鹿沼城(かぬまじょう)

鹿沼城の基本情報

通称・別名

坂田城、亀城

所在地

栃木県鹿沼市今宮町

旧国名

下野国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

鹿沼氏

築城年

不明

主な改修者

壬生綱房

主な城主

鹿沼氏、壬生氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

加園城(栃木県鹿沼市)[4.2km]
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鹿沼城の解説文

鹿沼城(かぬまじょう)は、下野国上都賀郡鹿沼(現在の栃木県鹿沼市今宮町・西鹿沼町)にあった日本の城である。

歴史・沿革
鹿沼城の起源は、1292年(正応5年)に二荒山神社に唐銅を奉献した佐野氏の支族・鹿沼権三郎が、この城から西に500mほどの所にある坂田山に本拠を構えた事から始まる。坂田山の城がいつ頃築城されたのかは不明。

その後の200年間は、鹿沼氏がどのように経過したのかは分かっていない。 戦国時代に入ると、鹿沼氏は東隣の宇都宮氏から圧迫を受け、大永年間の頃、宇都宮忠綱に攻め滅ぼされる。

鹿沼氏を滅ぼした宇都宮氏は、この周辺の支配を壬生綱重に任せる。壬生綱重は坂田山館を改築して居城としたが、1532年(天文元年)に嫡子の壬生綱房が御殿山を中心に城を築き鹿沼城とし、以後は壬生氏の居城となる。

その後、関東で小田原北条氏が台頭してくると壬生義雄は宇都宮氏から離反し、北条氏に従属するようになる。

1590年(天正18年)、小田原征伐で壬生氏が北条方に加担し、義雄が戦後急死したため壬生氏は断絶。鹿沼城も廃城となった。

現在は、御殿山公園となっている。

鹿沼城の口コミ情報

2020年06月07日 他力本願寺下野守智ぞう
鹿沼城



2020/06/07三の丸付近発掘調査にて。

北条式と思われる障子堀が発掘され、そこから壬生氏の家紋入りのお椀なども良好な状態で発見されました~

障子堀は水堀だったらしく、壬生氏が北条傘下にくみした際に

北条方に城の改修をされている可能性が高く、秀吉方の関東攻めで鹿沼城が戦闘に巻き込まれた可能性も出てきて

残念ながら、障子堀は再埋め立てされ、その上に新庁舎が出来るそうです

ただ、係の人の話しだと何らかの形で障子堀残すと話されておりました

2020年01月02日 他力本願寺下野守智ぞう
鹿沼城

御殿山病院横のグランドが城跡中心

グランドしかないと思うなかれ!グランド後ろにグランド取り巻く堀切あり。

横矢かかった土塁もあります。

ちょっと離れたミニ遊園地ある千手山公園には鹿沼城の北の守りの支城の名残あります。公園案内板には何も書いてありませんが、巨大竪堀あり圧巻です。

城近くの坂田山には、鹿沼城の鹿沼氏支配時代の本丸跡あります。そのまわりに堀切も

鹿沼城横の寺に鹿沼城城主の壬生義雄さんの墓もあります。

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