は「あんな建て直したもん」と言うてました笑
まぁそう言わんと。


さて遺構ですが、ほとんどが破却されています。天守しかないかと思ってましたが、実は外堀の名残りがそこいら中に残っております!
今回はその外堀周りを散策して来ましたー。

水路と道路と地形は残るんですよ。これ大体どこ行ってもあるんですよね。
散策してると、カクカクとした水路が民家の中に流れてるのが確認出来ます。細い側溝とかもカクカクの水路があれば、外堀の名残りやと思って間違いないです。

写真撮りながら一時間くらいで外堀一周出来ます。外堀の場所から天守を見ると、ひょこっと顔出してるんで、当時の景色を想像しながら散策して下さい。

永眠武蔵守釋 葱進様[2015年07月02日]
天守内の階段、ハンパなく急です。危険防止のため、白いロープが垂れておりそれを伝って登る(「昇る」ではない)ことになるので、体力に自信のない方は覚悟されたほうがいいでしょう。

なお、7月いっぱいまでの予定で天守入口で発掘調査が行われています。

方縣蔵人頭景暎様[2014年10月26日]
隣接する運動場の利用者で駐車場(図書館隣の第2も)がいっぱいになり、駐車不可能でした。日曜日は避けた方がよさそうです。城趾公園の利用者以外の駐車を禁止するなどしてもらいたいです。

尾張守ひろっちぃ様[2014年04月12日]
現存天守閣だけあり階段がかなり急で彦根城以上に傾斜が急ですので天守閣に登る際には注意して登って下さい
丁度この時期は桜が綺麗に咲いており桜祭の最中でした。

100名城スタンプは手持ちの本には一筆啓上茶屋休憩所にあることになってましたがそこにはなく天守閣入場券発券所にありました
また福井から丸岡城までのバス代は640円かかりました。

コロ助様[2013年10月16日]
天守の各階で床板の補修をしていました。全面修理ではなく一部のみなので、天守の見学は可能です。鋸や金槌の音が常にするので、静かに見学したい方は気になるかもしれません。話しかけられない雰囲気だったので、修理にいつまでかかるかは聞けませんでした。大工さん達は、あの急な階段を作業道具を持って登り降りされてました。本当にご苦労様です

まるさん武蔵守小町時間割様[2013年09月08日]
他の方の情報を元に丸岡駅からレンタサイクルを利用しました!

その自転車屋さんに言われましたが…

いきなり訪れて借りようとしても留守にしている時(特に土日は基本的はお休みらしいです)があるので前日までに予約の電話をしてほしいとのことでした。

なので店主さんの要望により連絡先を記載しておきます↓
長谷川自転車商会
0776-66-0755


また場所が少々わかりにくいのですが、
私は駅の目の前のお店屋さんに尋ねて教えていただきました!


鯛飯河内守梅柴様[2013年08月23日]
JR丸岡駅近くの自転車屋さんでレンタサイクルが利用できます。あまり利用者はいなさそうですが、台数も少ないので予約するのがいいかと。城まで15~20分くらいかかるかな。

結城秀康様[2013年02月10日]
2年前に行きましたが、事前に調べずに行ったのでJRで行ったので丸岡駅下車で1時ぐらい歩きで行来ましたよ。

織部正あいあい様[2013年02月10日]
好きなお城の一つです。特に急な階段がたまりません。

ゲッコウゼロモナイト様[2012年07月27日]
天守閣の三階は風通しがよくてきもちいいです。でも暑いので熱射病に注意ですね。

tomm加賀守様[2010年09月13日]
100名城スタンプは一筆啓上茶屋ではなくて、天守閣下のチケット売り場に変わっています。

傾奇揚げ仙兵衛様[2010年08月08日]
福井の震災で倒壊した写真を見ました。おいらも震災を経験したので何かグッとくるものがあった。

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年06月11日]
丸岡城に隣接する一筆啓上茶屋で、城下町散策地図が販売中です。現在の地図に縄張図を重ねた地図で、最近、丸岡城の門や曲輪跡にたくさん石碑が立てられたので、その位置が示されています。
丸岡城散策の必需品です

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