高田城(たかだじょう)

高田城の基本情報

通称・別名

鮫ヶ城、関城、高陽城、螺城

所在地

新潟県上越市本城町

旧国名

越後国

分類・構造

輪郭式平城

天守構造

御三階櫓[3重3階/1614年築/倒壊(地震)]、御三階櫓[3重3階/1665年再/焼失]、独立式望楼型御三階櫓[3重3階/1993年再/鉄骨造復興]

築城主

松平忠輝

築城年

慶長19年(1614)

主な改修者

松平光長

主な城主

松平氏、稲葉氏、榊原氏

廃城年

明治3年(1870)

遺構

曲輪、土塁、横堀(水堀)

指定文化財

県史跡(高田城跡)

再建造物

三階櫓、石碑、説明板

周辺の城

春日山城(新潟県上越市)[6.0km]
御館(新潟県上越市)[6.6km]
鮫ヶ尾城(新潟県妙高市)[7.0km]
福島城(新潟県上越市)[7.9km]
箕冠城(新潟県上越市)[10.2km]
雁金城(新潟県上越市)[12.7km]
京ヶ岳城(新潟県上越市)[12.7km]
鳥坂城(新潟県妙高市)[13.2km]
徳合城(新潟県糸魚川市)[16.1km]
直峰城(新潟県上越市)[17.7km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)132 高田城

設置場所

高田城三重櫓管理棟受付[地図
上越市立歴史博物館[地図

高田城の解説文



高田城(たかだじょう)は、新潟県上越市本城(もとしろ)町にあった日本の城。「鮫ヶ城」の別名が市民によく膾炙している。新潟県指定史跡。2017年(平成29年)には続日本100名城に選定された。

概要 

徳川家康の六男、松平忠輝(越後少将家)の居城として天下普請によって造られた。忠輝の福島城からの移転は、転封から2年後の慶長17年(1612年)7月の時点で南に移る話があり、慶長19年2月に忠輝が高田へ移ると、3月15日に高田城築城が始まり、7月5日に普請は完了した。城地の縄張りと工事の総監督は忠輝の舅の伊達政宗が勤めた。

高田城は、高田平野にある菩提ヶ原に築かれた平城である。約230メートルから約220メートル四方の本丸を取り巻くように二ノ丸、南に三ノ丸、北に北の丸を配し、関川、青田川などを外堀として利用した。堀は南方の総構である百間堀を除けば、関川・青田川・矢代川・儀明川の流路変更と旧河道の流用により構成されている[1]。すべての曲輪に土塁が採用され、石垣は築かれなかった。低湿地に築城されたため排水設備が重視され、城地には現在の技術水準から見ても遜色ない暗渠が張り巡らされていた。

普請完了から程なく大坂の陣、そして忠輝の改易が続き、櫓等の作事は殆ど進展せず、高田城唯一の櫓である天守代用の櫓も1624年に入封した松平光長が建てたと見られている。正保元年(1644年)に提出が命じられた『正保城絵図』では二重櫓だが、寛文5年(1666年)の高田地震後の復旧で、3重3階の三重櫓になったと見られる。当時の三重櫓の外観は不明で、江戸城の富士見櫓に似た外観であったと伝えられている。

明治以降、旧陸軍第13師団の駐屯地司令部として使用するために大規模な土塁の撤去、堀の埋め立てが行われ、旧城地の東半分は旧状をとどめていない。本丸を含めた西半分には堀、土塁の一部が残されており、現在は公園として整備されている。

歴史・沿革 

江戸幕府成立以前

  • 1595年(文禄4年) - 蒲生騒動により、春日山城の上杉家は新川と東蒲原を交換し越後・佐渡を完全領有した(尾山城の前田家は越中を完全領有。能登・加賀には他領あり)[2]
  • 1598年(慶長3年) - 上杉景勝が会津に移封され、堀秀治が春日山城に入府する。

江戸幕府成立以降

越後高田藩の藩庁が置かれた。

  • 1607年 - 堀忠俊が福島城を築き、春日山城は廃城となる(越後福島藩の立藩)。
  • 1610年 - 越後福嶋騒動によって堀氏は改易となる。
  • 1610年 - 徳川家康の六男、松平忠輝が信濃川中島から福島城に75万石[3]で入封。
  • 1614年 - 忠輝が福島城を廃し、高田城を建築。
  • 1616年 - 忠輝改易。酒井家次が上野高崎10万石から移封(10万石)
  • 1618年 - 家次の子・忠勝が信濃松代に転封。松代藩主松平忠昌が高田25万9千石となる。
  • 1623年 - 忠昌、越前福井藩50万石を相続。高田から移動。
  • 1624年 - 松平光長(越後中将家)が26万石で立藩。
  • 1665年 - 高田地震により建造物倒壊。三重櫓を建設。
  • 1681年 - 越後騒動により、光長改易。
(この間、幕府直轄。信濃の大名が2人組ずつ1年交代で城代。)
  • 1685年 - 稲葉正往が相模小田原10万2千石から移封、10万3千石。
  • 1701年 - 稲葉正往、下総佐倉に国替え。佐倉の戸田忠真が交換移封6万8千石。
  • 1710年 - 戸田忠真、下野宇都宮に移封。松平定重、伊勢桑名から移封。11万3千石。
  • 1741年 - 松平定賢、陸奥白河に移封。
  • 1742年 - 榊原政純が播磨姫路から15万石で入封。

創藩当時の高田藩は、親藩の大藩である越前福井藩と共に加賀前田藩を丁度挟む配置である上、日本海側東北地方の外様大名への押さえとして、幕府にとって重要な位置づけとされた。その後、石高の減少や前田家と将軍家も縁戚を重ねるなどしたため、次第にその役割は小さなものとなっていった。元来気候の厳しい北国であること、松平忠輝の改易や越後騒動など相次ぐ事件の舞台であったことなどによって、幕府や諸大名にとって高田藩は負のイメージを抱かせるものとなり、江戸中期以降はしばしば親藩、譜代大名で不始末を犯した大名の懲罰的な転封先、いわば流刑地のような位置づけが強くなった。

稲葉正往
江戸に近い相模小田原城主より転封。同時に京都所司代を罷免された。綱吉を将軍に擁立することを反対した大老酒井忠清派の人物であったため、これを嫌った5代将軍綱吉により粛清された結果である。のち老中に返り咲いた際、江戸に近い下総佐倉に移封された。
戸田忠真
佐倉城主より転封。江戸から極めて近い佐倉城主であったが、戸田氏が幕閣から遠ざかったために、江戸から離れた高田に移された。佐倉城主は幕閣の中枢の譜代大名がしばしば入封するのが例であったため、忠真の父の忠昌が致仕したことにより、領地替えとなった。忠真に対する懲罰と言うより、稲葉正往の佐倉入りに伴い、忠真が弾き出された形に近い。その後、忠真が幕閣で重視されるに伴い、江戸により近く、関東の重要拠点である下野宇都宮に再移封された。
松平定重
桑名城主より転封。些細な経理ミスを犯した藩士の野村増右衛門を斬首し、懲罰は野村の一族にも及んだ。この厳科が5代将軍綱吉の不興を買い、東海道の要所の桑名から高田に転封された。五代のちに松平家は陸奥白河に移封された。
榊原政純
姫路城主より転封。政永の父、榊原政岑が幕府の倹約令を無視した言動を行った。吉原で豪遊し、女郎の高尾太夫を身請けするなどの行動が、倹約令を推し進めていた8代将軍吉宗の怒りを買った。榊原家は幕府の名門ということもあり改易とはならなかったが、政岑は強制隠居・蟄居となり息子政純が相続したが、格の高い姫路城主の地位から越後高田に転封という処分になった。高田に移ってのちの政岑には、名君伝承が残る。

明治時代

  • 1870年(明治3年)に本丸御殿、三重櫓などを焼失。
  • 1873年(明治6年) 廃城令によって存城処分となり焼失しなかった建造物も取り壊された。
陸軍第13師団の入城時に3000本を超す桜(染井吉野)が植栽され、日本三大夜桜(高田城址公園観桜会)のひとつに数えられる規模となった。また、廃藩置県時には、戊辰戦争や凶作で悪化した高田藩の財政再建や士族授産のために地元の大地主・保阪貞吉が私財を投じて外堀に蓮を植えさせ、蓮根栽培事業が始められた[4]。その後、蓮根栽培は1962年(昭和37年)で中絶したが[5]、開花時期には毎年「上越蓮まつり」が開催されている。蓮研究の第一人者である東京大学農学部教授、大賀一郎が1953年(昭和28年)に調査に訪れた際には、繁殖域の大きさ、育成の状況を「蓮池の規模の大きいことは世界でもまれで、特に紅白入り交じっているのは珍しい」と激賞した。それを聞いた高田市民が“東洋一”と語り伝えて現在に至る[6]

現在

  • 新潟県指定史跡。上越市発足20周年記念事業として、焼失した三重櫓を1993年(平成5年)に復興した。
  • 2002年(平成14年)、高田城築城当時、二の丸から本丸に渡っていた極楽橋が発掘調査の資料をもとに再建された。再建工事中に土中から旧極楽橋の木杭などの遺構が出土した。
  • 2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(132番)に選定された。
1870年(明治3年)三重櫓が焼失して以降、城郭は土塁と堀が残るのみであったが、城跡の高田公園(高田城址公園)自体が風光明媚であり市民の憩いの場として、また観光地として、シンボルの復活を望む声があった。これに応える形で上越市が1993年(平成5年)に再建した三重櫓は、外観を松平光長「本丸御殿図絵」、規模を稲葉正通時代の「高田城図間尺」を基にして復興された。内部は鉄骨構造であるが、随所に木材を使用し木質感を再現している。最上階天井は本格的な木組みとしている。1、2階は展示室、3階は展望室として利用されている。

石垣がない理由 

60万石(一説には75万石)の大名の居城であるにもかかわらず石垣を築かなかった理由としては、 1.近郊に石垣石として耐え得る石材が産出されなかった。 2.低湿地の軟弱な地盤が石垣の重量を支えられないと判断された。 3.大砲や銃器の発達など攻城法の変化により、土塁の方が防御上有利であると判断された。 4.完工を急いだため石垣工事を省略した。 などの説がある。なお、明治初年に本丸付近を撮影したとする写真(絵葉書)が近年発見されているが、これには石垣が写っている。また現在、城址公園に「本丸御殿の礎石」として保存されている石材の中には、建築物の礎石としては不自然な大きさ・形状のものが含まれており、これらを根拠として、少なくとも本丸には石垣が築かれたのではないかとの説もある。

築城前の慶長18年12月24日付政宗宛江戸老中連判状には、来春の高田築城に関して天守台を石垣で築くことを命じている。

遺構・復元施設 

  • 本丸土塁
  • 本丸跡・本丸御殿跡 - 「本丸跡」碑の周囲に石垣があるが、後世に造られたもので遺構ではない。
  • 復興天守(三層櫓) - 3重3階の独立式層塔型天守(御三階櫓)。1993年(平成5年)に7億5000万円かけて再築。春には桜の名所でライトアップも。
  • 水堀 - 深さは5メートル程度。夏は蓮の花が見られる。
  • 極楽橋 - 二の丸と本丸をむすぶ橋で、築城時に築かれた。2002年(平成14年)に復元。

周辺施設・関連資料ほか

  • 上越市歴史博物館 - 高田城址公園にある博物館。上杉謙信書状など保管・展示。
  • 正保高田城絵図 - 高田城址公園から西の交差点にある、高田郵便局に絵図を載せた「絵図で探る高田の城下町」案内板。
  • 「越後上越 三城物語」 - 旧・直江津市にある福嶋城石垣の左のパネルに春日山城・福嶋城とともに復元図が描かれる。
  • 小林古径記念美術館 - 築家吉田五十八が設計した国の登録有形文化財「小林古径邸」。

支城 

  • 飯山城(信濃国水内郡) - 越後少将家[7]高田藩の川中島統治の支城。重臣の皆川広照が入る。
  • 松代城(信濃国埴科郡) - 同高田藩。重臣の花井吉成が入る[8]
  • 糸魚川城(越後国頚城郡) - 越後少将家・越前松平家・越後中将家[9]高田藩の西頚城統治の支城。越後中将家の荻田長繁が有名。のちの福井分家(清崎藩)の糸魚川陣屋はより海に近い。

交通 

「高田城址公園#アクセス」を参照。

高田城の口コミ情報

2024年02月19日 高杉左衛門佐晋作
高田城



堀の大きさで、当時の高田城の規模の大きさが想像できる。市民の声で再現された三重櫓。中の対応される方もいい人で城とともに親しみが湧く。春日山城から福島城、そしてこの高田城への移り変わりをみると、移り変わった理由が来たこそ体感できることがある。来て良かった!

2023年11月06日 美濃守スーさん
高田城



高田城というと桜🌸が有名ですが、桜は明治になって自衛隊が植えたそうです。
広く長い堀にびっしりとハスがうえられていました。今はかれてますが、花の時期は圧巻でしょう。きれいな模様の鯉もいました。
平城ながら広かったです。

2023年07月04日 nyarくん
高田城



徳川忠輝のため伊達政宗らが中心となって一から築城した城。平和な時代の城のため石垣は無い。

2023年06月03日 かつ能登守ウッディ
高田城



高田城に行って来ました。続100名城のスタンプが目的でした。受付で聞くと、入城料(310円)無しでスタンプを押す事が出来ます。今度は、桜や蓮の花のシーズンにもう一度来たい。

2023年05月06日 直江山城守優介
高田城



内堀しか見れていませんが、相当な広さでした。三重櫓とともに上越市立歴史博物館(ここで御城印が買えます)も見ると理解が深まります。今度は桜の季節に来たいです。

2022年05月03日 特にありません
高田城



元々、忠輝さんの為に諸将が普請した城だけあり、10mの土塁は見事。櫓や歴史館の資料も上越市の意気込みを感じます。

2022年04月30日 哲平パパ
高田城

三重櫓見事でした。室内の撮影禁止を促す注意喚起がありましたが、緩和される事を願いましょう🤲

2022年04月12日 三河守ぱーる
高田城



満開の桜のもと大勢の人で賑わっていました。遠くに雪山も見え春はおススメです。

2021年04月06日 マークⅡ弾正大弼政宗
高田城



満開の桜の中、登城しました。あいにくの曇天でしたが、黒壁の三重櫓とやや濃いめの桜のコラボは、美しかった❗

2021年03月25日 萌魏摂政叡声
高田城



歴史資料館は、良いです。桜が綺麗。城を囲む池の存在感が大きい。彫刻作品多し。

2020年11月07日 かたつ大蔵卿
高田城



当時の遺構はあまり残っていません。櫓は93年に建てられたものです。本丸敷地内には中学校があります。

2019年05月07日 まるさん伊豆守小町時間割
休館日スタンプ設置場所[高田城  スタンプ]



上越市立歴史博物館の休館日は三重櫓も休館日となりますが続100名城スタンプは別の場所で押すことが出来ます。場所は博物館の正面玄関に向かって左側約10mくらいの建物の軒下になりますが、軒下と言ってもかなり広いので雨などがあたる心配はなさそうです。時間は基本的に通常の開館時間と同じで9時から17時までとなります。

三重櫓管理棟が休みの時はここへ足を運んでみてください。

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
高田公園西側駐車場[高田城  駐車場]



高田公園の噴水隣にある駐車場

15台分の枠があります。

また、隣にはトイレも設置されています

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
高田藩の歴史年表[高田城  碑・説明板]



三重櫓管理棟横の土塁脇に設置されている説明板

高田城歴代城主や主な出来事を年表にしてあります。

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
本丸跡の標柱[高田城  碑・説明板]



本丸跡の標柱

ただし、実際の本丸の大部分は標柱後方にある上越教育大学附属高田中学校になっています

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城三重櫓管理棟[高田城  スタンプ]



開館時間や休館日は写真の通りですが、
観桜会や蓮まつりの期間中の土日などは7時から開館することがあります。

また例年1月と2月の平日は臨時休館となりますからご注意ください!

なお、三重櫓休館日でもスタンプは通常の開館時間ならば歴史博物館で押すことが出来ます(歴史博物館休館日も可能です)


2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
上越市立歴史博物館駐車場[高田城  駐車場]



上越市立歴史博物館前の駐車場

ざっと見て50台以上駐車出来るようですが、
観桜会時期やイベント実施により使用できないこともありますのでご注意ください

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
上越市立歴史博物館[高田城  スタンプ]



上越市立歴史博物館1階の案内カウンターに置かれた続100名城スタンプ

時間は基本的に09:00〜17:00で月曜日は休館(月曜日が祝日の場合は火曜日休館で、もう一箇所の設置場所三重櫓管理棟も休みは同様)になるが
休館日も正面入り口に向かって左横の除雪機などの資材が置かれている軒下にスタンプが移動されています(時間は開館日と同様)


なお、春の観桜会期間中は20:30まで営業していまして
その時もスタンプを押すことは出来ます

また、まだ検討中らしいですが例年8月に実施される蓮まつりの際には早朝開館(7時頃くらいを検討とのこと)が行われるかもしれませんので
その頃に来訪される方は問い合わせされるとよろしいかと思います

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
ヤゲン堀の標柱[高田城  遺構・復元物]



高田城の内堀。

ヤゲン堀と標示されているので底はV字形になっているようです。

数年前の観桜会時にボートからの転覆事故があった際に捜索したダイバーがなかなか発見出来なかったのは底に溜まった泥で邪魔されたからでしょうか??

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
二の丸土塁[高田城  遺構・復元物]



高田城の土塁はかなり残っていますが、
ここは二の丸土塁の標柱の設置されている箇所です

道路を挟んで外堀があります。

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城の大手橋跡[高田城  碑・説明板]



大手橋跡

堀と堀に挟まれた道路が昔の大手橋になります。

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
お馬出しの堀跡[高田城  遺構・復元物]



お馬出し公園

一段高い北側の駐車場がお馬出しとのことです

その駐車場縁の現在石垣になっている部分が当時の堀の原形をとどめている箇所のようです。

2019年05月04日 まるさん伊豆守小町時間割
町奉行所跡[高田城  遺構・復元物]



町奉行所跡の標柱

奥はお馬出し公園になっています

2019年05月01日 ルル武蔵守フロンタル
高田城三重櫓管理棟[高田城  スタンプ]



管理棟です。スタンプ設置以外に入館券売所、物販、自販機、トイレなどがあります。

2019年04月23日 まるさん伊豆守小町時間割
上越市立歴史博物館[高田城  関連施設]



高田城三重櫓から見ると内堀を挟んで北西側にある上越市立歴史博物館

二階はいろんな展示が行われ有料なのですが 一階と屋上は無料で利用することが出来ます

その一階ホールの片隅にコインロッカーのコーナーがあります 預けるのに100円必要ですが後から返却されますから実質無料で使用できます

重い荷物のある方はご利用されると便利だと思います

2019年04月11日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

【続100名城スタンプについて】訂正版

お昼に口コミ投稿してまだ8時間ですが大きな間違いが発覚しましたので訂正いたします

本日夕方、博物館屋上から夜桜に浮かぶ高田城三重櫓ライトアップを見ようと博物館へ再訪

その際昼間に対応して下さった方々よりもより責任のある方が対応してくださったので時間外のスタンプについて再度確認しました

その結果、お昼に対応してくれた人達が認識不足で閉館時にスタンプを外に置くと思い込んでいた事が判明!

実際には休館日でも職員は事務所に出勤しているので普段の開館時刻にスタンプを外に出して閉館時刻に中へ片付けているそうです

そのため博物館休館日であってもスタンプは押せますが時間帯は開館している時間に準ずるそうです

そのため先程の投稿を削除いたします

早まった情報を投稿してしまい大変お騒がせいたしました

慎んでお詫び申し上げますm(_ _)m



なお、スタンプを押す立場の者の意見として可能ならば24時間押せるような対応を要望したところ
前向きに検討するとのお答えはいただきましたので将来そうなることを切に願います


2019年04月11日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

歴史博物館屋上から眺める桜と櫓を撮影しようと昨年7月のリニューアルオープン以来初めて博物館へ

ここは2階の展示室のみ有料で1階と屋上は無料で利用できます

高田城の直近に高い建物がないためこの博物館屋上は三重櫓を多少なりとも高い視点から眺めることの出来る貴重な場所になったと感じました


ただ、初夏から晩秋にかけては木々の葉が多すぎて櫓が隠れてしまうであろうことが残念と言えば残念ですけどね(^_^;)


来訪の際お時間がございましたら是非ご利用してくださいませ

2018年05月09日 織田上総介晃司
高田城

高田城(高田公園)の道路を挟んだ向かい側に駐車場があります。

長い間土塁と堀だけだったが三重櫓、続いて極楽橋が復元されて城らしくなった。

同じ上越市に春日山城があり(高田城から約6km)戦国期と江戸期の城郭が楽しめる。

2018年04月08日 城とハト征夷大将軍登山⛰️
高田城

続100名城のスタンプのある場所違います。
ご注意ください。
三重櫓の入場券発売場所です。

2017年04月01日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

福島城を愛する会が編集した『福島城をひもとく』なるパンフレットに春日山城~福島城~高田城に至る年表が記載されていまして(埋蔵文化財センターなどに置かれています)、その1614年の高田城築城に関する記載内容に誤りがあったため正誤表が添付されているのですが…

その正誤表だけに高田城の天下普請に関わった13大名の名前が記載されていましたのでここに記します。

普請総奉行・伊達政宗
南部利直
蒲生忠郷
最上家親
上杉景勝
佐竹義宣
仙石秀久
真田信之
小笠原秀政
鳥井成次
村上義明
溝口宣勝
前田利常

2013年08月07日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

現在、蓮まつり真っ最中で毎朝たくさんの蓮の花が外堀を彩っておりますが…


それと併せて、本日8日から11日日曜日まで高田城跡公園内でドイツビールのイベントであるオクトーバーフェストも開催されます(^-^)b

またオクトーバーフェストの期間中は高田城三重櫓のライトアップは1時間延長されて22時までとなりますので…


ドイツビールを飲みながらお城の夜景観賞はいかがでしょうか?(^o^)v



2013年07月21日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

現在、高田城跡公園は紫陽花がまだまだ元気ですが…

今週末の7月26日金曜日から8月18日日曜日までは『第34回蓮まつり』が開催されます!


高田城外堀の蓮は東洋一だと言われたらしいですが…すでにかなりの数が花開いていますので高田城跡に来られる方は蓮もお楽しみくださいませ!


また、蓮まつり期間の土日及び8月13日〜16日には普段9時の高田城三重櫓の開館時刻が7時からに繰り上げされます!


そして同じく蓮まつり期間中には連日18時30分から三重櫓のライトアップも行われますので併せてお楽しみくださいませ!



2013年04月13日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

今日は高田城跡の桜は満開の超見頃ですが、
直線距離で5km余りの場所には百名城の一つ春日山城跡もあります!


ってことで、観桜会場と春日山城跡を結ぶ無料のシャトルバスが来週平日、毎日運行されます(^-^)b


詳細はと言うと…

運行日:4月12日(すでに終了)、15日〜19日

運行時間:10時〜17時

観桜会場…毎時0分発(最終は16時発)
埋蔵文化財センター…毎時25分発
春日山城跡…毎時30分発


帰りの最終便は春日山17時発→観桜会場17時30分着


なので、お車でお越しの方は埋蔵文化財センター(越後上越・謙信公と春日山城展開催中)の駐車場で駐車して、
このシャトルバスを利用することで春日山城跡と高田城跡の両方を効率よく回ることが出来ます!
(もちろん電車でお越しの方々も!)


ちなみに高田城跡の桜は、そろそろ散り始めになりそうです(;^_^A



2013年04月07日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

本日昼頃、高田公園を通ってビックリΣ(・ω・ノ)ノ!

なんと!昨夜から今朝にかけて一気に開いたようです\(☆o☆)/

こりゃヘタすると来週末までに散るかも?(^_^;)



2013年04月05日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

本日、高田城跡公園の桜の開花宣言が出されました!\(^o^)/



が、見頃はまだ先な感じです(;^_^A



2013年04月04日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

本日、桜の開花状況を見て参りましたが…


高田の街中(高田駅近くの儀明川沿いなど)では早咲きの桜で満開の桜の木もありますが…


高田城跡周辺の桜はまだ蕾状態でして、早くても開花は来週になりそうに感じました(´・ω・`)


てことで…見頃は来週末(13、14日)前後あたりになりそうです!


ちなみに桜はまだですが観桜会は明日5日から開催されますので、
夜間はライトアップされます(^o^)v



2013年01月30日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

来年の高田開府400年へ向けてのPRとしまして…



今週末、2月2日と3日に『冬の高田城雪行燈めぐり』なるイベントが開催されます。

高田城に2000個の雪行燈が点灯されるようです。

雪が少なかったならば中止らしかったですが…現状は十分すぎる積雪があります\(^o^)/


時間は、午後5時から消えるまでとのことですが…


それに合わせまして、年間でも滅多に実施されない高田城三重櫓のライトアップが行われます!w(°O°)w
(今シーズンの実施は大晦日とここだけ!)


時間は両日とも午後5時〜9時となっておりますので、
レアなライトアップと雪行燈のコラボを楽しみましょう!o(^o^)o

2012年12月27日 まるさん伊豆守小町時間割
高田城

なんでも大晦日は日没から翌元旦の2時(←いまいち記憶があやふやです)くらいまで…

ライトアップするそうです!\(^o^)/

ちなみに、その次は2月のイベントの時になるらしい(;^_^A

2012年04月20日 傾奇揚げ仙兵衛
高田城

桜百選と日本三大夜桜になっているがアメリカのCNNが世界五大フラワーガーデン(俺が命名)に選んだらしい。


2011年10月16日 三河守コーキしゃん
高田城

掘の幅が広く土塁も高いので迫力があります。模擬櫓は沢山の破風に破風板に金の装飾と下見板張りがかなり派手で結構好きです

2011年04月10日 古楽侍従広家
高田城

堀にたくさんの蓮があり、それが明治維新後に旧藩士の生計のためと知ったとき、武士の世の終わりの壮絶さが聞こえた気がしました。

2010年07月23日 徳川内大臣源朝臣康武
高田城

高田城はすまつり開催中。まだ、あまり開いてないなぁ

2010年07月06日 のぼちゃん陸奥守
高田城

高田城は、竣工までの期間が短いため(4ヶ月)、石垣がなく、天守閣もありません。土塁の上に三重の櫓があります。極楽橋も綺麗でした。櫓内部は、資料館になっていました。高田公園内に博物館と小林古径記念美術館があり、興味がある方は、まとめて入場券を買うとちょっとだけお得です。(博物館は、9/5まで明治維新系の展示です)


高田城の周辺スポット情報

 極楽橋(遺構・復元物)

 町奉行所跡(遺構・復元物)

 お馬出しの堀跡(遺構・復元物)

 二の丸土塁(遺構・復元物)

 ヤゲン堀の標柱(遺構・復元物)

 本城御門跡(遺構・復元物)

 三重櫓(遺構・復元物)

 本丸(遺構・復元物)

 北堀(遺構・復元物)

 西堀(遺構・復元物)

 南堀(遺構・復元物)

 大手堀(遺構・復元物)

 大手橋(遺構・復元物)

 瓢箪曲輪(遺構・復元物)

 百間堀(遺構・復元物)

 北不明門(北門)(遺構・復元物)

 東不明門(東門)(遺構・復元物)

 東多聞櫓(遺構・復元物)

 西多聞櫓(遺構・復元物)

 本丸御殿跡(遺構・復元物)

 三の丸(遺構・復元物)

 北の丸(遺構・復元物)

 二の丸(遺構・復元物)

 本城堀(内堀)(遺構・復元物)

 本丸土塁(遺構・復元物)

 大手門跡(遺構・復元物)

 大手門趾(碑・説明板)

 高田城の大手橋跡(碑・説明板)

 本丸跡の標柱(碑・説明板)

 高田藩の歴史年表(碑・説明板)

 川浦代官所跡碑案内板(碑・説明板)

 川浦代官所 (川浦陣屋)(周辺城郭)

 榊神社(高田藩主榊原家を祀る)(寺社・史跡)

 高田姫(天崇院)の墓(寺社・史跡)

 寺町(寺社・史跡)

 東本願寺高田別院(寺社・史跡)

 出丸稲葉神社(寺社・史跡)

 北城神明宮(寺社・史跡)

 上越市立歴史博物館(スタンプ)

 高田城三重櫓管理棟(スタンプ)

 休館日スタンプ設置場所(スタンプ)

 トイレ (トイレ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 上越市立歴史博物館駐車場(駐車場)

 高田公園西側駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 上越市立歴史博物館(関連施設)

 高田城址公園(関連施設)

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