海ノ口城(うみのくちじょう)

海ノ口城の基本情報

通称・別名

鳥井城

所在地

長野県南佐久郡南牧村海ノ口大芝

旧国名

信濃国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

平賀源心?

築城年

戦国時代

主な改修者

主な城主

平賀源心

廃城年

遺構

曲輪、堀切

指定文化財

村史跡

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

龍岡城(長野県佐久市)[17.7km]
平賀城(長野県佐久市)[21.1km]
伴野城(長野県佐久市)[21.1km]
古宮城(山梨県北杜市)[21.2km]
比志城(山梨県北杜市)[21.4km]

海ノ口城の解説文

海ノ口城(うんのくちじょう、うみのくちじょう)は、長野県南佐久郡南牧村海ノ口に位置する、日本の城跡。「海の口城」と表記されることもある。

築城時期、廃城の時期等は不明。武田信玄初陣の地として知られる。武田氏の信濃国攻略の中継地、兵站基地であった。

沿革
天文5年(1536年)暮れ、甲斐守護武田信虎は8千の兵を率いて佐久方面に出陣。佐久平賀城主、平賀源心(玄信)入道成頼ら2千の立て籠もる海ノ口城を攻めた。36日間の包囲にもかかわらず海ノ口城は陥ちず、冬の到来とともに信虎は兵を引き揚げた。この際、信虎の嫡男、晴信(のちの信玄)は初陣であるが、殿軍を申し出て、兵3百を率いて海ノ口城に奇襲を掛け、海ノ口城は落城した(『甲陽軍鑑』)。

天文12年(1543年)、佐久大井氏の攻略、天文15年(1546年)の内山城の攻略、天文17年(1548年)、上田原の戦い敗北後の佐久衆叛乱鎮圧、天文19年(1550年)、砥石崩れ後の村上義清の佐久再侵攻など度々武田晴信の陣所となったと言われている。

海ノ口城の口コミ情報

相模守ぷいちー様[2016年09月25日]
R141沿いに、入り口の案内の小さい看板がありました

いさん様[2015年11月07日]
2台くらいは停められそうな駐車場あり

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