鳥羽山城(とばやまじょう)

鳥羽山城の基本情報

通称・別名

鳥羽山砦

所在地

静岡県浜松市天竜区二俣町二俣字鳥羽山

旧国名

遠江国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

徳川家康

築城年

天正3年(1575)

主な改修者

主な城主

大久保氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切

指定文化財

国史跡(二俣城跡及び鳥羽山城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

二俣城(静岡県浜松市)[0.5km]
大平城(静岡県浜松市)[5.4km]
社山城(静岡県磐田市)[6.4km]
三岳城(静岡県浜松市)[10.5km]
匂坂城(静岡県磐田市)[10.6km]

鳥羽山城の解説文

徳川家康が二俣城を攻める際に付城とした鳥羽山城も庭園など多くの遺構が残っている。

この城については史料に天正3年6月に築城したという記録しか残っておらず、発掘調査もなされていなかった。しかし地元の郷土史研究家である鈴木喜代治が一定規模の城郭があったものと考え、昭和26年(1951年)から20数年にわたって単独で発掘を行った結果、大規模な遺構の存在が明らかになり、昭和49年(1974年)から翌年にかけて、天竜市教育委員会による大規模な発掘調査が行われた。

これにより、二俣城と同規模、またはそれ以上の城郭があったことが判明し、各曲輪・枡形門跡・庭園・石垣・井戸・排水溝などの遺構が発掘された。特に庭園については、立石などから安土桃山時代の形式で枯山水の庭園であると考えられる。また、染付・天目茶碗・鉄釉仏飯器なども発見されている。これらのことから、家康の二俣城攻略の後には、鳥羽山城は二俣城の一部として機能したと考えられているが、一方で石垣を含んだ大規模な築城は堀尾氏入封後のものであるとの説もある。

なお、鳥羽山城跡は現在は公園として整備され、市民の憩いの場となっている。

鳥羽山城の口コミ情報

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