本佐倉城(もとさくらじょう)

本佐倉城の基本情報

通称・別名

将門山城

所在地

千葉県印旛郡酒々井町本佐倉字根古谷他/佐倉市

旧国名

下総国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

千葉輔胤

築城年

文明年間(1469〜1487)?

主な改修者

千葉氏

主な城主

千葉氏、小笠原氏、土井氏

廃城年

元和元年(1615)

遺構

土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(本佐倉城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

城城(千葉県佐倉市)[3.7km]
佐倉城(千葉県佐倉市)[4.0km]
中沢城(千葉県富里市)[5.5km]
古屋城(千葉県四街道市)[7.0km]
謙信一夜城(千葉県佐倉市)[7.2km]

本佐倉城の解説文

本佐倉城(もとさくらじょう)は、千葉県印旛郡酒々井町本佐倉と佐倉市大佐倉にまたがる将門山に築かれた千葉氏後期の本拠地となった日本の城。文明年間(1469年-1486年)の築城で、国の史跡に指定されている。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(121番)に選定された。

歴史
室町時代後期に千葉宗家を倒して家督を奪った馬加氏(まくわりし)は、将軍足利義政の命により千葉実胤と自胤を支援した東常縁に討たれ滅亡した。また太田道灌も実胤・自胤を支援し江戸城を築城するなどした。だが、馬加康胤の子(異説あり)・千葉輔胤は、古河公方足利成氏と結んで下総国を平定したことで宗家の地位を確保し、文明年間に従来の亥鼻城よりも内陸のこの地に城を築いて本拠地を移した(なお、文明11年(1479年)に太田道灌が千葉輔胤を攻めたときに追い詰められた輔胤の籠城先が臼井城であったことから、この時点ではまだ本佐倉城は完成していなかったと推定されている)。

その後、9代にわたって戦国大名千葉氏宗家の本拠地となったが、天正18年(1590年)、千葉氏が小田原征伐後に改易されると、徳川氏に接収されて一旦は破却され、代わりに城下に陣屋が設置された。 慶長7年(1602年)12月に5万石で松平忠輝が封じられるが、ひと月余後の慶長8年(1603年)2月、信濃国川中島に移封された。 慶長15年(1610年)、軍事上の必要から同地に封じられた小笠原吉次、土井利勝が再び本佐倉城に入って佐倉藩の藩庁が置かれた。

元和元年(1615年)、藩庁の佐倉城への移転と一国一城制により廃城となった。なお、本佐倉の城下町は酒々井宿に移設されて成田街道の宿場町になったと考えられている。

城の構造
城域は内郭と外郭に分かれており、内郭は南方に谷が刻まれた半島状の丘陵上に占地し、往時は三方を湿地帯で囲まれた要害であった。一方の外郭は内郭から繋がる丘陵上を自然地形と空堀で分断した広大な地積を持ち、千葉氏の勢力が伸張したのち、家臣団の屋敷地として整備されたと考えられる。

史跡指定
現在でも城の土塁や空堀などの遺構がほぼ完全な姿で遺存しており、1998年(平成10年)9月11日に「本佐倉城跡」として国の史跡に指定された。これは、千葉県の城郭では唯一の指定である。

関連図書
『歴史群像No64下総・本佐倉城』学習研究社、2004年

本佐倉城の口コミ情報

昌幸弾正大弼 野面積み♡様[2017年07月26日]
酒々井町中央公民館でパンフレットは一式揃います。
さらに発掘調査に関わった部署が建物内にあるとのことで、詳しい話を聞きたければ教えてくれるそうです。

城は結構広く、内郭だけでも1時間以上はかかるのではないでしょうか?
丁寧な説明版があるので安心して回れます。
個人的にはセッテイ山の周りの空堀を歩いた時、一番迫力を感じました。
まだ発掘調査継続中の箇所も半分くらいあるので、これからに期待します。

最後にカミツキガメを見たという貼り紙がありました。城攻めを予定されている方はマムシとともにご注意願います。

カーネル様[2017年05月05日]
京成本線 大佐倉駅から

駅改札を出たら、すぐ線路を渡り東へ
少し線路沿いの道を歩いてから南下すると、ちょいちょい小さい看板で、本佐倉城の看板がでてます
ほんとか?というような狭い道を進むとセッティ空堀にでて、ここは最大級の堀だそうです

竹林の中の虎口を通過すると広い倉跡にでます。妙見宮跡がある奥山方向へ進み、さらに東へ行くと本丸
ここまでの道中にて、左右に大規模な堀が多数ありました

本丸から北上してⅣ郭へ抜けて進むと東口虎口です
とにかく広い。全部網羅しようとすると、行ったり来たりすることになります
帰りは北側から帰りましたが、こちらの道は広いです

駅から近いですが、見どころが多すぎて1時間ちょいかかって、駅に戻りました

立花飛騨守様[2017年04月06日]
続日本100名城に選ばれました!

向根小屋、荒上含めた広大な城域に、空堀や土塁の遺構が、良好に残ります。

駐車場も整備され、電車も、3つの駅が利用できます。

藤井伊賀守様[2015年03月08日]
深い空堀や郭など、見事な遺稿がみられます。季節に寄っては草ぼうぼうですが。国指定史跡だけに、主要部はせいびがいきとどいてます。

野舘宮内少輔サラマンダー様[2013年12月03日]
2013年11月26日13時55分(40分)

小さいですが、城址を案内している看板があります
道が狭く、最初の看板から城址まで800m位距離があるので、不安になるかもしれません…
城址入口に石碑があり、その奥が東山馬場で、駐車場とトイレがあります
城址の要所には、説明板が写真付であります
郭の高さは20m位あり、建物跡の形にロープを引いてあり、草木の手入れもされています
ただし、蛇には御注意(私は2回も出くわし、かなりビックリしました)
北側の郭からは、水田と筑波山が見えました
国史跡なので色々とやってくれてはいるのですが、使っている土のうがビニール製で、土塁や階段の補修跡で雰囲気を壊してしまっていたり、手すりが工事現場にあるパイプでとても残念でした…
これらが無ければ、見応えある城址だと思います

三日陸奥守落人様[2013年10月06日]
この辺りは湿地に丘が切り立ったような地形が多く、城好きなら地形をみて回るだけでも面白いかもしれません。
当城もかつては、干拓される前の印旛沼が城際まで迫っていたようで、かなりの要害だったことが窺えます。

各所に手作り案内板が散在しており、遺構もわかりやすくなっていますが、マムシ注意の案内もありますのでご注意を。

最寄り駅は京成大佐倉。
少し入りくんではいますが、駐車スペースもあります。

しー武蔵守様[2013年08月18日]
建物跡にロープを地面に張られているので当時の状況が掴みやすいです。

各場所に酒々井町観光案内のQRコードが貼ってありますので簡単な説明をチェックする事も出来ますし、パネルに写真付きで発掘当時の解説も載ってましたから、概要を掴むにはわかりやすいと思います。



ビバちゃん様[2012年08月03日]
本佐倉城の方が佐倉城よりも城好きには満足の行く見学が出来ると思います!

遺構もかなり良い状態で残っているので城の防衛線や規模も想像しやすくお薦めです。

佐倉城に行かれる方はすぐ近くなので本佐倉城に是非行ってみて下さい。

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