皆川城(みながわじょう)

皆川城の基本情報

通称・別名

法螺貝城

所在地

栃木県栃木市皆川城内町

旧国名

下野国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

皆川秀光

築城年

応永元年(1394)

主な改修者

主な城主

皆川氏

廃城年

天正19年(1591)

遺構

曲輪、帯曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口

指定文化財

市史跡

再建造物

石碑、説明板

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皆川城の解説文

皆川城(みながわじょう)は、下野国都賀郡皆川(現在の栃木県栃木市皆川城内町)にあった中世の日本の城である。

歴史・沿革
皆川氏の居城で、螺旋状にできていることから「法螺貝城」(ほらがいじょう)とも呼ばれる。

築城年代は諸説あり、寛喜年間(1229年~1232)に皆川宗員によって築かれたとも、応永元年(1394)に皆川秀光によって築かれたとも言われる。

皆川氏は戦国時代に入ると、北の鹿沼城を攻略した宇都宮氏から圧力を受け、従属と離反を繰り返した。

天正18年(1590)の小田原征伐では、皆川広照は北条氏に与して小田原城へ篭城したため、皆川城は豊臣方の上杉景勝勢に攻められ、4月8日に降伏した(戦わずに明け渡したという説もある)。しかし、広照は小田原城包囲直後に脱出して徳川家康の陣所に駆け込み、家康の取り成しによって豊臣秀吉に所領を安堵された。翌年、広照は本拠を栃木城に遷し、皆川城は廃城となった。

昭和39年(1964)5月、皆川城址は市指定史跡となり、栃木市が管理している。現在、標高147mの城山に公園が整備されている。

皆川城の口コミ情報

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