鮫ヶ尾城(さめがおじょう)

鮫ヶ尾城の基本情報

通称・別名

所在地

新潟県妙高市雪森字城山

旧国名

越後国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

堀江氏

廃城年

遺構

曲輪、堀切、竪堀、井戸

指定文化財

国史跡(鮫ヶ尾城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

黒田城(新潟県上越市)[4.1km]
高田城(新潟県上越市)[7.0km]
箕冠城(新潟県上越市)[7.3km]
春日山城(新潟県上越市)[10.8km]
猿橋城(新潟県妙高市)[12.1km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)133 鮫ヶ尾城

設置場所

斐太歴史の里総合案内所(2019/11/24〜2020/3/29は冬期閉鎖)[地図
神の宮温泉かわら亭(2019年11月25日から)[地図

関連施設

斐太歴史の里総合案内所[地図
斐太歴史民俗資料館
神の宮温泉かわら亭

鮫ヶ尾城の解説文

鮫ヶ尾城(さめがおじょう)は、現新潟県妙高市にかつて存在した上杉家配下の日本の城。城跡は平成20年(2008年)7月28日に国の史跡に指定された(鮫ヶ尾城跡)。

築城年は分かっていないが、永正から天正年間に上杉氏(長尾氏)による北国街道の防御を兼ねた街道整備の一環として、春日山城直近の最前線要塞の意味合いで築城ないし大規模改修がなされたと伝わる。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(133番)に選定された。

御館の乱
謙信死後に勃発した御館の乱に於いて、城主である堀江宗親は上杉景虎側に付き、御館落城後に関東への唯一の逃げ道(景虎は北条氏康の子ないし北条氏縁者との説がある)となったこの城を経由して逃がすべく、景虎を城に引き入れる。

しかしながら宗親は安田顕元の寝返り工作に応じ、二の丸に火を放ち当人は退去。

その後、総攻撃を受けた鮫ヶ尾城は落城、景虎は妻子共々自刃して果てた。

遺跡
現在も米蔵跡からはその乱の時に焼けた米『焼き米』が出土する。(文化財指定されている為、持ち出し禁止)

また、平成20年度(2008年度)の調査において、熱を帯びた陶磁器や雑穀が混じっていないおにぎりが出土している。 一部の出土品は城跡近くに有る温泉施設「景虎の湯」に展示されれいる。

参考文献
『上越市史叢書9 上越の城』 (新潟県上越市、2004)

鮫ヶ尾城の口コミ情報

カーネルさん[2018年12月29日]
大雪警報がでていたので、恐れおののきながら行ってきました

えちごトキめき鉄道北新井駅から、駅を背に西へ向かい、すぐの川を越えた辺りから城への道標がちょいちょいあるので、その通りに進めば、斐太神社に連れていってくれます

神社の少し北にある城への看板に従い、ここから西に向かう林道を進むと足首までの積雪ですが、道幅も広く迷うことはないと思います

歴史の里総合案内所の北側から西へ向かうと、山道になりますが、道が明瞭で、山道に慣れてる人なら迷うことはないと思います

この頃から積雪は脛まで埋まり、本丸付近の傾斜がキツいところは膝まで埋まり、息が乱れます

帰りは尾根をそのまま進み、東登山道で下りました。堀が大量で大満足。雪に埋もれて、竪堀がくっきり見えました(投稿しました)

東登山道もほぼ迷うことはないと思いますが、やはり下りの方が迷いやすいので、不安になったら引き返して、来た道を戻るべきかと思います

往復して140分でした

笑門来猫さん[2018年07月29日]
Yahoo!ナビに従うと、南登城口(大手口)に案内されました。高速高架下に駐車。
以前登った東側登城路より大変という印象でしたが、山城好きにはオススメルート。
帰りは思わず駆け下りてしまうくらい急なので、尻餅注意。

まー宮内卿さん[2017年06月18日]
南登城路は大手と呼ばれていますが現在上信越道車線拡幅工事をしている戸田建設現場事務所前にあります。上信越道観音平トンネル手前。道路は砂利道で駐車スペースは一台ほどですが工事車両の往来を予測出来るためオススメしません。また東登城路に比べ上り傾斜があるので正直辛いです。七曲り手前で小休憩後に上って行きました。帰りは東登城路をずっと進んでいき環濠(内堀)を通って畑に出ました。東登城路入口は斐太神社入口から20mほどしか離れていませんが駐車場はありません。
ここから上杉景虎石像・慰霊碑のある勝福寺(立の内または館の内推定地)まで徒歩10分ほど。駐車場は一台分しかないため徒歩をオススメします。工事は今年いっぱい(12月末まで)のため来年以降再訪城し北登城路を行こうと思っております。斐太管理棟前に大きな鮫ヶ尾城の説明板と見取図があります。

まー宮内卿さん[2017年06月18日]
先人が云われている通り登城口は3つ。北・南・東で北は上信越道車線拡幅工事のため斐太遺跡管理棟脇(石碑はここにあり)から入っても途中でフェンスがあり立入禁止。駐車場は斐太歴史の里駐車場(斐太神社隣)。その上にも駐車スペース10台ほどあり。トイレは管理棟にしかありません。管理棟でパンフレットがありそこに居る親切な管理人に頂き『淡水魚(ブラックバス生息)の池(駐車場から少し上ると左手に案内あり)』経由で東登城路で行けると教えられ帰りにお茶でも飲んで言ってと云われました。東登城路を通っていくと斐太遺跡(矢代山B地区)に出ます。環濠(内堀)跡は説明板から手前10mほど東登城路を下りるとあります。本丸方面へ進むと大堀切6→大堀切5→東一の丸→堀切6→本丸となります。本丸にも石碑あり見晴らしは最高です。四阿あり。空堀通ると米倉のあった曲輪に行けます。その先は藪が酷く諦めましたが空堀を下りて本丸下の腰曲輪通り堀切6へ。直進すると二の丸へ。大堀切1を左手に見ながら下りると三の丸、その下に井戸。井戸からそのまま下りると虎口→南登城路へ。

安田越後守秀俊さん[2017年06月16日]
近隣にある 勝福寺(妙高市乙吉)もセットで訪問をオススメします!
鮫ヶ尾城の居館跡地でもあり、上杉三郎景虎の像と供養塔があります。

摩虎羅**さん[2016年06月03日]
登城口は2ヶ所
南登城口(正面口)と斐太遺跡から

斐太遺跡には管理棟及びトイレ有
管理棟で熊除け鈴のついたステッキ借りれます
散策コース案内パンフも貰えます
発掘された物も置いてありました
あと!無料でお茶と漬け物を頂きました
ボランティアのおば様自家製!とても美味しいので是非とも

正面口からの方が見応えあるそうですが…無難に管理棟から登城しました
6月はササユリの群生が道案内してくれるので花も楽しめます
整備されていますが2ヶ所ほどロープがあり急斜面な所がありますので…靴はキチンとした物を履いた方が良いでしょう

城跡の他に弥生時代の遺跡も見ることができます。城跡の堀切も見事ですが、古代の空壕等もまた見事です!
異なる時代の史跡を十分堪能いたしました

夏にはノコギリクワガタいるそうです
色々な説明も十分ありますので、子供の勉強がてらご家族で来ても楽しめる場所だと思います

結城越後守秀康さん[2012年06月08日]
駐車場及びトイレは完備されてます遺跡、神社等とまとめて管理されているので、軽装でも行けますが、鮫ヶ尾城本丸迄行くなら靴は機動力重視で行かないとキツイと思われます。泥濘が多いので気をつけていないと転ぶかもしれないので足元には御注意を。

まるさん上総介小町時間割さん[2012年05月19日]
鮫ヶ尾城跡は同じ地域にある斐太遺跡などと一緒に管理されているので、

駐車場やトイレなども完備されています



所要時間は駐車場から管理棟まで5分程度で、
そこから本丸跡まではルートにもよりますが25〜30分程度で着けると思います



ただ、道中はほとんど木陰で地面が乾きにくいために滑らないように気をつけましょう


ちなみに私は気づかなかったですが、管理棟でストックを貸してもらえるようです


徳川内大臣源朝臣康武さん[2010年07月21日]
[武将像]上杉景虎像
城の麓、墓所である勝福寺境内に鎮座。

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