尻内城(東出城)
尻内城(東出城)([皆川城 周辺城郭])
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尻内城(東出城)の口コミ情報
2026年01月09日 昌幸近江守按甲休兵
栃木市の尻内城。
佐野氏の一族佐野宗連が天文年間(1532~55年)に築いたと伝えられる山城です。
城の南は街道(現国道293号)が通り皆川領と接しています。東は壬生領・宇都宮領、西は佐野氏の本拠である唐沢山城へと通ずる道でした。尻内城は皆川氏と街道を監視する境目の城だったといえます。廃城は佐野氏が改易となる1614年と伝わっています。
さて尻内城は3つの城砦の集まりです。
・詰城
・本城 ※本アプリでは“尻内城”で登録済
・東出城
があり、当時の情勢や築城技術の進歩により、詰城→本城→東出城と増設し、中心も移動していったと思われます。
こちらでは東出城の紹介です。
主郭東側は堀切と土橋があり、堀切は竪堀となり竪堀の脇に多くの段郭を備えています。竪堀は登城道としても使われていたかも知れません。腰郭を通って遠回りするので主郭になかなか入ることができません。主郭西側も同様馬出しと竪堀兼登城道があり、先述の通り新しい時代の縄張りといえます。
車は麓の愛宕神社の脇が公民館になっており、そこに駐車可能です。10分もあれば到着しますが、がれ場の上に落ち葉がのった所を登るので多少注意が必要です。
【写真の説明】
①主郭東側の堀切と土橋
②竪堀と変わり脇には段郭
③段郭は下まで続く
④ 写真左上に上がっていく主郭への動線
⑤ 主郭西側の虎口
⑥西側虎口を出て馬出しのような小郭
⑦西側の竪堀兼登城道
⑧馬出しの下は岩盤地形
2025年07月15日 マグロ常陸介祐平
佐野昌綱の一族の佐藤治部少輔宗連が天文年間に築城し、子の弥七郎吉連が居城したとされます。鍋山衆のお城としては、最前線にあり、永野川と葛生街道が交差する突き出た山地に築かれています。
東端部は愛宕神社が建つ郭(写真1枚目)、その先には凱旋記念碑のある小さな郭があります(写真2枚目)。神社から西側に延びる尾根の急坂を登ると石の祠がある細長い郭があります(写真3枚目)。その先には堀切(写真4枚目)で仕切られた主郭とされるやや広い郭があり、西側に3段の腰郭が確認できます(写真5枚目)。主郭の先端には虎口が設けられ(写真6枚目)、1段下に2段の郭があります(写真7枚目)。
小さな山城ですが、お城としての体裁は整っていました。こちらのお城は出城とされ、今回訪問していませんが、本城は500m程南西にあり、さらにその西に出城があるようです。埼玉苗字辞典では、佐藤宗連のお城を愛宕城としており(出典不明記)、棟札に宗連の名がある星宮神社もこの出城の近くにあります。本城も機会があれば、登城したいと思います。









