小山城(おやまじょう)

小山城の基本情報

通称・別名

祇園城

所在地

栃木県小山市城山町(城山公園)

旧国名

下野国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

小山氏

築城年

久安4年(1148)

主な改修者

主な城主

小山氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、空堀

指定文化財

国史跡(小山氏城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

鷲城(栃木県小山市)[2.0km]
中久喜城(栃木県小山市)[4.0km]
御城(栃木県小山市)[5.6km]
塚田城(栃木県小山市)[5.8km]
榎本城(栃木県栃木市)[6.7km]

小山城の解説文

小山城(おやまじょう)は栃木県小山市城山町(下野国都賀郡小山)にあった城。別名は祇園城(ぎおんじょう)。地元では主に祇園城と呼ばれている。城跡は、祇園城跡の名称で中久喜城跡、鷲城跡とともに小山氏城跡として、国の史跡に指定されている。

歴史・沿革
小山城は、1148年(久安4年)に小山政光によって築かれたとの伝承がある。小山氏は武蔵国に本領を有し藤原秀郷の後裔と称した太田氏の出自で、政光がはじめて下野国小山に移住して小山氏を名乗った。

小山城は中久喜城鷲城とならび、鎌倉時代に下野国守護を務めた小山氏の主要な居城であった。当初は鷲城の支城であったが、南北朝時代に小山泰朝が居城として以来、小山氏代々の本城となった。1380年(康暦2年)から1383年(永徳2年)にかけて起こった小山義政の乱では、小山方の拠点として文献資料に記された鷲城、岩壺城、新々城、祇園城、宿城のうち「祇園城」が小山城と考えられている。小山氏は義政の乱で鎌倉府により追討され断絶したが、同族の結城家から養子を迎えて再興した。

小田原の役ののち、1602年(慶長12年)頃、本多正純が相模国玉縄より入封したが、正純は1619年(元和5年)に宇都宮へ移封となり、小山城は廃城となった。

現況
小山城のあった場所は、現在、小山城址公園となっている。すぐ近くにある小山市役所の正面入り口前の駐車場に「小山評定跡」石碑と由来碑が設置されている。

史跡指定
1991年(平成3年)3月12日、小山城跡は「祇園城跡」として鷲城跡とともに国の史跡に指定されたが、その時点では祇園城跡の南久保曲輪の土塁の一部、また、鷲城跡の本丸の一部が未指定であった。1994年(平成6年)、両城跡の未指定部分を追加するとともに、あらたに中久喜城跡を追加指定して、史跡指定名称を「小山氏城跡」に改めた。

小山城の口コミ情報

【8/5参加】陸前守智ぞう様[2016年07月03日]
城郭見学者用の駐車場があります。そこに通じる道が狭いので気をつけて通ってください。

空掘と土塁が見物ですな。

☆魅環兵部大輔☆様[2013年08月28日]
城山公園隣の鰻屋が、美味しかったです(*´∇`*)

んな摂政な!マイリバ様[2012年06月06日]
日本史のターニングポイントとなった小山評定の舞台です
小山評定というと犬伏の別れを経て西軍に与した真田親子があまりにも有名ですが、実はもう一人、美濃岩村城主・田丸直昌が秀吉の恩顧に報いるため、小山評定の場で堂々と西軍につくことを宣言しているのです☆
真田親子が信之のみを小山に向かわせ、昌幸&信繁が上田に引き返したコソーリ感と比べ、田丸直昌の男気があまり知られていないのは可哀想ですね(>_<)

傾奇揚げ仙兵衛様[2012年02月17日]
駅前に「ぽわぶる」なるオムライスの美味しい洋食屋がある。

tomm加賀守様[2011年03月31日]
今回の震災で崖の一部が崩落したそうです。

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore