唐沢山城(からさわやまじょう)

唐沢山城の基本情報

通称・別名

所在地

栃木県佐野市富士町1409

旧国名

下野国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

藤原秀郷

築城年

延長5年(927)

主な改修者

佐野成俊、佐野盛綱

主な城主

佐野氏、後北条氏、大貫氏

廃城年

慶長7年(1602)

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切、井戸

指定文化財

国史跡(唐沢山城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

佐野城(栃木県佐野市)[4.3km]
赤見城(栃木県佐野市)[6.0km]
植野城(栃木県佐野市)[7.0km]
椿田城(栃木県佐野市)[8.8km]
皆川城(栃木県栃木市)[8.8km]
不摩城(栃木県栃木市)[11.1km]
藤岡城(栃木県栃木市)[11.3km]
榎本城(栃木県栃木市)[11.6km]
高松城(栃木県足利市)[12.4km]
栃木城(栃木県栃木市)[13.0km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)114 唐沢山城

設置場所

唐沢山神社社務所[地図

唐沢山城の解説文



唐沢山城(からさわやまじょう)は、日本の城。所在地は栃木県佐野市富士町、栃本町。別名は栃本城、根古屋城、牛ヶ城。 「関東一の山城」と称される。城跡は国の史跡に指定されている。2017年には続日本100名城(114番)に選定された。

概要 

関東七名城の一つ。佐野市街地の北方約5キロメートルの唐沢山(247メートル)山頂を本丸として一帯に曲輪が配された連郭式山城である。戦国時代において、佐野氏第15代当主・佐野昌綱による唐沢山城の戦いで有名で、上杉謙信の10度にわたる攻城を受けたが、度々撃退して謙信を悩ませた。関東地方の古城には珍しく高い石垣が築かれているのが特徴である。続日本100名城に選ばれた。

現在は栃木県立自然公園の一部となっており、本丸に築城主と伝えられる藤原秀郷を祀る唐沢山神社が鎮座する。杉郭跡には栃木県唐沢青年の家が建てられたが、平成19年(2007年)3月31日閉所した。遺構として石垣、大手枡形、土塁、堀切、土橋、近世に復元された井戸などが残っている。

歴史・沿革 

以下のように伝承されている。

築城は平安時代の延長5年(927年)に、藤原秀郷が従五位下・下野国押領使を叙任、関東に下向し唐沢山に城を築いたのが始まりとされる。 天慶3年(940年)平将門による天慶の乱が起こったが、秀郷らの活躍で乱を鎮圧した。この功績により秀郷は従四位、武蔵・下野両国鎮守府将軍を拝領した。 また、一説にはこの乱を鎮圧した天慶3年から築城が開始され天慶5年(942年)に完成したと伝えられる。その後、5代にわたりここに居城した後、6代成行は足利荘に移り一時廃城となった。

平安時代末期の治承4年(1180年)9代俊綱の弟成俊は再びここに城を再興し、佐野氏を名乗った。鎌倉時代に入った建保元年(1213年)成俊は30余年の歳月をかけて城を完成させた。

以上のような伝承がある一方で、最近の研究では唐沢山城の起源は15世紀後半までしか遡らないことが明らかにされている。秀郷築城が伝承された背景には、唐沢山城主の佐野氏の先祖が藤原秀郷であるからであるといわれる[1][2]

室町時代中期の延徳3年(1491年)には佐野盛綱が城の修築を行った。

戦国時代の佐野氏は相模の北条氏、越後の上杉氏の二大勢力に挟まれどちらに付くか苦悩した。当初、越後の上杉謙信と結んだ佐野昌綱は、永禄2年(1559年)北条氏政に3万5千の大軍をもって城を包囲された。謙信は即座に援軍を差し向け北条軍を撤退させた。

唐沢山城(佐野)は謙信においては関東における勢力圏の東端であり、佐竹氏をはじめとする北関東の親上杉派諸将の勢力圏との境界線でもあったため、特に重要視されたと考えられている[3]

昌綱の子・宗綱は弟で上杉氏の養子に入った虎松丸と不和になり、一族間で「唐沢山天正の乱」と呼ばれる争いが起こった。これにより佐野氏は上杉氏と決別するに至った。天正4年(1576年)虎松丸に加勢した上杉謙信は1万5千の兵をもってこの城を攻めたが、一族の結城氏・小山氏・皆川氏などの加勢により上杉軍を撤退させた。それまでも9度にわたり上杉軍の攻城を受け、城主・昌綱は何度も降伏したものの、謙信を大いに手間取らせた。この堅固さは評判となり関東一の山城と賞賛された。

上杉氏と決別し孤立化した佐野氏は、天正15年(1587年)に北条氏康の五男・氏忠を養子に迎え北条氏と和議を結んだ。

天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐では、当主の佐野房綱は豊臣方に付き城内の北条勢を一掃した。文禄2年(1593年)豊臣氏家臣富田一白の二男・信種を養子に迎え、秀吉の偏諱を賜り佐野信吉と名乗った。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは信吉は徳川家康方に付き3万5千石の旧領を安堵され佐野藩が成立した。慶長7年(1602年)麓に佐野城が築かれ平安時代より続いた唐沢山城はその歴史に幕を閉じた。廃城に至った説として、江戸に火災があったとき、山上にある唐沢山城よりこれを発見し早馬で江戸に駆け参じたが、江戸を見下ろせる所に城を構えるは何たることかと家康の不興を買ったと言う話がある。また、江戸から20里(80キロメートル)以内の山城は禁令されていたとの説もある。

明治16年(1883年)有志により本丸跡に唐沢山神社が建立された。

昭和30年(1965年)栃木県立自然公園開設。昭和38年(1963年)栃木県唐沢青年自然の家開所。

平成26年(2014年)3月18日、城跡が国の史跡に指定された。

平成29年(2017年)4月6日、続日本100名城(114番)に選定された[4]

参考文献 

  • 【書籍】「定本 日本城郭事典」
  • 黒田基樹・浅倉直美編『北条氏康の子供たち』宮帯出版社、2015年。ISBN 978-4-8016-0017-1。

唐沢山城の口コミ情報

2022年07月25日 マグロ常陸介祐平
唐沢山城



関東七名城の一つとあって素晴らしいお城です。今の時期は風鈴参道~天明鋳物 涼音の杜が開催されており風鈴の音色を楽しみながらお城の見学ができます。

2022年07月25日 マグロ常陸介祐平
吉水陣屋[唐沢山城  周辺城郭]



大正時代に作られた石碑には本多正純の陣屋跡と記されています。虎口風の入口と土塁風のおすべりが印象的な公園となっています。

2022年07月25日 マグロ常陸介祐平
清水城(興聖寺城)[唐沢山城  周辺城郭]



興聖寺というお寺が城址です。山門の石垣は虎口に見えますが後世のものでしょうか。お寺の周囲には土塁がよく残っており、部分的ですが空堀も確認できます。

2022年07月17日 RED副将軍【新宮党】
唐沢山城



高石垣の他にも、クランク状堀切や巨石を用いた虎口等の見所多数の関東屈指の中世山城🏯
上杉謙信の侵攻を10回退けた堅城です✨

927年に、下野国押領使を叙任した藤原秀郷により築城。
940年には平将門による天慶の乱を鎮圧した功績により、武蔵と下野の鎮守府将軍を拝領し所領を拡大。足利荘に拠点を移すまで、藤原氏5代の居城となりました。
拠点を移したことで、一時は廃城となりましたが、1180年には9代俊綱の弟の成俊が再興し、佐野氏を名乗り居城としました。この頃から、相模の北条氏、越後の上杉氏の二大勢力に挟まれた地域であり、長い年月をかけて大改修を実施し要塞となっていきます。
1559年、上杉謙信に与したことで、北条氏政は3万5千の大軍を率いて城を包囲。上杉謙信は即座に援軍を差し向けて北条氏は撤退。
1576年、当主の佐野宗綱は、弟の虎松丸を上杉氏に養子に入れる等で同盟を結んでいましたが、虎松丸と不和になり、結果として上杉氏と決別。上杉謙信の侵攻を受けるも10度にわたって退けました。
佐野宗綱が没すると、北条氏康の五男である氏忠が養子となって家督を継ぐことで北条氏と和解。
1590年、豊臣秀吉による小田原征伐において、当主の佐野房綱は豊臣方に付き、城内の北条勢を一掃したことで所領を安堵。
1593年、豊臣氏家臣の富田信種を養子に迎え、信種は秀吉の偏諱を賜り佐野信吉と名乗ります。
1600年の関ヶ原の戦いでは、佐野信吉は東軍に付き、所領を安堵。
1602年、佐野城を築いて居城を移したため、唐沢山城は廃城となりました。

見所
本丸南西部や蔵屋敷の高石垣は、関東では珍しい遺構であるため有名ですが、堀切や竪堀を多用した凄い中世山城でもあります。
城域北東部の二重堀切まで行かれる方はまだいらしゃいますが、南東尾根を降ることをオススメします。
あまり紹介されることも少なく、ほとんどの登城者はまず行きませんが、四つ目堀から南東の尾根筋を降ると素晴らしい中世山城遺構を見ることができます。
15分程度降ると、クランク状の堀切が尾根を分断しています。極めてテクニカルであり関東屈指の堀切です。
南東尾根を北へ回り込んで谷筋を降ると、巨石を用いた千騎口の虎口があります。

2022年05月05日 三男坊.k大学頭
唐沢山城



この時期、三郭の藤の花が綺麗です。先週満開でした。

2022年04月30日 なおお
唐沢山城



天狗岩からの景色がサイコーです。猫あちらこちらで出迎えてくれます

2022年03月26日 昌幸常陸介目和伊蒲鯰楢
大網山城[唐沢山城  周辺城郭]



大網山(おおあみさん)城は、唐沢山城の南東1.5キロメートルに位置しています。築城年代や城主・居住者は分かっていませんが、現在の遺構は戦国時代のものと考えられ、唐沢山城南方を警護・監視する役目を担っていたことでしょう。
主郭とニ郭を中心に、南北に連なる尾根には南側と北側にそれぞれ2カ所の堀切を確認することができます。

登城について
私は東側(韮川町側)から登り、先人は西側(富士町側)から登ったとのことです。

はっきり言って私は選択を誤りました。東側からは登城をおすすめしません、というか登城しないでください。遭難の可能性もあります。
西側からでしたら、きちんと道があるようですよ。

【写真の説明】
①南側の堀切1。土橋が架かる。
②南側の堀切2。
③馬出しのような削平地からニ郭虎口を見る。
④主郭虎口。坂虎口となっている。
⑤北側の堀切1。主郭背後に位置するため切込は非常に深い。
⑥主郭
⑦遠景。右上の一本松が主郭。※ここからは登城しないでください。
⑧唐沢山城から見る大網山城。奥の尾根、中央の一本松が主郭。

2022年02月11日 つか征夷大将軍
土矢倉の石垣痕[唐沢山城  遺構・復元物]



パンフレットには絶景ポイントになってますが特に細かい案内はありません。石垣の跡があちこちにあります。崖になっているので行く方は足元注意!

2022年02月10日 つか征夷大将軍
土塁[唐沢山城  遺構・復元物]



栃本公園内にある土塁です。屋敷周りの土塁だったらしいです。3箇所ある程度です。

2022年02月08日 つか征夷大将軍
千騎口[唐沢山城  遺構・復元物]



大岩を利用して入口を狭めている千騎口です。本丸方面へはこの先から勾配がきつくなります。本丸から降りて見に来るより一度車で降りて梅林公園側から登った方が楽かもしれません。道はリアマップ攻めで国土地理院の地図にして見るとわかりやすいと思います。

2022年01月10日 左兵衛督源氏嫡流末裔@狗鷲
唐沢山城

最寄駅の田沼駅から歩きました。良い運動にはなりますが、かなりキツいです。出来れば、車あたりでの移動をオススメします。

2021年10月30日 三浦の荘甲斐守大介義明くん
唐沢山城



本日天気も良く、先人の皆様案内参考に登城しました。田沼駅よりタクシーで唐沢山レストハウスまで1,400円。唐沢神社参拝で、金の例大祭奉拝の特別御朱印を頂き、石垣や城址を巡り1-2時間散策。

帰りはレストハウス駐車場からの関東ふれあいの道という山道を降り、のんびり歩いて田沼駅まで30分前後でした。半日あればいいと思われます。

2021年10月27日 マール
唐沢山城

田沼駅から麓まで20分強。その後の山登りがかなり急傾斜とカーブ多くて歩くのも一苦労。登りきっても社務所はさらに神社奥なので、たどり着いたときは達成感が半端ないお城。

2021年10月08日 南方館衆右兵衛佐和侍
唐沢山城

レストハウスの駐車場から本丸までは真っ直ぐ行けば10分位で着きます。猫がたくさんいます。

2021年09月25日 漂泊の浮雲主税助
新町薬師堂(犬伏の別れ)[唐沢山城  寺社・史跡]



真田の行く末を決めた場所と言われています♪

2021年07月25日 特にありません
唐沢山城



唐沢神社で完了しそうですが、唐沢山城裏手の石垣もしっかり見学しましょう。

2021年03月29日 中務大輔ミエ
唐沢山城



佐野駅南口でレンタサイクルして、唐沢山ポケットパークまで爆走(笑)そこからハイキングコースで目指しましたが、、、道はあるけど誰ともすれ違わない、いや、すれ違うのも厳しいくらいの険しい道でした(笑)虫は飛びかい、倒木あり、草は覆い繁り、一部土砂崩れの名残が、、、
でも達成感は凄いです!翌日には新田金山城登りましたが、唐沢山のが厳しかったです(^_^;)

2021年03月15日 オフロード 左馬頭シエラ
唐沢山城

3月14日リア攻めしてきました。台風19号の影響で石垣が崩れていました。12月には、倒壊した場所の工事が終わるそうです。

2021年03月14日 【銀英1】唐沢山下野守秀郷
大網山城[唐沢山城  周辺城郭]



大網山城は唐沢山城の南東にある出城(砦)で皆川氏、小山氏(北条)への押さえのようです。築城年代はっきりしませんが、足利忠綱の弟の忠行がこの地に住み富士氏となった頃では?

この城の南方には、佐野家重臣の城跡(居館跡)が多数、大貫越中守、小倉氏、野城氏、富士氏などあり、氏忠時代の中心地だったようです。

北側、畑の脇の山道を進むと大きな溜め池が3つ、さらにその沢を進むと尾根に登る道に続きます。尾根に出て北上、浅い堀切と土橋、さらに堀切2本目。郭らしき平地は2つあるが、小さく館は無理かも。展望は良く、砦、見張り台には最適です。

北東に一段高い山頂がありそこが本郭と思っていたのですがのこにしたのは何か理由がありそうです。

ここに限らず松の木がたくさん枯れている光景をあちこちで見かけます。近年の気象異変の影響でしょうか?なんとも言えない気持ちになりました。

登山口⁉️の近くの畑にあった看板(大網殿とのはやはり、富士氏でしょうか?)にちょっとホッコリして、少し気分回復?の帰り道でした。

2021年02月28日 【銀英1】唐沢山下野守秀郷
屋形山城[唐沢山城  周辺城郭]

古河公方、足利成氏のために佐野師綱が築城したと言われています。

後に北条氏忠が入った城、北条氏直が陣を張った城など説があり、お屋形様?より命名とか

現状は殆んど遺構は確認出来ません⁉️ちょっとこんもり小山のようになっているところか?

今はゴルフ場になっていて(No.15ホール)石垣上のティーグランドあたりが本丸跡か(妄想です)

佐野氏忠は佐野入領後、唐沢山南東部(富士地区)の整備に力を入れたようで大貫越中守、小倉行成等の居館があります。彼等は秀吉の小田原征伐では、北条方として戦い、見事😞戦死しています(相手は元同僚、佐野氏天徳寺宝衍派)。

2021年02月24日 【銀英1】唐沢山下野守秀郷
清水城(興聖寺城)[唐沢山城  周辺城郭]

1228年、佐野国綱築城と言われています。岩崎氏や佐野氏一族が代々居住し、1614年佐野氏改易に伴い廃城となりました。

本郭跡は興聖寺の境内となっていて広さは100㎡強です。しかし、実際は二郭、三郭もあり東西南北約800㎡もあったそうです。
さらに、侍屋敷もありかなり大規模だったようです。
唐沢山城を本格的に居城とした佐野盛綱まではこの清水城が実務の中心ではないかと思います。

佐野国綱にはこんな伝説⁉️もあります。
生き延びた木曽義高(木曽義仲の長男)を匿い名を佐野(岩崎)義基(よしたか)改名、娘婿としこの清水城を建てて住まわせたそうです。成る程🎵義高は清水冠者と呼ばれてました、そしてこの地に数多くの伝説と逸話を残しています。

遺構はほぼ正方形の平城、四方を土塁で囲みその外側に水堀、そして、現在の寺正門内には食い違い虎口?らしき遺構がみられます。
土塁はごく自然に藪って⁉️いますが形状は良好です。堀は大分埋まってしまい空堀ですが、場所によっては深さもあります。

寺に駐車場があります、南方の秀郷公の墓標とセットでごゆっくり散策して下さい。

2021年02月23日 【銀英1】唐沢山下野守秀郷
藤原秀郷墳墓(東明寺古墳)[唐沢山城  寺社・史跡]

我が郷土のヒーロー藤原秀郷公の古墳墓です。991年に亡くなりここに埋葬されたと言われています(お墓は伊勢崎の宝珠寺にもあり)。

すぐ隣にあるのが田原八幡宮、元々は古墳の頂上にあったとのことです(頂上に礎石があり)。また、古墳には大きな木の切り株が点在し、いにしえの姿を連想させます。

大ヒーローですから伝説、逸話もたくさん☺️ムカデ退治、百目鬼退治、避来矢の兜などなど、そして佐野市の夏の名物「秀郷祭り❗️」

現在は唐沢山神社の飛び地領になってしまいます。駐車場はありません、お越しの際は北にある清水城(興聖寺城)とセットで🎵徒歩でも僅かです。

2021年02月09日 【銀英1】唐沢山下野守秀郷
クランク堀切、大土橋[唐沢山城  遺構・復元物]

このクランク堀切と大土橋は、露垂根(つゆしね)神社の🅿️に車を置き北西にある登り口から、ひたすら尾根道を登って約20分位です。そのまま北上し分岐を左にいけば、10分位で南城に着きます。

2020年12月13日 おかねい
唐沢山城

12月半ばでしたが、非常に紅葉がきれいでした。多少ガスがかかっていましたが、眺望もきれいで、かつての城主たちは、この眺めを見ていたのかと思いました。石垣や遺構もきれいに見られます。

2020年12月07日 kotti
唐沢山城



藤原氏が収め、最初に作られたお城です。二の丸の石垣修復工事中でしたが、紅葉と石垣が見事でした。天狗岩からの見張らしも素晴らしいです。

2020年11月17日 じんしょ
唐沢山城

1日かけないと廻れない。ネコがあちこちにいるので、さらに楽しめる。

2020年09月01日 やす内匠頭ぽんぽん
唐沢山城



唐沢山の麓にも駐車場がありますが、上まで車で行けるし、上に神社の駐車場もあります。
Googleのナビが麓の通行止になっている細い道を行けというので、麓の駐車場に停めて迂回路を徒歩で登ったんですが3キロ程あるハイキングコースで、地獄の登り階段でした(涙)
途中に遺構らしきものもありません。。。車で上まで登る事をお薦めします。

2020年08月26日 GINTOKI
唐沢山神社社務所[唐沢山城  スタンプ]



唐沢山城まで、車で行く事が出来て駐車場があります!社務所に続日本100名城スタンプととなりに御城印は有料で300円で販売されています!また、猫の多い御城いや神社ですかね!

2019年06月14日 七代目尾張守宗春
唐沢山神社社務所[唐沢山城  スタンプ]

続百名城のスタンプも、御城印もあります。
神社ですから、御守りも多数。可愛いのもありましたよ (^^)

2019年06月14日 七代目尾張守宗春
駐車場[唐沢山城  駐車場]

レストハウスの駐車場に停めました。

2019年05月24日 GAGA内大臣百万石
唐沢山城

令和最初の日、5月1日にお邪魔させていただきました。

唐沢山城の駐車場から本丸まではすぐです。

駐車場から本丸に向かう道のりには食い違い虎口や関東では珍しい?(西日本にはいっぱいあります。)らしい立派な高石垣、竪堀などが残っています。

本丸にある唐沢山神社には御朱印目的の方でいっぱいでした。

本丸の真下にはつつじが咲き乱れ、非常に美しかったです。

登城後は佐野名物のいもフライを堪能されることをおすすめします。

いもフライはじゃがいもの串カツにスパイスの効いたソースを掛けた料理です。

リーズナブルで美味しかったです。



2019年05月24日 慈路安房守
石碑[唐沢山城  碑・説明板]



駐車場前です!

2018年12月02日 下沼下総守雄信
唐沢山城

城(=神社)の直ぐ近くまでクルマで登れるし、駐車場は50台位停まれそう。ただ、城への道はつづら折れの急坂で、かつ対向車、自転車、歩行者、猫も通るのでスピードの出しすぎ注意。

城内はモミジが素晴らしく綺麗。訪れるなら晩秋がお勧め。見事な石垣と紅葉、猫を取り入れたいい写真を撮ってくだされ。


2018年10月23日 【籠城中】下野守智ぞう
唐沢山城

↓譲り受けは一部の猫のみになりますー。それも神社の方、ボランティア隊長との交渉しだいになります

2018年10月23日 【籠城中】下野守智ぞう
唐沢山城

猫ボランティア隊長に遭遇。お話伺った所、2018,10,23現在、唐沢山神社・唐沢山城にいる猫の数は57匹だそう!

大半は捨て猫を保護しているとの事。

何度か足を運んで、あの猫飼いたいなあ~って思われた方は、神社の人やボランティアの人と交渉次第で譲り受け可能との事。ただし、最後まで飼うという覚悟のある方のみでお願いいたします。



2018年10月16日 昌幸常陸介目和伊蒲鯰楢
唐沢山城

今夏の台風が原因なのでしょうか、倒木で参道の石階段が崩れています。さらに大手道も塞がれ、通行できなくなるという事態に。
ロープは張られていますが、いらっしゃる方は足元にご注意下さい。

2018年10月12日 織田上総介晃司
唐沢山城

唐沢山レストハウスまで車で行けて駐車場もあります。

城跡のほとんどが唐沢山神社となってますが城の遺構はちゃんと残してあります。

唐沢山城は猫が多く、餌付けもされているので人懐っこい。
石垣を撮影してると足元に猫がすり寄ってきました。
残念なことに猫の誘拐事件が起こったみたいです。いくらカワイイからといって勝手に連れ帰るのはやめましょう。
猫を捨てるのも御法度です!

佐野市で佐野ラーメンを食べようと21:00に佐野駅に着くとほとんどのラーメン屋が閉めてました!
唯一(?)開いてた「頑固ラーメン山」で食べることができてホッとしました。
美味しかったですよ。

佐野ラーメンを食べようと思ったら昼間に来ることをおすすめします。

2018年09月17日 藤原木工助
唐沢山城

電車で行かれる方は東武佐野線田沼駅からタクシーで1200円前後で行けますよ。

2018年08月13日 しげぽん
唐沢山城

見事な石垣がみれます!

2018年07月20日 Kedama☪︎B
唐沢山城

唐沢山城の唐沢山神社で、夏限定の御朱印が購入できました。クリアタイプで金魚バージョンと風鈴バージョンの2種類!1日限定50枚らしいです☆

2017年09月29日 【籠城中】下野守智ぞう
唐沢山城

唐沢山城の猫の写真展が今年の12月に唐沢山レストハウスで開催されるそうです。

開催期間は1週間くらいの予定だそうです。

2017年08月07日 土塁ルイ
唐沢山城

江戸時代、唐沢山は世田谷豪徳寺周辺と共に彦根藩の飛び地であり、井伊家が治めていました。
井伊直弼が日光参社の際、出張陣屋である堀米陣屋に立ち寄り巡視していたり、佐野市・天應寺には直孝や直弼の墓があり、井伊家菩提寺となっています。

江戸期の唐沢山は、御留山として狩猟・伐採が禁止されており、明治になり、そのまま唐沢山神社の聖域となったことで、遺構が良好に残りました。

主郭部の見学ルートは整備されており訪れる人も多いと思いますが、縄張図には出ていない西麓・根小屋地区に屋敷跡など未整備の遺構が数多く残っています。
(佐野市HP「唐沢山城跡コーナー」で詳しく紹介されています)

根小屋地区は、佐野氏を継いだ北条氏忠が大改修を行っており、城主の居館跡とされる御台所(おだいどころ)では、本丸に対する方向に大規模な堀・土塁が残るなど興味深い遺構となっています。

近隣には、戦国土塁の残る栃本公園の他、犬伏の薬師堂、関ヶ原へ向かう秀忠の宿所・大庵寺などのスポットもあり、下調べして行けばぐるっと楽しめると思います。




2017年06月03日 まさ宮内卿猛虎
唐沢山城

此処には、ネコが沢山居ます。ボランティアの方々が世話しているとか?

行く先々、全ての場所で見られました。野生化したネコだが、人慣れして寄って来ます。訪問者の中には、ネコとの2ショットをする方々が居ます。ネコ好きの方は訪問すると良いかも?

ネコエサが、100円でレストランにて販売してます。2ショット狙いの方は訪問してね。御自分で食べたら、ネコに呪われますよ。(笑)



2017年06月03日 まさ宮内卿猛虎
唐沢山城

唐沢山城を見てから、駐車場でレストランに立ち寄り、犬伏の別れの薬師堂の場所を尋ねた。此処と同時訪問者が多いのか、案内板が造られていた。

以外と近く迷わずに行けました。駐車場は、薬師堂裏側に在ります。真田の幟旗が揚がっていて目立ちました。
薬師堂には、6紋銭の旗も有り、道路↖反対側には、別れ橋跡《今は案内掲示板のみ》が有ります。この薬師堂の掲示板には、唐沢山城が、すぐ近くに有ると記載もしてます。


2017年06月03日 まさ宮内卿猛虎
唐沢山城

駐車場にはレストランが有り、公衆トイレも有る。縄張り図をレストランで貰い登城。
天慶の乱で、平将門を亡ぼした藤原秀郷公の居城跡。
出迎えてくれたのは、枡形の石垣。苔むす石垣は当時の侭と言われる。全山が赤松の林に覆われ断崖と深い谷に囲まれた天然の要塞を保つ。当時を偲ぶ遺構が数多く残存します。左側に大炊井。築城に際し井戸を掘った。未だに枯れた事がないと。反対側には、天狗岩があり、其処に物見櫓が、有ったと。石段を登ると、四つ目堀に神橋が掛けられている。当時は曳き橋《曳き上げて外敵の進入を防いだ》が有る。
二の丸から、石垣が見えたので行ってみると、高石垣は本丸下の石垣。見応えの有るものでした。
スロープから、本丸へ登城。其処には、築城者藤原秀郷公を祀る本殿・拝殿が有り唐沢山神社となってます。登城と違う石段を下ると、引局《正室や側室居城》があり、更に下には南城跡が有る。此処から関東平野が見渡せます。迂回して、南城下部に廻ると其処にも見事な石垣が有ります。少し離れて石垣の全体を撮影したかったが、すぐ後ろは急な崖斜面。転落回避の為、最高のショットを断念した。


2015年03月15日 ⛫武蔵の謙
唐沢山城

山麓の大沢口周辺も唐沢山城の遺構が点在してます。栃本公園内に土塁の残欠があり、案内板も設置してあります。駐車場有り。

2014年01月24日 すかんぴん左馬助
唐沢山城


佐野に来たら、佐野ラーメン!
というお方も多いと思いますが、耳うどんと言う郷土料理もあります。
それからうどんも美味しいですよ♪
細めで平べったくて透明感のある麺は喉越しも良いです。
近くの宇都宮は餃子で有名ですが、佐野に行かれたら是非ぜひお試しください(^o^)/
お城から近いところにもお店がありますよ〜


2013年08月22日 イソ弾正大弼ナミ
唐沢山城

~唐沢山城の猫事情~

城内を歩くとあちこちに猫ねこ。猫のいる神社でも有名らしく、その数推定25匹!

猫を置いていく人も多いらしく、去勢しても益々増えるばかりだそう。

大半の猫は捨てられても既存の集団に入れず、飢えか交通事故で死んでしまうのが実情だそうです。


2012年01月20日 さくら主膳佑にゃ〜
唐沢山城

2012年2月25日(土)10:00~発掘調査現地説明会が実施されますよー。

2011年10月18日 サムライ陸前守はる
唐沢山城

本丸の高石垣は圧巻
今日は南城から東京スカイツリーや池袋・新宿の高層ビル群はモヤの影響で望めず・・・
しかし、ここは異常に野良猫?が多いなぁ

唐沢山城の周辺スポット情報

 長門丸(遺構・復元物)

 金の丸(遺構・復元物)

 杉曲輪(遺構・復元物)

 北城(遺構・復元物)

 避来矢山(遺構・復元物)

 二重堀切(遺構・復元物)

 大炊の井(遺構・復元物)

 天狗岩・物見台(遺構・復元物)

 帯曲輪(遺構・復元物)

 くい違い虎口(遺構・復元物)

 四つ目堀(遺構・復元物)

  クランク堀切、大土橋(遺構・復元物)

 千騎口(遺構・復元物)

 土塁(遺構・復元物)

 土矢倉の石垣痕(遺構・復元物)

 高石垣(遺構・復元物)

 吉水陣屋石碑(碑・説明板)

 小野寺城石碑(碑・説明板)

 小野小町標柱(碑・説明板)

 石碑(碑・説明板)

 屋形山城(周辺城郭)

 吉水陣屋(周辺城郭)

 清水城(興聖寺城)(周辺城郭)

 大網山城(周辺城郭)

 唐澤山神社(寺社・史跡)

 露垂根神社(寺社・史跡)

 藤原秀郷墳墓(東明寺古墳)(寺社・史跡)

 新町薬師堂(犬伏の別れ)(寺社・史跡)

 唐沢山神社社務所(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 梅林公園駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 千騎口への登城口(その他)

 喫煙所(その他)

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