黒谷城(くろたにじょう)

黒谷城の基本情報

通称・別名

山中黒谷城

所在地

石川県加賀市山中温泉東町1

旧国名

加賀国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

長盛龍

築城年

鎌倉時代?

主な改修者

主な城主

長盛龍、一向一揆勢、吉田某(朝倉氏家臣)・岸田常徳、本多正信(徳川氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、堀切、井戸

指定文化財

再建造物

周辺の城

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黒谷城の解説文

山中黒谷城は、石川県加賀市山中温泉に所在した城。山中温泉街北東の急峻な尾根上にあったもので、主郭の標高は230mほどである。

弘治元年(1555)、越前の朝倉教景が加賀に侵攻した際、加賀の一向一揆勢が遠篝を焚いたと伝えられる。永禄10年(1567)、足利義昭の斡旋で加越両軍が和睦した際、和睦条件として焼き払われた。天正8年(1580)織田信長軍の柴田勝家が加賀に侵攻した際、朝倉の家臣吉田某と一揆方の将岸田常徳がここに立てこもったが、落城した。その後、天正10年(1582)まで、徳川家康の家臣本多正信が在城したとも伝わる。

平成7年に実施された踏査記録では、郭、堀切等のほか、大井戸跡も確認されている。

情報提供:加賀市教育委員会

黒谷城の口コミ情報

2020年08月30日 あきおこ
黒谷城



登り口は山中温泉側の廃トンネル右横にあります。最初反対側に行ってしまい難儀しました・・・。

不気味な廃トンネルの前に駐車可能です。入口が封鎖されたトンネル内は何か出そうなホラー物件です。

トンネル少し手前の右手を良く見ると階段があるので、そこから登れます。急尾根をほぼ直登するので結構キツイです。帰りは滑り易いので要注意。

急尾根を登ると堀切があり左へ。鉄塔を越え少し登ると尾根が左右に分岐するので左の尾根へ。道は右に続きますが城は左の少し藪っぽい踏み跡を辿る尾根側にあります。

左に進むと堀切があります。この辺りから少し藪化してきます。更に進むとやや自然地形を残す広い曲輪、その奥を進むと痩せ尾根に竪堀を伴う土橋があります。ここを真っ直ぐ登ると巨石を経て、主郭、右側に進むと畝状竪堀、その上に巨大な井戸があります。畝状竪堀の上は防御拠点となる曲輪面が多いと思いますが、インパクト十分な巨大井戸でした。たぶん井戸を守る為の畝状竪堀なんですね。

主郭前方の見事なバランスで鎮座する巨石は削平地に置かれている様にも見え、大手方向に落とす為に意図して置かれた物?って感じもしました。

案内板、城址碑も無く全く無整備で難儀な城なのでそれなりの心の準備を・・・

(登城日2020年8月30日)

2014年10月11日 筑後守もんど
黒谷城

山中温泉側から旧道のトンネルを抜けて、高圧線沿いに山道があるそうです。
詳しくは橋の手前左手の図書館で!
本にお城の絵がありました!

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